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#26 鼓舞

「我らは1500の兵にて、10万の敵と対峙した! それに比べれば、こちらの1000隻に対して、高々4万の敵ではないか! 何を恐れ慄くことなどあろうか!」


 マツの説教が続く。いや、マツよ、その言葉に間違いはないものの、比べる相手が違い過ぎる。ここは堀も櫓もない宇宙空間、そして相手は我々と同じ高エネルギー粒子砲を持つ艦艇。この戦力差を補うべく仕掛けも地の利もなにもない。

 強いて言うならば、我々はあの白い艦隊の1.5倍の射程の砲を持ち、かつ特殊砲撃がある。が、とても40倍の兵力差に見合う有利さとは言えない。


『マツ殿よ、攻城戦とは異なり、ここは障害物のない宇宙空間ですぞ。それでこの兵力差では、とても楽観視などできないのではないか?』

「いや、いかなる時も打開策とはあるものじゃ。兵法に曰く、迂を以て直と為し、患を以て利と為す、と言われておる。不利な状況は、一方で敵の油断を誘う絶好の機会であろう」

『いや、しかしですなぁ……』


 マツの言うことは、根拠のない無茶苦茶な意見だ。だからこそ、ワン准将やステアーズ准将は反論する。しかしマツは、一向に自身の意見を譲ろうとしない。

 とはいえ、あの混乱をたった一言で鎮めてしまった。マツが作ってくれたこのわずかな機会を、活かさないわけにはいかない。

 しかし、どうすればいいのか?

 と、そこに、僕の迷いを打開すべく一言が発せられる。それは、じっと黙って事の推移を見守っていた、メルシエ准将だ。


『提督、メルシエ准将、意見具申』


 このメルシエ准将という男は、これまでも何度か窮地を脱する作戦を提案してきた。その男が、ここで口を開いた。僕は当然、意見具申を許可する。


「具申許可する。なんだ?」

『提督、まずは我が艦隊を小惑星帯(アステロイドベルト)まで後退させて下さい』

「それは構わないが……しかし、小惑星の影から白い艦隊を迎え撃つと?」

『それもありますが、それだけではありません。私の作戦は……』


 そこでメルシエ准将が、自身の作戦案を述べる。それはある意味で巧妙な、それでいて地味な、しかも運要素の多い内容だった。


『……以上が、作戦の概要です。いかがでしょうか?』


 その危なっかしい作戦の決裁を、僕に求めるメルシエ准将。僕は少し考えて、応える。


「了解した。それしかないな。その作戦で行こう。ヴァルモーテン少佐」

「はっ!」

「メルシエ准将の作戦を、全艦に伝達せよ。小惑星帯(アステロイドベルト)まで後退し、その間に人型重機隊の発進準備を整える」

「了解いたしました! で、作戦名はいかがいたしましょう?」

「そうだな。内容が内容だけに、『オオカミ作戦』とするか」

「了解いたしました! ではオオカミ作戦を全軍に伝達いたします!」

「アマラ兵曹長、地球(アース)760艦隊、およびアントネンコ大将麾下の第4艦隊に救援要請を打電せよ」

「はっ、了解しましたにゃん!」

「各戦隊長も、異論はないな。これよりオオカミ作戦を、決行する」

『はっ!』


 一時崩壊しかけた艦隊が、一気にまとまりを見せる。ヴァルモーテン少佐とアマラ兵曹長が各々、電文を送信する。やがて我が第8艦隊は、後退を始める。

 無論、目前の4万隻の白い艦艇は、後退する我々を追撃してくる。距離は1400万キロ。徐々にその距離を詰めつつ、こちらに接近する。

 いや、正確には距離を詰めさせている。全力で振り切ることも可能だが、この作戦はあの4万隻を我々に引き付けることが肝要だ。引き離した結果、直接、地球(アース)1019へ向かわれてはたまらない。それゆえに、ジリジリと距離を詰められるよう速力を調節しつつ小惑星帯(アステロイドベルト)へと向かう。これが思ったよりも神経を使う。


「小惑星帯までは?」

「はっ、あと300万キロ、40分程度で到着します」

「40分か……少し早いな。50分で到着するペースまで、全艦減速せよ」

「はっ!」


 メルシエ准将から提出された行程表に従い、僕は艦隊を動かす。まさに分刻みで書かれている。あの短時間で、よくここまで細かな行程表が書けるものだ。


「敵艦隊、まもなく250万キロまで接近!」


 あの艦隊が、速度を上げ始めた。理由は単純だ。我々が小惑星帯に潜り込もうとしている。つまり、ここに入られたら厄介だと心得ている相手ということになる。無人艦隊の「クロノス」相手では経験しなかった事態だな。

 すでに我々はあの白い艦隊を「敵艦隊」と呼称している。我々の停戦勧告は受け入れず、さらに戦闘行動と思われる艦隊運動をしている。こうなると、悠長なことは言ってられない。あれは敵であると認識せざるを得ない。

 そんな敵艦隊を引き付けながら、2時間にも及ぶ後退を続ける。ようやく小惑星帯に到達するが、すでに敵艦隊は目前、距離50万キロの地点にまで迫っていた。

 この小惑星帯は、この星系の恒星のラグランジュポイント上にある群である。小惑星帯と言っても、あのごつごつとした岩が密集しているわけではないが、ここだけは特に密度が高い小惑星群であり、それゆえに我々はここを戦場に選んだ。

 40倍もの戦力差をひっくり返すことは不可能だが、これである程度は善戦はできる。要は救援が来るまで持ちこたえればいい。

 盤上の算段では、そういうことになる。

 しかし、だ。いざ陣形図に広がる40倍もの敵を目前にすると、心揺らぐ。

 こちらをはるかに上回る数の光点が、我々の立て籠る小惑星群を取り囲むように迫るのを見て、僕は息をするのも忘れるほどの圧迫感を感じていた。


「……重いな」

「ええ、重いですね」


 僕は斜め前にいるヴァルモーテン少佐にそう呟く。慌ただしい艦橋内の一角にあるこの司令部は、周りとは真逆の静寂を保っている。

 が、その静けさを打ち消すのは、僕の脇に立つマツだ。


「カズキ殿、何を恐れておる。すでに策はあるのじゃろう?」

「ああ、そうだが……」

「ならば、それを信じて突き進む他なかろう。上に立つ者が不安をあらわにすると、兵達が浮足立つことになるぞ」

「うむ、マツの言う通りだな。カズキ殿よ、ここはメルシエ殿の策を信じて進むほかあるまい」


 マツとリーナの方が、僕なんかよりもずっと覚悟している。目の前に広がる無数の光点に慄くことなく、僕の横で凛として立っている。僕も、この2人に見習わねば。

 レティシアはといえば、いつものように機関室にいる。まさに今、他の4人の戦魔女団(ウィッチーズ)を鼓舞していることだろう。皆、この作戦成功に向かって一心に行動している。

 ならば指揮官である僕が、不安を見せるわけにはいかない。


「敵艦隊が距離45万キロに入り次第、作戦を開始する。メルシエ隊は?」

「はっ! すでに配置についたとの連絡がきておりますにゃん!」

「了解した。敵艦隊の位置は?」

「現在、距離46万キロ! 射程内まで、あと1分!」


 すでに戦闘は目前に迫っていた。じりじりと迫る敵の艦隊。そしてついに、戦いの火蓋は切られる。


「敵艦隊まで45万キロ! 射程内です!」

「全砲門開け! 砲撃開始、撃ちー方始め!」


 ジラティワット艦長の号令が響く。と同時に、15門の通常口径の主砲が火を噴く。

 ガガーンという落雷のような音が、あちこちから鳴り響く。駆逐艦とは違い、艦橋が砲の直上にあるわけではないため、一つ一つの音はそれほどではない。が、それでも15門の一斉砲撃ゆえに、相当な音がここ艦橋内に響き渡る。


「ひぇっ!」


 当然、砲撃音に慣れていないマツは驚く。思わずリーナにしがみつく。それを見た僕に、マツはこう返す。


「ちょ、ちょっと驚いただけじゃ! 大砲の音ならば慣れておる!」


 が、第2射が放たれると、今度は僕にしがみつくマツ。威勢はいいが、やはり砲撃慣れしていないため、反射的に身体が動いてしまう。


「大丈夫だ、マツよ。私も最初はこの音に驚いたものだ。何も恥じることはない」

「い、いや、そうは参らぬ! (わらわ)は将軍の妻ぞ! この程度の雷神の音に驚いては、兵達が……」


 とは言ってみたものの、第3射が放たれると再び僕にしがみつく。この音に、すぐに慣れろというのは酷な話だろう。僕だって軍大学時代に3度訓練に参加して、ようやく慣れたほどだ。


「メルシエ隊、第1陣の準備が整ったとの連絡が入りました!」


 そんな中、メルシエ准将の戦隊の準備が整ったとの報告が入る。


「そうか。では順次、作戦を実行せよと伝えよ」

「はっ!」


 この小惑星帯に籠ったのにはわけがある。無数の小惑星に紛れ込んで、我が艦隊の身を隠すというのもあるが、それ以上に別の目的の方が大きい。


「偽装艦隊第1陣、発進します!」


 そう、ここに浮かぶ無数の小惑星を使い、偽装艦隊を作り上げる。大小200個の岩の塊が、あの白い艦隊に向かって放たれる。


「敵艦隊、砲撃を開始しました!」

「いつも通りの展開だな。砲撃は続行、メルシエ隊に連絡、そのまま作戦を継続せよ、と」

「はっ、了解しましたにゃん!」


 砲撃は続く。一方のメルシエ隊は、人型重機を使ってさらに多くの「偽装艦」を仕立てている。それを100から200隻づつまとめては、偽装艦隊として放出する。すでに第3陣までが放たれた。


「第1陣の位置は?」

「はっ! 敵艦隊直前、31万キロです!」


 もっとも、この偽装艦隊はただの岩の塊だ。それを爆破の反動で前進させているだけに過ぎない。だから当然、こうなる。


「第1陣、距離30万キロ! 敵射程内!」


 その偽装艦隊第1陣が敵の射程に入ったという報告の直後、200個の点が次々に消える。


「第1陣、消滅しました!」


 ものの4、5秒で、その偽装艦隊は消滅する。僕は思わず、身震いする。考えてみれば、正面にいるのは4万の艦艇だ。たかが200隻など、まさに焼け石に水状態だ。

 だが、その1陣消滅の報にもめげず、次々に偽装艦隊が放たれる。

 そして、次々に敵の砲撃で、消滅していく。

 これを見て僕は、この作戦の決定を後悔し始めていた。こんな小手先の手に騙されるような艦隊ではないのではないか? さすがのメルシエ准将の策も、失敗に終わるか?

 が、それが第11陣まで続いたとき、ついに動きがある。


「第11陣、砲撃ありません!」


 すでに第14陣まで放たれているが、それがただの岩の塊とバレたようだ。偽装艦隊の前進によって一時進撃を緩めていた4万隻だが、ついにその偽装艦隊への砲撃を止めてしまう。

 そしてついに、攻勢に出てくる。


「敵艦隊接近! 距離32万キロ!」


 陣形図には、いつもの十字の陣形で迫る4万の艦艇がじりじりと動くのが見える。その途上にある偽装艦隊も見えるが、そんなものには目もくれず、前進を始めている。

 いよいよ、我々を殲滅するために動いたか。

 僕は、下令する。


「作戦を続行する。旗艦オオス、並びに特殊砲搭載艦の、特殊砲撃戦用意を指示せよ」

「はっ!」

「艦橋より機関室! 特殊砲撃、用意!」


 司令部の指示と、艦長の指示とが交差する。それは、作戦が第2段階に入ったことを示す。


「偽装艦隊への砲撃は!?」

「はっ! すでに相手にもされておりません! 第11陣から15陣まですべて敵射程内ですが、砲撃はありません!」


 その偽装艦隊は、敵の正面ではなく、やや放射状に広がっており、敵の艦隊の斜め前方を漂っている格好だ。距離は、だいたい15万から20万キロ。

 白い艦隊は、そんな岩の大群など目もくれず、小惑星帯の合間に潜む我が第8艦隊へと迫っている。

 僕は、思った。

 この作戦は成功した、と。

 実は今、この旗艦オオスおよび護衛の20隻は、あの小惑星帯の中にはいない。

 僕らは今、第14陣の小惑星100個の中に紛れている。


 古い童話に、こんな話がある。

 暇を持て余していたある羊飼いが、いたずらでこう叫んだ。「オオカミが来たぞ!」と。それを聞いた村人は大慌てで駆けつけるが、そこにはオオカミはいない。

 それを何度か繰り返した羊飼いの言葉に、やがて村人は耳を貸さなくなる。

 が、そこに本物のオオカミが現れる。慌てて羊飼いは助けを求めるも、もはや誰もそれを信じない。そして羊の群れは、全滅してしまった……

 そう、まさに目前の白い艦隊は、その状態に陥っている。

 そして、我々こそが「オオカミ」だ。


「敵艦隊まで、距離16万キロ!」


 第14陣は、敵の艦隊左前側面を捉えている。すでに白い艦隊と第8艦隊主力は交戦状態で、こちらのことなど構う余裕はないようだ。


「司令部より機関室! カテリーナ准尉!」


 と、僕は直接、機関室に呼びかける。


『何!?』


 そっけない返事を返すのは、カテリーナだ。


「敵の旗艦らしきものは、捉えられるか!?」


 以前にも、カテリーナに同じことをしてもらったことがある。やつは、敵の放つ殺気が読める。その殺気を察し、正確に敵艦隊へその攻撃を当てることができる。

 そして、もっとも殺気が強い艦艇、つまり敵の指揮官が乗る旗艦と思われるポイント、そこをピンポイントで砲撃する。

 その一点を貫くため、わざわざ複数の偽装艦隊まで用意した。もうこうなったら絶対に、成功させるしかない。

 で、僕の問いかけに、ようやくカテリーナが応える。


「見えた!」


 つまり、敵の旗艦らしきものを捉えた、ということらしい。それを聞いた僕は決断する。


「よし、ではこれより……」


 と、僕が言いかけたところで、マツが割って入る。


「皆の者、聞け!」


 なんだ? さっきまで砲撃音に震えていたマツが、突然また何かを叫び始める。


(わらわ)の父上は、10万の兵の最中に突入し、果てた!」


 おい、マツよ。今ここで、それを言うか? そんなことを言ったら、かえって士気が落ちるじゃないか。が、マツは続ける。


「つまりじゃ、我が父上はその身をもって我らの悪運を引き受け、すべてあの世まで持ち去ってくれた! この先は戦さ、もはや敗れることはない! 兵らよ、躊躇いなく突き進め!」


 そのマツの言葉に、この艦橋内は盛り上がる。たとえ旗艦を狙い沈めると言っても、一撃でも放てば、我々が「偽装の偽装」であることがバレてしまう。となれば、猛烈な反撃を受けることは間違いない。果たして、逃げられるのか? 不安を抱えるこの艦の乗員にとって、マツのこの鼓舞は大いに支えとなる。


「……と、いうことで、我々は敵艦隊に乾坤一擲の一撃を与えるべく、特殊砲撃を行う。特殊戦、用意!」

「はっ! 特殊戦、用意!」

「艦橋より機関室! 特殊砲撃に備え!」


 サイレンが鳴り響く。マツの言葉に奮い立たされた乗員らが、訓練以上にキビキビと砲撃準備に取り掛かる。

 崖っぷちの戦場を経験した者の言葉の重みは、これほどまでに兵士らの心に響くのか。そう実感させられるほど、彼らの動きは素早い。それを見た僕は、それまで抱えていた不安が消えるのを感じる。

 この戦いは、勝てる。


『砲撃準備よし! いつでもいいぜ!』


 機関室より、レティシアの声が響く。それを受けて、ジラティワット艦長の号令が発せられる。


「特殊砲、充填開始!」

『よっしゃ! 充填開始だ、いくぜ戦魔女団(ウィッチーズ)ども!』

『アイアイサーッ!』


 まるで海賊団のような掛け声だなぁ。5人の怪力魔女らが砲身に魔力を送り込む。魔石経由で送られたその魔力は、直径100メートル級の砲身2門にエネルギーを満たす。


「特殊砲装填、完了!」


 初期の特殊砲撃は、装填時間に3分を要した。それがあの魔石と魔女のおかげで、僅か数秒でそれが完了する。

 装填完了を待っていたジラティワット艦長の声が、艦橋内に響く。


「目標、敵旗艦付近、撃てーっ!」


 ついにこの旗艦最大の武器が、火を噴いた。先ほどまでの主砲の音とは比べ物にならないほどの、腹の底まで響く怒涛のような砲撃音が艦橋内をこだまする。床が、びりびりと響く。

 ただでさえ、砲撃慣れしていないマツは、当然この音を聞いて驚き、僕にしがみつく。リーナですら、この音には穏やかではいられない。マツの肩を支えつつも、自身も顔をこわばらせて、その砲撃音が鳴りやむまで耐えている。

 僕は、正面の陣形図をじっと見つめている。といっても、砲撃の放つ高エネルギーによって、レーダーも光学観測もさえぎられているため、陣形図は更新されない。10秒間続く持続砲撃の間、僕はただその陣形図が更新されるのを待つ。

 やがて、砲撃が終わる。すぐに陣形図は更新され、戦果が報告された。


「報告! 特殊砲撃による戦果、推定4400隻!」


 相手は40倍の敵だ。今回ばかりは、カテリーナの能力をいかんなく発揮させてもらった。ゆえに、かつてないほどの大戦果が舞い込んできた。

 陣形図を見ると、4万隻の十字陣形の中央部にぽっかりと大穴が開いている。およそ10パーセントの敵艦を、たった一撃で沈めたことになる。紛れもなくこれは、とてつもない大戦果だ。

 さらに、こちらの特殊砲撃に合わせて、我が艦隊の中の特殊砲撃艦からも同様の砲撃が行われる。我々が狙った中央部のその周辺に、4秒間の持続砲撃が一斉に放たれた。

 その戦果も合わせると、5000隻以上の艦艇を消滅した。1000隻の艦艇が、その5倍の艦を一度に消滅したのである。これは間違いなく、あちらにとって脅威となったはずだ。


「転舵、反転! 回頭180度! 全力即時退避!」


 だが、そんな戦果の余韻に浸る暇はない。こちらは、白い艦隊から見て右斜め前方20万キロに位置する。あちらが反撃に出るのは、間違いない。

 そうなれば、たった20隻程度の艦隊などひとたまりもない。

 こちらの砲撃を受けて、やつらは偽装艦隊への攻撃を開始する。当然、この第14陣に向けても砲撃が開始された。全力で離脱を開始する我が別動隊。

 青白いビーム光が、脇をかすめる。すでにそれなりの速力で回避しつつある我々を狙い撃ちできるはずもないが、やや大きめのこの船体にまぐれ当たりが起こることもありうる。気が気ではない。

 が、こちらの新型機関による速力には、あの白い艦隊では追いつけない。どうにかかわしつつ、小惑星帯に潜む第8艦隊主力に合流する。


「敵艦隊の動きは!?」

「はっ! 一部に乱れはあるものの、依然、健在!」


 僕は陣形図に目を移す。大穴が空いた陣形の左右で、動きが違う。こちらから見て敵の右翼側およそ1万5千隻は、すでに後退を始めている。が、左翼側は依然として攻撃を続けている。あれほどの損害を受けて、なおも攻撃を続行している。

 あの動きを見る限り、旗艦は倒せたのだろう。右翼側のみとは言え、後退を始めたということはその証左である。

 にも関わらず、左翼側が後退しないのはなぜだ?

 どうもこの白い艦隊は、時折こうした統制のとれていない動きを見せることがある。理由は、分からない。だが、とても数千、数万隻からなる軍組織とは思えない統制のなさだ。それが今回は、こちらにとって不利益な事態を招く。


「ヴァルモーテン少佐、敵の艦隊の動きを、どう考える?」


 僕は作戦参謀を担うヴァルモーテン少佐に、この状況を尋ねる。


「はっ! バラバラの動きがみられることから、おそらくは目的の旗艦殲滅は果たせたものと思われます」

「だろうな。だが、あの動きだ。どうにも統制が取れているようには見えない」

「おっしゃる通りです。通常ならば、指揮官を失った場合は代理の指揮官が後退を命じるというのが筋ですが、大艦隊ゆえか、それが機能不全を起こしているものと思われます」

「うーん……」


 40倍の敵よりは減ったとはいうものの、依然として我々は2万隻の艦隊を相手にしなければならない。せいぜい負担が半分になっただけで、不利な状況には変わりない。小惑星帯の隙間から反撃を試みるものの、やはり多勢に無勢、ジリジリと追い込まれ始めている。


「そろそろ我が艦隊は、限界点を迎えつつあります。小惑星帯を離れて、後退すべきと考えます」

「そうだな……だが、その先はどうする?」

「そうですね、地球(アース)760艦隊か、それとも第4艦隊が早く救援に駆けつけてくれれば良いのですが」


 救援頼みであることには、変わりないか。もう一度「オオカミ作戦」を仕掛けようと考えたものの、いくらなんでももう騙せないだろう。すでに「オオカミ」のカードは使ってしまった。2枚目はない。


「エルナンデス准将より打電! 後退の要を求む! 以上です!」

「カンピオーニ准将より入電! 意見具申、我が隊の突撃を許可されたし!」


 こちらも、この攻勢を受けて再び分裂の危機に陥っていた。こうなると、後退して態勢を整えるしかない。しかし一方で、小惑星帯という隠れ蓑を失うことにもなる。数の不利を補う術は、この後方には存在しない。

 が、僕は決断する。


「アマラ兵曹長、全艦に伝達、後退する」

「はっ、了解しましたにゃん!」


 僕はそう命じる。これはとめどなく後退を続けることを意味する。場合によっては、地球(アース)1019を危険に晒すことになりかねない。しかしその場合は、地球(アース)760の艦隊が合流する。両者合わせて1万1千の艦隊ならば、目前の2万隻とどうにか戦える。

 が、僕が後退を決めた途端、新たな艦隊が出現する。


「レーダーに感! 艦影多数、およそ1万!」

「なんだと!? 位置は!」

「敵艦隊右側面、距離41万キロ!」

「光学観測、急げ!」


 いきなり、この戦場に一個艦隊が出現する。先ほど後退した半分の白い艦隊が再出現したのかと思いきや、レーダーを見る限りではそうではない。後退中の1万5千隻はすでに100万キロほど彼方にいる。

 となると、あれはどこの艦隊だ?

 それはすぐに、判明する。


「艦色視認、灰色! 友軍です!」

「IFF受信、所属判明! 地球(アース)001、第4艦隊です!」


 なんとそれは、第4艦隊だった。この至近距離でいきなりの出現、つまりあの艦隊は、例の「ニンジャ」を使ったということか?


「第4艦隊総司令官、アントネンコ大将より入電!」


 その直後、その指揮官から直々に電文が届く。


「読み上げよ」

「はっ! これより我が第4艦隊が貴艦隊の獲物をいただく! 第8艦隊はさっさと逃亡せよ! 以上です!」


 うーん、アントネンコ大将らしいといえばらしい電文だが……だけど、40倍の敵を相手に奮戦して、労いの言葉くらいはないのか? とは思いつつも、僕は下令する。


「了解した。では後退しつつ、第4艦隊を支援する。全艦に伝達、砲撃を継続、射程距離を45万キロに保ちつつ後退だ!」

「はっ! 了解ですにゃん!」


 すでに1万隻の第4艦隊は、白い艦隊側面への攻撃を開始していた。不意に現れたこの一個艦隊からの攻撃で、白い艦隊は総崩れとなる。

 反撃を試みることなく、2万の艦隊は後退を開始する。我々はしばらく砲火を加えるが、やがて敵の艦隊は射程から外れる。

 砲撃が止み、静けさが戻り、艦橋内には乗員らの足音や機器操作の音だけが響く。時折、艦隊位置を知らせる報告以外、その静寂を保っている。

 まだあの白い艦隊は200万キロほど先にいるが、もはや壊走状態だ。とても戻ってこられる状態にはない。事実上、戦いは終了している。

 と、その時、ジラティワット艦長が立ち上がる。そして僕の立つ方を向くと、こう言い放つ。


「マツ殿に、敬礼!」


 一時の混乱を一喝で鎮めたマツのあの言葉に敬意を表してのことだろう。艦長に続いて、艦橋内にいる乗員らが次々に立ち上がり、マツに向かって敬礼する。

 その時、マツは僕にしがみついたままだ。砲撃が止んでしばらく経つが、こちらの戦いに慣れていないこの姫様は、まだ恐怖の感覚から立ち直っていないようだ。そんな姫様が、この艦橋内に詰める50人以上の乗員の敬礼を受ける。

 きょとんとした顔で、辺りを見回すマツ。ヴァルモーテン少佐、アマラ兵曹長からも敬礼を受け、何が起きたのか理解していない。

 そこで僕は、マツの肩を叩きながら一歩下がり、周りと同様に敬礼する。赤い着物で身を包んだマツは、なんだか照れ臭そうな表情で僕を見ると、艦橋の方を向いて辿々しく返礼で応える。

 魔力や剣術などを持たない姫君が、この瞬間、英雄となった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 後退しながら殺し間に引きずり込む、上手い作戦だ。相手からすると、“窮鼠猫を噛む”かと思ったら噛み付いてきたのは、鼠はネズミでもディ○ニーの法務部だったでござる…(ーー;) [気になる点] …
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