#2 共戦
「全艦に伝達! 横陣形に転換しつつ、白い艦隊に接近する!」
「了解致しました! にゃん!」
3000隻の艦隊との距離は、すでに100万キロまで迫っていた。あちらもこっちを捉えて、攻撃態勢に移行しつつあるようだ。
「白色艦隊は依然、十字陣形のまま前進しつつあります。接敵まで、あと10分」
「そうか……そうだ、ヴァルモーテン少佐」
「はっ!」
「相手は宣戦布告を交わした相手ではないから、戦闘停止及び退去勧告を打診する必要がある。直ちに実行を」
「了解致しました!」
僕は幕僚長を務めるヴァルモーテン少佐にそう伝える。しかしこの司令部、相変わらず人手が少ない。ジラティワット大佐が艦長として抜けて、代わりにアマラ兵曹長が入っただけだ。これではむしろ、戦力低下ではないか?
といってもあの獣人族は、本当によく動く。つい2年前までは古代的な生活を送る王族であり、数か月前まではベビーシッターだった彼女が、今では卒なく軍務をこなしている。
「前方の白色艦隊より返信なし! 依然、我が艦隊に向け接近中! にゃん!」
「そうか、ではこのまま攻撃態勢を継続する。では、現時刻をもって、前方の白色艦隊を『敵艦隊』と呼称する。その旨、地球065艦隊にも打電せよ」
「はっ、了解しましたにゃん!」
やはりというか、白い艦隊からは返信はない。この宙域から退去しない以上、あれを攻撃し撤退に追い込む他はない。
とはいえ、あちらは我々の3倍の兵力。我々だけでそれを達成するのは無理だ。
「ところで、地球065艦隊の動きは?」
「いえ、依然として応答がありません。まさかとは思うのですが、我々を盾にするつもりではないかと」
「うーん、と言っても、ここは彼ら自身の星域だぞ」
「ですが提督、それ以前に、我々は彼らの『敵』ですからね。油断なりません」
ヴァルモーテン少佐は、辛辣な一言を放つ。だが、それは紛れもなく事実だ。ここは連盟側の星系であり、本来ならば地球001の艦隊が足を踏み入れていい場所ではない。
あの不明艦隊と相打ちさせて、漁夫の利を得ようと考えてもなんらおかしくはない。
仕方がない、ここは我々だけで戦うことを想定した方がよさそうだな。
「敵艦隊、さらに接近! 距離、48万キロ! 射程内まであと1分!」
「全艦、砲撃戦用意! ジラティワット艦長、戦艦オオスも参加する、前進し砲撃準備!」
「了解! 戦艦オオス、前進!」
この全長3200メートルの艦も参戦せざるを得ない。相手は我々の3倍。少しでも火力が欲しい。
何よりも、この艦には「切り札」がある。だから、この戦闘では前面に出さざるを得ない。
「敵艦隊、距離45万キロ!射程内!」
「よし、全艦、砲撃開始!」
「旗艦オオス、全砲門開け! 砲撃開始! 撃ちーかた始め!」
ついに謎の艦隊との砲撃戦が始まる。我が第8艦隊が白い艦隊と戦うのは、これが2度目。謎多き艦隊ではあるが、分かっていることがいくつかある。
やつらはどういうわけか、横一文字ではなく、十文字の陣形で戦闘に臨む。左右だけではなく、上下にも兵力を配分している形だ。
また、やつらの射程は30万キロ、つまり地球001以外の標準駆逐艦と同じだ。黒い艦隊が我々と同じ45万キロだったのに対して、こちらは短い。だから我々の方が先手を取れる。
しかし、だ。こちらの白い艦隊も、連盟軍同様にアウトレンジ戦術への対処をしている。
そして先の十字陣形が、この際はその戦術を強化している。
「敵艦隊、発砲を開始!」
そう、やつらは射程外にも関わらず、砲撃を開始する。我々の砲撃開始と同時に、あちらも撃ってきた。
射程外とはいえ、ビームというやつは射程距離を超えた途端に消えるというわけではない。そこから数万キロほどは急激に減衰し、さらに直進性を失いつつも、燃え残りのような青い筋が残る。
かなり減衰しているから、直撃しても艦を撃沈できるほどの威力はない。が、当たりどころによっては深刻なダメージとなりうるため、油断はできない。
そしてそれは、この白い艦隊の中央部、ちょうど十字陣形の交点の正面辺りで、厄介なことが起きる。
「敵艦隊のビーム、来ます!」
「回避運動! バリア展開!」
直進性を失った、まったく予測のつかない動きをするビームが、まるでにわか雨のように降り注ぐ。特に十字陣形で密集した中央部付近では、そのビームのにわか雨がより多く注がれる。
その中央部付近に、我が旗艦オオスはいる。
「バリア展開しつつ、この『にわか雨』をやり過ごせ。砲撃は一時中止だ」
ジラティワット艦長は戦況を鑑みて、一時砲撃の中止を命じる。前方から小雨のように乱れ注ぐあの青い筋をみれば、妥当な判断だろう。周囲からはビシビシと、そのにわか雨を弾き返すバリア駆動音が聞こえてくる。
3倍の敵である上に、我々に馴染みのない戦術をとるあの連中を相手に苦戦する。せっかくのアウトレンジ戦法も活かせず、イライラが募る。
が、その敵の射程に入る。
「敵艦隊の砲撃、来ます!」
観測員の叫び声とほぼ時を同じくして、あちらのビームが着弾する。艦橋内には、あのバリア作動音のギギギギッという不快な音が響き渡る。
「よし、やっと敵の砲撃が予測できるようになったぞ。これより反撃開始だ!」
妙なことを口走る艦長だ。敵の射程に入った方が、砲撃がやりやすくなる。そんな戦闘は、これまで聞いたことがない。だが、こちらの船体が大きすぎることに加え、この奇妙な戦術をとる敵に対してはそうならざるを得ない。
と、この時、さらに別の異変が起こる。
「な、何かいますわ! 前方、多数の影が見えます!」
何かを感知したという報がもたらされるが、報告主はレーダー員ではなく、ダニエラだ。
つまり、それはレーダーで感知できない相手だ。
「数はどれくらいか?」
「はい、おおよそ3000!」
それを聞いて、僕はピンときた。なんだ、やつらめ、ちゃっかりこの戦場に来ていたのか。
「指向性レーダー、捉えました! 前方に艦影多数! 距離2万キロ!」
「光学観測、艦色視認、赤褐色! 連盟艦隊です!」
そういえば、エルナンデス隊にいるミズキからは報告を受けてないな。と、いうことは、やつらは例のアレを使ってるようだな。
「前方の地球065艦隊より入電、『これより戦闘を開始する、援護されたし』以上です!」
「了解した。全艦、敵艦隊中央に集中砲火! 地球065艦隊を支援する!」
まさに「ニンジャ」と我々が呼称する電波探知妨害手段を用いて、艦隊を秘匿しているようだ。その数、およそ3000隻。
「地球065艦隊、『ニンジャ』を解除! レーダーに映ります!」
急に前方の陣形図モニターに、3000隻規模の艦隊が出現する。おそらく、あの白い艦隊も捉えたことだろう。突如現れた艦隊に、その白い艦隊はすぐに反応する。
「敵艦隊、後退を開始しました!」
「アマラ兵曹長! 全艦に伝達、前進しつつ砲撃。追撃せよ」
「はっ! にゃん!」
語尾はおかしな幕僚だが、仕事は卒なくこなす。僕の命令を即座に全艦に打電する。ニンジャを解除し、敵の前に姿を現した地球065艦隊は砲撃を開始する。
ところで、最近の連盟軍の「ニンジャ」はより巧妙になりつつある。以前ならば50万キロ四方に飛び込んだ艦隊ならば即座に見つけられていたミズキが、捉えられなくなってきている。ダニエラは元々、前方のみに特化した索敵能力であるが、それでも数万キロまで接近しないと捉えられない。
おそらくやつらは、「ニンジャ」に何らかの改良を加えたようだ。今ここで地球065艦隊が用いたのは、その改良型の方のニンジャなのだろう。あれに対して、我々の「神の目」が効かなくなってきている。
もっとも、その改良兵器は今、前方の「敵」に向けられているから問題はないのだが、あの白い艦隊が鳴りを潜め、再び連合と連盟との全面戦争に戻った時、厄介な存在となりうる。
「提督! 幕僚長、意見具申!」
と、そこに、幕僚長であるヴァルモーテン少佐が意見具申を求めてくる。
「具申、許可する。なんだ?」
「はっ! そろそろ頃合いかと思います、当初の計画通り、敵艦隊に『特殊砲撃』を加えてはいかがでしょうか!?」
いきなりこの士官は、我々の切り札の使用を進言する。
「いや、まだ戦闘が始まって20分ほどだぞ? 今、使用するのは早すぎではないか」
「なればこそです。早々に使用すれば、味方への被害も最小で済みます。今こそ、使用すべきかと」
「うーん……」
正直言って、僕は少し躊躇う。あの切り札を使わないで済むものであれば、済ませたいと考えている。が、この幕僚長はむしろこの戦闘での使用を強く進言していた。
「ここでやつらを圧倒する兵器を使用する事は、この先の抑止力にもつながります。ぜひ、ご決断を」
力の差を見せつけることが、戦闘のなし崩し的な拡大を防ぐことになる。これがヴァルモーテン少佐の主張だ。前回の戦いでは、特殊砲撃を使用することなく終了した。それゆえに再び、あの艦隊の出現を招いてしまったとも言える。
「ジラティワット艦長! 特殊砲撃、用意!」
「はっ! 戦艦オオス、特殊砲撃用意!」
「機関室に連絡、特殊砲撃用意! 専用回路接続、および特殊砲撃準備にかかれ!」
「アマラ兵曹長! 全艦、および地球065艦隊に打電、特殊砲撃を行う、軸線上より退避せよ、と!」
「了解しましたにゃん!」
艦内が慌ただしくなる。この艦としては、テスト砲撃に次ぐ2度目の特殊砲撃だ。
これは10秒間の持続砲撃で、以前までの旗艦だった駆逐艦0001号艦に搭載されたそれと同じ原理のものであるが、この新しい旗艦に搭載された特殊砲は、以前のものとは大きく異なるところがある。
それは、砲径だ。
以前は、通常の駆逐艦と同じ10メートル級の砲身であったが、こちらは大型艦。それゆえに、従来よりも大きな砲身が取り付けられている。その口径は、なんと50メートル。それが中央に2門備わる。
その分、威力も大きい。実際、テスト砲撃でもかなり驚愕な結果が得られた。おそらくはあれを用いれば、この宙域にいる白い艦隊を全滅させることすら可能だろう。
が、僕は下令する。
「砲撃管制室に連絡。特殊砲撃は、敵艦隊中央にのみ集中せよ、と」
「はっ!」
10秒間の砲撃を、敵の中央部にのみぶつけることにする。さもないと「たったの3000隻」ごとき相手では、本当に全滅させかねない。全滅してしまえば、この砲撃の恐怖を後方に伝えるべき者たちまで消滅させてしまい、抑止力としての意味がなくなってしまう。ほどほどに
『機関室より艦橋! 特殊砲撃用意、完了!』
『砲撃管制室! 特殊砲撃用意よし!』
僕の号令から40秒ほどで、特殊砲撃用意の返信が入る。それを受けて、ジラティワット艦長が応える。
「よし、主砲装填を開始せよ!」
いよいよ、主砲装填だ。それを担う者が、その号令に応えてくる。
『よっしゃぁ! そんじゃ装填、始めるぞ! 戦魔女団、いくぜ!』
『おーっ!』
『気合い入れていくぞ! おりゃあ!』
『だーっ!』
あれは、レティシアの声だ。それに応えるのは、このために集められた怪力魔女4人。いや、ちょっと待て、なんかもう一人、妙な掛け声が聞こえてきたぞ。
その魔女たちの気合いが、あっという間にこの艦に込められる。
『砲撃管制室より艦橋! 主砲装填、完了!』
「特殊砲撃、撃てーっ!」
『目標、敵艦隊中央! 特殊砲撃、撃てーっ!』
わずか10秒で、5人の戦魔女団の力により、主砲の装填が完了する。砲撃管制室の復唱と同時に、この3200メートルの大型艦の船体をも揺らすほどの衝撃が伝わってくる。
目の前のモニターに、青白い光がパッと光ったかと思うと、その0.5秒後にはズズーンという轟音と揺れが、この艦橋にも達する。その後、ビリビリと響く揺れと青白い光は、10秒間続く。
かつての特殊砲撃など、比べ物にならないほどの威力だ。このまま艦首を十文字に振れば、おそらく目の前の敵艦隊を一隻漏らさず消滅させることができたことだろう。
が、この艦の特殊砲の砲撃レバーを握るカテリーナ准尉は、こちらの命令通り、ただ一点のみを貫く。
「砲撃、終了! 弾着観測開始!」
10秒間続いた光がすっと消えると、敵艦隊の損害を計測し始める。すでに敵の砲撃は止み、青白い光の筋は見えなくなっている。第8艦隊と地球065艦隊のみが、砲撃を続行しているのみだ。どうやらあの白い艦隊は、後退を始めているとみえる。
「敵艦隊、1035隻消滅!」
なるべくど真ん中だけを狙ったはずだ。にもかかわらず、この戦果。この戦艦オオスの初戦果に、艦橋内の一同は歓声を上げる。
「喜んでいる場合ではない! まだ戦闘中だ! 敵の艦隊は!?」
「はっ! 急速後退中の模様、すでに距離35万キロ!」
いきなり3分の1を消滅させられては、白い艦隊が戦意を失うのは当然だろう。もしかすると、あの艦隊の旗艦を沈めたのかもしれない。大穴を開けられて、統制を失いつつある目前の艦隊は、ばらばらと退却を開始する。
その直後、通信が入る。
「提督、地球065艦隊司令官、レイヴォネン中将閣下より通信です!」
目前にいる連盟艦隊から通信が入る。モニターには、連盟軍の制服を着た将官の姿が映し出される。僕は起立し、その将官に向かって敬礼する。相手も、返礼で応える。
『小官は地球065防衛艦隊司令、レイヴォネン中将だ』
「ぼ……小官は地球001所属、第8艦隊司令、ヤブミ少将であります」
「地球001」と聞いて一瞬、眉を顰めるのが分かる。それはそうだ、200年以上の間、宿敵として敵愾心を向け続けてきた相手だ。そんなやつが今、自身の星域で軍事行動をしている。心穏やかでいられるはずがない。
招かれざる客に対し、どういう態度をとるのか、僕にも一応の覚悟はしていたが、この中将閣下は意外にも紳士的な対応をとる。
『この度は、あの未知の艦隊侵入を阻止していただき、感謝の念に堪えない。地球065を代表し、お礼申し上げる』
「いえ、我々の任務の一環ですし、貴艦隊の援護もあっての勝利であると確信しております」
皮肉の一つでも言われるかと構えていたのだが、思いの外、穏やかなやり取りで拍子抜けする。
『時に、噂に聞く特殊砲撃というものを目の当たりにした。さすがは、この宇宙で最先端、最強の兵器。あれほどの威力であるとは、私の想像のはるか上をいく威力だった』
「は、はぁ……」
『この兵器が、再び我々に向けられることがないことを願いたいものだ。では』
が、最後に露骨に「特殊砲撃」に対する懸念を向けるのを忘れない。この一言は、我々が彼らの敵であることを再認識させられる。
「……さて、任務完了だ。これより後退し、全艦の補給作業に入る。ブルンベルヘン少佐に連絡、補給作業を開始せよ、と」
「はっ! 了解いたしましたにゃん!」
と、僕はアマラ兵曹長に命令を伝え、司令官席に座る。が、座ると同時に、もう一つの通信が入る。
「提督! エルナンデス准将より通信です!」
……なんだ、こんな時に。もう戦闘は終わったぞ。僕は通信士に応える。
「正面モニターにつなげ」
「はっ!」
まあ、大体その内容は予想できる。僕は再び起立する。
ところがその相手はモニターに映るや、敬礼もせずに開口一発、僕に怒鳴りつけてくる。
『おい、ヤブミ少将!』
相変わらず反抗的な態度だな。僕は応える。
「なんだ?」
『なんだじゃない! あんなところでいきなり、特殊砲撃を使うやつがあるか! 我々は艦隊戦をしているんだ! 旗艦だけで武勲を独り占めにするんじゃない!』
「あれは戦略上、必要な攻撃だ。意味があってやっている。それに今回の目的は、あくまでもあの白い艦隊を撤退に追い込むこと。武勲云々を上げることが目的ではない」
『大体、貴官は1000隻もの艦隊を率いているという自覚がだなぁ……』
『ちょ、ちょっと、アルセニオ! あんまり叫んだら、また謹慎を食らっちゃうわよ……』
生まれて間もない子供を抱えて、この反抗期真っ盛りな夫を制止するミズキを見ていると、気の毒でならない。にしてもミズキよ、駆逐艦内に子供を連れたまま砲撃戦に参加していたのか。
まあ、それを言ったら、レティシアのやつも我が娘を抱えたまま機関室にいたな。他にも、リーナにグエン中尉、それからフタバのやつも……戦闘艦内に子連れが多過ぎるぞ、この艦隊は。その子の将来は、大丈夫なのかと心配になる。