#43 逃亡
「ひ……被害状況を報告せよ!」
「データリンクにて確認! 第8艦隊全艦、健在です!」
ヒヤッとした、なんてレベルではない。なんの前触れなしの砲撃が、いきなり浴びせかけられたのだ。事前にエネルギー反応も検出されてはいない。
だが、どこから撃ってきた? 正面には確かに敵艦隊がいるが、すべて後ろ向きだ。
砲撃を分析すると、大口径砲からの砲撃だと分かった。ちょうどこのオオスの先端についている大型砲級の主砲、あれと同じくらいの威力だという。
だが、それならば装填時に事前の反応を察知するはずだ。なんの予兆もなくいきなりの砲撃、どうして避けられたのか、もはや運としか言いようがない。
が、その高エネルギービームは、我が艦隊の右側をかすめていった。つまり、左に避けたから避けられた、ということになる。あの時のマツの進言を受けて方向転換したことが、その運をもたらしたことになる。
どうしてマツはあの砲撃が来るのを予知できたのか? いや、予知したにしては、単に避けろとしか言わなかったな。
「マツ、どうして左に避けろ、と?」
「あ、いや、妾にもよく分からぬ。まさか攻撃を受けるなどとは……」
この答えを聞く限りは、どうやらマツ自身はその理由を理解していたわけではなさそうだ。単なる直感か。しかし、マツにそんな能力はあったか?
それから砲撃管制室に問い合わせるが、あのカテリーナですらこの砲撃を感知できなかったようだ。全くの不意打ち、しかしマツはそれを感知できた。なぜだ?
「マツ、また砲撃が来るかも知れない。どうしてあの不意打ちを予測できたのか、もう少し詳しく教えてはくれないか?」
「左腕が、うずいたのじゃ。そして妾の脳裏に『左に避けよ』と声が聞こえてきた。その直後、嫌な予感が走ったのじゃよ」
「左腕?」
「そうじゃ。この腕輪の辺り、ここから妙な感触がしたんじゃ」
そう言いながら、あのオオサカで突然身につけ始めた妙な三色の腕輪を僕に見せる。
「その腕輪は一体……いや、分かった。その辺りは後で聞く。また妙な感触が走ったら、すぐに知らせてくれ」
「わ、分かったのじゃ!」
何やら不思議な力が込められている代物だということは分かった。が、今はそれをとやかく詮索しても仕方がない。ともかく、そんな力があるのならば、それに頼るしかないだろう。
「砲撃位置を特定! 敵艦隊後方、距離27万キロ地点!」
「そこに、別働隊がいるのか?」
「いえ、艦艇および浮遊砲台はおろか、小惑星ひとつありません!」
何もないところからの砲撃だと? なんて不可解な。だが、我が艦隊があの攻撃を避けたことで、目の前の1万隻がようやく動き始めた。
「白色艦隊、一斉回頭! 我が艦隊に向けて急進中!」
「来たか。全艦に伝達、砲撃戦用意!」
「はっ! 砲撃戦、用意!」
第6艦隊もまもなく、砲撃態勢に入る。その第6艦隊に背を向けて突っ込んでくるとはいい度胸だ。が、それは一方で、我が艦隊の危機でもある。何せたった千隻の艦隊と一万隻とが向かい合うからだ。
しかし、何の意味があってやつらは我々の方に向いてきたのか? 今ひとつ、やつらの戦術論が読めない。ともかく、我々はその十倍の敵に抗うべく砲撃を開始する。
「敵艦隊、射程内! 撃ちーかた始め!」
ジラティワット艦長の号令と共に、青白い砲火がモニター上に現れる。と同時に、艦橋にまで轟音が響く。
もっとも、今放たれているのは10メートル級の通常砲だ。先端に付いた50メートル砲はまだ使わない。あれを放つには、タイミングが重要だ。5人の魔女の体力を消耗するという、一発勝負な砲撃だ。ここぞというときに放たねば後がない。
「敵艦隊、前進しつつ砲撃を加えてきます!」
「了解。まだあちらの射程外だから、直撃でもなければ問題はない。後退し、牽制しつつ砲撃を続行せよ」
僕は通常砲撃の続行を下令する。あちらは射程30万キロ、一方こちらは45万キロ。アウトレンジ戦法で、数の不利を補う。
そうこうしているうちに、第6艦隊が迫ってきた。我が艦隊が追い込むのを期待して進撃を緩めていたが、ここに来て白い艦隊が反転したため、慌てて追ってきた、というところか。最初からそうしてくれれば、こちらも苦労はなかったのだが。
「敵艦隊の動きは?」
「依然、変わらず。こちらに向けて、前進を続けています」
後方の大艦隊などに目もくれず、第8艦隊一千隻にのみ狙いを定めているのか、あの1万隻はただひたすらこちらに向かってくる。後退する気も、撤退する素振りも見せない。どういうつもりだ。
このまま我々があの艦隊を引き付けておけば、いずれ後方から迫る第6艦隊が片付けてくれる。圧倒的にこちらが有利なのは一目瞭然だが、やつらはひたすら前進し続けた。
その意図が、すぐに判明する。
「敵艦隊、消失していきます!」
「なんだと!? 位置は!」
「先ほどの砲撃が射出された地点です!」
あの不意打ちから10分ほど経過したところで異変が起きる。あの白い艦隊が、突如消え始めた。それはまさにあの不意打ちの砲火が出たあたりだ。
「……ワープか」
「はい、おそらく」
「ということは、あそこにワームホール帯が?」
「でしょうね。もしやさっきの砲撃も、ワープ空間越しに行ったものではないか、と思われます」
ヴァルモーテン少佐が、そう付け加える。そんな会話を交わしているうちに、あの白い艦隊は次々と消えていく。やがてその白い艦隊は、一隻残らず消失した。
「消失地点に、ワームホール帯反応あり。やはりワープだったようです」
これであの艦隊の消失と、先ほどの不意打ちの両方を説明できる物的証拠が揃った。やはりワープ空間越しの砲撃だった、そう結論づけるしかない。
つまりやつらは背後を取られる想定で、最初から罠を仕掛けていたことになる。我々はそれに、まんまと引っかかったというわけだ。
「未だかつてない戦術だな。マツのあれがなければ、我が艦隊は大打撃を受けていただろう」
それを横で聞いていたマツは、少し頬を赤くしている。ただ無表情に正面モニターを凝視するマツだが、初めてこの宇宙の戦場で、勝利の女神となったのだから、その気持ちが頬に現れている。分かりやすいやつだ。ともかく、マツのおかげでこの場を切り抜けることができたのは事実だ。
が、当然、疑問は残る。
「……で、その腕輪を、ヒロイという男からもらった、と」
「そうじゃ」
戦いが終わり、僕はマツに腕輪についての詳しい話を聞いた。そこにはダニエラ、ヴァルモーテン少佐も同席する。
「それにしても、不思議な腕輪ですわね。私はまったくその砲撃の予兆とやらを見ることなどできませんでしたのに」
ダニエラの持つ「神の目」をもってしても、今度の攻撃を見抜くことができなかった。それほど今度の事態は特殊だということだ。ワープ空間越しの砲撃など、前代未聞だ。それゆえに我々の持つ賜物を総動員しても感知できなくて当然だ。
ただひとつ、マツの授かったこの力を除いては、だが。
言われてみれば、マツが迷子になったあのときの状況も、不可解なことが多い。突然、神隠しにでもあったかのように忽然と消えた。マツが会ったという男を、マツを見つけたリーナですら見ていないという。本当に実在した人物なのかどうかすら、怪しい。
が、物的証拠がある。マツがそんな嘘を吐いたところで得られるものは何もない。第一、他の男と一緒に歩いていたなどという事実は、本来ならば話すことすらはばかられることだ。少なくとも、マツが嘘を言っていると考えられることは、一つもない。
「話を整理すると、マツはいつの間にか自刃の地の碑の前に立っており、そこでヒロイという男と出会った。ジャンボフランクをもらい、堀を半周ほど歩きつつ話をして、腕輪をもらい、男が消えた。そんなところか」
「そうじゃ」
「しかし、そのヒロイという男は誰なんだ?」
「さあ、分からぬ。しかし背丈は高く、ていしゃつ姿の若い男であったぞ」
「うーん、そう言われてもなぁ。そんな風貌の男、珍しいとは言えないし」
マツの話を聞いていても、そのヒロイという男の正体には迫れなかった。どう見てもナンパ目的でマツに迫り、リーナを見た直後に逃げ出した。それくらいの男としか言えない。
が、そこでヴァルモーテン少佐が口を開く。
「マツ殿、そのヒロイという男は確か、あのヒデヨリ公とヨド殿の自刃の地の碑の前で現れたのですよね?」
「うむ、そうじゃ」
「うーん、まさか……いや、そんなことは……」
なにやら考え込むヴァルモーテン少佐。彼女には、何か気になるところがあるらしい。
「ヴァルモーテン少佐、思うところがあれば、率直に意見せよ」
「はっ、では申し上げます。そのヒロイなる男ですが、とある歴史上の人物にそっくりなのですよ」
「歴史上の人物? 誰だ、それは」
「ヒデヨリ公ですよ」
この突拍子もない話に、僕はさらに尋ねる。
「いや、今の話のどこら辺がヒデヨリ公にそっくりだと?」
「ヒデヨリ公は、背丈が190センチ以上であったと言い伝えられるほどの長身で、かつかまぼこが好物だったと言われております。おまけに、その『ヒロイ』という名前が気になりまして」
「どう、気になるというのだ?」
「はっ、ヒデヨリ公は、幼名を『ヒロイマル』というのですよ」
なんだって? ヒロイマルだと? 変な名前だな。どういう意味があるんだ。いや、そんなことはどうでもいい。
「まさか、ヴァルモーテン少佐はその人物が、ヒデヨリ公だったと言いたいのか?」
「そんな非科学的なこと、言えるわけないじゃないですか。ですから、躊躇ったのですよ」
ヴァルモーテン少佐は力強く返答する。実にもっともな意見だ。それじゃまるで、幽霊がマツを連れ出し、腕輪をもたらした。それも、およそ900年前の幽霊が、だ。
「確かに、マツの不可思議な迷子の過程と、それによってもたらされたものの力の大きさを考えたら、幽霊の仕業と片づけることがある意味で合理的な筋道なのかもしれない。しかし、幽霊そのものの存在が非科学的過ぎる。一度死んだ者がこの世にあらわれるなど、到底考えられ……」
僕はそう言いかけて、ふと言葉を止める。いや、そんな非科学的なこと、つい最近、僕の身にも起きたばかりじゃないか。あながち幽霊の仕業ではないと断言できないかもしれない。
だが、仮にそのヒロイという男がヒデヨリ公だったとして、なぜマツにあのようなものを託したというのか? 同じ落城体験をした者同士という、同情からきたのだろうか。
さて、この宙域は第6艦隊がそのまま警戒にあたることとなった。発見されたワームホール帯の先についても、いずれ調査が行われる。
帰投した翌日、僕らはオオサカに行く。そして、あの碑の前でマツとともに立つ。
手を合わせるマツ。僕もその横で手を合わせた。追悼、というより感謝だな。あの腕輪のお陰で助かった、それを報告しつつ手を合わせていた。
が、あの「ヒロイ」という男は、ついに姿を表さなかった。




