#4 接待
「ユニヴァスキュラ港よりビーコンを受信! 距離7200!」
「ユニヴァスキュラ港管制より入電! 第7ドックへ誘導する、高度2100のまま進入し、入港されたし、以上です!」
下には海が広がっている。正面にはうっすらと陸地が見える。
が、その陸地は、高く険しい崖のようなものがそびえたつ。その崖には、大きくU字にえぐられた地形の下に平地があって、そこにビル群が見える。あれは我々の言うところの、フィヨルドというやつか。
「両舷前進最微速、速力を100まで落とし、ギアダウン」
「了解! 両舷前進最微速、ギアダウン!」
そのU字の地形のやや崖寄り目がけて、この艦は進む。そういえば、大気圏に入ってようやく、我々に監視らしきものがついた。哨戒機が3機と、駆逐艦が2隻、我が艦の両側に付く。
たどり着いた先は、ちょうど海側を向くように接舷しなければならないドックだった。まあ、要するにあれだ、この艦の砲をユニヴァスキュラに向けさせないためだろう。我々が豹変しても、最悪の被害を免れるためにここを指定したようだ。
「なんだかなぁ、連盟っていうからよ、もっとこう荒野の広がる星なのかと思ったら、わりと普通だなぁ」
「そりゃそうでしょう。いくら連盟だからって、そんな砂漠みたいなところに住んでるわけないでしょう」
と、窓際で話をしているのは、レティシアとフタバだ。
……いや、待て。どうしてフタバが、ここにいる?
「おい、フタバ!」
「なによ、カズキ!」
こいつ、エルナンデス准将に負けず劣らず反抗的な態度だな。仮にも僕は、1000隻をまとめる司令官なんだぞ。
「なんでお前がここにいるんだ!?」
「何でって、あたいはずっと戦艦オオスで暮らしてるじゃない」
「いや、だから、どうして駆逐艦0001号艦に乗ってるんだ!?」
「そりゃあこの船が、連盟の星に向かうって聞いたからよ」
まったく理由にならない言葉を返すフタバ。
「だから、お前は民間人だろう! 仮にも敵地であるこの場所に、どうしてお前が来る必要があると聞いてるんだ!」
「あたいは地球001の賜物調査官なのよ! 一生に一度、行く機会があるかどうか分からない敵地の星に行けると聞けば、ついていくのは当然じゃないの!」
もはや、言い訳が崩壊している。ただ単にお前がここに来たいから、ついてきただけじゃないのか? これからこの艦が連盟の星に向かうと聞いて、放浪癖が疼いたのだろう。察するに、レティシアを丸め込んで、うまく乗り込んだに違いない。
「うわぁ、まるでここノルウェーのトロムソみたいなところね! フィヨルドの狭間に作られた大都市って雰囲気が、いかにも北欧みたい!」
「はぁ? トロ味噌? なんだそのマグロの味噌味みてえなところは」
かつて、地球001を飛び回っていたフタバらしいコメントに、レティシアらしい突っ込みが入る。足元には、その二人の子供が窓に手をつき、じっと外を見つめている。
「青い!」
その一人、フタバとバルサム殿の子、ミツヤがユリシアに語りかける。といっても、まだ3歳にもならないこの男の子が発する言葉は極めて短い。
それを受けて、ユリシアの応えはいつものやつだ。
「だーっ!」
で、この両者、その後は何事もなかったかのように、また窓の外を食い入るように見つめる。ミツヤは時折、艦橋の窓を左右に動き回るが、ようやく立つことを覚えたばかりのユリシアは、窓に寄りかかったまま、両足で踏ん張るのが精一杯だ。
その様子をエルネスティはしばらくじっと眺めていたが、自分もそこに交わりたくなったのか、リーナの顔を見つめて、指で窓際を指す。
「なんだ、お前も窓際に行きたくなったか」
それを察したリーナは、エルネスティを抱えてユリシアの脇に下ろす。窓に寄りかかり、ユリシアの見る方をじっと見つめるエルネスティ。この一日違いで生まれた異母の姉と弟は、短い足で踏ん張りながら初めて見る星の光景に見入っている。その姿が、なんとも微笑ましい。
「両舷停止! 艦首、右回頭85度!」
「両舷停止! 右回頭85度!」
その間にも我が艦は航行を続ける。そして指定のドックの上に達し、その場で艦首を海側に向けるべく回頭する。船体がドックと平行になると、徐々に高度を下げ始める。
「あと200……180……160……」
カウントダウンのように読み上げられる高度値が、徐々にゼロに近づく。それはすなわち、歴史的瞬間へのカウントダウンでもある。
そう、連盟側の星に、地球001の艦艇が降り立つ。捕虜でも鹵獲でもない、招待客としてだ。おそらく、この270年の戦いの歴史の中で初めてのことだ。
「40……30……20……10……着底! 繋留ロック!」
「繋留ロック、船体固定よし! 入港、完了いたしました!」
「機関停止、各部点検、および封印作業、急げ!」
通常ならばここで出入り口がすぐに開かれて、乗員が降り始めるところだが、今回の寄港はちょっと違って、余計な作業が伴う。
その作業は5分ほどで完了し、ようやく出入り口が開く。通常ならここで乗員が各々のペースで五月雨式に降りるところだが、今回はそうはいかない。
『では、デネット少佐、参ります』
「了解。直ちに下艦せよ」
『はっ』
念の為、陸戦隊員であるデネット少佐がまず降りる。先行し、相手の対応を探るためだが、万一、おかしな行動を仕掛けられたら、即座に発艦してこの星を離脱する。そのための「捨て駒」に、デネット少佐を使う。
非常な決定だが、仮にも僕は第8艦隊司令官、艦隊が指揮官を失うことの方が、よほど重大だ。
が、実にあっけなくデネット少佐から返信が来る。
『提督、降りて来ても大丈夫ですよ』
と、実に緊張感もなく少佐が言うので、僕はレティシアとリーナ、そしてユリシアとエルネスティを伴い、出入り口に向かう。
「敬礼!」
僕が降りると、両脇に並んだ衛兵が直立、敬礼で出迎える。そして僕の正面には、将官であることを示す飾緒をつけた軍人が一人、立っている。
その人物とは、画面越しには何度か顔を合わせたことがあるが、今回初めて直接会うことになる。
「地球001、第8艦隊司令官、ヤブミ少将です」
「地球065、防衛艦隊所属の第2中艦隊司令官、レイヴォネン中将だ」
互いに敬礼し、向き合う。が、軍服の色は、あちらが連盟軍のカーキ色、こちらが連合側の群青色と、明らかに別陣営同士であることを示す。こんな経験、地球023のビスカイーノ准将に連れられて、彼の上官であるカベサス大将と対面した時以来か。
で、一応、武器を所持していないか、身体検査をされるが、それ以外はごく普通の上陸を果たす。デネット少佐を盾にしてまで探りを入れたというのに、あまりにも平和的、実に拍子抜けだ。
「いやあ、久しぶりの地上ですね、提督」
なぜか嬉しそうに語るデネット少佐だが、そういえば、デネット少佐といえばいつも傍にいるはずの人物が、今は姿を見せない。
「ところで少佐よ、そういえばマリカ少佐はどうしたんだ?」
「ああ、マリカですか。実はここに来る前に、足腰立たないほど相手してやりまして」
「はぁ? おい、貴官はマリカ少佐に何を……」
「私を盾にするなんてマリカが知ったら、大騒ぎして大変なことになるでしょう? ですから、穏便に事を済ませるべく手を打ったのですよ。大丈夫、出航するまでの10時間の間は、ぐったりと寝てるでしょうから」
やることがちっとも穏便ではないのだが……このデネット少佐という男、時々、計り知れない時がある。
「いやあ、楽しみだなぁ。祝賀会って言うからには、ひつまぶしくれえ出てくるよなぁ」
などと呟くレティシアだが、そんなもの出るわけないだろう。ここはナゴヤじゃないんだ。ナゴヤとは程遠い、連盟側の星だぞ。
「おい、レティシアよ。戦勝祝いの席に、ひつまぶしなど出るはずがなかろう」
「はぁ? それじゃリーナよ、何が出るって言うんだよ」
「戦いの祝いとなれば、威勢のある縁起物が重宝されるな。豚やイノシシの頭、牛の脚、ホロホロ鳥の蒸し煮。そうそう、ゴブリンの丸焼きというものもあるぞ」
「げっ! ゴブリンの丸焼きって……あんなもの、食えるのかよ?」
「見た目はともかく、味はほとんど豚肉であるな。かつて龍族に勝利した時などには、それを食らったという記録も我がフィルディランド皇国にはある。魔物との戦いに勝利し、その敵の肉を食らう事で、その力を奪い取ろうという意図も、戦勝祝いの席にはあるものだ」
リーナよ、お前、ゴブリンを食ったことがあるのか。実におぞましい戦勝祝賀会だなぁ、おい。まさかと思うがお前、戦場でゴブリンを斃したら、その場で食ってたんじゃないだろうな? リーナならばやりかねない。
そんなおっかない会話をしながらも、僕は用意された車に乗り込み、その祝賀会の会場であるホテルへと向かう。
「この度の勝利、おめでとうございます。私は地球065司令部付きの、ヤルヴェラ少佐であります」
などと話しかけてくるのは、レイヴォネン中将付きの幕僚らしき士官だ。歳はおそらく、僕と同じくらい。
「いや、あれは地球065艦隊の増援があったからなし得た勝利であって、我々はただ、その後方から砲撃しただけで……」
「そんなことはありませんよ。3分の1の白色艦隊を1発で殲滅したあの兵器、あれが我らに勝利をもたらしたのですよ。噂に聞く決戦兵器、これを味方につけられただけでも、我らは頼もしく思います」
うん、味方なら頼もしいだろうな。しかし、敵ならばあれほど恐ろしい兵器はあるまい。かつて黒い無人艦隊との戦いで、あれに匹敵する兵器を何度か向けられたからな。特殊砲を向けられた連盟軍の感じていた恐怖が、今なら理解できる。
辺りを見回すが、端に料理の置かれたテーブルが並べられており、中央はがらんと空いている。多少、丸テーブルがポツポツと置かれているだけで、それ以外には何もない。そういうレイアウトもあるといえばあるが、なんだか少し、極端な気がするな。
「それでは、小官はこれより、祝賀会の準備がございますので」
ヤルヴェラ少佐は僕にそういうと、敬礼をしてその場を去る。それを僕は返礼して見送る。
「おう、なんだか普通の食べ物だなぁ。でもよ、あの肉料理、なんか美味そうだぜ」
「うう、早く食いたいものだ。いつになったら始めるつもりか?」
レティシアとリーナは待ちきれないようだ。赤子を抱えたまま、もはや我が子よりも食事に神経が向いている。
「レティちゃんにリーちゃん、仮にも司令官の奥さんなんだから、もっと上品に構えてないと」
「よく言うぜ、フタバ。おめえだってその司令官の妹君だろう?」
「いいのよ、妹は!」
「まあまあフタバ、ほら、料理でも見て待つことにしよう」
「そうだね、バル君。ねえ、あの料理なら、うちのミツバでも食べられるんじゃない?」
フタバとバルサム殿も待ちきれないのだろう。端に並ぶ、料理の載せられたテーブルを眺めては、品定めを始めている。
「ふぎゃあ、食いたいんだよぅ」
「ふぎゃーっ、まだなのかよぅ」
どうしてここに、獣人族2匹までいる? ボランレもンジンガも誘った覚えなどないのだが、あのフタバといい、僕の思惑など考慮せず勝手に行動する奴が多過ぎるな。
「提督、意見具申、にゃん!」
あ、いや、もう1匹……じゃない、もう一人いたわ、獣人族。こちらは司令部付きだから、当然といえば当然だ。
「どうした、アマラ兵曹長」
「はっ! デネット少佐殿と話していたのですが、どうもおかしいですにゃん」
「おかしい?」
周りを見るが、別段、変わったところは見当たらない。我々の参加者で、誰かがいなくなったというわけではない。とそこに、デネット少佐が近寄ってくる。
「はい提督、今、辺りを見回したのですが……いないのですよ」
「少佐、いないって、何がだ?」
「地球065の士官がですよ。ほら、御覧の通り、周囲に一人もいません」
そういわれて僕も、辺りを見回す。ここにいるのは、ごく一部の私服姿の者を除けば、群青色の軍服の人物ばかり。
急に顔面から血の気が引くのを感じる。まさかこれ、嵌められたのか? そういえばさっき、準備のためだと言い残して僕の傍を離れた士官がいたな。さりげなくこの場を離れていたが、どうやらほぼ同時に他の士官も外に出たらしい。
この閉鎖空間に、地球001の人間ばかり。今ここで脱出を計っても、我が艦からは車で数分の距離は離れており、とてもたどり着けないだろう。何せここは、敵地だ。僕の緊張度は、跳ね上がる。
そしてそれが頂点に達した瞬間に、事態は起こる。
突然、周囲の扉がバンと開く。現れたのは、連盟軍人達。手には何かを抱えている。
「構えっ!」
その中の一人が、号令をかける。その人物、それはさっき、僕と言葉を交わしたあの士官、ヤルヴェラ少佐だ。
その士官が右手を高く上げる。連盟の兵士達は一斉に構える。
しまった、やはりそうだ、嵌められた。
「放てーっ!」
そして、ヤルヴェラ少佐の右手が振り下ろされる。兵士達の「武器」が、一斉に噴いた。僕はこの瞬間、覚悟した。
が、音がおかしい。
シュポポポーンという、なにやら緊張感のない音が、響き渡る。遅れて、やや黄緑色のかかった何かが降り注ぐ。
よく見ればそれは、連盟兵達が振り回すものから噴き出ている。その一筋が、僕の顔にもかかる。唖然とする僕とレティシア、そしてリーナと2人の子供達。僕の口に、その液体の味が広がる。
なんだこれ……シャンパンじゃないのか?
「アハハハハッ! 連合軍を手球に取ったぞーっ!」
ヤルヴェラ少佐が叫ぶと、連盟軍人らはその瓶をさらに振って、こちらにその中身をぶちまけてくる。
すでに僕の軍服はシャンパン漬けだ。いや、レティシアやリーナ、それにユリシアやエルネスティも、それだけじゃない、我が地球001側の者は皆、シャンパン漬けにされている。
我々だけではない、彼ら自身も互いにそれをかけあっている。どうやらこちらだけを狙ったものではないようだ。
「いや、驚かれたかな」
と、そこに現れたのは、泡だらけの軍帽を被った将官が現れた。つい先ほど顔を合わせたばかりの人物、レイヴォネン中将だ。
「ええと、これは……」
「我々流の戦勝祝いのやり方でして、ご覧の通り、シャンパンをかけ合うんですよ」
「あの、こちらには子供もいるんですが……」
「ああ、大丈夫、これ、ノンアルコールなんで」
いやあ、大丈夫って、そういう問題じゃないだろう。せっかくドレスを着込んできたレティシアなどは、その服が泡だらけにされてしまい台無しだ。
「あはははっ! なんでぇ、この歓迎ぶりはよ!」
「なんと激しい祝いの席であろうか。テイヨがいたら、さぞかし喜んだことだろうな」
が、やられた側はそれほど気にしていない。それどころか、むしろ喜んでいる。
なるほど、ようやく合点がいった。これをするために、あえて料理のテーブルを端に寄せていたのか。なんてことだ、まんまと嵌められた。
「ひゃーっ! 背中に入ったーっ!」
「ふぎゃあ! 耳に入ったよぅ!」
「ふぎゃーっ! なんだこれはよぅ!」
いや、喜んでばかりでもないな。グエン中尉に、ボランレとンジンガが、予告なしにかけられたこのノンアルのシャンパンに戸惑っている。
「まあ少将殿よ、これくらいで怒るな。我々はこれまで何度も、あなた方の攻撃を受けてきた。その仇討ちと思っていただければいい。でも、恨みつらみはこれでおしまいだ。ここから先が、本当の戦勝祝賀会だ」
なんだ、やっぱり仇討ちも兼ねていたのか。僕は思わずこの初老の中将を睨みつけている。が、そんなことには構わず、指をぱちんと鳴らす中将閣下。
すると、空いた扉からさらに何かが入ってきた。馬鹿でかい樽のような容器、とでもいえばいいか。そんなものが台車に乗って運ばれる。
「アルコール入りの飲み物はここに入っているから、大人はこれを飲めばいい。さて、宴の始まりだ」
と、非常にご機嫌な中将閣下だが、その時、ハプニングが起きる。
その樽が、入り口で止まってしまう。
「おい、どうした? 早く中に運び込まないか」
「いや、それが、まるで動かなくて……」
どうやら重い樽を深い絨毯が敷かれたこの会場に運び込んだため、台車の車輪が絡まったか何かで動かなくなり、入り口でスタックしているようだ。それを3、4人の連盟士官らがなんとか動かそうと押している。
「あ、いや、すまない。なんて不手際だ、まったく」
なんだ、こういうことはもう何度もやってるのか。にしても、いきなりのハプニングで少々困り顔の中将閣下。不意打ちを仕掛けたから、バチが当たったんじゃないのか?
「なんでぇ、この程度のもん、動かせなくてどうするよ」
と、そこにしゃしゃり出てきたのは、レティシアだ。ユリシアを抱えたまま、その樽のところに歩み寄る。
「いやあ、すみません。一度、後ろに引いて入れ直せばいけると思うんで」
「んなことしなくても、俺が運んでやるよ」
「えっ? いや、無理ですよ。2トン以上はありますよ、これ」
と、寄ってきたレティシアに連盟士官がそう告げるが、レティシアは構わずそれに手を添える。そして、魔力を込めた。
「おりゃあ!」
連盟軍人には、信じられない光景だろうな。片手で赤子を抱えた女性が、もう一方の手で2トンを超えるその樽を軽々と持ち上げてしまった。だが、レティシアの力にかかれば2トンなど、造作もない重さだ。
「な、なんだ! 樽が持ち上がった!?」
「おうよ、俺は怪力魔女なんだ! この程度、なんてことねえぜ!」
「だーっ!」
などと言いながら、それを会場の中ほどまで運ぶレティシア。遅れて、台車がついてくる。
「んじゃ、乾杯といこうか。かんぱーい!」
で、その中の酒を注いだ連盟、連合軍人らの前で、再びそれを持ち上げて、10人以上と乾杯を交わすレティシア。って、それじゃ飲めないだろう。だいたいお前、酒に弱いじゃないか。
「あっはっはっはっ! こりゃ面白えぜ!」
「だーっ!」
何がツボにハマったのか分からないが、シャンパンをぶっかけられた仕返しをした気分だろうか。僕もこの一件で少し、してやった感を覚える。このレティシアの隠し技を見た連盟の連中も、この所業に大いに喜ぶ。
「そういえば確か、貴官の妻は魔女だったな」
それを見て、僕にこう呟くように話しかけるのは、レイヴォネン中将だ。
「ええ、まあ、あの通りの怪力の持ち主です」
「話には聞いていたが、実際に目にすると凄まじいものだな。いやはや、この宇宙も奥が深い」
いきなり宇宙の神秘に飛ぶ中将閣下の言葉だが、あれを見れば驚くのも無理はない。僕も初めてあの力を見せられた時は、目の前で起きていることなのに信じられなかった。あれと同じ、いや、事前知識の乏しい者なれば、それ以上の驚きをもって受け入れたことだろう。
「おい、カテリーナ! ここにいいものがあるぞ!」
そんなレティシアなどほったらかしで、エルネスティを抱えたまま食事に走るのは、リーナだ。同じく大食い仲間のカテリーナを誘って、テーブルの一つを2人で攻略しようとしている。
「あらあら、なんと激しい社交界でしょうね。こんなの、ネレーロ様でも思いつきませんわ」
と、シャンパンまみれのダニエラも、ワイングラス片手にこの派手な祝賀会に感激しているようだ。が、つい3年前まで、闘技場で命のやりとりをさせて歓喜していた民族に、この会が激しいなどと言われたくはない気もするがな。
「へぇ〜、獣人族ってのは、本当にこんな耳してるんですねぇ」
「そうですにゃん。人族のみんなは、この耳を見ては触りたがるにゃん」
と、連盟軍人に自身の耳を披露しているのは、アマラ兵曹長だ。いや、連盟だって獣人族の住む星を抱えているだろう。別に連合特有の種族というわけではないが。
「ねえバル君、ミツヤ、思った通りこれ美味しいね」
「うん、美味しいね」
「うまい!」
「うーん、この料理、本当に美味しいなぁ。なんとかしてこれ、ナゴヤに持っていけないかなぁ。多分、この星に来ることはないだろうし」
バルサム殿とフタバ、そしてその息子、ミツヤがシャンパンまみれのまま、食事を楽しんでいる。
「提督、宴会、楽しんでますか?」
「あ、ああ、そりゃもちろん、楽しんでるぞ」
「はぁ? おいカズキ、あんまり楽しそうじゃねえな。もう一回、頭からシャンパンぶっかけようか? それとも、あの樽の中身でもいくか?」
と、そこにデネット少佐とレティシアが、同時に絡んできた。
なんだか思い思いに盛り上がり始めたな。元々この艦の乗員の多くは、並の連中じゃない。シャンパンの奇襲如きで動じるわけもなく、各々が連盟軍人らに混じって楽しんでいるようだ。
こうして我々は連盟軍の「奇襲」を、レティシアの「反撃」でしのいだ。双方が想像以上に打ち解けるきっかけとなった戦勝祝賀会であったことは、いうまでもない。