#16 続突入
ここは何と、呆れた場所か?
地面が4つの層に分かれ、それぞれにびいどろに覆われた櫓が立ち並ぶ。その下を民が歩き回り、櫓の中にある店の商人らから何かを買い付けておるのが見える。
トクナガ公は、これを妾より先に見ておったのか。これと同じものを作ると、そう妾に申していたが、そういうことか。
しかし、呆れるほど民と櫓を詰め込んだ場所ではある。何ゆえ、これほどの櫓を建てる必要があると申すか?
が、その街に下りて大勢の民に紛れて歩けば、その理由もおのずと見えてくる。ここは都の市のように店が並び、その繁華なる店に群がる民の姿が後を絶たぬ。
そんな市の合間を歩きつつ、レティシア殿がこう申す。
「おう、それじゃまずは腹ごしらえだな。いつものあそこでいいよな」
「うむ、構わぬぞ」
「ふぎゃあ、いいよぅ」
「ふぎゃーっ、いいんだよぅ」
「いいですにゃん」
なんじゃ、狐人が2人増えておるぞ? その2人の狐人からは、あのアマラと申す狐人ほどの知性を感じない。代わりにこの2人の狐人には、尻尾が生えておる。それがまさに狐のそれである。しかし、こう言ってはなんだが、尻尾と耳以外はあまり狐らしく思えぬな。
「ところでレティシア殿、我らはどこに向かっておるのじゃ?」
「おう、いきゃあ分かるぜ。マツも気にいると思うがな」
「だーっ!」
こう尋ねるも、なぜかレティシア殿にはぐらかされた。にしてもレティシア殿の娘は、なぜか時々、嬉しそうに妙な相槌を打つ。それが自らの役割と言わんばかりに。
それにしても、昨日はあのマリカ殿にあの物語のことを散々問い詰められた。妾とて、幼少の頃に父上の側女より聞いた話をおぼろげに覚えておっただけじゃから、あまり問い詰められても答えようがない。そう申しておるのに、あの女はそれでもしつこく聞いてくる。おかげで昨日は、疲れて寝てしもうた。
にしてもこの船の中というのは、昼なのか夜なのか分からぬ。そもそも刻を知る術がない。ここには寺がないから、刻を知らせる鐘が鳴らぬ。日も見えぬから、その傾きから刻を読むこともできぬ。
だから、今日もリーナ殿に起こされて、朝が来たということを知る。じゃが、どうやってこやつらは刻を知るのか?
「おう、着いたぜ」
そうこうしておるうちに、その店とやらにたどり着いたようじゃ。びいどろ、いや、ガラスと呼ばれる透明な板に囲われた櫓が並ぶ中、ここだけは入り口に木でできた引き戸がついておる。妙に親近感が湧く場所じゃ。
その引き戸を、レティシア殿が開ける。
「いらっしゃいませ〜っ!」
少々やかましい店子が現れおった。直感じゃが、どうもこやつに心許せぬような、そんな雰囲気を感じる。
「あれぇ? この花魁っぽい人は、誰デスか?」
「花魁じゃねえよ、これでも姫様だぜ」
「ええ〜っ! 姫様なのデスか!? じゃあこの間、提督が連れてきていたあのちょんまげの爺様は、もしかしてこの人のお父さんデスか?」
ちょんまげの爺……ああ、トクナガ公のことか。しかしあれを我が父上とは、随分と失礼なことを言うやつじゃのう。やはりこやつとは、馬が合わぬ。
「ねえ、それよりも、ここに来たからには手羽先デスよね?」
「あったりめえよ。で、リーナだけは3杯、後は1杯づつで頼むぜ」
「承知しましたデス! 手羽先オーダー入りまーす! 全部で8杯デス!」
レティシア殿はこの黄金色の髪を持つ店子に、手羽先とやらを頼んでおった。昨日も、この名は聞いたな。じゃがそれは一体、何であろうか?
ここの飯は変わった見た目ながらも、その欲をそそられるものが多い。その手羽先とやらも、そうなのであろう。
と思うておったが、いざ目の前にすると、それはフライドチキンと申すものの小さいものにしか見えぬ。それが、器にたくさん並んでおる。
「おう、来たぜ手羽先! マツよ、食い方を教えてやるぜ」
かような食い物如きに、食い方などあるのか? 訝しげな顔の妾を前に、レティシア殿がそれを一つつまんでみせる。そして、端をちぎって皿におくと、妾にこう言い放つ。
「こうやって小骨を取ってだな、そのまま身にガブリと食いつくんだぜ」
といって、実際にガブッと食いつき、その手羽先を引き抜いた。後には、綺麗に骨だけが残っておる。
妾もそれを真似てみる。端の小骨を取り払い、それを皿の上に置く、そしてもう一方の端を持ったまま、口に入れて食らいつく。
すっと引き抜くと、見事にそれはスルッと抜けて、手には骨だけが残る。フライドチキンですら、骨の周りは食べ辛く、身が残っておったが、こやつは簡単に剥けるように身が剥がれる。
味も甘辛く、絶妙なる味じゃ。白米があればよく合うじゃろうと思うほどの味である。なるほど、レティシア殿がわざわざ連れてくるほどのことはある。
「どうよ、姫様。これが宇宙一のファーストフードと言われる手羽先デス!」
「う、宇宙一とな?」
「かつてある星の大陸に蔓延っていた魔物を一掃した聖女様が、好んで食べたと言われる伝説の食材デスよ。またノブナガ公の再来と言われるヤブミ提督が愛する食べ物、これこそがナゴヤの誇るナンバーワン・ソウルフードなのデス」
なにやら大袈裟なことを言い出したこの店子であるが、しかしこの甘辛い味と、するりと身が抜ける快感とが合わさり、またひとつ食べたくなる。店子が自慢するのも分かる。
リーナ殿はといえば、猛烈なる勢いで手羽先を食べておる。小骨を取り払ったかと思えばそれを加え、あっという間に引き抜いておる。剣の達人と聞いておるが、その才がこのようなところでも発揮されておるのか?
「ふぎゃあ、うみゃーよぅ!」
「ふぎゃーっ、いつもうみゃーよぅ!」
「うみゃーにゃん」
狐人らも、この手羽先を器用に食らうておる。よほどこの店に通い慣れておるようじゃな。それだけ、この食い物の虜なのであろう。が、妾も癖になりそうじゃ。
「そういえば、レティシアよ」
「なんだよ、リーナ」
「カズキ殿がさっき、マリカ殿に呼ばれておらなんだか?」
「おう、なんだかすげえことが分かったみてえなことを、マリカのやつが騒いでたな。何を企んでやがるのか……」
うむ、そういえばここに向かう前にあのマリカ殿が、ヤブミ殿に何かを訴えておったな。何があったのか。まあよい、今はこの手羽先を楽しむこととしよう。
◇◇◇
「なんだと? それは本当か!」
マリカ少佐がとんでもない発見をしたと言うが、聞いてみればその通りだった。それが本当ならば、確かに大発見だ。
「しかし、本当なのか? この星の月に、門があるというのは」
「マツ殿の話を聞けば、むしろそう考えるのが当然でしょう。白い船に、白い鳥居ですよ? 誰がどう考えてもあの白い艦隊の艦艇と、ワープ用の門のこととしか考えられません」
「だが、ダニエラは何も感知していないぞ。それほど近くにあるというのなら、とっくに見つけていてもおかしくないだろう」
「ここに来る際に見つけた門も、ダニエラさんは10万キロまで接近してようやく見つけられたのです。この静止衛星軌道からあの月までは、30万キロ離れてます。つまり10万キロ以内まで接近すれば、あの自慢の『神の目』とやらは何かを見つけてくれるのでは?」
確かに、マリカ少佐の言う通りだ。あの白い門は、ダニエラの能力をもってしても、相当接近しないと見つけられないという問題がある。
しかし、民話の中に書かれた話を真に受けるなど、いささか短絡的すぎはしないか? などと思ったが、マリカ少佐は過去に、ギリシャ神話からあのクロノスの存在を推定し、見事に当てた実績がある。この士官の直感は、侮れない。
「よし、ならば我が艦隊はすぐにこの星の月軌道に向かう。月に再接近を行い、ダニエラおよびセンサーによる一斉探索を実施することにする。それでいいな?」
「はあい、よろしいですわよ。ま、せいぜい頑張って下さいね、提督」
しかしこいつ、頭は決して悪くはないが、態度があまりに悪すぎる。この不誠実な態度は、どうにか改めて欲しいものだ。
そして僕は、ジラティワット艦長に命じる。
「今、聞いての通りだ。これより我が艦隊は加速し、月に向かう。旗艦オオスは、直ちに月への加速を開始せよ」
「はっ、承知いたしました、提督!」
「ヴァルモーテン少佐」
「はっ!」
「全艦に伝達だ、これより月に向かう、加速を開始せよ、と」
「はっ! 了解いたしました!」
城攻めの後始末に付き合わされて、ここに来た目的を見失いかけていた。が、ようやくその目的を達しようとしている。
もしマリカ少佐がいう通り、この月の上に門があったとするならば、それはすなわちあの白い艦隊の本拠地に繋がる場所である可能性が高い。なにせ、あの民話にも「白い船」が出てきている。おそらくは間違いないだろう。
が、それはそれで一つの疑問が湧く。
どうしてあの白い艦隊は、この地球に無関心なのか? 人が住む星がありながら、なぜまったく手出ししていないのか。常識的に考えれば、この地球に港を建設し、補給拠点を築くべきだと思うのだが、篝火を合図に訪れたことがありながら、それ以降はまるで接触がないとみえる。マツ殿やトクナガ公がこれまでに宇宙船を直接目撃したという話は聞いたことがない。
疑問は多いものの、ともかく今はその門の有無を確認するのが先決だ。理由は、その後に考えればいい。門そのものがなければ、あの話はただの民話ということで片付けられる。僕は正面モニターを眺めながら、この艦の月接近を見届ける。
ちらっと、スマホを見る。どうやらレティシア達はあの手羽先の店で食べているところらしい。この写真を見る限りでは、マツ殿も手羽先に夢中なようだ。皿に積まれた骨と、マツ殿が手羽先に食らいつく様子がそこには映っている。
が、そんな微笑ましい写真を眺めていると、突如、報告が入る。
「ヤブミ様! 見えます!」
「どこだ、ダニエラ!」
「はい! あの月の中ほど、何かを感じますわ!」
月の赤道上に、何かがあると言っている。それを受けて、タナベ大尉が何かを見つける。
「センサー捕捉! ワームホール帯を確認! 位置は、月赤道上!」
「光学観測班!」
「はっ! 光学観測、開始します! 正面モニター!」
ついにこの艦のセンサーがワームホール帯を捉える。間違いない、今までの経験からすれば、それは門だろう。
そして、予想通りのものが正面モニターに映し出される。灰色の不毛な大地の上に立つ、大きな白い枠状の構造物。まさしくそれは「門」だ。
「全艦に伝達! 旗艦オオスは月面上に門を確認せり! 全艦、これより突入準備と為せ、と!」
「はっ! 了解であります!」
気付けばもう、2週間も足踏みをしていた。なぜか攻城戦に巻き込まれ、挙句に姫が一人、この旗艦に乗り込む羽目になった。が、ようやく本来の任務を遂行することができる。この先には、間違いなくあの白い艦隊の本拠地か、そこに通じる道がある。
だから僕は、あの門への突入を命じる。この先にある場所を調査、把握すること。場合によっては、白い艦隊との戦闘もありうる。いやおそらく、あるはずだ。
「全艦、戦闘準備完了!」
「よし、では当初の作戦通り、メルシエ隊から突入を開始せよ」
「はっ!」
およそ2週間ぶりに、緊張が高まる。1000隻の艦艇が月面へと連なり、白い門と向かう。モニターに見えるそれは、あの民話通り「鳥居」にも見える。逸話通りならばこの先には、その白い船がいることになる。
「メルシエ隊より通信!」
いよいよ我が艦のあるワン隊が突入を開始しようとしたその矢先に、先に門を潜ったメルシエ隊から通信が入る。
「読み上げろ」
「はっ! 我、多数の艦影を探知せり、距離40万キロ、数およそ100、艦色は白! 以上です!」
いきなり、白色艦隊と遭遇してしまったらしい。僕は下令する。
「警報発令! 戦闘準備! 突入し次第、横陣形に移行! その100隻を圧倒する!」
「はっ!」
「旗艦オオスの全区画に、警報発令! 艦内哨戒第一配備! 続いて、各員、戦闘配備!」
艦隊司令部とこの艦の管制とが入り乱れるこの艦橋で、慌ただしく戦闘準備命令が飛び交う。けたたましいサイレン音が、この艦橋内に響き渡る。そして我が艦はあの門を潜る。
「全砲門開け! 砲撃戦用意!」
「はっ! 全砲撃指揮所に告ぐ、全砲門開け! 砲撃戦用意!」
20の通常砲門がまず開かれた。僕は正面モニターに目を移す。ワープ空間を抜け、レーダー画面に光点が多数、映し出される。
40万キロ先に、100個の点。すなわちあの、白色艦隊だ。
「まずは規定に則り、警告を送信。平文で、戦闘回避を呼び掛けよ」
「はっ!」
相手は宣戦布告をした相手ではない。ゆえにまず、戦闘停止勧告を送信する決まりになっている。が、あの白い艦隊にそれが通じた試しはない。今回も、やはり応答はない。
「白色艦隊より、返信なし! 陣形を整えつつ、こちらに接近中!」
「やむを得まい。よし、全艦、砲撃開始せよ」
「全艦、砲撃開始! 繰り返す、全艦、砲撃開始!」
ヴァルモーテン少佐が、僕の命令を復唱しそれを艦隊各艦に伝えている。一方の旗艦オオスも、砲撃を開始する。
「艦橋より全砲撃管制室へ! 砲撃開始、撃ちーかた始め!」
直後に、キィーンという音が響き渡る。そして9秒後、ついにこの艦の20門の主砲が火を噴いた。ガガーンという雷鳴音に似た音が、この艦橋にまで響いてくる。
◇◇◇
急に、けたたましい音が響いてくる。なんじゃこの法螺貝に似たやかましい音は。まさか、戦さでも始まったのではあるまいな?
「おいカズキ、今の警報はなんだよ! ……えっ!? なんだって、白色艦隊が現れただって!」
レティシア殿が、スマホと申す道具でヤブミ殿と話をしておる。それを聞く限りでは、やはり何かが起こったらしい。それも戦さがらみのもののようじゃ。妾は察する。
「おい、レティシア、どうしたんだ!」
「戦闘が開始されるらしいぜ! なんでも、100隻の白い艦隊が現れたって話だ!」
「レティシア様、私はこれより、司令部に戻りますにゃん!」
「おう、了解だ! 勘定はこっちで払っといてやる! てか、俺も行かなきゃだめだな」
「うむ、ならばユリシアとマツ殿のことは任せろ。すぐに機関室へ向かえ」
「おう、頼むぞリーナ! それじゃあな!」
あの狐人の一人とレティシア殿は立ち上がり、大慌てで店を出ていく。ただならぬ事態が起きていることは間違いなかろう。
「リーナ殿、よもや戦さが起きておるのか!?」
「うむ、そうらしい。ただし相手は100隻、こちらの10分の1だと言っておった。心配はなかろう」
とはいえ、戦さは戦さじゃ。再び妾は、戦いに身を投じることとなってしまう。
その直後に、落雷のような音が、この街中に轟いた。




