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#15 開城

「あ、明け渡し、じゃと!?」


 何を言い出すかと思うたが、我が城を明け渡せと抜かしおった。


「おい、トクナガ殿よ! 何ということを言い出すのか!?」

「そうだぞ、そんなことを言うために、マツを呼びやがったのかよ!」


 リーナ殿もレティシア殿も、この老獪な狸親父を非難する。それはそうであろう。せっかく興に乗ったところであったというに、それを邪魔立てしただけでなく、このような私欲丸出しな要求を突きつけるためと知れば当然であろう。


「なんじゃ、そなたらはここで安住しておるというのに、オオヤマ城の兵らが野宿同然な生活を余儀なくされておるのを、放置すると申すのか?」


 しかしこの老獪狸はこう返す。この正論に抗えぬ(わらわ)。トクナガ公は続ける。


「我が軍勢も、さっさと引かねばならぬ。兵の大半は国に田畑を抱えておるゆえ、田植えの時までには返さねばならぬ。いつまでも、こんなところでグズグズしとるわけにはいかぬじゃろ」

「さ、左様ではあるが……」

「それにあの城の今の主はそなたじゃ。そなたが決めねば、一向に事は進まぬぞ」


 うう、先ほどまで欲情にうつつを抜かしておった(わらわ)自身を恥ずかしく思う。兵達の事、けじめをつけねば戦さは終わらぬ。


「して、トクナガ殿は如何になされと申されるのか?」

「うむ、オオヤマ城を開城し、そなたの兵が立ち退いた後に、代わりの者を入れる。そうじゃな、ナオツグに任せれば良かろう」

「ならば、我が兵はどうなるというのじゃ!?」

「大半は、国に帰り田畑を耕すであろう。武将は、そうじゃな……わしが取り立てよう。そなたに最後まで忠義を尽くした者達である。ならば、この天下の大変革に際し、懸命に取り組んでくれるであろう」


 この武人は、すでにそこまで考えておるのか。老い先短く、余生のことだけを考えておれば良いものを、この先に訪れる世を睨んだ行動を取り始めておる。


「互いに、いたずらに自らの兵を疲労させるは好ましくないはず。この両者の睨み合いを解くことができるのは、わしとそなただけじゃ。ゆえにわしは、ここを訪れた」

「は、はぁ……」

「そなたが城におらぬ今、すでに争う理由もない。にも関わらず、睨み合いだけが続いておる。馬鹿げたことだとは思わぬか?」


 この老獪狸、言うことがいちいち尤もじゃ。(わらわ)も、この戦さの行く末を考えねばならぬ。(わらわ)は、覚悟を決める。


「トクナガ殿よ、一つ約束をしてはもらえぬか?」

「約束? なんじゃ」

「このオオヤマに、いや、天下に一日も早う、安穏と慶福をもたらすよう、尽力願いたい。先代も我が父上も、それを望んでおった。それがもたらされるのであれば、(わらわ)はこの地上より身を引こうぞ」

「そんなことか。当然であろう。わしも大乱など求めてはおらぬ。この船にある街のごとく、安穏と美味に包まれた世に変えることが、わしの最後の仕事じゃて」


 街? はて、そのようなものがこの船にあると申すか。(わらわ)はいきなりホテルとやらの一室に連れて行かれたがゆえ、そのようなものの存在を知らぬ。


「……そうだな。いずれは城は、明け渡さねばなるまい。今の言葉、私とレティシア、そして艦隊司令官であるカズキ殿が証人だ。決して(たが)えるでないぞ」

「違えるも何も、わしの願いでもあると言うとろうが。信用がないのう」


 それは信用などなかろう。先代が死の床で、トヨツギ家と天下のことを頼むと告げられたトクナガ公が、そのトヨツギ家を滅ぼしにかかったのじゃ。自らの野望のためには約束など平気で反故にする輩だと、ほんの数日しか関わっておらぬリーナ殿に見抜かれるほどの露骨なまで漏れ出す野心を持ちながら、よう言うたものじゃとその肝の太さに関心せざるを得ない。


「と、いうわけじゃ。わしは直ちに戻り、オオヤマ城開城に備えようと思う。そなたも城内の兵を説得せよ。開城の際は、天守に白い布をはためかせれば、それを合図に我らも動く。それでどうじゃ?」

「仔細、承知した」

「うむ、ではヤブミ殿、これでわしは戻ろうと思う」

「はっ、承知いたしました」

「ああそうそう、土産は先ほど食べた、手羽先をつけてくれ」

「は? あ、いや、了解しました」


 この老人め、その街とやらで何かを見つけたようじゃな。なんじゃその手羽先とやらは? あとで(わらわ)もいただかねば……いや、その前に(わらわ)も城に降りて、説得せねばならぬな。


◇◇◇


 あの2人の会談から4時間後。オオヤマ城の天守に、白い布が掲げられた。これにより、ようやくこの戦いに終わりが訪れる。

 ところで、陣への帰り際に哨戒機の中で、トクナガ公はこんなことを言い出した。


「あの城、早々に壊そうと思う」


 僕は驚いて尋ねる。


「えっ!? あれを壊すんですか! あんなに立派な建物なのに……」

「何を言うか、あの街で見たビルとやらの方が、遥かに立派であろう。わしは商人らで栄えるこの地を、ビルで埋め尽くしたいのじゃ」

「いや、それは分かりますけど、せめて天守閣は残した方がいいですよ」

「なぜじゃ? あんなもの、なんの役に立つと言うか」

「いや、シンボルですよ。例えば僕の故郷であるナゴヤにも、こう言うものがありまして……」


 と、僕はスマホを取り出し、トクナガ公に名古屋城の天守閣の写真を見せる。


「なんじゃ? そなたの故郷にも、こんなものがあるのか?」

「ええ、そうですよ。一度、戦災で消失して再建されたものですが、数百年経った今でもナゴヤのシンボルです」

「うむ、周りを高いビルに囲まれておるというのに、なんと堂々とした天守なのじゃ……」


 と、名古屋城の写真を見たトクナガ公は、どうやらオオヤマ城の破壊は思い止まってくれそうだ。


『テバサキよりオオスへ、まもなく開門し、城兵の退出が開始されます』

「オオスよりテバサキ、了解した、開城を見届けたのちに、撤収せよ」

『テバサキよりオオス、了解、これより監視モードに移行する』


 いよいよ、この戦い最後の総仕上げが始まる。僕はモニターに目を移す。そこには、デネット少佐のテバサキに搭載されたカメラの映像が映し出されている。

 マツ殿が、配下の武将一人一人の手を握りながら、何かを告げている様子が見える。涙を流す武将らは、なかなかマツ殿から離れようとしない。それを諭し送り出すマツ殿。

 もしここに僕らが現れず、このままこの戦いが進んでいたら、マツ殿とあの武将らはこの城を枕に討死し、この城の天守閣は破壊されて、まったく異なる歴史が始まっていたことだろう。今、あそこで手を握りながら泣いている人々は、すでにこの世にいなかったかもしれないことになる。

 絶妙なタイミングで、僕はこの地に現れた。それを言ったらリーナも、まさに命を落とす寸前に僕らは駆けつけた。なぜかそういうのに縁があるな、僕は。


「おう、マツのやつ、頑張ってるな」

「だーっ!」


 レティシアが、ユリシアを抱えてそのモニターの画面を見ている。リーナも同じだ。息子のエルネスティを抱き上げて、マツ殿を指差してこう言っている。


「よいか、エルネスティよ。武人とは剣を振るばかりが戦いではない。あのように粘り強く配下を諭すのも、立派な戦いなのだ」


 うん、さすがはリーナだ。エルネスティがどういう道を歩むのかは分からないが、この歴史的瞬間に立ち会えたことは、この先の人生において決して無駄ではないだろう。もっとも、こんな幼い時のことを覚えていられるかどうかは分からないが。


「にしてもマツのやつ、早く戻って来ねえかな。さっきの続きがやりてえんだが」

「ほんとであるな。私もうずうずしておる。早う終わらぬのか」


 と、せっかくいい雰囲気だと言うのに、なにやら不穏なことを口走るこの2人。おい、レティシアとリーナよ、お前らマツ殿に、何をした?

 それから2時間ほどをかけて、オオヤマ城からの兵士らの撤去は完了する。それを見届けたわが軍は、いよいよ撤収を開始する。


「戦艦オオス、浮上いたします」

「了解、直ちに発進せよ」

「はっ! 両舷微速上昇! 戦艦オオス、大気圏突破のため浮上する!」

「機関出力上昇、両舷微速上昇!」


 代わりにオオヤマ城には、トクナガ公の軍勢が入るのが見える。マツ殿も今、我が艦に戻り、この艦橋に入る。

 大きな正面モニターには、徐々に離れていくオオヤマ城が映る。それを静かに見上げるマツ殿の気持ちは複雑だろう。聞けば幼少のころからあの城に住んでいると聞く。齢19、僕らの星なら、まだ学生をしている年齢だ。その歳で城の運命を担い、故郷の歴史が転換点する瞬間に最前線で立ち会い、最後に生まれ育ったその城を立ち去る。心穏やかであろうはずがない。


「おい、マツ殿よ、食うか?」


 と、そこにフライドチキンの入った箱を抱えて持ってくるリーナ。その中の一本を差し出しながら、マツ殿に声をかけている。見たこともない食べ物なのか、訝しげな表情でその茶色の塊を見つつ、恐る恐る受け取るマツ殿。その横でリーナは、がつがつとそれを食べ始める。


「提督、艦隊は高度36000キロの静止衛星軌道上に集結中、我が隊の到着まで待機中、にゃん!」

「了解した。艦隊標準時、1300までに合流すると通信せよ」

「了解ですにゃん!」


 先ほどからマツ殿は、アマラ兵曹長をじっと見ている。頭上にある大きな耳が気になるようだ。その耳を眺めながら、フライドチキンを一口、がぶりと食いつく。

 マツ殿の表情が変わる。どうやら、フライドチキンの味がまんざらでもなかったようだ。その後、がつがつとその茶色の塊に食らいつくマツ殿。その間も、上昇を続ける旗艦オオス。

 モニターの映像は、下方から正面のカメラのものに切り替わる。すでに高度は3万メートルを超えている。まだ昼間で明るいというのに、空はすでに黒い。大気の薄い場所では常識的なこの光景に、マツ殿は驚く。


「な、なんじゃこれは! 地面が明るく、空が黒いではないか!」


 宇宙の入り口だ、当然と言えば当然だが、これほどの高度に達したこの星の人間は、間違いなくマツ殿が最初だ。


「おう、どんどん昇るぜ。そしたらどーんと加速して、宇宙に出るんだよ」

「だーっ!」

「う、宇宙とな? 宇宙とは、かように暗いところであるのか?」

「そうだぜ、んで、地球(アース)と月の間くれえのところにまず向かうんだよ。そこで他の船と合流して、それからどーんと加速してよ……」

「そうじゃ! 月じゃ!」


 レティシアが雑な大気圏突破の説明をしていると、突如、何かを思い出したように叫ぶマツ殿。なんだ、なぜ急に叫ぶ?


「なんだ、マツ殿よ。何か思い出したことでもあるのか?」

「いや、そこにおる狐人(きつねびと)を見て、どこかで聞いたことのあるなと思うておったが、それを思い出したのじゃ」

「狐人? もしかして、アマラのことか?」

「にゃん?」

「うむ、そうじゃ、あの大きな耳を持つ者の話を、今しがた思い出したところじゃ」

「なんだ、その話とは」

「うむ、(わらわ)が幼少の頃に聞いた話じゃが……」


 すでに加速を始めている戦艦オオスだが、大気圏を離脱する最中に、マツ殿が不思議な物語を語り出す。


「それは、竹藪の奥に入った翁の話じゃ。竹を切るために入ったその翁は、そこで何やら光る不思議な(かご)を見つけたのじゃよ」

「カゴ?」

「そうじゃ、それでその籠を、手に持っていたなたで斬って開けたところ、中から狐人の女子(おなご)が現れたのじゃ」


 どこかで聞いた話だな。若干、話の流れが違うが、概ねあの話とそっくりだ。


「で、その女子(おなご)を連れ帰り、夫婦で育てた。やがて大きくなったその狐人の娘は、いつしかその大きな耳で周りの男どもを魅了し始めた」

「へぇ、耳に惹かれたのかよ。変な話だなぁ」


 なんだそれは、耳で魅了? 話がちょっとずれ始めたが、ともかく流れはあの話と類似したままではある。しかし、あの猫耳に惹かれるとか……これもオオス辺りではよく聞く話だな。


「うわさを聞き付けた都の男が3人、この狐人に求婚する。が、その狐人はその3人に、条件を突きつける」

「おう、知ってるぜ、無理難題を言って、結婚をあきらめさせたんだろう?」

「いや、そうではない。その3人にそれぞれ高い(やぐら)を建て、新月の日にその櫓の上でかがり火を焚くよう言ったそうじゃ」

「はぁ? ヤグラだって? 変な話だなぁ、おい。そういうのは初めて聞くぞ」


 うん、レティシアの言う通りだ。ここから話が大きく変わる。だが変だな、こっちのその娘は、月には帰らなかったのか?


「そして3人が用意した3基の櫓とかがり火が、新月の日に灯される。なぜ、このようなものを用意させたのかと不思議に思う3人じゃが、その3人と狐人の前に、途方もなく大きな白銀色の船が現れたのじゃ」

「はぁ!? 船だってぇ!」

「そうじゃ。そしてその船は狐人の前に降り立ち、扉を開ける。それに乗り込もうとするその狐人の娘を、3人は止めようと試みる。ところがその娘はこう言い放った」


 急に話が変わる。なんだ、巨大な白い船って。レティシアとリーナ、そして僕も、その話に聞き入る。


「『私は、この世の人ではございません。私のいるべきところに、帰らねばならないのです。あの月の上にある、大きな白い鳥居をくぐり、私は元の世に帰ります』と。そう言い残した狐人の娘は、迎えにきた白い船に乗り込む。そして、空高く消えていったそうじゃ」


 実に奇妙な話だ。ところどころ、具体的過ぎる気がする。妙にこちらの民話との共通点があるだけに、不思議な縁を感じずにはいられない。


「ちょっと! 今の話、もう一度聞かせなさいよ!」


 と、そこに叫び声をあげるやつが現れる。だれかとおもえばそれは、マリカ少佐だった。


「だ、誰じゃこやつは!?」

「誰でもいいですわ! で、その話、確かに白い船で、月に鳥居があるって仰ったのよね!?」

「そうじゃが……」

「ちょっと提督、これはとんでもない物語ですわよ! この娘、どこで拾ってきたんですか!?」

「な、なんじゃこやつはぁ~」

「ちょっと、ゴルゴンゾーラ・ピザ少佐殿! こちらは姫様にして、提督の3人目の奥さんになろうというお方ですよ! 失礼が過ぎるのではありませんか!?」


 急に迫ってきた毒舌な技術士官に絡まれて、マツ殿は狼狽する。それはともかく、まるで姿を見せなかったマリカ少佐は急に現れて、何を突然、この民話に突っかかってきたんだ?

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[良い点] 日本最古?のラノベ、竹取物語かと思ったらちょっとちがった(笑)よくよく考えなくても、かぐや姫って貢がせるだけ貢がせて、強大な軍事力を背景に男をポイ捨てしたとんでもない女だ(・・;) [気に…
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