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#34 休息

「んで、その不届き者の海賊はあっさりと捕まったってわけよ。あたいらに襲い掛かろうなんて、100年早えや。まったく、歯ごたえのねえ連中だったぜ」

「へぇ、やるじゃねえか。さすがはリーナの一番弟子だなぁ」

「うむ、なかなかやるものじゃな」

「それはそうだろう。私の見込んだ通りの腕前だ。そんじょそこらの海賊とはわけが違うな」


 皆、ミレイラの武勇伝に聞き入っている。が、そいつも海賊だぞ。なにが不届きな連中だ。一度こいつを、大きな鏡の前に立たせてやりたい気分だな。


「そういやあ、なんかしゃぶしゃぶな戦隊長ってやつに会ったぞ」

「しゃぶしゃぶ? 誰のことだ、それは」

「確かワンとかキャンとか言ってたな。すげえ人型重機の使い手だったな」

「ああ、ワン殿のことか。そうであろうな、ワン殿は我が皇国の魔物退治でも活躍されていた。なかなかの武人であるぞ」

「へぇ、リーナ姐様のお目に適うお方だったとはねぇ。どっかのブイヤベースと違って、あのしゃぶしゃぶの方が骨があるなぁ、おい」


 って、どうしてこっちを見るかな、こっちを。僕は武術や戦歴でこの地位にいるわけではない。彼らとは違う何かで、この立場にいる。比較しないで欲しいな。


「カズキはダメだぜ、ボーリングごときで俺に負けるくれえだ。あいつにそういう類いの期待をするだけ無駄だな」

「はぁ、なんだってそんなへぼなやつに、てめえやリーナ姐様みたいなお方が張り付いてんだよ」

「まあなんだ、人の魅力はそれだけじゃねえってことよ」


 うん、レティシアのやつ、上手くフォローしてくれたな。そうだそうだ、人間の価値というものは、そんなものだけで決まるものじゃないぞ。


「んでよ、カズキはベッドの上になると凄いのなんのって……」

「ちょっと待て魔女、その話、あたいにするのかよ?」


 と思ってたら、だんだん話が下ネタ方向にシフトし始めた。なんだレティシア、それじゃフォローにならないじゃないか。グエン中尉同様、この女海賊も僕を軽蔑しだすぞ。


「はーい、海賊退治した海賊さんに、これおごりデス!」


 と、そんなミレイラの前に紛らわしいことを口走りながら、どーんと手羽先の皿を置くのは女店員のアンニェリカだ。なんだその、海賊退治した海賊って。


「おう、ありがとよ。にしても、ここの手羽先は美味えな」

「海賊さんにも分かるでしょ、この料理の偉大さが! なにせリーナさんの星を救った食べ物デスからね!」

「おい、それほんとかよ? どう見たって、ただの鶏肉料理にしかみえねえけどな」


 いちいち大げさなこの店員の言うことなど、真に受けなくてもいいんだがな。所詮はナゴヤの郷土料理だ。それ以上でも、それ以下でもない。


「へぇ、こっちの人があの女海賊なんだぁ。よろしくね、ミレちゃん」

「だ、誰だぁ、てめえは!?」

「あたし? あたしはカズキの妹のフタバだよ。で、こっちが夫のバル君に、息子のミツヤ」


 と、そこにフタバまで割り込んできた。なるべくこの海賊と民間人の接触を避けてきたが、この店にいると知ってやって来たようだ。好奇心旺盛だからな、この放浪娘は。


「あんだよ、ブイヤベースに妹なんていたのかよ」

「ぐふふ、カズキ、ほんとにブイヤベースって呼ばれてんのね。なんだってブイヤベースなのよ……ぐふふふ……」


 フタバ、お前、ウケすぎだ。別に面白いことなんてないだろう。にしても、気持ち悪い笑い方だなぁ。


「おい、ヤブミ少将!」


 と、さらに厄介な奴が現れた。なんだってこいつが、ここにいるんだ?


「なんだ、エルナンデス准将」

「なんだじゃない! なんだって海賊に海賊をけしかけてるんだ! 海賊退治は軍人の仕事だろう! ちょっと弛んどるんじゃないのか!?」

「ちょ、ちょっと、アルセニオ! ここ店の中だよ!? 場所をわきまえないと」


 勝手に人前に現れて、いきなり抗議か。我が子を抱えるミズキが止めに入るが、これじゃミズキが2人の赤子を相手にしているようだな。


「おい、誰だてめえは!?」

「なんだお前は? 私は第8艦隊の戦隊長の一人、エルナンデス准将だ」

「なんだよ、こいつもブイヤベースの手下かよ」

「ブイヤベース? なんのことだ」


 このミレイラの一言に、エルナンデス准将は一瞬、意味が分からなかったようだ。が、ミズキはすぐに察したらしく、フタバ同様にツボにはまったらしく、必死に笑いを堪えている。そんなに面白いかなぁ、ブイヤベースって呼び名は。

「で、そういう貴様は誰だ!?」

「あたいか、あたいはミレイラだ」

「ミレイラって……なんだ、お前があの女海賊か」

「そうよ。んで、今はリーナ姐様の一番弟子だぜ」


 さすがのエルナンデス准将も、こいつの堂々とした態度に戸惑っているようだ。が、ミズキは興味半分、恐れ半分のようだ。


「ね、ねえレティシア、海賊って……いきなり噛み付いたりしない?」

「大丈夫だよ、ミズキ。ほれ、触ってみろよ」

「そ、それじゃあ……」


 まるで大型犬にでも出くわしたかのような反応のミズキだが、恐る恐るこの女海賊の赤毛に手を伸ばす。


「うわぁ、この人、口は悪いけど髪の毛はサラサラだね」

「うっせーな、なんだよてめえは?」

「おう、こいつはミズキだ。俺の昔からの親友だぜ」

「うむ、ミズキ殿よ、こいつ荒々しい性格なようで、案外、生真面目なところがあってだな……」

「ふええ、り、リーナ姐様まで触るなんて……」


 という具合に、この女海賊を囲んでの女子会が始まってしまった。こうなるともう、男の入り込む余地はない。

 で、僕とエルナンデス准将は、同じテーブルで向かい合って座る。


「まったく、女どもはなんだってすぐに群れるんだ!?」


 などと言うが、そういう我々も、僕にエルナンデス准将、バルサム殿の男同士3人でこうして群れているじゃないか。人のことは言えないと思うが。


「ところでエルナンデス殿、珍しい料理を召し上がっておいでですね」

「ああ、これはタコスというものだ。なんだバルサム殿、貴殿はこの料理、知らぬのか?」

「言われてみれば、オオスというところでも見た気がしますね。タコス、というのですか」


 そんなエルナンデス准将は手羽先だけでなく、チャーハンとタコスを頼み、それを食べ始める。というかこの店、タコスもあるのか。初めて知った。


「おや、ヤブミ提督にエルナンデス准将、こんなところでご一緒とは、珍しいですね」


 と、そこに現れたのは、ジラティワット艦長だ。


「別に一緒にいたいわけではない。この店に来たら、たまたまヤブミ少将がいただけだ」


 いやお前、僕に抗議するために敢えてここに来たんじゃないのか。さっきはそういう口ぶりだったぞ。


「ところでジラティワット艦長殿、奥さんのグエン中尉殿はどこに?」

「ああ、あそこですよ」


 指差す方向には、レティシア達の女子会がある。言われてみればそこに、娘のホアちゃんを抱えた中尉もいる。


「んでよ、こいつ、ひーひー言い始めてよ……」

「おい魔女! ちょっと待て、なんてこと言い出すんだよ!」

「本当のことじゃねえか。なんなら、今ここで実践して見せようか?」


 レティシアのミレイラをダシにした下ネタ話に、グエン中尉までがすっかり引き込まれている。それどころか、店員のアンニェリカまでいるぞ。お前、店の方はいいのか?


「これはヤブミ提督、やはりここでしたか」


 また誰か来たぞ。現れたのは、ブルンベルヘン少佐だ。


「あれ、ブルンベルヘン少佐、少佐がここにいるということは、もしかして……」

「ええ、アウグスタ……じゃない、ヴァルモーテン少佐も来てますよ」


 といって、僕らは再びあの女子会の一団を見る。確かに、ヴァルモーテン少佐もその輪の中にいた。


「ああ、確かにいるな。だけど、そんなにレティシアの下ネタ話に興味あるのか?」

「どうでしょうね。アウグスタは、新たな戦術を思考する上で大いに参考になると申しておりましたが」

「いや、あれはただの下ネタだぞ。あれのどこが戦術に結びつくんだ?」

「さぁ……アウグスタの考えることは、いつも吹っ飛んでますからね。私には分かりません」


 異才の兵站作戦を編み出すブルンベルヘン少佐ですらも、ヴァルモーテン少佐の思考は理解できないと評するのか。貴官だって、僕から見ればかなり飛んでいる方だぞ。


「にしてもだ、ああなったのはヤブミ少将のせいだろう。まったく、3人も妻を抱えるなど、指揮官としてどうなんだ?」

「いやあ、ヤブミ提督ならありだと思いますよ。決戦兵器構想を具現化し、新鋭艦隊を率いて数々の作戦で勝利した稀代の英雄。そんな英雄の醸し出すそのオーラに引き寄せられるように集まったわけですから」

「おい、ブルンベルヘン少佐、貴官はちょっと持ち上げ過ぎだぞ。何が稀代の英雄だ。そんな英雄が、こんなところで手羽先なんぞ食ってるわけがないだろう」

「そりゃあ、英雄だって飯は食いますからねぇ」

「にしても、魔女に魔剣使いに落城の姫君、そして海賊か。どうしてまあ、こいつにはおかしなやつばかり集まるのだ?」

「ちょっと待て、准将。海賊は関係ないぞ」

「時間の問題だろう。見てみろ、あの様子を」


 と、エルナンデス准将は女子らを指差す。ちょうどミレイラが、真っ赤な顔をしてレティシアに食ってかかっているところだが、それをかわしつつさらに揶揄(からか)う下ネタ魔女。にしてもエルナンデス准将のやつ、とんでもないことを口走りやがった。まさかミレイラが4人目になるとでも言いたいのか? 冗談じゃない。そもそも4人目などするつもりはない。第一、僕をブイヤベースと呼ぶやつなど、妻になどするなんてありえないな。


「ところでヤブミ少将よ、これからどうするつもりだ?」

「これから、とは?」

「決まっている、海賊まで抱えて、あの白い艦隊とはどう向き合うつもりだと聞いている」

「攻めてくれば、いつも通り迎撃する。少数の偵察隊が現れれば、あの海賊船をけしかける。少なくともあの赤い船なら攻撃されない可能性がある。何らかの接触の糸口を見いだせるかもしれない」

「ふん、あの白い艦隊にそこまでの知性があるとは思えんな。あちらが接触するつもりならば、もっと早く接触に向けて動いているはずだ。無線で交信を試みたり、あるいは使者をこちらに寄こしたり、だ」

「それはそうかもしれないが、ともかくこれはコールリッジ大将のご命令でもある。である以上、我々はそれに従い、接触の機会をうかがうしかない。これは我が第8艦隊の基本方針だ」

「それで我が艦隊が追い込まれなきゃいいがな」


 いちいち反抗的な態度を見せるエルナンデス准将だが、まだ幼子を抱えるミズキは、こんな反抗的な夫の相手もしなくてはならないわけだ。子供が2人いるようなものだな、大変だ。


「それはそうと、あの赤い海賊船、壊れてしまったんですよね」

「そうなんだ。で、ブルンベルヘン少佐、申し訳ないが、修繕用の部品調達を頼みたい」

「かまいませんよ。ですが、一度ちゃんと訓練した方がよろしいのでは?」

「それはそう思うが……仮にも海賊を、軍が訓練しても良いものなのか?」

「うーん、それはなんとも。私の領分を超える判断ですので、ヤブミ提督にお任せいたします」


 下ネタで盛り上がる女子会に対し、男どもの集まりでは御覧の通り、軍務がらみの話ばかりしている。それはそれで、つまらないな。何とか話題を変えねば。


「そういえば准将よ、子供はそろそろ一歳になるんじゃないか?」

「そうですね、エルナンデス殿。見たところ、かわいいお子さんではないですか」


 無理矢理だが、話題を変えようと試みる。バルサム殿も同調する。が、エルナンデス准将の返事はつれない。


「プライベートなことだ。少将に話すことなど、ない」


 やれやれ、相変わらず隙がないやつだ。だが、それはそれで不安になる。こいつ、ちゃんと親としての自覚があるんだろうか? 僕ですら、2人の子供らの世話はしているぞ。まさかこいつ、ミズキに全てお任せで、自身は一切子育てに関わらないとか考えてるんじゃないだろうか。


「いやあ、そんなことないよ。ああ見えてアルセニオ、子煩悩なんだよ。昨日なんか、一緒にお風呂に入っててね……」


 と、思ってたら、ミズキがちょうどその辺りのことを話すのが聞こえてきた。なんだ、こいつ意外にも子供好きだったのか。それが聞こえているのかいないのか、照れ隠しのつもりか、ガツガツとタコスに食らいつくエルナンデス准将。


「おや、皆さんおそろいで」


 また誰か現れたぞ。今度はデネット少佐だ。


「デネット少佐、貴官がいるということは、まさか……」

「ええ、マリカもいますよ。ほら」


 といって指差すと、まさにマリカ少佐があの女子会の中に首を突っ込もうとしているところだった。

 しかしだ、あの場には、やつが原子レベルで消滅させたい女海賊がいるぞ。一触即発の事態、と思いきや、マリカ少佐が相手にするのは、ヴァルモーテン少佐の方だった。


「あれあれ、なぜフランクフルト少佐が手羽先など食べているのですか?」

「これはこれは青カビチーズピザ少佐ではありませんか。そのカビだらけの汚らしい口で、この平和な空間にどのような騒乱をもたらしにいらしたのですか?」


 女海賊のことなど忘れてしまったのか、それともヴァルモーテン少佐の相手で手いっぱいなのか、話の中心にいるミレイラのことなど構わずヴァルモーテン少佐に食ってかかっている。相変わらずだな、あの2人は。


「ところで、明日には地球(アース)1019に戻る。特に白い艦隊も現れる気配もないし、第8艦隊もしばらくは出番なしだな」

「いや、ヤブミ少将がいて平穏無事に済むとは思えんがな」


 僕がさらっと今後の予定を話すや、いきなりこの准将は人をトラブルメーカーのごとく扱いやがった。


「先回戻った時には、テイヨ准将麾下の艦隊の勝利を祝う戦勝祝賀パーティが行われたくらいだ。さすがに今度は、それすらもないだろうな」

「そうか? 毎度、嵐を呼ぶ貴官が、やはり無事に過ごせるとはとても思えんがな」


 エルナンデス准将が、皮肉をぶつけてくる。が、悪いが僕だっていつも災いを呼び寄せているわけではない。たかが地球(アース)1019に戻るくらいで、何か起きるとは思えないな。

 が、このエルナンデス准将の予言がまさに現実となるのは、それから数日後のことだ。

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