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#27 皇国

「ほう、このか弱き娘の細腕で、あれほどの大砲を放ったとは……とても信じられぬな」


 ここは0001号艦の食堂。ちょうどカテリーナが納豆ご飯を食べているところに、マツが現れた。初めて目にする、我が艦のエース級砲撃手の姿に、マツは感動しながらその細い二の腕の辺りを触っている。


「……何?」


 一方で、カテリーナの方は迷惑そうだ。それはそうだろう、いきなり現れた着物姿の奇妙な娘に、食事の邪魔をされているのだから。


「ところで納豆といえば、(わらわ)のところではこのように、汁の中に入れて食べておる。なかなかの美味じゃぞ」


 などといいながら、マツは手元にある納豆を味噌汁の中に入れる。そしてそれを、ずるずると飲み始める。

 一瞬、顔を歪めるカテリーナだが、どうやらそれが美味そうに見えたのだろう、納豆をひとパック取り出し、それを手元にあった味噌汁に入れる。そして恐る恐る、それを飲んでみる。

 どうやら、ハマってしまったようだ。新たな味の発見に満足するカテリーナの顔は、マツの表情をも明るくする。

 ところで我々は今、0001号艦に移乗してヘルクシンキ港へと向かいつつある。

 すでに高度100キロを切り、大気圏に突入しつつあるところだ。食堂の天辺に並ぶモニターには船外の様子が映されているが、それが徐々にオレンジ色の光を帯び始めていた。


「そういえばカテリーナよ、そなた、ナイン殿とはうまくやっておるのか?」


 と、そこにリーナが突如、カテリーナに妙なことを尋ねる。それを聞いたカテリーナは立ち上がり、少し離れた場所で談笑するナイン大尉の元へ向かう。そしてその腕を掴んで席まで引っ張り、そのまま2人で並んで座ると、にこりと微笑んでみせた。


「なるほど、相変わらず、ということか」


 リーナのこの言葉に、頷いて応えるカテリーナ。そういえばこの2人にはまだ子供こそいないものの、まるで新婚のようにべったりと歩く姿を戦艦オオスの街中でもよく見かける。


「うむ、よい夫婦の顔をしておるな。さすがは天下一の大砲術師と謳われるだけの者ではあるな」


 そうマツが述べると、満足げな顔で再び納豆汁を飲み始めるカテリーナ。この両者の初期接触(ファーストコンタクト)、まずは上手くいったと見るべきところであろう。

 そんな戦乙女(ヴァルキリー)らを乗せた0001号艦は、リーナの故郷であるフィルディランド皇国の皇都、ヘルクシンキへ降り立つ。


「にしても、まるで南蛮風の寺のような建屋が見えるな。それに、城と思われるあの櫓の周囲に堀はなく、代わりに高い壁のようなものが囲んでおるぞ。どうなっとるんじゃ、この街は?」

「うむ、マツのいた場所とは異なる文化ゆえ、かような建物が多い。だが、ここは良い街だ。マツもきっと気にいると思うぞ」


 宇宙港ロビーの大きな窓から、ヘルクシンキの街を一望するマツとリーナ。ここは少し高台にあり、ヘルクシンキの上下二段の街を見渡すことができる。


「おう、カズキ! 早速、街に行って手羽先食おうぜ!」

「カズキッ!」


 と、そこに、エルネスティとユリシアを抱えたレティシアも現れる。


「ああ、行きたいのは山々なんだが……ちょっとある人に呼ばれていて、そこに行かなきゃならないんだ」

「なんでぇ、まだ仕事かよ。って、誰だ、ある人ってのは?」

「アントネンコ大将だよ」

「はぁ!? あんころ粘土の大将が、ここに来てるのかよ!」


 久しぶりに聞いたな、あんころ粘土。どんな粘土だよ。本人が聞いたら絶対に不機嫌になるぞ。


「なんでも、地球(アース)760遠征艦隊総司令官、カントループ大将に会われるためにわざわざ降りてきたんだそうだ。おそらく、今回の戦いの件だろうが……」

「で、ついでにおめえも呼び出された、ってことか」

「そんなところだ」

「まあ、いいや、俺らはこの宇宙港の食堂で時間を潰してるからよ。さっさと済ませてこい」

「ああ、終わったら連絡する」


 といって僕は一旦、レティシアらと別れる。そして、指定された宇宙港の会議室へと向かう。


「ヤブミ少将、入ります」


 会議室のドアをノックし、中に入る。正面に座る人物を視認すると、僕は敬礼する。相手は立ち上がり、返礼で応える。


「久しぶりだな、ヤブミ少将。直接会うのは、白色艦隊大攻勢以来か?」

「はっ、その通りです、閣下」

「ところで、レティシア君、リーナ君は元気か?」

「はい、子育てにてんてこまいですが、元気にやってます」

「そうか。3人目もできたと聞いたし、ますますお盛んだな、少将は」


 また「3人目」の話か。そんなに面白いか、マツの話は。


「で、今回、その3人目が思わぬ活躍をしたと聞いたぞ」

「はっ、我が艦隊全艦に向かって、それを叱咤激励するという場面がありまして」

「それがきっかけで1000隻、10万の将兵が一気に攻勢に出たと聞いたが」

「それはちょっと大袈裟ですが、マツの一言で混乱が収まり、あの作戦成功に導けたのは確かです」

「うむ、にしても、貴官の妻はいずれも能力者揃いだな。魔女に剣士、そして今度は演説姫か」


 妙な言い様だな。でも言われてみれば、マツは一見、秀でた能力がある様には見えない。が、その覚悟からくる弁達ぶりは、10万の兵士を従わせた。為政者の娘ゆえの才能か?


「ともかくだ、貴官と第8艦隊の活躍により、あの白い艦隊の侵攻を阻止できた。貴官とその3人目の奥さん、および奮戦した第8艦隊すべての兵士に感謝申し上げたい。私の名で、貴官から全軍に伝えてくれ」

「はっ、ありがとうございます」


 地球(アース)001の大将閣下よりこうして素直に我々の奮戦を褒め称えられたことは、とても名誉なことだ。だが、そういう言葉はあの時の電文に書いておいて欲しかった。


「ところで閣下。わざわざこの地球(アース)1019へお越しになるとは、どの様な用件なのです?」

「ああ、今回の訪問のことか。いや、大したことではない」

「はぁ……まさか、ヘルクシンキで豪遊するつもりとか?」

「貴官ではあるまいし、そんなことするか。抗議だよ、抗議」

「えっ、抗議?」

「そうだ。たった1000隻の第8艦隊は4万隻の敵を相手に奮戦し、それを我が第4艦隊が救援に駆けつけて追い払った。その間、ここに駐留する地球(アース)760艦隊は何をしていたのか?」

「ええと、言われてみれば……何をしていたんでしょう?」

「どうやら、小惑星帯(アステロイドベルト)の内側軌道にて防衛ラインを築いていたと言っているが、実態は何もできなかったのではないか? 我々から見ても、動いたという様子がない。我々よりも早く駆けつけることが可能だったというのに、それをしなかった。その件について、カントループ大将に抗議するつもりだ。まったく、最前線に立つべき指揮官が、何を躊躇っているのか?」


 かなり憤慨している。それはそうだろう。じっさい、我が第8艦隊は今度の戦いで駆逐艦31隻、3100人の将兵を失った。第4艦隊も無傷ではなく、短い戦闘ながらも7隻を失っている。一方で地球(アース)760遠征艦隊は、一隻も失っていない。

 もし我々が駆けつけなければ、彼らの犠牲はこの程度では済まなかったはずだ。下手をすれば地球(アース)1019に直接、大打撃を受ける事態になったかもしれない。


「で、その抗議の後だが、フィルディランド皇国の皇帝陛下に呼ばれているから、何らかのイベントに参加させられるのかもな」

「あの、閣下が皇帝陛下に呼ばれたのですか?」

「そうだ。戦いの後、フィルディランド皇国へ戦闘終了を打電したら、ぜひ戦勝祝賀会を開きたいのでお越しいただきたい、と誘われたのだよ」


 なんだ、抗議などではなく、そっちがメインじゃないのか。ということは、その会には間違いなく僕も呼ばれるだろう。アントネンコ大将と同じ社交界で……別に構わないが、あまり乗り気じゃないな。


「と、いうことだ、今夜あたりにまた貴官とばったり会うことになりそうだな」

「は、はい、承知しました」


 で、僕はアントネンコ大将のいる会議室を出る。少し憂鬱な気分で、僕はレティシア達がいるところへと向かう。


「はぁ……」

「なんでぇ、どうしたんだ?」

「いや、今夜、皇帝陛下主催で戦勝祝賀の社交界が行われるらしいんだが、そこにアントネンコ大将が出席されるらしい」

「てことは、俺らも出るのか!?」

「当然だろう。レティシアにリーナ、そしてマツ。2人の子供も置いていくわけには行かないから、全員出席だ」

「なんでぇ、それで憂鬱な顔してたのかよ。いいじゃねえか、あんころ粘土の一人や二人くらい、ビビることはねえだろう?」

「うーん、でも、あのアントネンコ大将だからなぁ。その場で何を言い出すことやら。憂鬱だ」

「心配性すぎんだよ、カズキは」


 などと言いながら、レティシアは手羽先をガツガツと食べている。リーナ、マツも同様だ。

 そういえばここフィルディランド皇国では、手羽先が「聖女様」の食べ物として珍重されているのだったな。その原因を作ったザハラーはここにはいないが、もうすっかりこの星の定番料理となっている。


「ところでカズキ殿よ、社交界とはなんじゃ?」

「ああ、そうか、マツは初めてだよな。要するに、こちら風の(うたげ)だ」

「ほう、宴か。それは楽しみじゃ。で、そこにはどのようなお方が臨席されるのじゃ?」

「そうだな、アントネンコ大将に僕、地球(アース)760のカントワープ大将、それから皇国の貴族に騎士団長、そしてなによりも皇帝陛下がご臨席されるだろうな」

「皇帝陛下?」

「うーん、なんていうか、皇国の最高権力者、マツのところで言えば、(みかど)といったところか?」

「なんじゃと!? 皇帝陛下とは、帝にあらせられるか!」

「そうだ。そして、リーナの父上でもある」

「り、リーナ殿の父上は、帝であったのか!?」


 あれ? そういう話、してなかったか? リーナは皇女であり、父親は皇帝陛下だと。


「てことはよ、また豚の丸焼きが食えるのか?」

「いや、それはダニエラ殿の故郷であるペリアテーノの方だ。こっちは、オークの丸焼きだな」

「オークとは、なんじゃ?」

「オーク!」


 オークの丸焼きなんて……もう魔物の発生源は破壊してしまったから、そんなものがまだ食えるかどうかは分からないが、あまりユリシアの前で変な単語を発しないで欲しい。

 が、実際に社交界に出てみると、そこはごく普通のホテルの宴会場のような……といっても、それを数倍広く、高くしたところといった雰囲気。まあ一応、ここは宮殿内だからな。

 で、料理も豚やオークの丸焼き的なものはなく、ごく普通の立食パーティーで出される豪華目な料理。そうそう、この間の地球(アース)065での時のように、「奇襲」に備えて真ん中だけ空けてある、なんてこともない。

 軍関係者は軍礼服を着用しているが、それ以外は皆、スーツかドレス。女性のドレスにやや以前の皇国文化の面影が見えるものの、中にはスーツ姿の女性もいる。

 我々がここを見つけてから、もう2年半近く経つからな。徐々に我々の文化に染まりつつあるようだ。

 だが、この星は我々の地球(アース)の倍の半径を持つ星。それゆえに表面積が広く、陸地の総面積も我が地球(アース)001の4倍ほどある。それゆえに、2年半経った今もまだ条約締結にこぎつけられていない国があるという。この星すべての国と同盟関係になるまでには、あと1年はかかるだろうとのことだ。

 それを加速させるために、敢えてフィルディランド皇国は「近代化」に舵を切る。貴族以上はすべて我々の政府関係者と同様のスーツ姿に揃え、周辺国を盛んに招待してその近代化ぶりを見せつける。この星でも屈指の大国であるフィルディランド皇国が近代化に乗り出したとなれば、周辺の小国もその流れに乗らざるを得ない。

 ところで、フィルディランド皇国が見せつけるのは、スーツ姿だけではない。

 もう一つの近代化の証が今、目の前に降り立とうとしている。


「ご覧ください、我が皇国が誇る艦隊一番艦である、駆逐艦0001号艦が今、到着いたしましたぞ」


 陛下の脇に立つ宰相閣下が、高らかに宣言する。ガラス張りのこの宴会場の真上を、大きな船体が横切る。そしてその艦は宮殿の前で90度回頭し、ゆっくりと中庭に降りようとしている。

 地球(アース)1019防衛艦隊所属の駆逐艦0001号艦。全長は450メートル、格納庫は4つ、人型重機を8機、哨戒機2機を搭載する、現在は200隻存在する地球(アース)1019艦隊の事実上の旗艦として機能している艦だという。

 通常の2基の核融合炉、重力子エンジンに加え、魔石エンジンを搭載している。このため、無補給航行が可能。

 これ以外の艦はすべて標準サイズである300メートル級だそうだが、この艦だけは司令部を設置するためにあえて大型化させたという。だから、普通の駆逐艦よりも圧迫感が強い。とはいえ当然、特殊砲を搭載しているわけではなく、我が地球(アース)001以外では標準の、10メートル口径の射程30万キロの主砲が載せられている。

 その自慢の艦が、中庭に着地する。ズシーンという音と共に、テーブルの上の料理がぐらりと揺れる。それを見る限り、まだ不慣れな航海士のようだ。

 が、そんな着地と同時に、会場では拍手が沸き起こる。


「皇帝陛下、ばんざーい!」

「ばんざーい!」


 公爵と思われる貴族が、いきなり発生をする。それに合わせて取り巻きの貴族らも万歳を叫び、つられて会場内の参加者が同調する。

 こういうところはまだ、以前の皇国風かなぁ。本当の近代化までの道のりは、まだまだ遠い。僕はそう実感した。

 で、艦から数人が降りてきて、こちらに向かって歩いてくる。飾緒付きが2人、軍服からして准将級と大佐級のようだ。多分、艦隊司令官と艦長だろう。

 入口で立ち止まり、その場にて敬礼するこの2人。その顔を見て僕は驚く。


「テイヨ! テイヨではないか!」


 ガツガツとチキンを頬張っていたリーナが、我が子を抱えたまま准将服のその人物の下に走り寄る。


「お久しぶりです、リーナ様」


 そう、その准将とはテイヨ殿だった。あれ、テイヨ殿は確か、陸戦隊の隊長をしているはずではなかったか? それがどうして、艦隊司令官に? 僕もリーナの後を追う。


「これはこれはヤブミ少将、お久しぶりでございます」

「お久しぶりです。だけど、どうしてテイヨ殿が艦隊司令官に?」

「ああ、これですか。実は地球(アース)1019艦隊の結成にあたり、艦隊指揮官を要請されまして」

「はぁ、それは尤もな判断だと思うんですが……ですが、陸戦隊の方はどうなるのです?」

「いや、陸戦隊隊長も兼務なのです。ですからあの艦には、人型重機が8機も搭載されているのですよ」


 ああ、そういうことか。それはそれで大変だなぁ。聞けば、艦隊指揮を間近で体験した経験者が、この皇国内にはテイヨ殿しかいなかったから、というのが人選の理由らしい。言われてみれば、僕の旗艦に乗り込んでいたことがあったから、あれが経験と言えばその通りだが……でもそれって、第8艦隊という特殊な艦隊指揮なんだけど、そんなもんで経験者扱いにしていいの?

 そんなテイヨ殿、いや、テイヨ准将殿と話していると、大勢の貴族らと共に皇帝陛下がいらっしゃった。


「おお、テイヨよ。早速、地球(アース)001の若き英雄の歓迎を受けておるようじゃな」


 ワイングラスを片手に、僕の背後から現れた陛下は、そうテイヨ准将殿に声をかけつつ僕の肩をポンと叩く。僕は振り返り、敬礼で応える。


「これは父上、お久しぶりでございます」

「うむ、久しいなリーナよ。それにエルネスティも大きくなったようじゃな」

「はっ、これも父上の御威光の賜物であると存じます」


 何事も、この国では皇帝陛下の御威光の賜物、ここだけを聞けば、まだまだ近代化は程遠いと感じざるを得ない。もっとも、たった2、3年で思想や風習ががらりと変わる方が異常だ。これでもまだ急速に変化を遂げている方なのだろう。


「おお、そうだ。父上にはぜひ、紹介したい者がおります」

「ほほぅ、どなたかな?」

「すでにお聞き及びのことでしょう。カズキ殿の3人目、マツです」


 なんとまあストレートな紹介の仕方もあったものだ。仮にも、自身の娘の嫁ぎ先の別の奥さん、ということになるんだぞ? 不興を買うことになったら、どうするつもりだ?

 そんな心配をよそに、リーナはマツを呼び寄せる。赤い着物を纏ったマツが陛下の前に進み出て、頭を下げつつこう述べる。


「お初にお目にかかります、(わらわ)は、マツと申します。(みかど)の麗しきご尊顔を拝し、恐悦至極に存じ奉ります」

「おお、さような硬い言葉はなしじゃ。そなたが噂のマツであるか」

「はっ、恐れ多くも(みかど)に我が名をお呼びいただけるなど、天に召されし我が父上も、さぞかしお喜びにございます」


 なんとも堅苦しい挨拶が始まった。身分制度という点ではよく似たところにいたマツだから、その心得は十分にある。その点はレティシアと大きく違う。


「で、マツよ。そなたがヤブミ殿の艦隊で兵士らを鼓舞し、勝利に導いたと聞いたが、それは真か?」

「恐れながら、(わらわ)はただ、勝てる戦さを前に勝てると申し上げただけにございます。真に勝ち戦を導いたのはカズキ殿を始めとする10万の兵士ら、そして(みかど)の御威光ゆえにございます」


 やはりマツも、陛下の御威光という言葉を忘れない。これがレティシアなら、俺の魔力は宇宙一! と言って譲らないだろう。どっちもどっちな気がするが。


「はえ!? こ、皇帝陛下にあらせられられ……じゃねえ、あらせられましては……」

「なんじゃ、レティシアか。慣れない言葉は使うものではない。そなたの言葉を使え、そなたの」

「は、はい、恐れ入りまする……」

「まする!」


 さすがに2人がいるのに、自分だけいないというわけにはいかないと、慌ててやってきたレティシア。ユリシアが変な相槌で、さらに周りにいる貴族らの笑いを誘う。


「我が息子であるヤブミ殿に、我が娘リーナ。無論、レティシアもマツも我が娘も同然。英雄のヤブミ殿に、怪力のレティシア、剣術のリーナに、鼓舞のマツ。その皆の力で、これからも我が星を支えてくれ」


 そう陛下は言い残すと、他の貴族らと移動し始める。その先にいるのは、アントネンコ大将だ。

 そういえばアントネンコ大将は、こういう場に慣れているんだろうか? 少し心配になったが、傍から見ていると実にスムーズに受け答えをしている。さすがは大将、と言ったところか。


「おう、マツよ、おめえ上手く陛下に認められたみてえだな」

「いえ、やはりリーナ殿のお力添えがあっての謁見にございますぞ」

「そうかぁ? おめえのその謙虚なところに、カズキも陛下もビビッときてるんだよ」


 なぜか下ネタっぽい方向に話を振るレティシア。いや、それはあながち間違いではないが……じゃなくてだな、ここはそういう話をするところじゃないぞ。


「なんだ、盛り上がってるじゃないか」


 と、そこに聞き慣れた声がする。一瞬、そのしゃべり口調からコールリッジ大将かと警戒したが、アントネンコ大将だ。


「はっ、お見苦しいところをお見せいたしました」

「いや、構わんよ。レティシア君も、元気そうじゃないか」

「あ、あはは、お久しぶりです、あんころ……いや、アントネンコ閣下」


 この両者が会うのはバーチャル・ボーリングでペアを組んだ時以来……ではないな、ユリシアが生まれた後にも一度、顔を合わせているな。陛下よりは気兼ねない相手とは言え、やや緊張気味のレティシア。


「これはアントネンコ様、お久しゅうございます」

「うむ、リーナ殿も息子も、元気そうであるな」


 と言いながら、いちいち僕の顔をちらりと見る大将閣下。僕は苦笑しながらその視線に応える。


「で、こちらがマツ殿か」

「お初にお目にかかります、アントネンコ様。今度(こたび)は大将軍様のご尊顔を拝し、恐悦至極に存じ……」

「ああ、よい、そんな堅苦しい挨拶は。それよりもマツ殿」

「ははっ、何でございましょうか」

「やはりヤブミ少将とは、同じベッドで寝ているのか?」


 大将閣下とあろうお方が、なんという会話をしているんだ。


「それが大将さんよ、こいつ、ベッドが苦手なんだ」

「ほう、ではどうやって寝ているんだ?」

「こいつ、床に敷いた布団じゃねえと寝れないっていうんで、わざわざ畳を敷いてだな……」

「うむ、それはなかなか、趣があるじゃないか」


 何をこんなところでアントネンコ大将と下ネタで盛り上がり始めているんだ、レティシアよ。マツもリーナも、耳をそばだてて聞くんじゃない。


「……なるほどな、ヤブミ少将の裏の顔がよく分かった。今後の軍事作戦において、実に参考になったぞ」


 そんなわけないだろう。適当だなぁ、この大将閣下は。


「ところで大将閣下。1万隻の艦隊を離れて、こんなところにいても大丈夫なのですか?」

「大丈夫だ。今のところ、あの白い艦隊は出てきていない。それに今、我が艦隊の司令官代理はチェスノーコフ中将に任せてある。通常の大艦隊の指揮においては、貴官よりも優秀な将官だ。大丈夫だろう」


 この人はしばしば、一言多いな。僕をからかいたいのか、それとも信頼しているのか、その心の底が読めないお方だ。


「ところでヤブミ少将」

「はっ、なんでしょうか?」

「先ほど、カントループ大将より聞いた話だが、どうやらこの星域に、出るらしいぞ」

「で、出るって、何ですか?」


 なにやら物騒なことを言い始めたぞ。なんだ、出るって。まさか幽霊船でもいると言い出すんじゃないだろうな。僕はそういうのは苦手なんだが。


「海賊船だ」

「か、海賊、ですか?」

「この宙域だけですでに3隻が被害にあってるらしいぞ。貴官の艦隊も、警戒せよ」

「警戒と言っても、まさか軍船に襲い掛かったりはしないでしょう」

「それはそうだが、我々は民間船を守る義務がある。そんな無法者に好き放題されたとあっては、たまったものではない」

「はぁ、承知いたしました。では第8艦隊も、警戒することとします」


 なんだ、海賊の話か。にしても、今どきそんな無益なことをするやつがいるのかね。そんな船とは出会い次第、一撃で粉砕するだけだ。


「しかしその海賊、聞けば随分と面白い連中らしい」


 と、アントネンコ大将がこれまた不可解なことを言い出した。


「あの、海賊に面白いなんて要素があるんですか?」

「そうだ。なんとその海賊、頭領が女らしい」

「は、はぁ、そうなんですか」


 なんだ、そんなことで面白いと言ってるのか。でも、無法者に男も女も関係ないだろう。


「それにだ、その海賊、なんと剣を振って襲い掛かるらしい」

「剣って……それじゃ、銃で対抗すればいいだけじゃないですか?」

「ところがその女頭領というのが、なかなか腕の立つやつらしくて、颯爽と銃を避けて剣を突きつけ、あっという間に船を乗っ取るらしい。おまけにだ、その後は奪うものを奪ったら、わざわざその乗員に礼を述べた後に、これまた颯爽と去っていくらしい。面白いだろう?」


 うーん、確かに面白いが、だから何だという話だな。別にそれで情けをかける理由にもならない。


「魔女に皇女、そして姫様、4人目に女海賊を加えたら、貴官も面白いことになりそうだな。では」


 などと不穏なことを言い残して、アントネンコ大将はその場を去る。大将閣下には悪いが、4人目はない。ましてや女海賊なんて、冗談じゃない。変なフラグらしきものを立てないで欲しいなぁ。


「へぇ、女海賊かぁ。確かに面白れえな」

「かいぞくぅ!」


 その話を聞いて興味津々なのは、レティシアだ。ユリシアが変な相槌を打つ。


「面白かろうがなんだろうが、我々が出会ったら、カテリーナの砲撃で即、殲滅だ」

「なんだよ、殲滅なんかしなくったって、生け捕ればいいじゃねえか」

「生け捕ったら生け捕ったで、結局は牢獄行きだ。良くて服役、下手をすれば死刑だ。もちろん、財産も船も没収。ろくなことにはならない。その場で砲撃で果てた方が幸せと感じるんじゃないか?」


 まったく、女海賊なんてまっぴらごめんだ。それに、単なる噂だから、本当は男かもしれない。どちらにせよ、一介の海賊と艦隊司令官じゃ、互いに会うことなどないだろうな。

 皇国産のワインを飲む。マツは一杯でへろへろに酔っぱらっている。こいつ、レティシア並みに弱いな。お酒はやめた方がいいんじゃないのか? 一方のリーナは、がつがつとチキンをかじりながら、ワインをぐびぐびと飲み干している。こいつは逆に強すぎだ。

 とまあ、平和裏に終わった社交界だが、その後テイヨ准将殿より僕に、依頼があった。

 テイヨ准将麾下の艦隊200隻が、この地球(アース)1019星系外縁部へ初のパトロール任務を行うそうだ。で、そのパトロール任務に同行して欲しいとのことだった。

 あのテイヨ殿の願いとなれば、断るわけにもいかない。僕はそれを承諾する。そしてその3日後、テイヨ艦隊と、僕が率いる1000隻の第8艦隊は共に、外縁部へと向かった。

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[一言] ヤブミ閣下。フラグが立ちましたね?
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