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#41 迷子

「……おかしいな、位置情報も出ないぞ。まさか、GPSの届かない建物の中、つまり天守閣内にいるのか?」

「そんなわけねえだろ。一緒に出てきて、この広場に来たところまでは俺も覚えてるんだ」

「それじゃあ、どこに……ともかく、4人で手分けして探そう。見つけたらすぐに連絡する」


 急に姿が見えなくなったマツを探すべく、僕らは行動を開始する。


◇◇◇


 なぜじゃ? なぜ(わらわ)はここにいるのか。いつの間にか、妾は石垣の下におる。が、そこがどこであるかは、すぐに理解する。

 そこはこの城の当主であった者が、自刃したとされる場所。それを物語る碑の前に、妾は立っている。

 しかし、妙じゃな。レティシア殿もリーナ殿も、そしてカズキ殿も見えぬぞ。つい今しがたまで妾は皆の後ろを歩いておったはずなのに、なぜ妾だけここにいるのじゃ?


「着物姿の、お嬢さん」


 と、不意に後ろから声をかけられる。声に応じて、妾は振り向く。


「なんじゃ、今、妾を呼んだのはそなたか?」

「ええ、そうですよ。今どき、着物姿でここをうろつく人なんて珍しいから、思わず声をかけてしまいましたよ」


 その男は長身で、「ていしゃつ」とか申す薄い半袖の身なりをしておる。そんな男が、妾に軽々しく物申す。なんじゃこやつ、まさか妾を誘おうとしておるのか?


「あいにくじゃが、妾は夫のおる身ゆえ、男の誘いにのるわけには参らぬ」

「ええ、知ってますよ。第8艦隊司令官ヤブミ少将、ノブナガ様の再来と言われた方の3人目の奥方、マツ殿でしたよね?」


 なんじゃこやつ、妾のことを知っておるのか。カズキ殿よりは若い見かけのこの男は、妾の方にずかずかと歩み寄ってくる。妾は警戒する。


「な、なんじゃ! 妾はすぐにでも、カズキ殿のもとへ行かねばならぬのじゃ!」

「いやあ、大丈夫ですって、何もしませんから。それよりもちょっとだけ、付き合ってくれませんか?」

「名乗らぬ者と付き合う気など、毛頭ない!」

「ああ、そうか。名前ですか。そうですねぇ……ヒ……僕の名前はヒロイです」

「ヒロイ、と申すか。で、ヒロイ殿は妾と何を?」

「ちょっと一緒に、この辺を歩きませんか?」

「いや、だから申したであろう。妾にはすでに……」

「後でちゃんとヤブミ少将のもとにお送りしますよ。さ、行きましょう」


 ヒロイと名乗るこの男、いや、それは絶対嘘の名であろう。答えるまで間があり過ぎたゆえ、妾でも分かる。じゃが不思議とこの男からは危険めいたものを感じぬ。妾はまんまと、その誘いに乗ってしもうた。

 石垣に沿って歩き、橋を渡って内堀の向こう側に行く。そこは、先ほどリーナ殿がジャンボフランクを買った出店じゃ。男はそこの店主にこう告げる。


「ジャンボフランクを2本」

「はい、4ユニバーサルドルです」


 電子マネーと呼ばれるカードをかざして支払いを済ませ、受け取ったジャンボフランクの一本を妾に渡すヒロイ殿。しぶしぶ妾は、それを受け取る。で、そやつは店に置かれたケチャップをかけて、豪快に食らいつく。


「うーん、やっぱり誰かと一緒に何かを食べるのは、とても良い気分ですね」

「何じゃ、そなた普段は一人身なのか?」

「ええ、そうですよ」

「妾にはなんら気兼ねなく声をかけてきたと申すに、他の者とは語れぬはずがなかろう」

「いやあ、僕だって誰にでも声をかけられるってわけではないですよ」


 何じゃそれは。つまり、妾は声をかけやすい相手であったと言いたいのか。軽く見られたものじゃな。妾は少しムッと顔をしかめつつ、もらったそのジャンボフランクに食らいつく。

 春先の暖かい風がそっと吹き付ける。しかし、いくら暖かいといえど、まだ春じゃ。春でその薄着はいささか寒いのではないか? じゃがこの男はそんなことを気にするでもなく、妾と並んで堀の脇をとぼとぼと歩く。


「でも、本当は僕、カマボコの方が好きなんですよ。でも、ここには売ってなくて」

「そんなはずはなかろう。カマボコごとき、そこらのスーパーに行けば手に入るであろう」

「ああ、そうなんだ。外に行けば手に入るんだ」


 変なやつじゃな。それくらいのこと、妾ですら知っておるぞ。カズキ殿のことやジャンボフランクを知っておる者が、どうしてカマボコの買い方くらい心得ておらぬのか。


「そなたほどの身なりならば、妻の一人や二人、簡単に抱えられるであろう。一人身が寂しいと申すならば、さっさと妻を迎えればよいではないか」

「うん、そうだね……それにしてもマツさんって、僕の奥さんに似てるよね」

「おい、そなたさっき、独り身じゃと申しておったではないか」

「今はそうですよ。昔の話です」

「昔って……なんじゃ、離縁でもしたのか?」

「ええ、まあ。離縁というより逃げられた、いや、逃したというか……」


 余計にダメではないか。女子(おなご)から逃げ出すなど、よっぽどのことじゃぞ。見た目に似合わず、意外にも甲斐性のない男のようじゃな。


「で、嫁がいなくなった寂しさを紛らわすために、妾に声をかけたというのじゃな」

「うん、まあそれもあるけど、もう一つ、別の用事もあってね」

「用事?」

「あなたにこれを、渡したくて」


 気付けば内堀をぐるりと半周ほど周っており、空堀まで達しておった。その堀にかけられた橋の前に立つ。その橋の向こうには、大きな門が見える。そこでその男は、何やら輪っかのようなものを取り出す。

 それは、赤青黄色の3色に彩られた細い腕輪じゃ。それをこやつは、妾の左腕に勝手に巻き始める。


「ななななにするんじゃそなたは!?」

「お守りですよ。結構すごいんですよ、これ」

「いや、見知らぬ男からもらったものを身につけるわけには参らぬぞ!」

「大丈夫ですって。それにこれはマツ殿だけでなく、ヤブミ少将の役にも立ちますから」


 などといいつつ、妾の腕にそれを巻き付けてしまった。


「うう、なんだか妙な感触じゃな」

「大丈夫、すぐに慣れますよ」

「しかしなぜ初対面の妾に、いきなりこのようなものを渡そうとするのじゃ?」

「決まってますよ。あなたには二度とあの落城の憂き目を、地獄の只中に突き落とされたような絶望感を味わってほしくはない、そう思ったからです」

「なんじゃ、まるで落城のあの恐怖を見知ったかのように申すのじゃな。しかしなんだ、そなたの言う通りじゃな。あれは、地獄の只中のようなものじゃったな」


 妾の答えに、この長身で季節外れな服を纏った男は笑みを浮かべながら、ただ黙ってうなずくだけじゃった。もしや妾は、からかわれておるのか?

 と、その時じゃ。後ろから妾を呼ぶ声がする。


「おーい! マツではないか、どこに行っておったか!?」


 ああ、それはリーナ殿だ。門の向こうから、妾の方へ一目散に駆けつける。


「あ、リーナ殿よ、妾はこの男に連れられてじゃな……」

「男? 男なんて、どこにいるのだ?」

「うむ、いつの間にか妾は石垣の下におって、そこでこのヒロイ殿と申すこの男に……」


 妾はそう言いながら、妾の後ろに立つあの男を指差そうとする。が、妾が振り向くと、あの男の姿がない。

 おかしい、あれほどの長身の男が、音もなく去った。身を隠す場所など、橋の向こうのあの門くらいのものじゃが、そこにはリーナ殿が立っておる。そちらに動けば気づくはず。どこに消えたのじゃ。


「おかしいな……今まで確かに、そのヒロイと申す男と一緒に……」

「そうなのか? さきほどから、そなた一人しか見えぬぞ」


 リーナ殿の言葉に、妾は背筋が寒くなるのを感じる。まさかあれは幻か、あるいは物の怪の類いであったというのか。それとも妾はこの大阪城で、白昼夢でも見ておったのか。そう思う妾じゃが、それが幻でも白昼夢でもないことをすぐに悟る。

 左の腕には、あの三色の腕輪が巻かれておる。これは先ほど、ヒロイ殿が妾の腕に巻いたもの。つまり妾はあの男と、確かに会っておったということに他ならぬ。


「おーい、マツ! おめえどこに行ってたんだよ!?」

「ったく、てめえはどこうろついてたんだよ! みんなで探してたんだぜ!」

「マツ、無事か!? というか、どうしてお前、桜門にいるんだ!?」


 レティシア殿、ミレイラ殿、そしてカズキ殿も現れた。皆、妾のもとへ走り寄る。


「ど、どうなっとるんじゃ? 妾は一体、何と話しておったというのじゃ……」


 まるで狐にでも化かされておったのだろうか。しかしあやつは狐の類いなどではない、明らかに知性を感じる相手。しかもじゃ、どことなく妾に似た何かを抱えておったような気がする。

 呆然と立ち尽くしたまま、妾は左腕につけられたあの腕輪をさすりながら、この不可思議なる出来事を思い返しておった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] まさかの秀頼公のご登場。 ブイヤベースさん御一行は変なものとよくよく縁がありますね。 [気になる点] たしか、落城前に奥さんは帰したのでしたよね。 どんな夫婦関係だったのでしょうね。 [一…
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