#14 訪問
「ちょっと、変態提督!」
ああ、予想通り、早速抗議に現れたな。僕はグエン中尉に告げる。
「グエン中尉、言いたいことはあるだろうが、まだ正式には何も決まっていないことだ。マツ殿にはとりあえず、この戦艦オオスに赴いてもらい、今後のことを決めてもらう。なお、地上のオオヤマ城についてどうするかはだな……」
「いきなり連れてくるところが、もう下心丸出しなんですよ! レティシアちゃんもリーナちゃんも、この変態提督に何か言うべきことがあるんじゃないの!?」
「おう、俺はマツのこと、気に入ってるぞ」
と言いながら、レティシアはマツ殿の肩に手をかける。が、マツ殿の顔は、あまり優れない。
「グエンよ、マツ殿はいいやつだぞ。覚悟が違う。あの凄惨なる戦場の只中にあってもまるで動じず、家臣らに堂々と指示を出しておった。私も大いに気に入っている」
「ちょ、ちょっと、リーナちゃんまで! どうなってるのよ、この夫婦は!」
ところが、リーナがマツ殿の肩に手をかけると、レティシアの時とは明らかに表情が違う。うっすらと笑みを浮かべ、頬を赤くする。まさかとは思うのだが、マツ殿はリーナに惚れたのか?
だが、城の窮地を救い、我々とオオヤマ城の者達との間を取りまとめ、さらに城外からの挑発まで跳ね除けたのは、まさにリーナの功績だ。その姿を見ていたマツ殿がリーナに心寄せるのは、分からなくもない。
「ともかくだ、マツ殿は荒れ果てた城で過ごし、疲労が溜まっている。まずはホテルの一室にて休息を取ってもらう。冷静になってから、今後のことを考えればいい。と、いうわけだからグエン中尉、マツ殿の着替えなどを整えてほしい」
「了解しました! では、提督から出来るだけ離れたお部屋を確保することにします!」
いちいち一言多いグエン中尉は、すぐにマツ殿が滞在できるよう準備にかかる。一方のレティシアとリーナは、マツ殿を囲んだまま何かを話している。
「てことでよ、カズキ。今夜、俺とリーナはマツと一緒の部屋で寝ることにするわ」
「は? いや、それは構わないが、ユリシアとエルネスティはどうするんだ?」
「カズキに任せた」
いや、困る。仮にも僕は艦隊司令官だぞ。そんな僕に、あの2人を押し付けるというのか? 別に2人が相手にせずとも、どちらか一人でいいんじゃないのか。
と言ったところで、レティシアはこれと決めたら譲らないからな。仕方がない。で、僕に息子と娘を押し付けた後に、レティシアとリーナはマツ殿を連れて、浴場へと向かったようだ。
羽目を外し過ぎなければ良いが。
◇◇◇
「ぐへへ、それじゃ風呂に入るぜ」
こやつ、途方もない力を使う魔女であるが、その力ゆえか、性格もどこか歪んでおるようじゃ。妾の着物の帯に手をかけて、いやらしい笑いを浮かべておる。
「おい、レティシア、マツ殿が怖がっておるではないか」
「はぁ? 俺はまだ、何もおっかねえことはしてねえよ」
「する、しないが問題ではない。お前に今、いやらしい相が出ているんだが……」
「そういうリーナだって、こいつに興味あるんだろう?」
「それはもちろん、そうだがな」
聞けば、レティシア殿が正妻で、リーナ殿は側室だと言う。だがどうみても気品の高さと度量の大きさでは、リーナ殿の方が上だ。逆にするべきではないのか。
で、妾は身包み剥がされて、浴場に連れてこられた。妾はこの2人の胸元を見る。
……大きいな、リーナ殿のは。それに比べてレティシア殿はさほどでもない。が、妾がこの中では一番小さいのは否めぬ。
「んふーっ、やっぱ可愛いよなぁ、こいつ」
その妾の胸元を見つつ、いやらしさ丸出しでそう呟くのはレティシア殿だ。思わず妾は、それを手で覆い隠す。
「マツ殿、ここは女子だけの風呂場だ、隠す必要はないぞ」
「り、リーナ殿」
「手を解き、私に身を任せよ。そうそう、いい娘だ……」
両手を握り、妾の手を下ろすリーナ殿は、そのまま妾をそっと抱き寄せる。あの柔らかそうな胸に、妾はリーナ殿の鼓動を感じるほど押しつけられる。
かつてないほどの妙な気分に襲われる。ああ、このまま妾はこの金色の髪を持つ御仁に抱かれたまま、湯船でのひと時を過ごすのか。
と思ったら、妾の背後より、レティシア殿がそのやや小ぶりな物を押し付けてくる。
「おいリーナ、まずはこいつを綺麗にしてやろうぜ」
「うむ、そうであるな。その後にじっくりと、こやつを端から端まで見定めるとするか」
「えっ? り、リーナ殿?」
おかしい、リーナ殿までいやらしくなってきたように見えるぞ。妾はこの2人に挟まれたまま、浴場の端に連れて行かれる。
「さて、俺はこの小ぶりな胸を洗ってやる。リーナはどうする?」
「では私は、その下だな。うむ、やはりこやつの肌は張りがいい。洗い甲斐があると言うものだ」
「んじゃ、いくぜ!」
「うむ、いざ!」
「ひええぇっ!」
妙に意気投合したこの2人に挟まれたまま、妾は全身を泡まみれにされてしまう。その泡で妾の身体を禊いでおるようじゃが、何ゆえにこの2人は妾の身体に、その身体を擦り付けてくるのじゃ? 思わず、妾は悲鳴をあげてしまう。
「なんだ、敵方の大砲を前にしても動じなかったマツ殿が、何をこの程度で動揺しておる」
「リーナのデカい胸を押し付けられて、緊張してんじゃねえのか?」
「いや、レティシアよ、そなたの手つきがいやらし過ぎるのではないか?」
「何言ってんだよ、そういうおめえだって、どこ触ってるんだよ」
「ふえええっ!」
ああ、妾はもしかして、とんでもないところに来てしまったのではないか? 本性丸出しのこの2人を前に、かつて天下人の娘であった妾が、なすすべもなく泡まみれにされている。
なんじゃこの2人、似た者同士であったとは。リーナ殿ならばと思うておったというに、やることがあの魔女と変わらぬではないか。
挙句、この2人は妾の腕を、それぞれの谷間に押しつけてきた。もしやこれは、妾のそれが小さ過ぎて、谷間がないことへの当てつけではあるまいか。両腕がその胸の感触を感じる度に、頭がくらくらする。この虚無なる行為より芽生える新たな感覚、妾の脳裏に、滅裂なる歌が浮かぶ。
浴場に落ち 泡と消えにし 我が尊厳
谷間のものも 夢のまた夢
◇◇◇
今ごろはレティシアとリーナのやつは、風呂場でマツ殿をいじり倒している頃じゃないだろうか。あの2人の本性を知ってなお、ここにとどまりたいと思うかどうか。ここがマツ殿の人生の別れ道だと、僕は思う。
ところで僕はまだ、軍務が終わったわけではない。だからユリシアとエルネスティを、この司令官席に連れてきている。エルネスティは僕の代わりに司令官の椅子に腰掛けて正面モニターを睨みつけ、一方のユリシアは、その席の前のタッチパネルモニターをバンバンと叩いている。
「さすがは提督のご子息です。物怖じせず、この司令官席に馴染んでおられるとは」
などとその2人を持ち上げているのは、ヴァルモーテン少佐だ。馴染んでいるのはその通りだが、褒められるようなことではないぞ。
「ところで少佐」
「はっ、何でしょう、提督」
「そういえば、我々がここに来た目的を、忘れかけてはいないか?」
「いえ、忘れてはおりません。継続して、白色艦隊の行方を捜索しております」
周りに流されず、当初目的を忘れず実直にそれを続けるところは、ヴァルモーテン少佐の長所である。
と、こちらもその本来の目的に専念したいところだというのに、そんな事情に構わず、割り込んでくる奴がいる。
「提督! トクナガ公本陣より狼煙を視認!」
またか。あれはつまり、こっちに来いと言っているのだろう。レティシアもリーナも不在で、子供を抱えた僕に催促とは……いや、あちらはこっちの事情など知ったことではない。ましてやトクナガ公は、狸親父と称される男。同じようなあだ名をつけられた歴史上人物を、僕は知っている。そんな人物に直面して、勝てるわけがない。
「おお、来たかヤブミ殿よ」
で、大急ぎで哨戒機に乗り込み、僕はトクナガ公のいる本陣に到着する。僕の乗った機体が降り立つと、トクナガ公直々のお出迎えを受ける。
「はっ、何かお呼びでしょうか?」
「うむ、わしはあの船に乗りたい」
と、トクナガ公は指を真上に差す。その先にあるのは、旗艦オオスだ。
「えっ? あれに乗るんですか?」
「なんじゃ、ダメか」
「いえ、そのようなことはありませんが……そんなに楽しいところではありませんよ」
「さりとて、あそこには2万もの兵と民がおるのであろう?」
「ええ、まあ」
「ならば、それなりに面白きものがあるのではないか。あの破廉恥なる歌や舞をした娘らも、あそこにおるのであろう」
「ええと、そうですね、街がありますから」
「なんじゃと!? あの中に、街があると申すか!?」
「そりゃあ、戦艦ですから」
「ならば、なおのことだ! わしはあの船に行くぞ!」
「ええ〜っ!」
言い出したら聞かないお人のようだ。ある意味で、あの歴史的人物と直に接しているようなものだ。コールリッジ大将よりも厄介で当然だろう。
「上様! 上様とあろうお方が、従者も付けず、あのような場に赴こうというのですか!?」
単身、旗艦オオスに出向くと言って譲らないこの狸親父の提案に、重臣一同は当然、反対する。
「なんじゃ、ここよりも安全だと聞いておるぞ。そのような場にわしが赴くことに、何の障りがあろうぞ」
「し、しかし、このオオヤマの城周りの10万の軍勢はいかがなさいますか!?」
「花見を催せば良かろう。花は見頃、しかも戦いも起きぬ。兵らを存分に楽しませるのじゃ」
「ですが……」
「第一、わしはすでに『上様』ではない。家督はすでに嫡男のマサタダに譲っておる。何の心配事も無かろうて」
と言い残し、この狸老人は単身、哨戒機に乗り込む。
「まさか生きておるうちに、空に舞う日が来ようとはな、ほれ、さっさと飛ばぬか」
「は、はぁ、ですが離陸許可をもらってるところなので、少々お待ち下さい」
「なんじゃ、ややこしいのう」
しかしこの老人、こちら側に来てからも図々しいな。家臣どもも、なぜこの老人の思いつきを許したのか? もっと頑張って欲しかった。
『オオスよりウイロウ、離陸許可、了承。周囲に機影なし、直ちに発進せよ』
「ウイロウよりオオス、了解、直ちに発進する」
ヒィーンという音を立てながら、哨戒機は離陸する。窓の外には、心配そうに眺める家臣らが並ぶ。
「あやつらは、わしの命を心配しとるのではない」
と、突然、トクナガ公が窓を覗きながら、そう言い放つ。
「あの、それはどういう意味です?」
「言葉通りじゃよ。あやつらは自身の身の上が心配なのであって、わしが死んでそれが失われることを懸念しておるだけじゃよ。現にあやつら、トヨツグ家が安泰の時は、トヨツグ家に忠誠を誓っておった者ばかり。わしに勢いがあると分かったら、今度はわしになびいた。そういうことじゃ」
「はぁ……左様で」
「だから、あそこにわしを心から思うものなどおらぬ。わしに力なしと見れば、刃を向けかねんやつばかりじゃて」
そう呟くこの老人。なるほど、こちらの歴史でも似たような人物がいたが、もしかすると彼もまた孤独だったということか。数百年の時の差はあれど、為政者、改革者の孤独感とそれに耐える胆力の大きさを伺い知ることとなる。
それを思うと、マツ殿には劣勢下でも命をかけて守ろうと思う家臣がいる。だが皮肉なことに、その忠臣に囲まれた側が、歴史から消えようとしていた。僕の国の歴史も、そうだったというのか? いざ直面すると、実に不条理な事実である。
「敬礼!」
艦橋横の格納庫にたどり着いた我々は、士官らの出迎えを受ける。僕は返礼で応える。で、この老人は手を振ってその間を通り抜ける。
「なんとも殺風景なところじゃの。本当にここに、街はあるのか?」
「この下にあります。長いエレベーターで降りないと、たどり着けないんですよ」
「えれべーたー? まあよい、さっさと案内せい」
ぶつぶつと文句を言うこの老人の相手も大変だ。格納庫からそのまま直接、街へと向かうことになる。
「おお! なんちゅう混み入ったところじゃ!」
ようやくエレベーターで下って、街の眺められるホテルのロビーにたどり着く。ここは4階層からなる街の最上階層のさらに上、大きなガラス窓の下には、その4つの階層とその上に建つ4、5階建ほどのビルの並びが垣間見える。地上には、たくさんの車が走っており、人も多い。
「400メートル四方、高さ150メートルの空間に、2万人分の住居と各種商用施設を押し込んでいるので、空間を高密度に利用する構造となっております」
「うむ、2万人おると聞いたが、どう見てもここにはそれ以上におらぬか?」
「駆逐艦が補給のため、この旗艦に寄港し、その乗員らもこの街を訪れるため、実際には2万人以上の人がここにいます」
などと説明するが、もう本人は興味津々、すぐに街に行きたいと主張する。
「まずは、腹ごしらえじゃ! おいヤブミ殿よ、わしにおすすめの店はないのか!?」
「ええと、おすすめと言われまして、どのような食事がご所望ですか?」
「うむ、そうじゃな。まず肉が食いたい。それに、刻が惜しい。なるべく手軽なやつがよいのう」
ひつまぶしの店にでも行こうかと考えていたが、手軽に食べられる肉がいいのか……そういわれると僕の中では、あれしか思いつかない。
「いらっしゃいませ! あれ、提督じゃないデスかぁ!」
そう、いつもの手羽先屋だ。手軽な肉料理といえば、手羽先唐揚げしかない。するとこの店の看板娘であるアンニェリカ出迎える。
「おい娘、ここにはどんな料理があるというのじゃ?」
「えっ? そりゃあ手羽先デス! この宇宙でもっとも崇高で偉大なる食べ物、それが手羽先なのデス!」
この態度のでかい、ちょんまげ姿の人物に物怖じすることなく応えるアンニェリカ。だがアンニェリカよ、偉大とはちょっと大げさだろう。たかが手羽先だぞ?
「ほう、それほど偉大なのか?」
「それはそうデス。とある星のある国では、魔物を討伐した聖女様の食べ物として珍重され、その魔物が討伐された日には国を挙げて手羽先を食べるというしきたりがあるほどの、そんな料理なのデス!」
「なに? 魔物を退治した? それはすごいのぅ」
嘘ではないが、ちょっと大げさだ。魔物討伐をしたやつが、たまたま手羽先好きだったというだけに過ぎない。そういえば「聖女」ザハラーと相方のドーソン大尉は、元気にしているんだろうか?
と、このスウェーデン系店員によって散々持ち上げられたその手羽先が、早速運ばれてくる。
「なんじゃ、この奇怪な食い物は。これが偉大な食い物と申すのか?」
「そうデス!」
「どう見ても、安い食い物にしか見えぬが」
いや、その通りだ。実際、安い食い物だし。これを偉大というのは、いくらなんでも無理がある。が、このスウェーデン娘は諦めない。
「食べていただければ分かるデス! これがどれほど偉大な食べ物であるか!」
「ほう、自信満々じゃのう。じゃが、どうやって食うんじゃ?」
「この小骨を取っていただいてデスね、そのままガブっと食いついて、ぎゅっと引っこ抜くんデス!」
この店員の適当な説明を聞いて、辿々しくそれを口に入れる10万の軍勢の総大将。
「ん!」
声を上げるトクナガ公。一度目にして、するっと見事に抜けた身。手元に残る骨を見ながら、トクナガ公はこう呟く。
「な、なんとも不思議な食い物じゃのう……しかも、綺麗に抜けたぞ。おまけに、なんと美味い肉じゃ」
えっ? 感動している? おかしいな、それほど感動する要素はないと思うんだが。
「そうデス! これこそが手羽先の醍醐味! するりと抜けるこの快感に、甘辛い絶妙な味! これほど小さな食べ物に込められた技と情熱のなせる所業なのデス!」
いまいち説得力のない解説を付け加えるアンニェリカだが、トクナガ公は満更でもない様子で、二つ目の手羽先に手を伸ばす。そしてそれをまた食べる。
気付けば一皿を、一気に食べ切った。
「うむ、馬鹿にしておったが、これは絶妙な逸品じゃ。わしは気に入ったぞ」
「ありがとうございまーす!」
こうしてまた、手羽先の虜になった人物が一人、増えた。
「さてと、食うものを食ったら、街を見たくなってきたぞ。おい、ヤブミ殿!」
「はい、なんでしょう?」
「外に出るぞ、案内せい!」
僕は仮にも、1000隻を率いる艦隊司令官だ。それが2人の妻から子供の世話を押し付けられ、それすらも放り出して地上の老人の相手をさせられている。一体、どこまで付き合わされるんだ?
「おい、ヤブミ殿!」
「何でしょう?」
「あれが気になるのじゃが」
と、トクナガ公が指差した先は、紳士服店だ。
「あの、あそこはいわゆる服屋ですよ」
「よし、あそこへ参ろう」
「えっ!? そんなところで何をなさるので?」
「決まっておる、わしのを一着、見繕ってもらおうぞ」
「ええーっ!?」
なぜ急に、服を作ろうなどと思ったのか? ともかく僕は、この老人と共にその店に入る。
「いらっしゃいま……えっ、ヤブミ提督!?」
いきなり現れた艦隊司令官の姿を見て驚く店員。僕はその店員に応える。
「ああ、このお方に一着見繕って欲しいんだが」
「はい、かしこまりました。どうぞこちらへ」
「おう、何でも良い、見栄えの良いものを頼むぞ」
「はぁ、承知いたしました」
とまあ、気ままに服を仕立てさせるトクナガ公。それから30分ほどで、スーツ姿に身を包んで店を出る。
にしてもこの服、高いな。この老獪狸め、あの店で一番いい服を選びやがった。裾直しも急ぎでやってもらったから、その分料金が跳ね上がる。これは後で経費で落とそう。
「よし、次じゃな」
まだどこかにいくのか、この老人は。まったく、気ままなものだ。事実上、戦さも終わったので、心置きなくこの目新しい街を満喫しようと言うのか。
と、思っていたらこの老人は、こんなことを言い出す。
「マツ殿と、あの城のことを話したい。どこか良い場所はないか?」
◇◇◇
「はぁ!? 今から、マツをトクナガ公ってやつに会わせるだって!?」
妾の胸の鼓動が一瞬、高まる。いや、今しがたもこのホテルのベッドの上でリーナ殿に散々抱かれて、まさに高まっておるところであったが、それとは違う感情が妾の内に沸き起こる。
「おい、どうしたレティシア」
「カズキが、マツをこのホテルの会議室に連れて来いってよ」
「なんだと? なぜだ」
「あのトクナガってジジイが会いたいんだとよ」
「なんだ、せっかくいいところだと言うのに」
そう言いながら、妾から離れるリーナ殿。一糸纏わぬ姿で立ち上がるリーナ殿の背中と腕の鍛えられた筋を見て妾は、お預けを食らったことに何やら苛立ちを覚える。
すでに妾はこの2人からあらゆる恥辱を受け、それが何やら快感に変わり始めておったところ。まさにこれからという時に……妾はリーナ殿の腕を抱き寄せ、リーナ殿と比べたら浅い胸元の谷間に押しつける。
「なんだ、やはり物足りぬか?」
「ふわあああぁっ!」
そんな妾の気を察したのか、リーナ殿は妾の肩を掴み、そっとその豊潤なる胸に抱き寄せる。そして妾の唇に、リーナ殿は自身の唇を合わせる。そこにレティシア殿も割り込み、強引に妾の唇を奪いにくる。この強引さが、いつの間にか妾の中で快楽に変わりつつある。こやつ、ただのガサツな女と侮っておったが、なかなかの手練れである。すっかり妾は虜になってしもうた。
が、ヤブミ殿からの突然の呼び出しに、この2人はすぐに身支度を始める。思えばヤブミ殿は、この2人すらも手玉に取っておるのだと聞かされた。こんな手練れ相手に一体、どのような技を使うというのか? ここ半刻ほどのやり取りの中で妾は、あの男へも関心が向き始める。
その矢先の、呼び出しである。
「しっかし、何であのジジイがここにいるんだ?」
「カズキ殿が招き入れたからであろう。でなければ、この船に乗りこむことなど不可能だ」
「そりゃそうだけどよ、じゃあなんで招き入れたんだよ?」
「さあ、そこまでは分からぬな」
「しゃあねえ、それじゃ行くか、カズキんとこへ」
などと言いながらも身支度を終えて立つ2人。そんな2人が、妾を見る。
「なんでえ、おめえ、まだ着てねえのかよ」
妾はまだベッドの上でシーツのみを被っただけの姿で、ボーッと佇んでいる。それを見た2人は、妾の腕を掴む。
「さ、マツ殿、着替えるぞ」
「にしてもこいつ、可愛いよなぁ。特にこの辺が」
「ふわああっ、そ、そこは……」
「何を感じておる。レティシアもふざけてる場合ではなかろう」
「だけど、そういうおめえだってまだ、やり足りねえんじゃないのか?」
「それはそうだが……」
「ほれ、この辺なんか、おめえ大好きだろう」
「それは当然……うむ、ほんとこやつ、可愛いやつだな」
「さっさと着替えねえから、ますますいじりたくなるんだよ」
「ほんとだな、たまらんな」
「ふえええっ!」
この2人、欲望が止まらぬな。妾も油断した。まさかこやつらがここまでいやらしい連中だとは思わなんだ。
だが、この短き付き合いで、妾はすっかり変わってしまった。なぜか弄られることに喜びを覚えた。もはや妾は、2人から離れられそうにない……
◇◇◇
随分と時間が経ってから、マツ殿がレティシア、リーナに連れられて現れた。
が、マツ殿が、さっきまでとはどことなく雰囲気が違う。上手く言えないが、なんていうか……可愛くなってないか?
着ているものは変わらぬし、別に髪型が変わったというわけでもない。風呂でしっかり洗ったと思われる髪がサラサラとしている以外は、元のままだ。
が、頬は赤く、右隣にいるリーナに少し寄りかかって、リーナの左腕の裾を握っている。それを見た僕は、察する。
こいつら、マツ殿に何か、やったな。
が、そんな和やかな空気を、トクナガ公は容赦なく破壊する。
「おう、マツ殿よ、呼びつけて悪かったな」
スーツ姿にちょんまげの老人の声に、急に顔つきが変わるマツ殿。
が、小娘の険しい表情に怯むトクナガ公ではない。
「呼び出したのは、他でもない。早めにオオヤマの城の明け渡しについての話を、しておかねばと思うてな」




