#24 古城
トヨヤマ港に用事があって、そこでの打ち合わせを済ませた後、僕らはとある場所にやって来た。
それは、マツのたっての願いを聞いた結果だ。
「カズキ殿! 他の城が見たいのじゃ!」
などと目を輝かせながら懇願してくるものだから、ならばと思いやって来たのがここ、犬山城だ。
実はオリジナルが現存する天守閣は数えるほどしかない。その中で最古の城が、この犬山城だ。
この城が建てられたのは、1537年。今から950年も前、ヒデヨシ公が生まれた年に建てられたと言われている。ちなみに、桶狭間の戦いよりも以前に建てられた城ということになる。
そんな古い城のふもとに、僕らは立つ。
「カズキ殿! なにやら美味そうなものが売っておるぞ!」
「楽しそうだなぁ、マツ。何を見つけたんだ?」
「食い物ならば、すぐにいただくぞ!」
「クイモノ!」
はしゃぐマツに、それに付き合うレティシアとリーナ。それに呼応して叫ぶユリシアに、相変わらずのしかめっ面なエルネスティ。そしてその後を追う僕。いつもの光景だ。
にしてもマツもやつ、ここに来てからというもの、随分と明るくなった。そして、図々しくなった。おそらくあれがマツ本来の性格なのだろう。考えてみれば、彼女は天下人の一人娘だった。むしろ、それまでがおとなしすぎたと言える。
トヨヤマからバスでたどり着いたこの場所からは、鬱蒼と茂る木々に阻まれて、犬山城の天守閣は見えない。目の前に見える広場を通って、その奥の石段を登らねばならない。
……のだが、3人は子供らを抱えたまま、道路を隔てて反対側の売店へと向かってしまった。おい待て、そっちは目的地じゃないぞ。
そこには売店が見える。そこで五平餅を買い、食い始める3人。こいつら、ここに来た目的を忘れてしまったのか? 少し心配になるが、僕も串に刺さる3つ玉の五平餅を食べる。頬を押さえながらそれを頬張るマツの微笑ましい顔が見える。
で、ようやく本命の天守閣へと向かう。緩やかながらも長く続く石段を、ゆっくりと昇る。軍務のついでに来たため、僕は飾緒付きの軍服姿のままだが、ここではさすがに目立つ。通り過ぎる人々が、ちらほらとこちらを見る。いや、僕以上に、着物姿のマツの方が目立っているかな。
そんな人目にさらされつつも昇った先に、門が見えてくる。そこをくぐると、そこには天守閣が見える。
「……思ったより、小さい城じゃな」
マツはおそらく、名古屋城の天守閣のようなものを想像していたのだろうが、ここはあれと比べたらずっと小さい。
三層の天守の下の石垣に開いた入口から中へと入る。決して広いとは言えない一階層目の床は黒ずんだ木製の床であり、木目むき出しの雑な造りに見える。時折、床に穴が開いているほどだ。
が、これこそまさにオリジナルのままの天守閣だ。当時の天守閣は、戦さに備えて作られた大型の櫓であり、そのための機能しか備えていない。太平の世に建てられた居城としての名古屋城とは大違いだ。
階段も急過ぎる。おまけに、梁が頭をぶつけそうなほど迫っている。まったくもって、実用重視な造りだ。
その城内には、この城の城主が所有していたとされる鎧兜や刀などが展示されている。
「妙に古びた鎧じゃな。何ゆえこれほどまで古いのじゃ?」
「それはそうだろう。一番新しいものでも、江戸時代後期に作られたものだ。ゆうに600年は経っている」
「600年か……それは古くて当然であるな」
優雅さに欠ける鎧兜を見て幻滅しかかったマツだが、それが想像以上に歴史あるものだと知って、改めて見直す。
さて、狭い階段を抜けて上に昇る。最上階から外を覗き見るマツ。やがて何かを見つけたようで、興奮気味に僕を呼ぶ。
「カズキ殿! あの山はなんじゃ!?」
見ると、街中にぽつんと緑に覆われた小高い山が見える。
「ああ、あれは小牧山だよ」
「こ、小牧山?」
「かつてあそこで、大きな戦さがあったんだ。今から900年ほど前の出来事だな」
小牧・長久手の戦いと呼ばれるそれは、この城が出来て50年ほど経った時に起きた戦い。イエヤス公とヒデヨシ公の軍勢が唯一直接対決した場所で、戦さそのものはイエヤス公が勝利するも、結果的にはヒデヨシ公がイエヤス公を屈服させて、天下人となる。
「……うむ、聞けば聞くほどそのヒデヨシ公というお方は、まるで先代様のようなお方であるな。対してイエヤスというやつは、まるでトクナガのようなやつじゃ」
僕がその2人のその後の歴史を簡単に話すと、思った通りの反応が返ってきた。やはりマツも、自身の歩んだ道とこちらの歴史との類似性を見出す。
「ただ、実際にその後の永き太平の世を作り出したのはイエヤス公であって、あの名古屋城もそのイエヤス公の命によって作り出されたものだ」
「なぬ!? それは真か!?」
「むしろこの犬山城の方が、そのイエヤス公の時代以前に作られた、まさに戦さのための本来の『城』と言えるだろうな」
マツにとっては意外だったようだが、これは歴史的事実だ。マツのいたあの星の島国でも、僕らが出現していなければ、おそらくはトクナガ殿が我々の江戸時代と同じ歴史を作り上げていたことだろう。その時、あの星の歴史家たちはマツのことをどう評価したことだろうか?
その悲劇の女城主となるはずだったマツはといえば、この最上階の窓から外を眺めて、かつて目の前の地で起きていた歴史に想いを馳せる。少し肌寒い風に煽られながらも、遠くを見つめるマツの頬は心なしか赤く見える。
と、歴史の触れ神妙な面持ちになったマツだが。
下に降りて天守閣の前にある売店に立ち寄ると、再びいつものマツに戻る。
「おいカズキ、俺は『ぜんざい』な」
「妾もじゃ!」
「カズキ殿! 私は『ぜんざい』と『きしめん』の両方だ」
将官の軍服姿で、なぜか3人の注文を受け付ける羽目になった僕を、周りが奇怪なものを見るようにこちらに目線を向けている。
で、それを持っていくと、今度は無言でずるずると食べ始める3人の妻たち。
そんな3人を眺めつつ、僕は先日のマリカ少佐の話を思い出す。
白い艦隊の主は、獣人族。おそらくは原生人類に反旗を翻し、あの白い艦艇を駆使して戦っている。
思えば真っ暗な宇宙空間で白などという目立つ色をわざわざ使っている辺り、設計者の意図が分かる。あれは多分、いざという時に狙い撃ちされやすくするための塗装だろう。
つまりあれは、あれを作り出したもの達が自身で乗るためのものではなく、自分達以外の何かを乗せるためだった。そう解釈すると、納得がいく。
我々がそうだが、砲撃は目視が頼り。それゆえに、宇宙の色に溶け込みやすい暗めの色を連合側も連盟側もわざわざ選択しているというのに、白い艦隊にはそれが全くないことに以前から違和感を感じていた。
もしかすると、獣人族は原生人類同士の戦争のための兵士として用いられ、そのための船があの白い艦艇ではなかったのか。もし反旗を翻しても、あの色ゆえに狙い撃ちしやすい。
それがなんらかのタイミングで一斉に蜂起し、その原生人類に抗えるだけの軍事力を持つに至った。どれくらいの年月、戦い続けているのかは分からないものの、我々、連合対連盟よりもずっと長い間、それを続けている可能性が高い。
思えばこちらの宇宙でも、連盟軍が地球001から駆逐艦建造技術を盗み出し、一定数の艦艇を揃えたところで一斉に蜂起、それ以来270年以上も戦い続けている。似たような出来事が、あちら側でも起こったのではないだろうか?
やはりあの白い艦隊の向こうには、さらなる未知の文明が潜んでいると考えるべきだろうな。マリカ少佐の話に、僕も同意せざるを得ない。
が、それをコールリッジ大将に話せば、厄介なことになる。
一言でいえば、僕の仕事が増える。
今度はその白い艦隊の支配宙域を越えて、その未知の文明を探せなどと言われかねない。ただでさえ1000隻の艦隊には荷が重い任務が続いているというのに、そんな無茶な任務まで受けてしまったら我が艦隊は破綻してしまう。
とりあえずは、獣人族の可能性だけを報告しておこうか。それ以外はまだ謎だと言えばいいだろう。うん、そうしよう。
「……カズキ殿よ、さっきから何を一人で頷いておるのじゃ?」
と、僕の様子を見て気になったのか、マツが声をかけてくる。しまったな、脳内思考の過程が外にも出てしまっていたのか。
「おいマツ、気にするな、いつものことだ」
「そうだぞ、マツ。カズキ殿は時折、こうなる。妻として、よく心得ておくことだな」
とレティシアとリーナがマツにそう助言する。なんだ、僕は以前からこうだったのか。これからは少し、気を付けるとしようか。
「にしてもカズキ殿よ、いつまでここにおるつもりだ?」
と、きしめんを2杯ほど食べ終えたリーナが尋ねてくる。
「いや、これ食ったら帰ろうかと……」
「違う、私が聞きたいのは、いつまでこの星に止まるのかということだ」
「ああ、そっちか。そうだな、地球065からの救援要請が来るまで、かな」
「うむ、そうか。にしても、白い艦隊とやらはいやに消極的であるな。突如、10万で攻め入ったかと思えば、100隻づつ現れてはすぐに逃げてしまう。やつらは腰抜けばかりか?」
「いや、そんなことはないと思う。単に、これまでの戦術の通用しない相手が現れたから攻めあぐねている、それだけのことじゃないのか?」
と、僕はリーナに応えつつも、ふと考える。
あの白い艦隊の十字陣形と射程外砲撃、あれは黒い艦隊に対する戦術だとマリカ少佐は言っていた。
それは、我々と相対することになっても変わらない。
と、いうことはだ。その未知の文明との戦闘においても、同じ戦術をしていることにならないか?
黒い艦隊は、無人の艦隊だった。そしてあの戦術は無人艦隊に有効だという。ならばもう一つの勢力も、無人の艦隊をもって戦っているということになる。
考えれば考えるほど、謎が増えていく気がする。そもそも、もう一つの勢力の存在ということ自体、マリカ少佐の仮説にすぎない。案外向こう側には、白い艦隊以外はいないのかもしれない。だから戦術が固定化されただけだとも言える。
「なんだカズキ殿よ、そなたは何を考え事ばかりしているのか?」
と、不意に話しかけてくるリーナ。
「それはそうだろう。マリカ少佐からあんな話をされてしまえば、気にするなという方が無理だ。もしかしたら、白い艦隊以外にも厄介な奴らが現れるかもしれんのだぞ」
「で、あるか。だが今は、目の前の敵だけを考えておればよい。その先のことは、なるようにしかならんだろう」
と言いながら、3杯目のきしめんに突入する。店員もドン引きするほどの食べっぷり。しかしリーナというやつは、死線を越えた経験があるからだろうか、その言葉にはどこか重みを感じる。
リーナの言う通りだ、今はこの平和な時間を満喫しよう。そう思い、僕は冷めかかったぜんざいを口にする。レティシアとマツはすでに食べ終えており、ユリシアとエルネスティの相手をしている。最古の現存城の前での、このひと時の平和を、ぜんざいのあずきと共に味わう。
と、その時だ。
僕のスマホが鳴り出す。相手は、ヴァルモーテン少佐だ。
「ヤブミだ」
『提督、緊急通信が入りました! 地球1019にて、白色艦隊100隻が確認された模様! 軍司令部より、第8艦隊は直ちに地球1019へと向かえ、とのことです!』
その報を聞いた瞬間、僕の平和な時間は終わりを告げた。




