#37 離脱
翌日、僕は退院することになった。脇腹にはべったりと大きめの貼り薬がついているものの、それ以外は特に支障はない。本当に、軽傷だったらしい。
「おう、カズキ! 早速、全快祝いやろうぜ!」
「やろうず!」
「いやレティシア、そうもいかないんだ。司令部に呼ばれてるんだよ」
「えっ? なんだよ、そんなもん、祝いの後でもいいだろう」
「そうはいかない。だいたい僕は今、ここでは皇族から刺客を送られるほどの身だ。何らかの決定が下されると思う」
「そうなのか……しゃあねえな。それじゃお祝いは、おめえが司令部から帰ってきてからだな」
そう言って見送るレティシアだが、僕やレティシア達の周辺には、軍服の男が囲んでいる。いつになく厳重な僕の周辺に、戸惑わざるを得ない。
で、司令部に呼ばれたわけは、だいたい想像がつく。この星を離れろと言われるのだろうな。だが、それだけならわざわざ呼び出さなくとも、命令書一つで事足りるはずだ。なぜ司令部、いや、アントネンコ大将は僕を呼び出したのだ?
「ヤブミ少将、入ります!」
司令部に到着して、僕は軍司令部ビルの最上階にある総司令官室に着く。ここは、この地球1019に駐留する地球760の遠征艦隊司令官カントループ大将がいる部屋だ。ドアをノックし、中に入る。
奥の大きな机には、カントループ大将が座っている。その手前の応接用のソファーに、アントネンコ大将が座る。僕は入り口で敬礼すると、2人も返礼で応える。
「おう、待っていたぞ」
気軽に声をかけてくるアントネンコ大将。その様子をやや怪訝な表情で伺うカントループ大将を横目に、僕はアントネンコ大将の前に向かう。
「あの、お呼びとのことでしたが」
「大体の内容は分かっているだろう?」
「はぁ、それは。ですが、どうしてわざわざここに?」
僕は答えつつ、カントループ大将の方を伺う。
「この星での事態ゆえ、この星の最高指揮官も交えて話をせざるを得ない。そういうことだ」
と、アントネンコ大将もカントループ大将の方をチラ見しつつ、そう答える。
「で、アントネンコ大将殿。本当にこやつ……ヤブミ少将が、インマヌエル皇太子に狙われていると?」
「確たる証拠はないですな。が、状況を積み上げれば、そうとしか考えられない。実際、あの皇子にはそういう前例があるようですし」
前例、そう、それはすなわちリーナの一件のことだ。僕らがこの星にたどり着いたとき、リーナはまさに死の淵にあった。そこに追い込んだ人物こそ、まさにインマヌエル皇子だ。
「と、いうことで貴官にはいったん、この星を離れてもらう。それが最善であろう」
「はっ、もとよりそういう話になるかと思いました」
「だが、それもさほど長くとはいかないかもしれぬ」
「どういうことです?」
「最近、この星系の外縁部に現れたんだよ。あの白い艦隊が」
「それはそうでしょう。なればこそ我々、第8艦隊がここに来たんですよ」
「いや、その時はクロノスポイントでとどまっていただろう。今度のは違うんだよ」
「違うとは、何がです?」
「第6惑星軌道を超えてきた。つまり、この星に接近しつつある。そういうことだ」
アントネンコ大将が僕にそう語る。その言葉の意味を、僕は理解する。この広い宇宙からすれば、第6惑星軌道なんてここから目と鼻の先じゃないか。
「と、いうことだ。近いうちにあの白い艦隊と一戦、交えることになるだろう。そうなれば、貴官の艦隊の出番だ」
「戦うくらいなら、別に第8艦隊でなくてもいいような気がしますが」
「戦うだけならな。が、やつらとの接触は、第8艦隊に課せられた任務だ。そのための人員と装備を、貴官の艦隊にすでに備えたのだから」
人員と装備って、海賊とその船じゃないか。あれは「備えた」というレベルの話なのか?
「ともかくだ。新たな脅威に備えて、貴官には早めに戻ってもらわねばならない。我々も、そのための宮廷工作をするつもりだ」
と、カントループ大将も付け加える。この大将閣下が宮廷工作などと、そんな言葉を口にするとは思わなかったな。あの事なかれ主義の大将閣下が、である。それだけ、事態が深刻な方向に向かっているということなのだろう。
「では、ヤブミ少将、これより地球001へ帰投いたします」
両大将の言葉を聞いて、僕はそう答える。そして立ち上がり、部屋を出ようとする。
「ああ、ヤブミ少将、ちょっと待て」
が、そんな僕をアントネンコ大将が呼び止める。
「なんでしょうか?」
「あの海賊船をだな、トヨヤマにて改造する」
「海賊船って……ミレイラ号のことですか?」
「そんな名前だったか。そいつをこの任務のために、手を加えることにした」
「いや、大将閣下、すでに武装やバリアシステムなど、手を加えておりますよ」
「その程度ではダメだろう。先日も、海賊に襲われそうになったと聞いているしな。より強化が必要だ」
「はぁ……」
すぐにでも出発しようとしている僕を呼び止めて、言った言葉がこれである。あの海賊船をさらに改造するだって? いいのか、軍がそんなことしても。
「すでにトヨヤマの技術局には打電し、了解済みだ。そういうわけだから、到着し次第、その海賊船をトヨヤマに入港させよ」
「はっ、承知いたしました」
にこやかに手を振るアントネンコ大将と、それを怪訝な表情で聞いているカントループ大将に向けて、僕は敬礼する。そして、司令官室を出た。
「なんでぇ、食事くらいしていっても、よかったんじゃねえのか?」
駆逐艦0001号艦に乗り込み、艦橋でぶつぶつと不平を漏らすのはレティシアだ。
「仕方ないだろう。あそこにとどまったら、何をされるか分からない。だから早めに離脱しなきゃならないんだよ」
「そのインマヌエル皇子ってのが問題なら、そいつをやっちまえばいいだけじゃねえのか? 以前、リーナもやられかけたんだろう? 仕返しの絶好のチャンスじゃねえか」
などとレティシアは言うが、だからこそ、事を荒立てないために早めに離脱したんだ。まずいだろう、皇太子とやり合ったら。
「うむ、そう簡単にはいかんぞ、レティシアよ。皇国内にはインマヌエル派も大勢いるゆえ、兄上が倒されるか廃嫡とならば、国内が二つに割れてしまう。そうなったらフィルディランド皇国にいらぬ争いが生じる。カズキ殿の行動は、極めて正しいと思うぞ」
「はぁ? なんだそりゃ。なんてめんどくせえ国なんだよ」
と、リーナが補足してくれる。もっとも、今さらヘルクシンキ港に戻ることもかなわず、まもなく戦艦オオスに到着する。
「まあいいや、それじゃ、オオスに戻ったらそこでなんか食おうぜ」
「そうだな。久しぶりに私は、ひつまぶしが食いたい」
「なあ、リーナ姐様よ。そのひつまぶしってのはなんなんだ?」
「見ればわかる。とにかく、美味いものだ」
「そ、そうなんですか。まるで暇つぶしみてえな名前だから、本当に食い物なのかと……」
人のことをブイヤベース呼ばわりするミレイラに、ひつまぶしの名前がどうこうと言われたくはないが、そういえば僕も久しぶりにひつまぶしが食べたくなった。
そういえば、父さんもひつまぶしが大好きだったな。最後の4杯目が出汁茶漬けにするところも、親子そっくりだった。もしかしたらまだ、こっちの世界にとどまってるかもしれない。だったら久しぶりのひつまぶしを、味合わせてあげようかな。
そんなことを考えながら、僕らは一路、地球001へと向かう。