#38 説得
「カズキさん、まさかもう4人目を作っていただなんて……」
トヨヤマ港ロビーにて、怒りで震えながら僕らを出迎えたのはご存知、ダルシアさんだ。
もはや、様式美になりつつあるな……いや、待て。今回はさすがに反論させてもらうぞ。
「いや、お義母さん、4人目ではなくてですね」
「ではカズキさん、その赤毛の女は一体、誰なんですか!!」
変だな、今回は報道陣も来ていない。なのにどうしてダルシアさんはここにやってきたのか? まさか、野生の勘か。身体を震わせながら、そばにある等身大の彫刻に、まさに手をかけようとしている。
「はぁ!? 4人目って、何のことだよ! てか、誰だてめえは!?」
当然、ミレイラも反論する。いきなり現れて、不可解なことを言われればこうなるだろう。すかさずレティシアが口を開く。
「おい、おっかあ。こいつ海賊だぞ」
「か、海賊!?」
「そうだよ。ニュースで聞いてねえか?」
「そ、そういえば、第8艦隊が海賊を捕まえたって言ってた気が……」
このレティシアの一言で、ダルシアさんは彫像を引っ込める。海賊と聞けば、さすがに4人目でないことは明白だからな。やれやれ、まさかこの人、今度こそ僕を殺すつもりだったのかな。あの暗殺犯よりも危険だ。
「なあ、もしかしてあたいがブイヤベースの4人目の妻だって言いたかったのか!? そんなわけねえだろう。剣士としてリーナ姐様の弟子にさせてはもらったが、ブイヤベースの具になったつもりはねえぞ!」
などとミレイラが言うものだから、僕が「ブイヤベース」と呼ばれていることがダルシアさんにも伝わってしまう。
「うぷぷぷ……ぶ、ブイヤベースって、カズキさんがぶ、ブイヤベースって……」
いつにない展開だな。なぜか僕が、ダルシアさんに笑われている。
「な、この女海賊、面白えだろう? てことでよ、俺も気に入ってるんだよ」
「い、いや、レティシア、なんで海賊と知り合ってるのよ? それ以前にどうしてブイヤ……じゃない、カズキさんと海賊が、一緒にいるのよ?」
「まあ、いろいろとあるんだよこれが」
と、いうことで、いつものようにトヨヤマ港のレストランで食事をしながら、ダルシア、レティシア親子による新人弄りが始まった。
「へぇ、海賊ってもっと屈強な人がやるものだと思ってたけど、この娘、案外、華奢なのね」
「おいてめえ! なに人の二の腕触ってるんだよ!」
「いやいや、こやつは瞬発力が特技ゆえに、案外身軽なのだよ」
「ふええ、り、リーナ姐様よ、あたいの腕をあんまり触らないでくれぇ」
「にしてもこの海賊、どことなくしゃべり方が、レティシアに似てない?」
「そうかぁ? 俺はこんな腑抜けたしゃべり方しねえぞ」
「おい魔女! 誰が腑抜けてるって……ふええ、リーナ姐様、そこはダメだって……」
で、レティシアの父親のアキラさんも相変わらずだ。
「宇宙海賊かぁ、ロマンがあるねぇ。そういうのを一度、やってみたかったんだよ」
いや、やめた方がいいですよ、お義父さん。それをやられたら、僕は義理の父親に向けて引き金を引くことになる。そこにロマンなんてものはなく、単に一生を棒に振るだけで終わるだろう。
「ちょっとカズキさん! 5人目は許しませんからね!」
で、いつものように捨て台詞を吐いて、さっさと帰っていくダルシアさん。いやあ、4人目ですらないですけどね。
拍子抜けするほどあっさりと、ダルシアさんとのファーストコンタクトを終えた女海賊ミレイラだが、むしろ今回は僕の母さんの方が激しい反応を見せた。
「ちょっとカズキ! あんた、海賊なんてもの、なんだってうちに連れてくるのよ!」
そういえばうちの母さんは元軍人だったな。特に海賊に対してナーバスになるのは当然だろう。こっちの方が、事情を説明するのに時間を要する羽目になる。
「いや、おっかさんよ、こいつ海賊だけど、今は海賊っぽいことはしてねえんだって」
「そうだ、今は私の一番弟子でもあるのだ」
「ちょっとリーナさん、あなたまさか、海賊を弟子にしちゃったの!?」
「あの母さん、そうじゃなくてだな、これはコールリッジ大将からの命令で……」
「大将閣下ともあろうお方が、海賊を仲間にしろだなんて命令、するはずがないでしょう!」
「おーいブイヤベース、これ食ってもいいのか?」
「ぶいや!」
「ああ海賊さん、それはリーナさん用で、こっちのせんべいの方が来客用だから、こっちから食べて頂戴」
「これは長引きそうじゃな……ならば、妾もいただくとするか」
で、30分ほど説得を続けた結果、どうにか状況を理解してもらえた。
「はぁ……海賊に頼らなきゃならないなんて、お前も地に落ちたものだねぇ」
別に好きで海賊を味方にしているわけではない。あの白い艦隊がいなければこんなやつ、今頃は外縁部の惑星の檻の中に放り込まれているはずだ。こんなところにいるはずがない。
「ともかく、海賊と言ってもお客さんには違いないからね。まあ、ゆっくりしていきなさい」
と、結局は受け入れてしまうところは母さんらしい。
「ところでよ、ブイヤベース。てめえ案外、親不孝な奴だなぁ」
「は?」
で、ようやくその場が治ったと言うのに、この海賊、さらに火に油を注ぐようなことを言い出したぞ。
「ちょっと待て、どういうことだ。どうして僕が親不孝だと?」
「だってよ、仮にも艦隊司令っていう偉い立場なんだろう? それがどうしてたった一人の親のために屋敷も構えず、こんなちっぽけな部屋に住まわせてんだよ?」
そんな母さんの好意などお構いなしに、こんなことを口走る女海賊ミレイラ。
「いや、この星には別に艦隊司令官だからって、大きな家に住まなきゃならないって決まりはないけどな」
「何言ってやがる。親は大切にってのは、どの星でも常識だろうが。ましてや、てめえは父親を亡くしてるって話だろう? だったら、たった一人の母親を大事にしねえでどうするよ」
なに海賊の分際で正論を唱えているんだ。母さんも僕も、別にこの生活で満足しているんだから、いいじゃないか。
「あら海賊さん、いいこと言うじゃないか」
ところがその言葉に、母さんは反応する。
「あたいは早くに両親を亡くしてるんだ。親孝行してえと思った頃には、もう親は無しだ。あたいがブイヤベースの立場だったら、もっとでっけえ屋敷構えて、召使いをたくさん雇って、豪華な暮らしをさせてるだろうなぁ」
「うんうん、良いこと言うねぇ海賊さん。そうなんだよ、この親不孝息子ったら、こんなかわいい孫がいるっていうのに、近頃は顔も出さないんだよ」
「そいつはいけねえなぁ。おいブイヤベース、てめえはともかく、可愛い孫の顔も見せねえとか、指揮官失格だぞ」
「しっかく!」
なぜか海賊の分際で、母さんと意気投合し始めた。ユリシアがいらん相槌を打つ。その海賊の言葉に気をよくした母さんは、どさっとお菓子の量を増やしてくる。
「へぇ、じゃああんた、元々は軍人だったのかよ? しかも、砲撃手だってぇ?」
「そうだよ、で、同じ船に乗っていたお父さんに出会ってね。それからすぐにカズキを身籠ったから、それで船を降りたんだよ」
「随分と手の早い親父だなぁ、おい」
「カズキをみりゃあ分かるだろう。そういうところは、親子そっくりだぜ」
「そっくり!」
「うむ、確かにな。だがその女癖、エルネスティまで感染らねばよいが」
「嫡男は父親によく似ると、先代様が申しておったぞ。おそらくは無理じゃろうな」
気づけば、レティシアやリーナ、マツ、そしてミレイラの4人にアルバムを見せながら、昔話に興じる母さん。これじゃますますミレイラが「4人目」みたいな扱いじゃないか。
「そうだカズキ。海賊さんのことですっかり忘れてたわ」
と、突然、母さんは何かを思い出す。
「なんだ、どうかしたの、母さん?」
「なんだじゃないわよ。あんた、殺されかけたっていうじゃない」
ああ、その話も伝わってるんだ。そういえばダルシアさんからはそのことについて聞かなかったけど、こっちではどう伝わってるんだ?
「うん、だけどこの通り、かすり傷で済んだよ」
と、僕は脇腹に貼られた貼り薬を見せながら、そう応える。
「なんだい、思ったより軽傷だったんだね。なんでも腕を一本斬り飛ばされて、明日をも知れぬ重傷だって聞いたからさ」
そんなわけないだろう。それだったら、玄関に入ってきた時におかしいと思え。何を言ってるんだ、母さんは。
「だけど、もしかしたら本来は、そうなっていたかもしれない。その直後に起きたことから考えて、僕には偶然とは思えないんだ」
「おいカズキよ、直後に起きたことって、なんのことだ?」
ああ、そういえばあの話をレティシアにはしてなかったな。仕方ない、母さんも皆もいることだし、ここで話しておくか。
「うん、実は、父さんに会ったんだ」
「はぁ!? おっとさんに会ったのかよ! どこで!?」
「夢の中だよ。刺された直後、気を失っていた3時間の間、あの時僕は、霧の中に立つ軍服姿のヤブミ大佐に会ったんだよ」
それを聞いて母さんは当然、血相を変える。
「ちょっとカズキ、どういうことなの!? 父さん、何か言ってなかった!?」
「いや、父さんは僕の名を呼んだだけで、それ以上の言葉はなかった。ただ、僕の顔を見て何かを語り掛けたかったようだった。それで僕は、察したことがある」
「察したって、何をだい?」
「その直前、その刺客が僕の左胸を狙って突撃してきた。だが、あの至近距離で狙われた割に、僕は軽傷で済んだ」
「そうなのかい。でもそれが父さんと、何の関係が?」
「いや、おそらく父さんが、守ってくれたんじゃないかと」
「えっ! 父さんが守った!?」
「なんだか、偶然な気がしないんだ。刺客に不意打ちされたにも関わらず、軽症で済んでいる。しかもその直後に、僕の夢の中で出てきたんだよ。当然、父さんの仕業だとしか思えないな」
「なるほどねぇ、お父さんはカズキに、まだ来るなって言いたかったのかねぇ」
「それもあるけど、まだこっちでやることがある、そう言われて気がするんだよ」
5人は僕の話を、ポカンとした表情で聞き入っている。まあ、信じられないだろうな。
「……でも、父さんらしいわね。あの人、口下手だったから。生きてるときも、表情で察しろと言わんばかりだったのよね」
そう呟く母さん。父さんのことを一番よく分かっている母さんがそう言うのだから、やはりあれは父さんの仕業だったと言い切っていいのだろうな。
「へぇ、そんなことがあったんだ」
と、いきなり背後から声がする。振り向くとそこには、フタバとバルサム殿がいた。
「あれ? フタバにバルサム殿。いつの間にここに?」
「殺されかけた、って母さんが言ってた辺りから聞いてたよ。ふーん、お父さん、カズキのところに来てたんだ。いいなぁ、あたしも会いたかったなぁ」
などと一見寂しそうな、それでいてニヤニヤと不敵な笑みを僕に向ける。
「ですがヤブミ殿、死んだ人が現世に現れ、何かを起こすなどということは可能なのですか? 人は死ねば土に還る、私はそう教えられてきましたが」
「いや、常識的に考えて、普通はあり得ない。僕もそんなことはないと思っていた。が、あの現象を客観的、合理的に判断して、そういう結論に達した。そういうことだ」
バルサム殿はこの話、かなり懐疑的なようだ。彼の持つ文化と死生観にそぐわないらしいが、それを言ったら僕らの持つ科学的法則にも反する現象だ。
「だけど、あり得ない話じゃないわね」
ところが、母さんが突然、こんなことを言い出す。
「なんだよ母さん、突然。まさか母さんも父さんを見たっていうのか?」
「そうじゃないよ。ただ、因縁めいたものを感じててね」
「因縁?」
「カズキが襲われたっていうその日は、今から5日前、つまりナゴヤでは3月30日のことなんだろう?」
「ああ、そうだよ」
「あんた、この日が何の日か知ってるのかい?」
「いや、別に……って、何かの記念日なのか?」
「お父さんの、命日だよ」
それを聞いた瞬間、僕はぞっとする。偶然にしては出来過ぎている。一歩間違えれば、それは僕の命日でもあったかもしれないわけだ。そんな日が偶然一致するなんてこと、あり得るのか?
「まあ、今回の件がお父さんからの意思かもしれないってのは、何となく理解したわ。その日に襲われたことも、何か意味があるのかもしれないわね。もしかするとこの海賊さんとの出会いも、ね」
と言うと、母さんは持っていた湯飲みのお茶をぐっと飲み干す。そして、ちゃぶ台をバンバンと叩くユリシアを抱き上げる。
「さて、難しい話はここまで。あんた達、いいタイミングで帰ってきたわよね」
「いいタイミングって、母さん、何かあるのか?」
「ちょうど花見の時期じゃないか」
「あ……」
そういえばそうだった。満開の頃は過ぎているが、まだ花は見頃だ。この時期にナゴヤにいること自体が、最近の僕には珍しい。
「子供らも外に出たがってるし、せっかくだし花見に行こうかね」
その言葉に対し、ミレイラが疑問を呈する。
「は? 花見って、花を見るんか?」
「そうだよ」
「たかが花を見るのに、時期なんてもんがあるんかねぇ」
僕はふと考える。言われてみればミレイラの故郷には、花見などと言う慣習がないのだろう。レティシアはともかく、リーナはこのオオスで2度ほど花見を経験している。マツにとっても花見は初めてだが、そういえばあの城の周りでもトクナガ軍が花見をしていたから、似た風習はあるようだ。
「なんでぇ、ミレイラんとこじゃ、花見ってのはねえのかよ?」
「花はあるぞ。だけど、夏になりゃあ花畑に広がる花を見るくれえだな。それをわざわざ『花見』などとは言わねえぞ」
「そりゃあ、こっちの花はそこらの花畑のとはちょっと違うからよ。まあ、みりゃあ分かるぜ」
「そういえば、ここに来て花見というものをしておらぬな。妾も一度、見てみたいものよ」
などというやり取りがあった後に、僕らは花見に向かう。
「そういえば、バル君も初めて花見したときはびっくりしてたよねぇ」
「それはそうですよ。あのような花が、この世にあるとは思いもよらず。実に不思議な光景でしたからね」
ツルマ公園へ向かう車の中で、そう話すフタバとバルサム殿。バルサム殿も長いことこのオオスで暮らしているから、さすがに花見と言われてどんなものかを知っている。が、元々は砂漠と森の境界のようなところからやってきたから、あの桜の花を初めて目にしたときは、さすがに衝撃を受けたらしい。
その話を怪訝そうな顔つきで聞くミレイラだが、こいつは果たしてどうか?
「な、なんじゃこりゃあ!?」
公園に着くなり、大声で叫ぶミレイラ。目の前には、ほぼ満開の桜の木々が通り道の脇にずらりと並ぶ。
「おい、花ってのはこいつか!?」
「そうだぜ、綺麗だろ」
「いや、その前にこの木、おかしいだろ! なんで葉っぱが一枚もねえんだよ!?」
一見すると、この木々が不自然に見えるのだろうな。桜は花を咲かせる時、一枚も葉をつけていない。ただ薄桃色の花を、黒地の木々の上につける。その過激なまでの美ゆえに、昔からこの国では愛されている。
「うむ、さすがこの星の花も見事であるな。先代様がご覧になれば、さぞかし感銘を受けたことであろう」
一方、マツは気に入ったようだ。暖かな春の陽気を含む風になびく花を、うっとりとした表情で見入っている。似たような文化を持つがゆえにミレイラほどの驚きはないが、それゆえに花の下に立ち、その一輪一輪を見つめるその視線の先には、故郷の姿を重ねているのかもしれない。
っと、そういえばリーナの姿がないな。どこにいった?
「おい、買って来たぞ!」
と、そこにリーナが現れた。両手には、たくさんの袋。こいつ一体、何を……って、そういえば花見と言えばリーナにとっては、これだったな。花より団子、だからな、リーナは。
袋を覗くとそこは、大量の桜餅、草餅、三色団子、そして色とりどりの生菓子が詰められたパック。特にマツがその目を爛々とさせてそれを眺める。
「おいリーナ、どんだけ買ってくるんだ、おめえはよ」
「何を言うか、花見と言えば菓子ではないか」
「あの、リーナ姐様。なんですかい、こりゃ?」
「うむ、古来よりこの地の者は、花を愛でながらかような菓子を食うというのが習わしだと聞いておるからな」
「なんと可憐なる菓子じゃ。リーナ殿よ、妾も一つ、もらってもよいのか?」
と言いつつ、近くのベンチに座ってバクバクと食べ始める。もはや、花より団子だ。
「あらマツちゃん、その生菓子が気に入ったのかい?」
「うむ母上殿、なんとも優美なる菓子ゆえに、食べるのが勿体ない気がするのじゃが」
「そんならおめえ、この桜餅から食えや」
「まさか、この葉っぱごと食うのであるか?」
「そうだぜ。あ、そうそう、こっちのもっちりとしたやつは道明寺って言って、この辺りの桜餅だ。ここより東では、この巻き菓子みてえな長命寺って呼ばれる桜餅が主流でよ……」
なぜかレティシアが、桜餅について解説を始めている。一方のリーナはと言えば、三食団子をガツガツと食らっている。
「おーい、カズキ。なんか飲み物が飲みてぇ。俺、コーヒーな」
「は?」
「妾は抹茶で」
「私は紅茶が良いな」
「んじゃよ、あたいはリーナ姐様と同じで」
と、突如、飲み物が飲みたくなったこの4人は、各々勝手に要求してくる。ていうか、仮にも少将である僕に、飲み物を買いに行かせるのか?
が、和菓子を食べつつ団欒を始めてしまった4人の女ども。いや、母さんとユリシアもいるから、6人か。
「先代様がご存命の折、オオヤマ城のそばで花見の宴を開いたのじゃが、そこで妾がいただいた菓子は、まさしくこのオオスのういろうのような菓子であったが、それは餡と栗を集めて固めたもので……」
「なんだよ、そのういろうってのは?」
「おお、そういやあまだ、ミレイラにはういろうを食わせていねえな」
「いいのかい? 海賊さんにういろうなんて、口に合うのかねぇ」
「リーナだって食ってるじゃねえか。大丈夫だろう」
「いや、リーナさんはなんでも食べるからねぇ……」
ほぼ満開の桜の木の下で、話に花を咲かせる女性陣を横目に、僕は近くの屋台へと向かう。が、僕のそばに、エルネスティが寄ってくる。ああ、こいつもあの集団からあぶれたのか。僕は息子にこう尋ねる。
「なんだ、エルネスティも行くのか?」
僕の問いに、無言で頷くエルネスティ。仕方なく僕は、まだ1歳を迎えて間もない息子と手を繋ぎ、屋台へと向かう。
「いらっしゃい! って、ヤブミ提督じゃありませんか!?」
そういえば、トヨヤマを降りてそのまま来たから、まだ軍服姿だったな。将官の飾緒付きの軍服でこの界隈をうろつくなんて、僕ぐらいのものだからな。あっさりとバレてしまう。
「ええと、とりあえずコーヒーと紅茶、それから抹茶と紙コップを8つほどもらえるか」
「へぇ、毎度。しかし提督が買い物とは……噂の奥さんてのは、あそこで盛り上がっている方々で?」
「ああ、まあ、そんなところだ」
もうすっかり僕の3人の妻のことは知られているからな。が、母さんはともかく、どうみてももう一人、若いのがいる。噂の3人とは別の女海賊の後ろ姿をチラチラと見ながら、その店員は袋に入れたペットボトルを渡してくる。僕はそれを、電子マネーで精算する。
その袋を渡しながら、店員がこんなことを言い出す。
「ああ、そういえば提督、明日はもちろん、行きますんで?」
「明日? 何か、あったか?」
「明日といえば、オオスの春祭りですよ」
そうだ、長らく見ていなかったから忘れかけていたが、そんなものがあったな。
「いや、僕は特に……」
「なんでも、提督の配下の方々も、その祭りに参加されるって噂ですよ」
「えっ! そうなの!?」
「えれえ盛り上がるだろうって、皆、大騒ぎでさぁ」
なんだと、そんな話、初耳だ。オオスの春祭りに、僕の配下の者が参加するだって?
嫌な予感がするな。別におかしなことは起こらないだろうが、祭りの中身が中身だけに、何をやり出すのか分かったものではない。耳にしてしまった以上、羽目を外さないよう、僕が監視する必要はありそうだな。
オオスの春祭り、それは桜を愛でるなどという、そんな生易しいものではない。
オオス春祭り、またの名を「無茶売り祭」という。




