#17 位置
「敵艦隊、発砲を開始!」
来たな。白い艦隊の常で、射程外にも関わらず発砲を仕掛けてくる。だが、多勢に無勢、その戦法は圧倒的な差を前に効果を発揮しない。
おまけにあの白い艦隊、相変わらず十文字の陣形だ。といっても、ほぼ横陣形で、中央部で上下にそれぞれ10隻づつ並ぶというプチ十文字型ではあるが。そんな中途半端な陣形を取るなら、素直に単横陣形にすればいいのに。
「まもなく、敵艦隊射程!」
「よし、エルナンデス、メルシエ、カンピオーニ隊に打電。敵艦隊を包囲し、これを殲滅せよ、と」
「提督、殲滅してもよろしいのですか?」
「なんだ、ヴァルモーテン少佐。何か不満でも?」
「いえ、彼らの航路を探るため、あえて彼らを逃すという選択肢もあると、小官は愚行いたします」
「それも考えたが、今、遭遇している相手はおそらく哨戒部隊だ。つまり、あれを逃せばさらなる増援を誘うこととなり、この宙域に多数の白色艦隊を招き寄せることになりかねない。ならばここはまず、あの哨戒部隊を殲滅して我々の存在を知られないようすべきだろう」
「なるほど、提督のご意見に賛同いたします。では、3隊の突入による敵艦隊殲滅を至急、打電いたします」
と言うと、ヴァルモーテン少佐は直ちに電文を打ち始める。僕は砲撃音の鳴り響く中、正面モニターに映る陣形図を見る。
すでにあの100隻は、後退を始めている。今から追撃しても、もう遅いか。
「提督、敵艦隊、後退しております」
「モニターでも確認した。距離は?」
「はっ、現在38万キロ。さらに後退中の模様」
「そうか」
さすがの白い艦隊も、この圧倒的戦力差を前に撤退を決断したらしい。すでに我々の力を知っているはずだから、当然だろう。
こちらの3戦隊は行動を開始している。後退する100隻の艦隊を追尾、撃滅すべく全速前進で追い始めている。
「提督、戦闘中ですが、この宙域の位置が判明いたしました!」
と、そこに、観測班の士官が報告に現れる。
「やはり、サンサルバドル銀河か?」
「はい、それはあの目前にある棒渦巻銀河で判明しておりますが、さらにこの銀河内における位置です」
モニターを切り替えると、外の星図が映し出される。画面にはあの、棒渦巻銀河が見えている。
「フアナ銀河」と呼んでいるあの銀河は、我々の銀河系からは観測できない銀河だ。未知の銀河が、わずか数百光年先に見える。こんな配列と形の銀河は、今のところ我々の銀河系からは観測されていない。それゆえに、この「サンサルバドル銀河」がどこにあるのかすら、まるで分かっていない。
分かっていないというのに、その未知の銀河内ですでに3つの地球を発見し、交流を始めている。リーナの故郷のある地球1019に、ボランレ、ンジンガ、そしてアマラ兵曹長の故郷とその連星である、地球1029、1030だ。
「フアナ銀河の星の配列とずれから推定して、この宙域の位置を特定した結果、ここは地球1019から5光年離れた場所だと判明いたしました」
「なんだって!? たった5光年だと!?」
「はっ、間違いありません」
思わず叫んだ僕だが、冷静に考えれば、5光年という距離は長い。が、この宇宙のスケールから見れば短い距離である。
そんな近くに白い艦隊の通り道があったと分かって、僕は驚きを隠せない。それだけ近くにいながら、よくまあ地球1019は今まで無事でいられたものだ。銀河をまたいだ我々の星域でさえ攻撃され始めたというのに、だ。
もしもあの白い艦隊が、我々が知る原生人類、すなわち5万年以上前には宇宙戦闘を行うほどの文明を持った種族の子孫が保有しているとするならば、少なくとも5万年以上はこの辺りを探索する機会があったはずだ。となれば、5光年程度離れた星など、とっくに見つけていてもおかしくはない。
にも関わらず、リーナの故郷では白い艦隊が目撃されたという情報はない。不可思議極まりない事実だ。
こんな近所に、白い艦隊につながる宙域があったことに驚愕していた僕だが、そんなことに現を抜かしている場合ではない状況が迫る。
観測班の士官との会話に、血相を変えて割って入ってきたのは、ヴァルモーテン少佐だ。
「提督、大変です!」
ヴァルモーテン少佐が、モニターの切り替えスイッチを押す。棒渦巻銀河の映像が、陣形図に変わる。それを見て僕は、その大変さを一瞬で理解する。
我々と、今追いかけている100隻の艦隊のその向こうに、さらなる大集団が映し出されている。
「少佐、数は!」
「およそ1万! こちらに向けて、急速接近中! 距離300万キロ!」
「光学観測! 艦色視認、白色! あれは白い艦隊、『ウラヌス』です!」
光学観測員からも報告が入り、それが白色艦隊であることが判明する。なんということだ、こっちの10倍以上じゃないか。僕は下令する。
「エルナンデス隊、メルシエ隊、カンピオーニ隊に打電! 作戦中止、直ちに後退する!」
「はっ!」
突如現れた大艦隊。我々は10倍の敵を前に、撤退をせざるを得ない。直ちに後退し、防御を固めなくてはならない。
いくら特殊砲があるとはいえ、1万隻は相手にできない。どうせなら、一旦後退して地球065の艦隊と合流し、迎撃態勢を整えねば。
いや待てよ。この一つ向こうの星系は、まだ地球065にその行き方も教えていないマツ殿の故郷の星じゃないか。どうやって迎撃態勢を整えればいいんだ。
とまあ、僕の脳味噌がフル回転しててくそ忙しいというのに、いちいち通信してくるやつもいる。
『おい! ヤブミ少将! 後退とはどういうことだ!』
またエルナンデス准将か。うるさいやつだな。僕は応える。
「あの数を相手に、戦えるわけがないだろう!」
『そうは言っても、この先はあの地球がある場所だぞ! 引けば、あの星が危機にさらされることになるんだぞ!』
なんだこいつ、初めはあの門に突入することに反対しており、しかもこの門突入は、周囲の状況を確認でき次第、撤収するという条件まで決めていたというのに、いざ敵を前にした途端、急に好戦的になりやがった。
「考えがある、とにかく一旦、後退する! これは命令だ!」
実は何も考えていないのだが、こう応えるしかない。そう一喝した後に、僕はエルナンデス准将からの通信を切る。
「はぁ~……」
思わずため息を吐く。あの門の向こうに後退したら、エルナンデス准将のやつ、また通信してくるだろうな。何と応えようか? そう頭を悩ませていると、ジラティワット艦長が口を開く。
「艦長、意見具申!」
珍しいな、艦長職に収まって以来、司令部に意見具申してくることはなかったジラティワット艦長だが、何か思うところがあるようだ。
「具申、許可する。なんだ?」
「はっ、門向こうに撤退後、迎撃態勢を取ることを進言します」
「……いや、それはそうだが、それでは結局、1万隻を相手にすることになるのではないか?」
「いえ、あの門は、せいぜい一度に100隻程度しか潜れません。1万隻が通り抜けるのに相当時間がかかるはず。待ち伏せを行い各個撃破戦に専念すれば、我々1000隻でも戦えます」
なるほど、いいアイデアだ。言われてみればそうだ、あそこは狭き門だったな。2000隻程度が出てきたところで特殊砲を撃ち、さらに現れれば再び特殊砲を撃つ。最大で5回あれば、1万隻の艦隊を全滅することも可能だ。おそらく殲滅される前にあの艦隊は、撤退を決めるだろう。
今後のことを考えるならば、1万隻相手に特殊砲を使うのもいい。僕はその作戦に乗ると決めた。
「よし、その各個撃破戦法に賭けよう。ヴァルモーテン少佐」
「はっ!」
「全艦に伝達、門の向こうまで撤退し、各個撃破戦法に移る。作戦詳細については、少佐に一任する」
「はっ! 了解いたしました!」
元幕僚長のジラティワット艦長の意見を受けて、我が第8艦隊は戦略的撤退を始める。すでに1万の白い艦隊は、200万キロまで迫っていた。
「艦隊集結! 後退を開始します!」
「了解、まずステアーズ隊、カンピオーニ隊と突入し、次いでワン隊、エルナンデス隊、そしてメルシエ隊を殿とする」
「はっ!」
と、後退を決めたとき、艦橋に走り込んでくる士官がいる。
「遅くなりましたにゃん!」
レティシア達と街に行っていたアマラ兵曹長が、艦橋に入ってきた。僕は彼女にこう告げる。
「これから、撤退行動に入る。ヴァルモーテン少佐より指示を受けて、全艦に作戦指示を送れ」
「はっ! 了解ですにゃん!」
そういえば、マツ殿はどうなったのだろうか? レティシアは今頃、機関室に入っているだろう。となると、リーナと2人の子供らと共にいるんだろう。
と思っていたら、遅れてリーナとマツ殿もここにやってきた。
「おい、カズキ殿! 戦闘はどうなっておるか!?」
リーナが、ユリシアとエルネスティを抱えて入ってくる。その横にはマツ殿もいる。
「今は後退中だ。目前に1万の敵が現れた」
「なんだと!? 後退などしたら、あの1万の船がマツ殿の星に押し寄せるではないか!」
「大丈夫だ。今、あれを追い返すための作戦を立てたところだ。心配するな」
と、僕はいきり立つリーナを説得する。ただでさえエルナンデス准将の相手だけでも大変なのに、この上リーナまで相手にしなきゃならないとは。
その間に、2人の子供らは司令官席の周りに向かう。エルネスティは司令官席に座って難しい顔をしてじっと正面モニターを見つめる。一方のユリシアは、その席の前のタッチパネルモニターをバンバンと叩き出す。うーん、ユリシアよ、今は作戦行動中だから、叩かないで欲しいなぁ。
僕はちらっと時計を見る。100隻の艦隊との戦闘、1万隻の艦隊出現、そして撤退行動。いろいろと出来事が重なったから、かなり時間が経っているように感じるが、この宙域に入ってまだ、30分ほどしか経っていないことに気付く。
そういえばマツ殿は、この艦の街中であの砲撃音を聞いたのだろうな。戦闘態勢下の艦橋に入るのは初めてだから、このピリピリとした空気に戸惑い、きょろきょろと辺りを見回している。そこにリーナが駆け寄ると、マツ殿も少し安心した様子でリーナの腕をつかむ。
うーん、すっかりリーナになついているな。僕じゃなくて、リーナのところに嫁いだと言った方が正確じゃないか? いや待て、僕はまだ、その事実を認定していない。
「まもなく、ワームホール帯に突入!」
と、艦橋内に声が響く。すでにステアーズ隊とカンピオーニ隊は突入し終えており、今はワン隊が突入しつつあるところだ。
「超空間ドライブ作動! ワープ開始!」
ついに、ワープ空間に突入する。外の様子を映すモニターからは、星が消えて真っ暗な空間、つまりワープ空間に入ったことが分かる。そのモニターをじっと見つめ、何が起きたのかを必死に把握しようとするマツ殿がいる。
が、すぐにその暗闇から抜け出す。ワープ空間から抜けた証拠だ。すぐ脇にを、あの白い門が通り過ぎる。
「艦首回頭180度! 迎撃態勢に移れ!」
ジラティワット艦長が叫ぶ。スラスター音が、この艦橋内にも響き渡る。ちょうど今、最後のメルシエ隊が通り過ぎたところだ。
1000隻の駆逐艦と2隻の戦艦が、あの1万隻を迎え撃つべく、迎撃態勢をとる。その最中、観測班から驚愕すべき報告が飛び込んできた。
「大変です、提督!」
まだレーダーは、一隻の白い艦隊も捉えていない。この状況で、何が大変だというのか。
「なんだ? 今は戦闘態勢だが」
「あの地球が、見当たらないのです!」
「はぁ!?」
そう、ここはマツ殿のいた星の衛星である月の上にある門を潜った先、その近く、38万キロ離れたところには当然、地球があるはずだ。
それが、ないと言う。
「レーダー、重力子センサー、共に反応無し! 惑星クラスの天体が、見当たらりません!」
そんな馬鹿な。それじゃあマツ殿のいた星は、どこへ行ってしまったのだ?
白色艦隊が迫っているというのに、それどころではなくなってきた。
「そんなはずはない! 必ずこの近くにあるはずだ!」
「はっ、しかし、その星の存在を示すものが全く見つからないのです」
「それじゃあ、マツ殿のいた城やトクナガ殿は、どうなってしまったというのか!?」
僕は焦る。その焦りは、マツ殿にも伝わる。
「ヤブミ殿、妾の星が消えたと聞こえたが、どう言うことじゃ!?」
「いや、僕にもさっぱり……あ、いや、今、全力で捜索中だ」
「おい、カズキ殿! 星が見当たらないなど、大事ではないか!」
「いやだから今、探してるんだって」
リーナまで突っかかってきたぞ。僕も困惑しているところだ。あるはずのものがないなんて、とても考えられない。
「と、ともかくだ、今は敵艦隊が迫ってきている。それを迎撃してから、必ずマツ殿の星を探し出す。しばらく待ってはくれないか?」
と、僕は戦闘態勢であることを盾に一旦、保留しようとする。戦さとなれば、マツ殿も黙らざるを得ないだろう。そう考えてのことだ。
実際、今は10倍の艦隊を迎え撃つのに全戦力を向けなくてはならない状況だ。とても地球のことなど、構っている場合ではない。
が、そこに僕宛てに通信が入る。
「提督! メルシエ准将から通信が入ってます!」
今度は何だ? しかし、エルナンデス准将ではなく、メルシエ准将から? 珍しいこともあるものだ。僕はその通信に出ることにする。
「了解、司令官席に繋いでくれ」
「はっ!」
通信士は、僕の席にその通信を回す。相変わらずモニターをバンバン叩いているユリシアを抱っこしてリーナに渡すと、そのモニターの前で軍帽を整えて座る。
メルシエ准将が現れる。彼の敬礼に、僕は返礼で応える。
『メルシエ准将です。提督、見失った地球ですが、たった今、見つけました』
この突然のメルシエ准将の報告と共に、僕はその背後に映る地球の姿を見て驚愕する。
一体何が、起きているんだ?




