#23 推論
このオオスには、歴史ある史跡が幾つもある。
その中でおそらく、最も古い場所がここだ。
演芸場のすぐ裏に、緑に覆われた盛り土。その上には木が生えており、ゴミゴミとしたこのオオス商店街のど真ん中にあって、自然の姿を晒す。
が、この盛り土は厳密には、自然のものではない。
盛り土の上には、マツと2人の子供らが登っている。その高さ3メートルほどの丘に築かれた階段の下には、レティシアとリーナがいる。
そして、この盛り土のある小さな公園の入り口付近に、僕は立っている。
その入り口に立つ石碑には、この公園の名が刻まれている。
その名を「那古野山古墳公園」という。
商店街からほんの数十メートルほど外れたこの場所に、1900年以上前に作られた古墳がぽつんと残されている。辺りは二重構造の商店街やビル、マンションに囲まれた場所で、高さ3メートル、半径20メートルほどのこんな盛り土など、よほど注意しないと見落としてしまう、そんな遺跡だ。
「カズキ殿よ、ここは本当に古代の墓と申すか?」
「そうだ」
「じゃが、良いのか? 墓の上で遊ぶなど、罰当たりではないか」
「いや、もはや墓と言えるほどの何かが残ってるわけじゃないし、気にしなくてもいい」
そう、ここには棺などはすでになく、ただの土の塊だ。誰の墓だったかすら、分かっていない。
しかも元々ここは前方後円墳だったそうだが、前方部分はすでに失われ、後部の円墳のみが現在まで残る。
「コフン!」
相変わらずユリシアは、どうでもいい単語をよく口にする。成長を喜ぶべきところなのだろうが、僕の気分は複雑だ。
一方のエルネスティはといえば、相変わらずのしかめっ面で……と思いきや、古墳の上に立ち、目を輝かせている。ここは高いビルと繁華な商店街の狭間にある小さな土の塊の上、別段、面白い要素などないと思うのだが。彼のツボは、未だに理解できない。
「これ、あまりはしゃぐでないぞ!」
一方の子守役のマツは、徐々に動きが激しくなるこの2人の子供にてんてこ舞いだ。登ったばかりだというのに、今度は階段を降りようとする2人の我が子。あの短い足で階段をまたぐ姿が、何ともいじらしい。
「まあ、家族揃って散歩とは、実に微笑ましいですわね」
と、そこにふらっと現れたのは、あの毒舌技術武官のマリカ少佐だ。歩きながらのだらしない敬礼を僕に向けながら、こちらにやってくる。
そのマリカ少佐の姿はといえば、白いシャツに赤いスカーフ、そして緑色のスカートという、まるでイタリアの国旗を横にしたような色合いの服装をしている。はっきり言って、目立つ。
「なんだマリカ少佐、デネット少佐と一緒ではないのか?」
「デネット様は今、研修中ですわ。サカエの研修センターで、人型重機の認定資格のための実習訓練を受けてますわよ。どこかの暇な提督と違って」
一言多いやつだ。僕だって昨日までは同じ研修センターにて、白い艦隊の行動分析をしていたところだ。こう言っては何だが、我が艦隊で一番仕事をしていないのはお前じゃないか。
「で、わざわざ嫌味を言いにここまで来たのか?」
「とんでもない。私の役割を果たすべく、ここに現れたのでございますよ、提督」
「役割?」
「あら、謎解きが私の役目ではありませんでしたか?」
ああ、そうだった。そういえばこいつの役割は、あの白い艦隊をはじめとする不可解な存在に関する推測をすることだった。普段がだらしないから、すっかり忘れていた。
「にしても、こんな盛り土を古代のお墓だと崇めているなんて、ニホンというところは本当におかしなところですわ。ローマは一日にして成らずと言いますが、この程度のものであれば3日もあれば作れてしまいそうですわね」
いや、元々はただの盛り土じゃないんだがな。外には土器や石で装飾されていたはずで……まあ、そんなことはどうでもいいか。ぶつぶつと言いながら、僕の傍に座るマリカ少佐。
「おう、マリカじゃねえか。なんだ、またデネットに捨てられたか?」
「そんなわけないでしょう! デネット様が私を捨てるなど、あり得ませんわ!」
「そうかぁ? 俺だったら、とっくの昔に捨ててるぜ。その方が静かだしな」
相変わらずレティシアとは相性が悪い。いや、こいつと相性がいいやつなんているのだろうか? デネット少佐を除けば、数えるほどしかいない。
「なんだ、マリカ殿。わざわざカズキ殿のところに現れたということは、それなりの情報を持参しておるということか?」
「あらリーナさん、さすがは皇女様ですわね、どこぞの馬鹿力魔女と違って察しがよろしいようで」
その数少ない相性の良い人物が、リーナだ。
「で、マリカ少佐よ、そろそろ本題に入らないか?」
「相変わらずせっかちですわね、提督は。あまり急かすと、3人の奥さんに嫌われますわよ」
「余計なお世話だ。で、今日の話は、白い艦隊に関するものか」
「ええ、そうですわ」
マリカ少佐が応える。今、もっとも頭を悩ませる存在についての情報だ。身構えざるを得ない。
「さて、白い艦隊がなぜ今ごろになって出てきたのか? そしてどうして、積極的に攻めてはこないのか? この2つに関する考察をまず、話しましょうか」
具体的に、2つの謎を指定してきた。この物言いは、他にも一つ以上、推測すべき項目を持っていることになる。
「少佐、悪いが最初の謎についてはすでに明らかだろう。あの黒い艦隊が消えた途端、現れたんだ。ということは、黒い艦隊がいなくなったから出現した、そういうことじゃないのか」
「ええ、その通りですわ。ですがこれまで、クロノスと呼ぶあの黒い艦隊がいなくなった時期と符合すること以外の証拠となるものがありませんでしたわ」
「証拠だと?」
「そうです。ですがこの度、もう一つの証拠と思しきものを見つけたのです」
「なんだと!? その証拠とはなんだ!」
「ほんとにせっかちですわ、提督は。まさか私を4人目にと考えてるんじゃないですか?」
何を下らないことを言ってるんだ、この毒舌士官は。お前を4人目にすることなど、未来永劫ありえない。いらんことはいいから、本題を話せ、本題を。
「あの白い艦隊の陣形の謎、それがもう一つの証拠だと申し上げたら、どう思われます?」
「陣形の謎って、あの十字陣形のことか」
「ええ、我々にとっては非常識極まりない陣形ですわ。ですがあれがもしかすると、黒い艦隊にとっては有効な手段であった可能性が高いと、メルシエ准将閣下が申しておりました」
「メルシエ准将がか。まさか、あれが錯覚の一種だというのか?」
「当然、我々にとっては錯覚でも何でもない、ただの十字の陣形にすぎません。ですがあの黒い無人の艦隊の頭脳にとっては、思わぬ誤認識を与えていたかもしれないとおっしゃってました」
「だが、我々には効かない錯覚が、どうして黒い艦隊には有効だと言える?」
「実はメルシエ閣下は一度、その錯覚に出くわしたからだそうです」
「そうなのか? いつのことだ」
「黒い艦隊とのラストバトル、あの『クロノス』との戦いの最中、2万隻の艦隊が現れ、メルシエ隊は突出するカンピオーニ隊を援護すべく、カンピオーニ隊との合流を果たそうとしたその時、黒い艦隊の奇妙な動きを見たというのです」
「奇妙な動き?」
「カンピオーニ隊とメルシエ隊の陣形はちょうど垂直の関係にあり、合流時にはL字形となったそうです。その時、正面にいた黒い艦隊が突然、後退を始めたとのことです」
そんな報告は受けてないな。あのとき僕は、旧旗艦である0001号艦でまさに「クロノス」に向けて突入をしていた時だ。その戦いの最中で、そんな不可解な出来事が起きていたというのか。
「全体としては2万隻の内の1000隻程度の動きだったため、この時は単なる陣形転換の過渡状態を後退と認識しただけだと思っていたらしいですが、このところ遭遇する白い艦隊の陣形を見て、あれは本当にこちらの陣形で錯覚して後退に転じたのではないかと確信したらしいのです」
「だがそんな報告、メルシエ准将から受けてないぞ?」
「それはそうですわ、私が先に伺って、まとめて報告しますと准将にお話ししましたので」
なんだ、それじゃ今の推論はメルシエ准将のものじゃないか。それをまるで自身の思考の成果であるかのように語るこの士官に、僕は少し苛立ちを覚える。
「十字陣形により、その陣形分の縦横幅の艦隊が現れたと見せかけることで、あの黒い艦隊には実数以上の艦隊が来たのだと錯覚させていたのではないか、というのがメルシエ准将の見解です。それに加えて、射程外からのあの白い艦隊からの砲撃も、おそらくは示威行動なのでしょうね。錯覚と示威行動を組み合わせることで、黒い艦隊との戦闘を有利に進めたと思われます。ですから、同じ戦い方を我々にも仕掛けてきたのですわね」
「……で、その錯覚とやらのおかげで、白い艦隊はこちらまで攻め込まないのだ、と言いたいのか?」
「あらやだ、何を苛立ってるんです? 嫌われますわよ、奥さんに」
「ああもう、そういうのはいいから! で、もう一つの謎の考察とやらを聞かせてもらおうか」
「まあ、もうひとつも錯覚には違いありませんわ。ですが、あの陣形とは違う錯覚が関与しますわ」
「別の錯覚? そんなものがあるのか」
「経験したではありませんか、提督自身も。マツさんの星、今は地球1041と命名されたあの星が、まったく見えなくなったというあれを」
ああ、言われてみれば確かに、星が丸ごと見えなくなった事件があったな。せいぜい38万キロ先の星が視覚もレーダーも捉えられないという不可解な現象だったが、あれもメルシエ准将が錯覚だと見破ったおかげで事なきを得た。
「確かに不可解な事件だったが、あれのどこが白い艦隊と関わることになるんだ?」
「我々があの錯覚に陥ったのは、白い艦隊、我々が『ウラヌス』と呼称するあの連中が支配する宙域から戻ってきた途端に発生いたしました。と、いうことは、彼らも地球1041を捉えられていない、ということになりませんかね?」
「いや、それはそうだが……だが、それが白い艦隊がこっちに進出してこない理由と、どんな関りがあるというのだ?」
「簡単ですわ、何もない宙域に進出するために、わざわざ命を懸けて戦いますかね?」
つまり、そこに軍を動かす理由がないから、やってこないということか。いや、変だな。それだと一つ、大きな矛盾がある。
「ちょっと待て、白い艦隊は地球1041の宙域を抜けて、地球065の宙域までやってきたぞ。今の少佐の言葉を借りるならば、進出すべき理由が見つかってしまったことになる。それはどうなのだ?」
「ええ、おっしゃる通りですわ。何もない宙域な上に、おそらくは黒い艦隊が現れて白い艦隊を追っ払っていた地球1041の宙域、そこを抜けたら、新たな星が見つかった。現に一度、10万隻の大規模な艦隊まで送り込んできたくらいですから、間違いなく地球065は捕捉されたことでしょう。にもかかわらず、やつらの行動は慎重すぎる。これはどういうことだか、私にも分かりませんでしたわ」
「過去形で語るということは、今は分かるということか?」
「まあ、そうですわね。ですからわざわざこの古臭い盛り土のところまでやってきたのでございますわ」
ここから先は、メルシエ准将の推測ではない、マリカ少佐の推測というところか。さて、この乏しい状況証拠だけで、どんな結論を導き出すのか? 僕はかたずを飲んで、マリカ少佐の次の言葉を待つ。
「ところで、なんだか寒くなってきましたわね。暖かい飲み物でも飲みながら、話しませんこと?」
が、次の瞬間、この調子だ。ほんとこいつは緊張感がない。だがその時、僕とマリカ少佐の前に、湯気の上がるコップがすっと差し出される。
「ほらよ、こんな寒空で話し込んでるから、そろそろ寒くなってくるだろうと思ってよ、そこの店でコーヒー買ってきといたぜ」
「あらレティシアさん、気が利きますわね。普段でも気遣いがよろしければ、ただの馬鹿力魔女だなどとお呼びすることもありませんでしたのに」
「本当なら、哨戒機の増槽にでも詰め込んだ熱いコーヒーを持ってきて、てめえの頭からそのままぶっかけてやりたいところだけどよ、あいにくここにその増槽がなかっただけだぜ」
「おお、怖い怖い。さすがは戦魔女団の隊長さんでいらっしゃいますわね」
レティシアが気の利く人物であることは、僕だけでなく旗艦の中でもよく知られたことだ。戦魔女団や戦乙女達からこれだけ信頼を寄せられているのは、正にその気遣いゆえなのだが、こいつはそんなことも知らないのか?
「じゃ、身体もあったまったところですし、続きを話しましょうか」
いちいちもったいぶるこの変な士官に振り回されつつ、ようやくその先の謎に迫る。
「結論から言いますと、あの白い艦隊、おそらく何かと戦ってますわね」
「何かって……それがすなわち『クロノス』じゃないのか?」
「いえ、それ以外のものですわ。黒い艦隊とも我々とも違う何か、ということです」
「だが、黒い艦隊以外に何があるんだ」
「では伺いますが、提督。未知の地球が見つかったとして、そこにいきなり10万隻の艦艇で攻め込むなんてこと、ありますか?」
「いや、普通はその星に先遣隊を送り、しかる後に1万隻の艦隊を派遣する。それが、我々の手順だな」
「その通りです、普通はいきなり大艦隊を送り込むなんてこと、ありえませんわ。にもかかわらずやつらは、10万の艦隊を送り込んできた」
「それがどうして、黒い艦隊とも我々とも違う勢力の存在につながるんだ?」
「つまりですよ、10万の艦艇でなければ対処できない相手が既に存在し、その存在がそこにいると思われたのではありませんか?」
いつになく、飛躍した論理展開だな。どうして10万隻の艦隊の出現だけで、その第4の勢力ともいえる存在を確信できるのか?
「少佐よ、いくらなんでも話が飛び過ぎではないか。他に証拠はあるのか?」
「ええ、2つございます」
「2つ?」
「ひとつは、マツさんから教えていただいた、あの御伽噺ですわね」
「確かにあれは、門の位置を教えてくれたな。だがそれ以外にも何か、意味があると」
「大ありですわよ。あの物語に登場した主役は、狐人だとおっしゃってませんでしたか?」
「ああ、言っていたな」
「それはすなわち、獣人族だということですよ」
と、いきなりマリカ少佐がある種族の名を口にする。
「……つまり貴官は、あの白い艦隊は獣人族が操っていると、そう言いたいのか?」
「そう考えるのが妥当ではありませんか? あの白い艦隊の動きを見ても、そう考えられますわね」
「どうして、艦隊の動きで獣人族だと言い切れる?」
「どうもあの白い艦隊、正直言ってあまり賢くはないですわね。あれほどの艦艇を保有しておきながら、戦術も戦略も素人同然。まさに獣人族らしい戦いぶりですわ」
「いや……獣人族といっても、アマラ兵曹長のような人物もいるぞ。そこまで侮れる存在とは言えないのではないか」
「私は以前、獣人族は原生人類が生み出した産物だと、そう申し上げたことがありましたわね」
「そうだな。おそらくは使役用かなにかの用途目的のために、あれを生み出したのではないかと」
「その獣人族が、艦隊を維持しているんですよ? どう考えてもおかしいではないですか? 現に地球1029や1030に住む獣人族は、どちらかといえば原始的な生活をしていたのですよ。その程度の生活力しかないはずの獣人族が、艦隊など使いこなせるわけがありませんわ」
「だからといって、白い艦隊の獣人族まで同じだとは……」
「私が想像するに、おそらく戦闘用に訓練された獣人族がいたのですわ。それが何かのきっかけで、白い艦艇の製造法と戦闘ノウハウを得て反旗を翻した。それがあの白い艦隊の正体だと、私は思っているのです」
また突拍子もない方向に思考が飛んで行ったぞ。逃げ出したペットが、飼い主の車を奪って反旗を翻した、そういっているのと同じくらい滑稽な話に聞こえる。
「……と、いうことはまさか、その白い艦隊が戦っている相手というのはつまり……」
「その話に言及する前に、もうひとつの証拠とやらをお話ししましょうか」
「そういえば、2つあると言っていたな。もうひとつとは、なんだ?」
「リーナさんの星、地球1019にいた岩の艦隊、そしてアルゴー船、この2つの未知の艦艇の存在ですわ」
「おい、あれは黒い艦隊と関係があるんじゃないのか?」
「全然違うじゃありませんか、あの黒い艦隊とは全く違う作りでしたわ。しかも白い艦隊とも異なる上に、圧倒的な強さを持つ無人船。これこそが、あの白い艦隊と対峙しているというもう一つの勢力の存在を裏付けておりますわ」
「ちょっと待て、それじゃ岩の艦隊を作り出した存在が、今もどこかに潜んでいると?」
「ええ、それはおそらく、原生人類ですわね」
ついにマリカ少佐が、そのもう一つの存在と称していたその名を具体的に語る。だが、僕は反論する。
「つまり、その白い艦隊に乗り込む獣人族は、原生人類と戦っているとでも?」
「推測ですが、そう考えてもおかしくはないかと」
「しかし、だ。例のギリシャ神話には、クロノスとウラヌスの存在のことは書かれていたが、さらにもう一つの陣営があるなんて書かれてなかったぞ?」
「それについては、ウラヌスとはあの白い艦隊のことではなく、その向こう側に潜む原生人類のことではないでしょうか? その原生人類がクロノス、ゼウス、アポローンらと別れた後に、獣人族がウラヌスに反旗を翻した。それがあの白い艦隊だと、私は考えます」
と、自身の推理を披露し終えたのか、マリカ少佐は急に立ち上がる。そしてやや冷えたであろうコーヒーを一気に飲み干す。
「あくまでもこれは、私の推論にすぎませんわ。今見える現象につじつまを合わせたら、こう解釈できる。ですがそれを立証すべき証拠はまだ見つかっておりません。話半分に聞いていただければ、幸いですわね」
「おい、まだ謎はあるぞ。マツの御伽噺では、獣人族が一度、地球1041に立っていたことになるじゃないか。だがその後、どうしてやつらは現れなかった? それに、原生人類がいたとして、どうしてやつらは白い艦隊のようにこちらに押し寄せてこない? 疑問はまだまだいくつもあるぞ」
「地球1041に白い艦隊が再来訪しなかったのは、単純に見失ったからではありませんか? 現に我々だって見失ったわけですし。それに原生人類の方が現れない理由なんて、こっちが聞きたいですわよ。ま、これ以上何かを見つけてくだされば、自ずと分かるでしょうよ。では」
と、僕の質問を軽くかわすと、そのままオオスの商店街に消えていった。
なんとも大雑把な推論だったな。だが、まったく筋が通っていないわけではない。僕も感じていた、あの白い艦隊はどこか素人臭いというか、戦術が硬直化しているというか、相手に合わせて臨機応変に対応するということをしない。何度かの手合わせをしているから、僕らに十字陣形が効かないことはとっくに分かっているはずなのに、それを変えようとしない。それがボランレやンジンガのような獣人族が維持していると言われれば、なんとなく納得してしまう。
「なあ、カズキ殿よ、今のマリカ殿の話……」
と、そこにマツがいきなり現れた。いや、いつの間にかそこにいた、と言った方がいいか?
「な、なんだ?」
「あの話に出てきた、白い艦隊、そして原生人類とは……」
もしかしてマツよ、まさか今の話に関わるような逸話や御伽噺を、他にも知っているとでも言い出すのか?
「……それは一体、なんのことじゃ?」
と、首をかしげながら尋ねるマツ。思わずさらなる展開を期待したのに、まったくもってごく自然な質問が飛んできて愕然とする。そりゃそうだな、今まで宇宙進出どころか、隣の大陸との間の交易すらままならないほどの文明からやってきて、いきなり遠くの銀河にまで及ぶ事情など、知る由もない。
「まあ、その辺の話は宿舎に帰ってからしようか。おい、レティシア、リーナ、そろそろ買い物して帰ろうか」
僕は、それぞれの子供らと戯れている2人を呼んだ。
「そうか、帰るか。んじゃ、わんさか食い物を買って帰ろうぜ」
「そうだな、食い物は基本であるからな。腹が減っては、戦さはできぬ」
「おいリーナよ、おめえは戦さなんてなくったって、ひたすら食うだろうが。だけど、せっかく商店街にいるんだし、ついでにどこかで何か食ってくか?」
「おおそうじゃ、レティシア殿よ、妾はういろうパフェが食いたいぞ!」
「そうだな、じゃあういろうの店に行くか。んじゃカズキ、行こうぜ」
いきなり宇宙の深淵に潜む謎から、ういろうの話に移る。だが、もしマリカ少佐の推論が正しければ、我々がまだ掴んでいない謎が存在することになる。白い艦隊すらもその正体が知れないというのに、その先の謎なんて……いや、その前にどうしてこの第8艦隊には、そんな奇妙な謎ばかりが降りかかるのか? さらなる謎への興味と、面倒ごとへの嫌悪とが同時に襲いかかってくる。
でも、できればこのままこの地で、のんびりと暮らしたかったなぁ。少し暖かな2月の半ばのオオスの街中で、3人の妻と2人の子供と共に僕は、ういろうパフェの売られている店へと向かった。




