#35 急転
「おお、そなたが噂の海賊殺しの海賊か!」
と、おかしなことを口走りながらミレイラの手を握るのは、フィルディランド皇国の皇帝陛下だ。
「あわわ、へ、陛下におかれちまって……じゃねえ、おかれましては……」
「なんじゃ、海賊が慣れぬ言葉など使わなくともよい」
「は、はい、恐縮にございまする……」
緊張し過ぎて、言葉がますますおかしくなったミレイラだが、仕方がない、今回の主役はミレイラ自身だからな。
ここは宮殿の中、社交界の会場。そんな場所に海賊が招かれること自体が初めてではあるが、一応、ミレイラはかつてとある王国の騎士団だったということで、それを口実にこの宮殿内への立ち入りが許された。
大体、今回のこの社交界の目的が「海賊退治」の祝いだから、その主役を呼ばないわけにはいかない。
海賊が海賊を捕まえたとあって、それが皇帝陛下のツボにはまったらしい。だから、その祝賀会をやろうと言い出した。どんな思考回路をお持ちなら、そういう結論に至るのか、僕には到底理解できないな。
そんなミレイラを父上である皇帝陛下に自慢げに語るのは、リーナだ。
「この者は、私が見込んだ通りの人物です、父上。私も一度、やり合いましたが、剣の技もすさまじいものがありますな」
「うむ、左様か。我が皇国の魔物討伐隊に加わっておれば、英雄になれたじゃろうな」
「へ? 魔物? なんだそりゃ」
ミレイラのいた地球1008という星には、魔物の類は存在しない、ごく普通の星だ。魔物と聞いて驚くのは、当然だろう。
ちなみにミレイラの星の文化レベルは2で、剣と弓矢に、発明されたばかりのマスケット銃がようやく普及し始めた頃だという。それが4年ほど前に我が連合側に加わり、急速に変化しつつあるという。その結果、ミレイラは職を失い、今に至るというわけだ。
そう考えると、この星にもミレイラのような者がいるのかもしれないな。テイヨ殿を始め騎士団や魔物討伐隊の多くはそのまま宇宙艦隊の要員として組み込まれたようだが、すべてではないだろう。将来の火種にならなければいいのだが。
「ほほう、貴官のところの海賊、なかなか人気があるじゃないか」
この星の将来を憂いていたら、軍人らしからぬ発言をしながら近づいてくる人物がいる。この遠慮のない話っぷりは、御存知、アントネンコ大将だ。
「いえ、人気があるとまでは思いませんが。単に海賊が珍しいだけですよ」
「そんなことはない。あそこを見てみろ、公爵に子爵、取り巻きの男爵までその海賊を囲んでいるぞ」
と、大将閣下が指差す方を見れば、確かにミレイラのやつ、ぐるりと貴族らに囲まれて話しかけられている。が、あれはどちらかというと、リーナを囲んでいるのだろう。ミレイラはその引き立て役に過ぎない。
「ところでヤブミ少将、あの海賊の船が壊れたそうだが」
「いえ、もう直っているはずですよ」
「直ったというのは、元通りになったということか?」
「ええ、まあ」
「ふむ」
さて、海賊退治パーティーなんぞに顔を出すほどの暇な艦隊総司令官殿は、突然、ミレイラ号のことを尋ねてくる。が、あれはブルンベルヘン少佐の素早い部品調達のおかげで、すでに修復済みだ。その船のことなど、何故尋ねてくるのだろうか?
「元通りというのは、ダメだな」
ますますこの総司令官閣下の考えていることが読めない発言が繰り出される。僕は逆に尋ねる。
「あの、ダメとは?」
「通常の海賊相手に壊れるなど、脆過ぎるだろう。もっと強化せねばならないのではないか、と言っている」
「いえ、閣下、別に戦闘をするわけではないのですから、あれ以上に強化する理由がありませんが」
「そうもいかない。白い船との接触が確認されたのは、あの船だけなのだろう? ならばそれ相応に強化せねば、我々は『ウラヌス』との接触する機会を永遠に失うかもしれないではないか」
と、アントネンコ大将はおっしゃる。いや、その気持ちはよく分かりますが、ならばその海賊を船ごと引き取ってはくれませんかねぇ。
「まあいい、そんなことだろうと思って、実は地球001から技術屋を呼び寄せた」
「あの、技術屋とは……」
「地球001艦隊の強襲艦などの改良を手掛ける、小型船舶のプロだ。そろそろ到着するころだと思うのだが。そうだな、着いたら貴官にも引き合わせよう」
と、言い残して、アントネンコ大将はミレイラやリーナに群がる貴族らの元へと足を向ける。
技術屋と聞くと、どうも警戒してしまう。前例があるからな。そう、マリカ少佐という前例が。
あちらは理論屋に対して、今度のは軍船の専門家とのことだから、違うと言えば違うか。それに、我が艦隊の所属ではなく、あくまでもアントネンコ大将の第4艦隊だ。たとえマリカ少佐並みの変人だったとしても、深く関わることはないだろう。
「おう、柄にもなく、何考え事なんてしてるんだ?」
「んだ!?」
「なんだ、レティシアとユリシアか」
と、そこにユリシアを抱えたレティシアが現れる。
「いや、アントネンコ大将からちょっと、気になることを聞いたからな」
「なんでぇ、気になることって。まさか、また海賊でも出たのか?」
「そんなことじゃない。船の話だ」
「船? 船の話が、どうして気になることなんだ?」
「実は……いや、なんでもない」
「なんだよ、かえって気になるじゃねえかよ」
というんで、僕はさっきのアントネンコ大将の話を話す。
「……なるほどねぇ。で、その技術屋というのが気になる、と」
「マリカ少佐も、元はコールリッジ大将から押しつけられた前例があるかあらな。大将閣下が技術屋と言い出すと、どうしても身構えてしまう」
「うーん、そりゃちょっと考えすぎじゃねえか? と言いてえところだが、前例がマリカじゃなぁ」
レティシアにとっても少なからず影響のあった話だからな。マリカ少佐並みの懸念といえば、無視はできない。
「んだけどよ、まだ来たわけじゃねえんだろう? だったら、会ってみるまで分かんねえだろう」
「それはそうだが」
「まあ、あれほどのハズレはそうそう出逢えないだろうぜ。あまり気にするなって」
と、レティシアはそう結論づける。いや、確かにその通りだ。考えすぎも良くない。
が、なぜか僕はそこに妙に引っ掛かっている。なぜだろうか?
そう考えている僕の元に、衛兵らしき人物が一人、駆け寄ってくる。
「ヤブミ様でいらっしゃいますか?」
と、その衛兵は尋ねてくる。僕は応える。
「ああ、そうだが」
「左様ですか。あの、ヤブミ様宛の手紙を預かってまいりました」
「僕に? 誰からだ」
「アントネンコ様です」
なんだって? アントネンコ大将が僕に、手紙を?
って、大将閣下なら今、あの貴族の集団の中に……と思ったが、そこに大将閣下の姿はない。いつの間にか、席を外したようだな。
「了解した。受け取ろう」
「はっ!」
僕は衛兵から手紙を受け取る。衛兵は僕に一礼すると、その場から離れる。
「なんだぁ? あんころ粘土からの手紙だって?」
「ああ、そうらしい。だが、わざわざなんだろう?」
僕はその手紙を裏返す。封筒には特に、何も書かれていない。そこで僕は封書を開け、中の手紙を取り出す。
そこには一文、こう書かれていた。
『中庭にて待つ、手紙を読まれたならすぐに来られたし アントネンコ大将』
短く書かれたその手紙は、実にそっけない内容だ。なんだって、僕に中庭に来いと?
「なんだよ、呼び出しかよ」
レティシアもやや呆れ顔でその手紙を見る。
「うーん、なんだろうな。というか、つい先ほど、顔を合わせたばかりだというのに、なぜその時に用件を言わなかったのか?」
「さあな、もしかしてさっき言ってた技術屋てのが来たんじゃねえか?」
レティシアがそう告げる。うん、なるほど、それならアントネンコ大将がこの会場にいないのも、そしてわざわざ今それを知らせてくる理由にはなるな。
「仕方がない。それじゃちょっと、行ってくる」
「おう、分かった。それじゃ俺はここで待ってるぜ」
「るぜ!」
僕はレティシアと別れ、この会場である宮殿の中庭へと向かう。大きな柱の間を抜けると、一面芝生で覆われた庭へと出る。
衛兵が等間隔に立っている。僕の姿を見ると敬礼するので、僕は返礼で応える。
にしてもこの中庭、広いな。低い円形に配置された垣根と、その奥に噴水らしきものが見える。その脇には、屋根のついた休憩所らしき場所も見える。いかにも宮殿の中庭といった風貌の場所だ。
2、3杯ほど飲んだワインのおかげで、ややほろ酔い気味の僕はのらりくらりとその噴水目掛けて歩き出す。そういえば大将閣下がどこにいるかとまでは書かれていなかったな。なんて大雑把な指揮官だ。大体、技術屋が来たなら来たで、今呼び出す必要はないだろう。
そういえばナゴヤは今、春真っ盛りだ。桜は満開の頃で、夜になると花冷えのやや冷たい風が吹く頃だな。
そういえば、ここもやや冷たい風が吹いている。だが、こちらはナゴヤとは逆で、季節は秋から冬に向かいつつある頃だ。これから気温が下がる、そういう時期だ。ナゴヤとヘルクシンキは半年ほど季節がずれている。
ライトアップされているとはいえ、今日は新月を少し過ぎた日。とうに三日月は沈み、空には星空だけが広がっている。あの棒渦巻銀河もよく見える。
僕は大将閣下を探しながら、ふらふらと庭の中を歩いている。生け垣に沿ってあの噴水を目指すが、なかなかその生け垣の切れ目にたどり着けず、噴水を横目に歩き続ける。
にしても、変だな。大将閣下はなぜ、手紙なんかよこした?
冷静に考えたら、普通はスマホのメッセージで呼び出すだろう。手紙なんかわざわざ書くものか?
違和感を感じるものの、ともかく僕はなぜか、その噴水への歩みを続けていた。しかし、生け垣を歩くうちにその違和感が徐々に肥大化する。
その違和感が形となって表れたのは、その時だ。
急に、目の前の生け垣が、がさっと揺れる。
なんだ? と思ったのも束の間、なかから何かが飛び出してくる。その何かは、僕をめがけて突進してくるのが見える。
そしてその黒いローブで覆われたその物体は、僕にぶつかった。
ぶつかった瞬間、なにやら腹の辺りに鈍い衝撃を感じる。ふらついた身体を立て直そうとするが、ふらつきはむしろ酷くなる。
あれ、身体が言うことを聞かないぞ? そんなに僕は、飲んだのか?
いや、そのふらつきの原因は、ワインなどではない。ワインとは違う赤い液体が、僕の手にべったりとついていた。
ちょうど、あの黒い物体のぶつかった辺り、僕の左手はその辺りを触れていた。その手の平が、真っ赤に染まっている。
そう、それはいわゆる「血糊」だ。
その瞬間、僕は襲われたことを自覚した。
「閣下っ!」
衛兵の一人が、その異変に気付いて駆け寄ってくる。それを見たその黒いローブ姿の人物は、手から何かを放り投げる。
それは、短刀だ。武器を投げ捨てて、一目散に逃げるローブの人物。
僕は指を差し、その人物を追うよう、衛兵に告げようとする。が、声が出ない。というか、身体中から力が抜ける。
左脇腹の辺りが、徐々に熱くなってきた。その熱量に反比例して、僕の足からは力が抜けていく。
そして僕はそのまま、意識を失った。