#33 同賊
「ミレイラ号の位置は?」
「はっ、現在、クロノス・ポイントまであと2万キロの位置! まもなく、残骸エリアに突入します!」
かつて第8艦隊とクロノスとが戦った戦場は、今は2万隻もの黒い無人艦艇の残骸と、そしてかつて「クロノス」だった小惑星の崩壊後の残骸とがあるだけの場所となっている。無人の船すらも動かない、まさに死の世界だ。
レーダー上には残骸による無数の点が映る。それにしても、だ。こいつらは以前もここを訪れたというが、こんなデブリだらけの場所によく行こうと思ったものだ。
『こちらミレイラ号! 今から、岩だらけん中に突っ込むぞ!』
あの海賊船から通信が入る。機関、レーダー共に問題ないようだ。試験航行は上手くいった。あとはそのまま帰投させるだけだ。
が、あの海賊は、僕の帰投命令に素直に乗っからない。
『はぁ? まだなんにもしてねえぞ! このまま手ぶらで帰れるかよ!』
やる気満々なのはいいんだが、今回の目的は、この船の各部が正常に機能し、それらを船員が使いこなせているか、というのを確認することだ。目的は達成された。これ以上、こんな危ない宙域に航行させる意味などない。
「いいから戻れ。次の航海に備えて、まだ調整が必要だ」
『うるせえ、ブイヤベース! あたいは続けたいんだよ!』
昨日まではあれほど嫌がってたくせに、リーナから直々にレイピアを賜ったことが士気を上げすぎて、かえって言うことを聞かない方向に向けてしまったようだ。やる気にさせることも、少し考えものだな。
しかし、こんな残骸の中をうろついて、何をしようというのか? 今さら黒い艦艇の残骸から魔石など取り出しても無意味だし、それ以外にさほど重要なものが残っているとは思えない。クロノスとの最終決戦の後に、我々もこの辺りを探索し、「クロノス」のコアに使われていた魔石や機器類など、めぼしいものはすべて回収した。そのいくつかは、今も分析が続けられている。
これ以上、何かが見つかるとは思えない。ましてや海賊船だ。今のところ、白い艦隊の船も見当たらない。はっきり言って、時間の無駄だ。
と、僕はいらいらしながらも、なかなか戻らないミレイラ号とのやり取りを続けていた。血気盛んだったミレイラ自身も、あまりに残骸だらけのこの宙域にようやく嫌気がさしてきたのか、ようやく戻る気になってきたらしい。
『ふっ、あたいに恐れをなして、白い船も現れねえようだな。仕方ねえ、今日はこれくらいで勘弁しといてやるか』
まるで三下の悪役のようなセリフを吐いて、引き返そうとするミレイラ号。やっと戻る気になったか……と、胸を撫で下ろす。
と、その時、ミレイラ号の誰かがが叫ぶ。
『お嬢! レーダーに感! なんか映ってやすぜ!』
あれはレーダー担当のランスの声だ。何かがレーダーに映ったらしい。
が、ここは残骸やデブリが多数存在する宙域、レーダーに引っかかるものなどあり過ぎるくらいだ。
『なんでぇ、どうせ岩の破片だろう』
ミレイラも同じことを思ったようだ。白い船ならば、彼らより先に我々が捉えている。あの場所は、残骸だらけの危険な場所、それゆえに近付く者はいない。常識的に考えて、それは当然だ。
だから僕は、ランスが何かを見誤った、そう思っていた。
が、そうではなさそうな証拠が確認される。
『いえ、そんなわけねえです! だって、重力子も感知してるんですぜ!?』
ランスの言葉を聞いて僕は、何かあると察する。そこで、タナベ大尉に命じる。
「タナベ大尉! こちらでも探知できるか!?」
「はっ! 待機を!」
重力子が観測されたとなると、話は別だ。あそこにそんなものを発する物体は存在しないはずだ。それがあるとなれば、懸念が二つある。
ひとつは、まだ生きている黒い艦艇が存在する可能性。たった一隻でも動く個体がいたとするなら、それは大問題だ。他にも動く艦艇が存在する可能性が出てくるから、この宙域の残骸をすべて消滅しなければならなくなる。
もうひとつは、白い艦艇の存在だ。そういえばあの海賊船が白い船に出会ったのは、まさにこの場所。我々がここに来る前から潜んでいた可能性がある。
いずれと接触するにせよ、我々は何らかの対応を迫られる。白い船ならば接触を、黒い船ならば破壊を、だ。
ところが、そのどちらでもないという報告が飛び込む。
「重力子発生源を特定! 座標、送ります!」
「光学観測! 艦種識別! これは……民間船です!」
実に拍子抜けさせられるその報告に、僕は思わず力が抜ける。なんでこんなところに民間船がいるんだ? ミレイラじゃあるまいし、宝でもあると思ったのか。
が、僕はふと考えなおす。通常航路から大きく外れたこの場所、普通の民間船が立ち寄るはずがない。
「オオスよりミレイラ号! その民間船に接近し、確認できるか!?」
『あいよ、なんなら中に乗り込んでもいいんだぜ!』
「馬鹿か、海賊行為をしろと言ってるわけじゃない。もしかすると遭難船かもしれん、とにかく接近し、どうなってるのか直接確認しておきたい」
『うるせぇなぁブイヤベース、そんなことぐれえ分かってるよ。んじゃ、さっさと接近するぜ』
偶然だが、彼らにもやることができた。せっかく士気を高めたというのに、それを損なうことになっては元も子もない。ただ、やり過ぎないかが心配ではあるが。
だが、そんな予想をも上回る事態が発生する。
ミレイラ号が、その民間船までの距離10キロに迫った時だ。緊迫した通信が、飛び込んできた。
『う、撃ってきやがった!』
チコという男が、悲痛な叫び声をあげる。と同時に、こちらの艦内でも声が上がる。
「エネルギー反応、探知! 民間船より発砲!」
「なんだと!?」
この報告に、それまで静観を保っていたジラティワット艦長が叫ぶ。全く想定外の事態に、単なる海賊船の試験航行ではなくなった。艦橋内が慌ただしくなる。
「民間船、増速中! 転舵反転し、ミレイラ号に向かいつつあります!」
「これより当該民間船を、『不審船』と呼称する。ミレイラ号に連絡、直ちに不審船より離脱せよ、と」
「了解! オオスよりミレイラ号、直ちに不審船より離脱されたし!」
この行動から、遭難か何かの理由で、そこにいる船ではないことが判明した。しかもあの相手は、攻撃を加えてきた。この手の行動パターンの船は通常、こう呼ばれている。
「海賊船」と。
まさかとは思ったが、海賊船が海賊船らしき船から攻撃されるという、前代未聞の事態に僕らは遭遇することになった。で、不意打ちを食らったこちら側の海賊船は、混乱に陥っている。
『おい、攻撃だ攻撃! 武器がついてるだろう!』
『いや、お嬢、まずはバリアですぜぇ!』
『馬鹿野郎! 撃たれたっていうのに、撃ち返さねえなんてことがあるかよ!』
『お嬢、バリアを展開しや……ぎゃあーっ!』
何をやってるんだ。バリアを展開したまま、ビームを撃ったらしい。せっかく無敵の防護兵器を持っているというのに、自業自得な行為のおかげで、その鉄壁な盾の内側で爆発が起きた。無線越しにも、その激しい爆発音が伝わってくる。
『れ、レーダーが、壊れちまった!』
ああ、ほんと、何をやってるんだか。幸い、船に穴が開くなどの深刻なダメージは受けていないらしい。それを聞いて僕は指示を出す。
「武器は使うな、バリアのみ使用せよ!」
『何言ってやがる、ブイヤベース! それじゃ攻撃できねえじゃねえか! このまま撃たれっぱなしでいいのかよ!?』
「バリアだけでも攻撃はできるだろ! そいつを展開したまま、その不審船に突っ込めば、相手にダメージを与えられる!」
『おっ! 言われてみればそうじゃねえか! なかなか賢いじゃねえか、ブイヤベースよ!』
しまった、つい攻撃手段を教えてしまった。って、そういえば以前、お前はそれでやられて動けなくなったんだろう。自分がやられた手段を、もう忘れてしまったのか?
『おりゃーっ! ミレイラ・アタックだ!』
あちらの映像が送られてくる。ビームでバンバン攻撃を仕掛ける、海賊船と思しき民間船。というか、こちらの指示は退却だった。人の話を聞いてないな。あのまま、向こうの海賊船ごと自爆してやろうか?
などと考えるも、まだ向こうが海賊船と決まったわけではない。ともかく、まずは停船を呼びかけて、臨検を行うこととする。
「あそこにもっとも近い艦艇はどこか!?」
「はっ! ワン准将の乗る0100号艦が最短です!」
なんと、ワン准将の船が近いのか。まあいい、僕は命じる。
「ワン准将に連絡、周辺10隻を率いて不審船を臨検せよ、と」
「はっ!」
「まずは警告だ。不審船に対し、停船して臨検に応じるよう伝えよ」
「了解しました! にゃん!」
司令部も総動員して、この不審船を停船させることにする。が、あれを見ていると、とても停船に応じるとは思えなくなってきた。
『おりゃあ! 突っ込むぜーっ!』
何せもう一方の海賊船が襲い掛かってくる。猛攻撃を仕掛けるも、すべて外れるか、バリアによって弾かれてしまう。そんなものが接近するのを見て、大人しく応じるとは思えないな。
赤いミレイラ号に恐れをなしたようで、その不審船は転舵、反転して逃げにかかる。レーダーが故障しているため、目視で追いかけるしかない。見失ったら、ミレイラ号では追うことができない。
が、そこは海賊船だ。追いかけるのだけは得意と見える。残骸の合間をジグザグに逃げる不審船を、巧みに追う。
あの船の航海士は確か、チコと言ったな。案外、上手いじゃないか。もうちょっと訓練すれば、強襲艦の操縦をやらせることもできるかも……
いやいや、あれは海賊船の乗員だった。間違っても軍に組み込んだらダメだろう。そう思いなおし、僕はあの不審船とミレイラ号の鬼ごっこを見まもる。
いつまで続くのかと思った、海賊同士と思われる2隻の鬼ごっこ。だが、それもすぐに終止符が打たれる。
逃げる不審船の後部噴出口から、火花が散った。
◇◇◇
「なんだぁ、今のは! 何が起きたんだ!?」
あたいが瞬きする間に、あのふざけた船が急に火を噴きやがった。機関の故障か? いや、違う。4つの噴出口の内、1つだけが火を噴いている。
あたいらが茫然としていると、目の前に一瞬、何かが通り過ぎる。
「な、何か来ましたぜ!」
他のやつらには見えてねえようだが、あたいには見えた。そう、あれは人型重機ってやつだ。
にしちゃ、猛烈な速さで飛んでいきやがる。あんなに速く飛ぶ人型重機なんてあるのかよ?
そこに、通信が入る。ブイヤベースからと思えば、別の声だ。
『こちら第8艦隊のワン准将だ。これより先は、我が第8艦隊が引き継ぐ。ミレイラ号は、直ちに離脱されたし』
ワン准将だぁ? 要するに、ブイヤベースの手下じゃねえか。さっきの重機は、その手下の仕業か。
だが、気に入らねえ。あたいらが先に見つけたんだ。しかもこいつら、あたいの船を撃ってきやがった。そこまでされて引き下がるなんて、リーナ姐様に申し訳が立たねえ。何よりも、あたいの誇りが許さねえ、
あたいはレイピアを握りしめる。そして、チコに向かってこう言い放つ。
「おい、チコ! 突入するぜ!」
「へ?」
「何が『へ?』だ! あたいら海賊だろう! それが喧嘩売られて、黙っていられるかい!」
「へ、へぇ! すぐに!」
慌てて操船を始めるチコ。すでに止まった船なんざ、あっという間に乗り込める。さっきの人型重機が引き返してあの船を抑えちまう前に、こっちが取りついてやる。
『ミレイラ号! 直ちに離脱せよ!』
案の定、こっちの様子を見た人型重機が、無線で再度連絡してきやがった。
「こっからは、こっちの仕事だ! 中の船員を踏ん捕まえてやるぜ!」
あたいの言葉を聞いて、さぞかし慌てたことだろう。あの人型重機のパイロットは相当腕が立つと見えるが、こっちは味方だからな、おいそれとは手が出せまい。何と言い返してくるか。そいつの焦る気持ちを想像し、あたいは今、さぞかし嫌な薄ら笑いを浮かべていることだろうよ。
が、そいつは意外にもこう返してきやがった。
『了解した! こちらも援護する!』
なんと、援護すると言い出した。てっきり説得か恫喝してくるもんだと思っていたんだが……あのパイロット、何者だ?
まあいい、邪魔されるよりは援護される方が遥かにマシだ。この船はやや青っぽい色のあの船に横付けする。ガンッと鈍い音が響く。
「お嬢! 船外ハッチに取り付きやしたぜ!」
「よーし、んじゃ、乗り込むぜ」
ベンの一言を合図に、あたいはリーナ姐様から賜ったあのレイピアを握る。そして、扉に向かう。
ベンとクルスが、銃を構える。あたいは2人に言う。
「いつも通りだ。手出しは無用だぜ」
「へい、お嬢。それじゃ、開けますぜ」
まず、こちらの扉を開く。するとすぐ向こうに、あちらの扉が見えてくる。当然、鍵がかかっている。
そいつをベンが銃で撃ち抜く。すると、扉が動いた。あたいはレイピアを顔の前で構え、こう唱える。
「アテーナの加護の、あらんことを」
戦女神の名を唱え、覚悟を決める。この名を唱えて今までに二度負けたが、いずれも生きて帰ってこられた。その一人に稽古をつけてもらい、さらにこの剣まで賜った。今度こそ、絶対に負けねえ。
開いた扉の隙間から、向こうが見えてきた。ざっと3人、銃をこちらに向けているのが見える。まだ扉が開き切らないうちに、あたいは飛び込んだ。
一瞬で、一番後ろに立つ頭らしき男に向かって飛び込む。あたいの剣先は、そいつの握る銃の銃口だ。その穴に突っ込み、銃を跳ね飛ばす。
そのまま、あたいはそいつの喉元にレイピアをかざす。何が起きたのか分からねえ顔しているが、次の瞬間にはもう、自身の危うさに気づいたらしく、さーっと顔から血の気が引いていくのが見て分かる。
「降伏しな。てめえらに、勝ち目はねえぜ」
「な……何者だ、おめえは?」
「おい、返事はどうした!」
「わ、分かった、降伏する……」
するとその頭らしき男は銃を構える2人に目で合図を送り、それを見たその2人も、その場で銃を捨てて手をあげる。ベンとクルスが、床に落ちた銃を拾い集める。
「黙って言うことを聞いてりゃ、命までは取らねえ。それが、あたいらのやり方なんでね」
「お、おい、お前ら、軍隊じゃねえのか? これじゃまるで、海賊じゃねえか」
「はぁ!? てめえらの方が、よっぽど海賊だろうが! いきなり撃ってきやがってよ!」
などと会話していると、そこにずかずかと音を立てて、大勢の人が押しかけてきやがった。振り向くと、陸戦隊の服に、いかにも軍用の銃を持った連中。なんだ? あたいの船に、こんな連中いたのか?
「お嬢、あっしらの船の荷物室の扉から、増援が入ってきまして」
ああ、そういうことか。さっきの人型重機のやつの船が追いついたのか。その一人があたいの前に立ち、敬礼しながらこう告げる。
「ミレイラ殿、ご苦労でした。あとは我々が引き継ぎます」
そいつはそう告げると、手下に命じてあたいのレイピアの先で震えながら立つ頭の両腕を掴ませる。
そういえばこいつの声、さっきも聞いたぞ。もしやあの人型重機のパイロットじゃねえか? 今度はそいつが直々に乗り込んできて、あたいらの手柄を奪いに来やがった、というわけか。
「ちょっと聞くが、てめえはさっきの?」
「ええ、そうですよ。重機を操ってたのは、私です」
「そいつがなんで、この船に?」
「そりゃあ、ヤブミ少将より我が戦隊に、この船を直ちに臨検するよう命令されてますから、乗り込んできたんですよ」
「なんでぇ、ブイヤベースの言うことをわざわざ聞いてやってきたのかよ」
「我々の艦隊司令官ですし、私も戦隊長ですから、当然ですよ」
「えっ? 戦隊長?」
ちょっとまて、今、戦隊長って言ったよな? 戦隊長っていやあ、あのブイヤベースの次くらいに偉いやつらじゃねえか。そういえばさっきこいつ、准将って……待て待て、なんでそんなやつが人型重機のパイロットなんてやってるんだ?
「しかし、私はブイヤベースよりはシュアンヤンロウというしゃぶしゃぶ料理の方が好きですなぁ。ああ、私の妻のエフェリーネもシュアンヤンロウが大好きで、よく夫婦で食べるんですよ」
なんだって急に料理の話をし始めるんだ? 手下どもがすげえ勢いで、この船の中を走り回ってるっていうのに、なんだってあたいはこいつの奥さんの話を聞かされている?
場に合わねえほのぼのとした話を聞かされているうちに、とんでもねえ事実が分かった。
こいつら、やはりというか、海賊だった。中にある船の積み荷が、つい2日前に襲われたという民間船の荷物だったことから発覚したらしい。どうやら、ここに身を隠してとんずらしようとしていたところだったみてえだ。
で、そこにあたいらの船が近づいてきたから、撃ってきたというわけだ。なんてやつらだ。
当然、積み荷は没収。とりあえず、あたいらの船に積み込まれる。で、この青い海賊船の乗員8人は、ワン准将っていうしゃぶしゃぶ好きの男らが連れていくことになった。
思わぬところで、大捕り物となっちまった。しゃあねえ、あたいらはまず、あたいらの船内に連れてこられた8人の前に立つ。そしてあたいは、深々と頭を下げる。
「とんでもねえ恵みをあたいらに与えて下さり、ありがてえ限りだ。この御恩、一生忘れねえぜ。アフロディーテの微笑みが、てめえらに与えられんことを願うぜ」
捕まった海賊どもは、何を言い出すんだという顔でこっちを見ている。だが、これはあたいなりの礼儀だ。だってそうだろう。こいつらは結果的に、あたいらに刈られた。豊作を喜び、その作物と神に感謝するのはあたりめえのことだ。だからこそあたいは、この「作物」どもに感謝の言葉を忘れねえ。
そうだよ、こいつらは刈られたんだよ。海賊でありながら。
頭を上げたあたいは、こいつらににやりと、思い切り嫌らしい笑みを浮かべてやった。