#39 無茶売り
無茶売りの会場にやって来た。
といっても、ここはいつもの大須観音だ。ここを起点に、周囲の商店街で行われるオオスの春のお祭り、それがオオス春まつり「無茶売り祭」だ。
どうして「無茶売り祭」などと呼ばれるのか? それはこの商店街のあちこちで「無茶なもの」を売りさばく祭りだからだ。
で、それを盛り上げるべく、チンドン屋の一行がガチャガチャと鳴らしながら商店街を練り歩いている。レティシアやリーナはこのチンドン屋は見慣れているが、マツとミレイラはこの奇妙な一行にしばらく目を奪われる。その一行の後ろについて、僕らも商店街に入った。
それにしても、だ。たいていオオスをうろついていれば、我が艦隊の主だった人物と出会うはずなのに、今回は帰ってきてからというものほとんどない。レティシアにリーナ、マツを除けば、あとはあの海賊どもくらいだ。いつぞやなどは、ツルマ公園で花見をしていたらゾロゾロと集まってきたというのに、昨日は一人も見かけなかった。
この静けさに、何やら嫌な予感しかしない。裏で何かを仕掛けているな。いや、そんなことを昨日のあの屋台の店員が示唆していたな。
ということは、そろそろ艦隊の誰かに出会うはずだ。
その予感は、早々に的中する。
「手に取りましたこの一品! かのトクガワ家の家宝として代々受け継がれた品、この世に3点しか存在しない希少な茶器ですぞ!」
などと声高らかに陶磁器の置かれた屋台の前で客引きをしているのは、やはり奴だ。ヴァルモーテン少佐だ。隣には、ブルンベルヘン少佐もいる。
「……何をしてるんだ、少佐は」
「これはこれは、ヤブミ提督ではありませんか。見ての通りですよ、我がコレクションの一部を売ってるんです」
「それはいいんだが、どうして天下に3品しかない曜変天目茶碗が、4つもあるんだ?」
「そういう細かいことは気にしないで下さい。だいたい、提督だって海賊とともに行動しているではありませんか」
いちいちうるさいやつだな。それとこれとは関係ないだろう。僕だって、好きでこいつと行動しているわけじゃない。目を離すわけには行かない存在だ。代われるものなら、誰か代わってほしい。
「変なもんばっか売ってるなぁ、おい。なんだよこの平べったい容器は?」
「おい、そこの海賊殿よ。これは平蜘蛛釜と言って、マツナガ・ヒサヒデ公が切腹の際に抱えてともに自爆したとされる品で、かのノブナガ公が一国と引き換えにしてでもと所望したとされる品ですぞ。海賊に見合う品ではない」
などとミレイラに言ったところでわかるわけ無いだろう。しかもこの世に存在しないはずの品を、ドイツ生まれの一介の軍人が持てるわけがないじゃないか。明らかに偽物を堂々と売るこの参謀の神経の太さには恐れ入る。
「うむ、さすがはヴァルモーテン殿であるな。この品など、妾が見ても良い茶器であると分かるな」
「さすが、マツ殿には分かりますか。これは初花と言う茶入れで、かのイエヤス公のお気に入りとされる一品で……」
一方で、マツはヴァルモーテン少佐と波長が合うようで、ここに並ぶ品が気に入った様子だ。早速その偽物の一品を購入している。
「なんでぇ、ヴァルモーテンとブルンブルンがいるってことは、まさか他の奴らもここで店広げてるのかよ?」
「そうですよ、レティシア殿。決まってるじゃないですか。皆、この祭りに参加したくてうずうずしてたのですから。今回の帰還はまさに千載一遇のチャンス、いやあ、いい時期に提督が襲われて、一同感謝しておりますよ」
げ、やはりそうなのか。この商店街のあちこちで、我が艦隊の連中が店を構えているというのか。しかし、少佐のあの言い方が気になるな。それじゃまるで、僕が襲われてよかったと言っているようなものじゃないか。いや、それ以上に気になるのは他の連中のことだ。ヴァルモーテン少佐が偽の茶器を売るとして、他の連中は何を売るんだ?
我が第8艦隊の連中が、変な評判を招かねばいいが……しかし、その不安を見事に突いた奴が現れた。
「魔女の抱き枕だよーっ!」
どこかできたような声でそう叫ぶのを聞いて、僕は後頭部に軽い衝撃を覚える。すでに売り文句がヤバすぎる。なんてものを売ってるんだ。しかも、この「抱き枕」というキーワードで思いつく人物はたった一人。その声のする方角へ振り向くと、その予想は的中する。
明るい顔で、何やら絵柄の書かれた長い抱き枕を抱えて呼び込みをしているのは、サウセド大尉だ。その横には、ほうきに乗ったまま浮いているエリアーヌ准尉がいる。
やはりというか、あの二人だ。しかしよくエリアーヌ准尉も、抱き枕の販売など許したものだな。しかしここから見ても、あの魔女はかなり不満げな表情だ。
「ああーっ、もう! ちょっと大尉殿、やっぱりこんな枕を売るのは、倫理上良くないのでは!?」
しかし、見ている間にもエリアーヌ准尉の怒りが爆発する。艦内でもよく見られる光景が、ここで繰り広げられる。
「えっ? でもこれ、エリアーヌ自身だよ」
「だから問題なんじゃないですか! なんで私の姿を丸写しした抱き枕を、なぜ他人に平気で売りつけるんですか!」
言われてみれば、そこに印刷されているのはエリアーヌ准尉だ。冷静に考えれば、かなり無茶な品だな。無茶売りだけに。
「えっ? だってエリアーヌはいつも、私以外の抱き枕ばっかりで腹が立つ、って言ってたじゃないか」
「うっ……」
「エリアーヌの良さを他の人にも分け与えてあげようっていうんだよ。なにも恥ずかしがることはないと思うけどねぇ」
これを聞いたレティシアとリーナが、笑いを堪えている。その通りで、サウセド大尉がいつもキャラ物の抱き枕を買うたびに、その絵柄に嫉妬するエリアーヌ准尉を見てきた。が、自分自身が絵柄にされると、それはそれで怒り出す。その矛盾を、サウセド大尉は突いたというわけだ。
で、目の前に本物の魔女がふわふわと浮いているのを見て、気にならない者はいない。次々と売れていくのが分かる。が、買っていくのは男ばかりかと思いきや、女性客が多い。あの魔女、意外にも女性に人気があるようだ。
そんな抱き枕の販売を横目にして、別の場所へと向かう。
「ちょっと、変態提督! 何こんなところを歩いてるんですかぁ!?」
続いて現れたのは、グエン中尉だ。娘のホアちゃんを抱えて立っている。
いや、よく見るとただ立っているだけではないな。手前に置かれたテーブルの上に、何かが並んでいるぞ?
「おう、なんだグエンじゃねえか。こんなところで何売ってるんだ?」
「見たらわかるでしょう、レティシアちゃん。生春巻きよ」
この無茶売りの祭りで、ただの生春巻きなんぞ売ってどうする? などと思うが、その考えはすぐに訂正されることとなる。一目見て、それが「ただの生春巻き」などではないことが判明する。
長い。とにかく長い。なんだこの春巻きは、軽く1メートルはあるぞ。まるで巨大な白ミミズのような異様な品が並んでいる。
「なんだこりゃあ? まるでモンスターの触手のようだぜ……」
「失礼ね! 触手じゃないわよ、生春巻きよ」
「おお、こんな大きな食い物を作ったというのか!?」
「うん、さすがはリーナちゃんよね。分かるでしょ、この春巻きの良さが」
食い物と知るや、リーナの目つきが変わる。この手のものにリーナは目がない。すぐに飛びつき、それを2本ほど買っている。早速、その長過ぎる生春巻きに頬張るリーナ。
「うげぇ……リーナ姐様、そんなもの食うんですかぁ?」
「はひほいふ! うはいんはほ!」
食いながら答えるリーナの言葉は、やはり分からない。この見境のない食欲に、さすがのミレイラも呆れているようだ。にしても、傍から見たら今のリーナの姿は、まるで白ミミズを飲み込む女悪魔のようだな。
「ああ、やっぱりリーナさんには受け入れられたな。でも……」
その様子を、後ろから見ている人物がいる。私服姿だが、僕にはそれが誰だかすぐに分かった。
「ジラティワット艦長、やはり貴官もいたのか」
「ええ、提督。こんな無茶なもの売るとなれば、そりゃ心配で……」
「ちょっと、ダーオルング! ぼーっと見てないで、ちょっとは手伝ってよね!」
「はいはい……」
妻のグエン中尉に急き立てられ、売り場に向かうジラティワット艦長。うーん、我が艦隊旗艦の艦長ともあろう者が、その艦の主計科長に怒鳴られている。
にしても、あんな長い白ミミズのようなものが売れるのか……と思いきや、意外にちょくちょくと買いにくるお客がいる。売れるんだ、あんなものが。考えてみればここは、無茶売り祭だった。無茶なものだからこそ売れる、そういう雰囲気がある。
が、いくら無茶売りでも、限度というものが存在する。その限度を超えたものは、いくら無茶売りでも売れることはない。
それを証明するような売り場に、僕は出会う。
その売り場からは、なにやら足の臭いの様な香りがプンプンと漂ってくる。
「おい、マリカ! おめえ何売ってるんだ!?」
この酷い臭いに呆れたレティシアが、その売り場に立つ人物に向かって叫ぶ。
「あら、失敬な。私が売ってるのは由緒正しきイタリアーノのチーズであるペコリーノ・ロマーノですわよ」
「はぁ!? この足の臭いみてえなやつが、由緒正しいチーズだってぇ!?」
「ちょっと、レティシアさん! まるで臭いものを売ってるみたいな言い方、やめて下さるかしら!?」
キレるマリカ少佐だが、しかしこればかりはレティシアの方が正しい。これはとんでもなく臭い。あまりの臭さに、明らかに周囲の人々から避けられている。僕も近寄りたくないな。
「マリカ、大丈夫だよ。皆が離れても、僕はすぐそばにいるよ」
「はぁ~っ、デネット様! 私もお慕い申し上げます!」
相変わらずだなぁ、この二人は。しかし、仲睦まじい二人には悪いが、すさまじい臭いのおかげでその微笑ましい雰囲気もぶち壊しだ。リーナは平気なようだが、マツは今にも倒れそうだ。僕は皆を連れて、その場を離れる。
「うう……ひでえ臭いだったぜ。なんだありゃあ、あんなもの本当に食う奴いるのかよ」
「ひでえっ!」
「そうか? 私の国にも、あれくらいのチーズはあるぞ」
「チーズと申すか、あの悪臭を放つ食べ物は。妾にはたまらぬ」
「まったく、さっきからまともなものを見ねえんだが、どうなってるんだよ、この街はよ?」
うんざり顔のレティシアに、相槌を打つユリシア。リーナ以外はやはりあの臭いは受け入れがたいようで、マツもミレイラもぼやいている。で、臭いにやられてふらふらなレティシアからユリシアを受け取り抱き上げると、満面の笑みで応える。こいつ、あの臭いは平気だったのか。
「はぁ……それにしても、なんだって我が艦隊の連中が多いんだ?」
「そりゃあ決まってるだろう。おめえのせいだ」
「は? 僕のせいだって?」
「そりゃそうだろう。長であるおめえがトヨヤマを拠点にして、しかもオオスにばっかり来るからこうなるんだろう」
レティシアが思わぬことを言い出す。まるで僕のせいで、第8艦隊はオオス色に染まったのだといわんばかりだ。いや、そうかもしれないが。
「あんだよ、あのチーズが臭いのも、ブイヤベースのせいなのかよ。たまんねえなぁ、おい」
「まったくじゃ、もう少しなんとかならぬのか?」
で、なぜかミレイラとマツが僕に苦言を呈する。おい、チーズが臭いのは僕のせいじゃないぞ。
「む、なにやら食い物の匂いがする」
匂いの話題をしていたら、別の匂いをかぎ分けたやつがいる。が、リーナよ、ここは食い物だらけの街だ。食べ物の匂いなど、珍しくはないのだが。
「おい、あれか、あれのことか?」
と、レティシアさんが何かを指差している。その方角には、テーブルがずらりと並ぶ。そこに、何やら白いしゃもじのようなものを持つ人物が見える。
いや、しゃもじじゃないな、あれは「ナン」だ。人の顔ほどの大きさのナンの前には、カレーを入れた皿が見える。そのナンをちぎっては漬け、口に入れている。
その人物は……どうみてもあれは、カテリーナだな。相変わらず食べ物には目がないやつ……いや、待て、何かおかしいぞ?
「か、カズキ殿! カテリーナ殿が、たくさんおるぞ」
そう、そこにはカテリーナが何人もいる。皆、ナンとカレーを並べているようだが、一体どういう……と、そこで僕は思い出した。そうだ、そういえば以前、地球1010でカテリーナの故郷であるダミアの街で、カテリーナそっくりの射手を10人確保したんだったな。
その10人が今、ここに集結しているというのか。
「おーい、カテリーナ! 今日はダミアの連中と一緒か!?」
レティシアが叫ぶ。するとその11人の「カテリーナ」の中の一人が、ぴょこっと顔を上げる。ナンカレーを頬張りつつ、こちらに手を振る。
つまりあれがカテリーナか。まるで見分けがつかないぞ。他の連中が一斉に顔を挙げたら、多分僕にはカテリーナを見分ける自信がない。
「あ、提督もいらしたんですか?」
と、不意に声をかけられるが、それはカテリーナの夫であるナイン大尉だ。
「大尉か、ということはあの集団、大尉が連れてきたのか?」
「ええ、ダミアの皆と久しぶりに会えると聞いて、それで私がここに連れてきたんです」
「ここって……何かあるのか?」
「何かって、ほら、あの看板をご覧ください」
と、ナイン大尉が言うのでそちらの方角を向くと、そこには「大食いインドカレー」と書かれていた。言われてみれば、ナンもカレーも普通の店のものと比べ、サイズがでかい。
これも無茶売りの一環なのか。見ればそこは、インドカレーの店だ。なるほど、カテリーナクラスの人物が大勢集うには、ちょうどいい場所には違いない。
「まずいな、このままではリーナも……って、リーナはどこへ行った?」
「どこへって、そこにいるじゃねえか」
こういう場所では、間違いなくリーナも参戦する。僕のこの懸念は、すでに現実と化していた。カテリーナ集団のすぐ脇に、大きな皿とナンを抱えたリーナがすでに食べ始めている。
「な、なんじゃ、この物騒な食べ物は?」
「これか、これは『ナン』というんだ」
などといいつつ、マツにひとちぎりのナンを渡す。それを受け取ったマツは、恐る恐るカレーの中にそれを漬ける。そして、口へと運んだ。
「……うむ、思いの外、あっさりとした味じゃな。しかし、なんという辛さか。妾には少々、合わぬ味じゃな」
どうやらマツ的にはカレーはダメらしい。一方のレティシアはといえば、リーナと並んであのナンとカレーを食べ始めている。で、それをひとちぎり、ユリシアにあげているが……さすがのユリシアも、カレーは早すぎたようだ。
「かあい!」
辛いと言ってるようだな。そりゃそうだ、まだ1歳そこそこの幼児が食べる物じゃないな。レティシアも無茶なことをする。無茶売り祭とは、そういう無茶じゃないぞ。
「うみゃーっ! うみゃーよぅ!」
と、今度は別の方角から聞いたことがある声がする。うん、この声、間違いなくあいつだ。
声の方を見れば、案の定、そこにはボランレがいた。いや、ンジンガもアマラ兵曹長もいるぞ。
「ふぎゃーっ! やっぱりうみゃーよぅ!」
「うみゃーにゃん、やはりオオスのういろうは最高だにゃん」
そこはういろうの店だ。丸テーブルに座ったあの獣人3人の前には、ういろうパフェが置かれている。
そのパフェ、ただものではない。七色のういろうがふんだんに使われた、まさに無茶売り仕様のういろうパフェだ。それを3人の獣人が耳をピクピクさせながら、うみゃーうみゃーと頬張っているから当然、注目を浴びる。
「おお、ボランレ殿にンジンガ殿、それにアマラ殿まで。そんなに美味いのか?」
「ふぎゃあ、うみゃーよぅ! 食べてみるんだよぅ!」
などと誘われたマツは、ふらふらと引き寄せられていく。
で、結局、マツもういろうパフェの虜になった。
「うむ、これはまさに最上の菓子であるな。さすがは、オオスの名物じゃ」
などと着物姿の娘が高らかに述べるものだから、ますます人だかりが増える。獣人に着物姿、これほど目立つ組み合わせは他にない。
いや、例のとんがり帽子で黒マントの11人のあの集団までやってきたぞ。女騎士風のリーナまで加わり、この異文化の集団がういろうパフェに群がってしまった。
「なあ姐様よ、こんな気色の悪い色の食い物が、ほんとにうめえんですか?」
「なに、そなたも食えばわかる」
「ね、姐様が言うんなら……」
あの原色のういろうに躊躇うミレイラに、それを勧めるリーナ。しかし、仮にもミレイラとて立派な女子だ。すぐにあれの虜になる。
「な、なんだよこれ、信じられねえほどうめえな、おい。なんでこんな色してて、こんなにうめえんだか。ブイヤベースの里ってのは、どうなってやがるんだ?」
文句を言いつつも、気に入ったことは認めているようだ。ということで、この集団に女海賊も加わった。
怪しい茶器や臭いチーズを売るやつがいるかと思えば、味覚に心奪われるものもいる。そんな姿を、唖然として見つめるしかない僕。
おいお前らよ、いくらなんでもちょっと、このオオスの街になじみ過ぎじゃないのか?