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#32 改造

「ダメだ、急所を真っ直ぐ狙うから読まれるんだ。多少速度を犠牲にしてでも、揺らぎを与えて相手に読まれないよう心掛けよ」

「承知だ、姐様よ。んじゃ、もう一本!」


 カツンという木刀同士をぶつけ合う乾いた音が響く。リーナがあの女海賊、ミレイラに稽古をつけているところだ。

 あの女海賊はすっかりリーナに惚れ込み、こうして真面目に稽古の取り組んでいる。側から見れば、上級の剣士同士の打ち合いだ。素人目にも、あれが達人同士の打ち合いであることは一目瞭然だ。

 しかし、だ。二人とも、ちょっとは場所を考えてほしい。


「おい、リーナにミレイラ。稽古なら艦橋ではなく、別の場所でやってくれないか? 例えば、街の奥に射撃訓練場があるだろう」


 そう、ここは艦橋、司令部席のすぐ脇でこの2人は木刀の打ち合いをやっている。さっきからうるさくてたまらない。


「っせえな、ブイヤベース。広いんだからいいじゃねえか」

「おい海賊、僕にはヤブミ・カズキという名前があるんだ、いい加減そのおかしな呼び名をやめてくれないか」

「言いにくいんだよ、そのヤブなんとかってのは。いいじゃねえか、3人の女を侍らせてドロドロとした性生活を送ってて、まさにブイヤベースみてえな野郎じゃねえか」


 それを聞いた周りの乗員が必死に笑いを堪えている。特にジラティワット艦長の脇に立つグエン中尉よ、お前ちょっとウケ過ぎだ。

 やれやれ、こんな口の悪いやつが出入りするようになって、この艦橋も品位が下がるというものだな。

 今は、艦隊標準時すなわちナゴヤ時間で西暦2493年3月20日、午前8時57分。ナゴヤなら、そろそろ桜が咲く頃だ。しかしここは異なる銀河の宇宙空間、しかも、風情ある桜とはほど遠い、赤髪で口の悪い海賊の女が好き放題に稽古をしている。


「よしっ、今日はこれくらいにしよう」

「姐様、今日もありがとうごぜえやす!」


 こいつ、リーナには丁寧なんだよな。それだけリーナにほれ込んでいるという証拠だ。だが、この感情を悪用するやつがいる。


「おう、やっぱりここにいやがったか」


 稽古が終わるタイミングを見計らっていたのか、それとも魔女の勘か? レティシアが入ってくる。


「き、きやがったな、魔女め」

「あったりめーじゃねえか、稽古が終わるタイミングを見計らって、わざわざ出迎えに来てやったんだよ」

「今日こそいかねえぞ! なんであたいが、毎日いじくられなきゃいけねえんだ!」

「とかいっておめえ、ヒィヒィいいながらも、いい顔してるじゃねえか」

「うっせーっ! なんてこと言い出すんだ、てめえは!」

「まあ、いいではないか、スキンシップも大事だぞ」

「リーナ姐様まで……うう、姐様に言われちゃ、断れねえじゃねえか!」

「そうじゃそうじゃ、姐様に逆らうでないぞ」

「けっ、キモノ野郎まで来やがったな。特にてめえはお呼びじゃねえんだよ」

「とか言うて、そなた、(わらわ)の『てくにっく』とやらに悶えておったのを、忘れたとは言わせぬぞ」


 やれやれ、ここは艦橋だぞ。そんな場所でなんて会話してるんだ、こいつらは。特にマツよ、お前、つい最近まで攻められる側だったのに、攻める側になった途端、恐ろしく積極的になりやがった。


「やれやれ、やはり変態って感染(うつ)るんですかね?」


 と、わざわざ僕に聞こえるように呟くのは、グエン中尉だ。僕には慕ってくれる者はほぼ皆無で、辛辣なやつの方が多い。


「てことでカズキ、夕方までこいつの相手してるから、ユリシアとエルネスティのこと頼んだぜ。おらっ、さっさと行くぜ」

「ひえええぇ! ね、姐様よぉ!」


 あの女海賊も、レティシアの前では形無しだな。心配そうに見送るのは、ミレイラの一味の一人である、ベンだ。


「ああ、お嬢、あんなになっちまって……でもまあ、処刑されちまうことを思えば、まだ幸せなんですかねぇ」


 このベンという男、海賊の中では賢く冷静だ。あの脳筋悪口剣士にこの補佐役がついてなかったら、僕らと出会う以前に捕まっていたことだろう。


「ところでヤブミの旦那、あっしらの船は今、どうなったんで?」

「ああ、もう修理は終わり、3番ドックに接続されている。明日にでも試験航行をした後に、早速出撃してもらうつもりだ」

「へぇ、それが約束ですからねぇ。で、どこへ向かうんで?」

「とりあえずは、クロノスの残骸調査だ。以前と同じ状況で再び白い艦艇に出会えるか、まずはそこからだろう。ああ、そうだ」


 僕はふと思い出し、懐からあるものを取り出す。


「そういえば、これと同じものをあの船にも搭載している。もしかしたら、これがあの船を引き寄せているかも知れないと思って、一応、装備することにした」

「こ、これは……ええと、あっしらには大きな宝石にしか見えねえんですが、これは一体なんなんですかい?」

「我々が『魔石』と呼んでいる石だ。一見するとただのルビーに見えるが、こいつにはとんでもないパワーが込められている」

「ぱ、パワーとは?」

「いや、その辺の話は、今回の任務とは関係ないから割愛する。ただ一つ、注意すべきことがある」

「へぇ、何でしょう?」

「この石を、レティシアを始めとする魔女には触らせないこと。おそらく、大変なことになる。それを肝に銘じてほしい」

「へ? あ、いや、承知しましたぜ、旦那」


 僕はベンにそう告げると、その小さな魔石をベンに手渡す。それをしばらく手に取ってまじまじと眺めつつ、腰につけたカバンの中にそれを入れる。ベンは僕に頭を下げ、そそくさと艦橋を出る。おそらく、今の話を仲間に伝えに行ったのだろう。

 ああ、そうだった、そういえば修理が完了した船をあの連中に見てもらわなければならなかったな。現状確認と、明日の試験航行に備え、船の具合を確認してもらわなければ。

 と、思ったが、肝心の船長たるミレイラを、レティシア達が連れて行ってしまった。しまったな、もう手遅れか?

 などと思いつつも、僕はレティシアにミレイラを第3ドックに連れてくるようにメッセージを送る。

 で、それから1時間後。


「うう……あたいはもう、お嫁に行けねぇ」

「何言ってんだよ、おめえ、リーナに惚れ込んで弟子入りしたんだろうが」

「それとこれとは、話が別だぜ……まったく、なんてことしてくれるんだよ」


 何があったのか、大体想像がつく。妙にすっきりとした顔つきのレティシア、リーナ、マツ、そしてもはや海賊とは思えないほどしおらしい顔つきの女海賊ミレイラが並ぶ。その脇には、5人の船員がいる。


「破損した噴出口は御覧の通り、綺麗に修復されている。またエンジンも元通りだ。追加装備として、バリアシステムを搭載した」


 僕の言葉を、うわの空で聞いているミレイラに対し、ベンは今の言葉に反応する。


「ば、バリアシステムって、それって一種の武装じゃねえですかい! いいんですか、そんなもの、海賊船に付けちまっても!?」

「任務の性格上、危険にさらされることになる。これくらいの装備は当然だろう。あと、軍用のステルス塗装対応レーダーに、目標自動追尾型の10センチ口径の高エネルギービーム砲も2門、搭載してある」


 海賊船に、正規軍が武装を施すなど、前代未聞の出来事である。まさに最強の海賊船が今、目の前にある。


「もちろん、自爆装置も付けさせてもらった。不穏な行動に出れば即、発動させる」


 無論、無条件ではない。保険は掛けさせてもらう。でなければ、これほどの装備を民間船どころか、海賊船に施すなどあり得ない。


「けっ、余計なもんつけやがって」


 などと文句を言うのは、ミレイラだ。


「そういわれても、選択権はない。それが条件で、お前らの海賊行為に対する罪を保留しているんだからな」

「分かってるよ、そんなことくれえ。何度も言うんじゃねえよ、ブイヤベースの癖しやがって……」


 不機嫌そうに返す女海賊。ぶつぶつと言いながらも、この修理用ドック内にぽつんと置かれた赤い小型の船体を見回す。他の5人も同様に、船体をチェックし始める。

 で、ハッチを開き、中に入る。一見すると、以前と同じ船体に見える。が、大型のレーダーサイトが目を引く。


「はえ~っ、これ、軍用のレーダーですかぇ」

「『ウラヌス』の白い艦艇も、ステルス塗装が施されているようだからな。普通の民間用レーダーでは捉えられない。そのための装備だ」


 軍用装備と聞いて、やや興奮気味なのはランスという男だ。あの男、普段は索敵役だったらしいから、この装備の有難みが分かるというものだろう。

 元々、この海賊船には船体に見合わないほどの大型の重力子エンジンが搭載されている。海賊船だから、いざというときに逃げ切れるだけの足が必要だ。だから、通常の軍船なら追いつけないほどの加速を可能とする機関が取り付けられている。

 海賊船といっても、基本的には民間船だ。ゆえに、荷室(ペイロード)が備えられている。正直、ここの使い道は考えていない。海賊的には、襲った船から奪った高価な荷物を納めておくために必要なんだろうが、そんなものは今回の任務には不要である。

 といって、何かを入れておくものもないし、とりあえず今のところはそのままにしてある。一応、魔石はここに納めてはあるが、そんなもので埋まるほど小さくはない。


「で、明日は試験航行として、第10惑星軌道上にあるあの場所に行ってもらう」


 船内を興奮気味にチェックする6人の海賊に、僕はこう言い放つ。それを聞いたミレイラが、顔を引きつらせながら僕の方を見る。


「おい、ブイヤベース。まさかそこは……」

「そうだ。クロノス・ポイントだ」


 試験航行とは言いながらも、向かうのはかつてこの船が白い艦艇と接触した場所。心穏やかであろうはずがない。


「ここからもほど近いし、白い艦艇以外は近寄る者もいない。試験航行の場所としては、うってつけだろう」

「いや、それってつまり、白い船は来るかもしれねえってことだろうが」

「そうなったらそうなったで、試験航行本来の役目が果たせる。問題はないだろう」


 僕のあまりにしたたかな提案に、ますます不機嫌な表情を浮かべるミレイラ。もっとも、この反応は想定済みだ。こいつの機嫌を散々損ねたうえで、僕はリーナに合図を送る。

 そうだ、もちろんこいつらへの「装備」は、これだけではない。

 危険と隣り合わせの任務だ。だからこその装備が必要となる。


「もう一つ、この船に備えるべき武器を渡しておこうと思う」


 これで終わりかと思っていた海賊らは、この僕の一言に一瞬、表情を変える。この上にまだ、何かあるのかと思ったことだろう。

 それを聞いたリーナが、僕の脇に立つ。


「ミレイラよ」


 リーナは、ミレイラを呼ぶ。


「な、なんでえ、リーナ姐様」

「その武器を、そなたに渡す」


 そういいながらリーナがミレイラの目の前に、その武器をかざす。当然、それを見たミレイラは目の色を変える。

 それは、剣だ。それもかなりの装飾が施された細身の剣、レイピアだ。

 鋭利な剣先、端正な剣身、そして剣の刃元(リカッソ)には金色の輪が幾重にも重なる不思議な幾何学模様が施されている。握りの部分には黒い革で覆われ、それを金色のアーチ状の護拳(ナックルガード)がまたがっている。その護拳の表面には、家紋の様な紋様が彫られている。

 無論、それを納める(さや)も、豪華な造りだ。表面は銀の細工で覆われており、ところどころ赤や緑の宝玉が見える。

 それまでこいつが使っていたレイピアは、ただの鉄製の簡素なものだった。それとは比べ物にならないほどの豪華な剣。それをミレイラの前で掲げて、リーナはこう告げる。


「我が弟子ならば、丸腰で戦場に赴かせるわけにはいかぬ。ゆえに私はそなたにこの剣を贈る。これはフィルディランド皇国の皇族付きの職人に作らせた逸品なれば、そなたに相応しい武器であろう」


 これはおそらく剣士にとっては、最高の栄誉であろう。皇女であるリーナから、最高のレイピアが贈られる。それを両手を差し出し、恐る恐る受け取るミレイラ。


「はぁ~……なんて美しい剣なんだよ……あ、あたいなんかが受け取って、本当にいいものなんですかぁ?」

「何を遠慮することがあろうか。そなたは私の剣の弟子であり、そしてこの宇宙を左右しかねない重要な任務に赴くとなれば、それに相応しいものを贈らねばなるまい」


 それを聞いたミレイラは、目を潤ませる。軍から押し付けられた厄介事に過ぎないと思い込んでいたこの任務の遂行にあたり、リーナの祖国であるフィルディランド皇国から最高の栄誉が与えられた。感動しないわけがない。


「……と、カズキ殿が申すので、私がフィルディランド皇国の皇室に掛け合い入手した剣だ。礼ならばまず、カズキ殿に申すことだな」


 と、余計な事をリーナが暴露してしまう。うるうると涙目のミレイラが、口元をもにょもにょとさせながら僕の方を見る。


「ぶ、ブイヤベースのくせに、き、気が利くじゃねえかよ……」

「僕はただ、任務をこなして欲しいと思っただけだ。それにこの剣を選んだのは、リーナ本人なわけだし」

「なんでぇカズキ、そういう控えめなところが、おめえの悪いところだよ」

「おいレティシア、別に悪いことはしてないだろう」

「はぁ~、素直じゃねえなぁ、おい」

「そうじゃそうじゃ、人の上に立つ者ならば、もっと懐深いところを見せびらかすのも大切じゃよ」


 レティシアやマツが口をはさんでくる。いや、こういう時、感謝をされるのはリーナが担う役目だろうが。僕は海賊とは対峙する立場なんだぞ。

 剣は艦内に持ち込むわけにはいかないから、この剣はあくまでもこの船の中にのみ装備するものだ。それゆえにミレイラは、船から降りるときには名残惜しそうに頬をすり寄らせていた。よほどこの剣が気に入ったらしい。

 そして、その翌日。

 その剣を乗せた海賊船「ミレイラ号」は、試験航行のために「クロノス・ポイント」へと出発した。

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[一言] カズキさんの三人の嫁のせいでノクターン行きはは近い?
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