#13 急転
僕にとってこれは、明らかに既視感だ。いや、これとはかなり状況は違うが、結論はよく似ている。まさしく、リーナの時と同じだ。
しかし、そんな話を当のマツ殿が受け入れるはずがない。なにせそれを言い出した相手は父親ではなく、敵なのだから。
「と、トクナガ殿よ! なんということを申されるか!」
マツ殿は当然、抗議する。だがこの老人、マツ殿の言葉など意に介することなく、飄々と応える。
「そういえばこの戦さよりずっと以前、トヨツグ家よりわしに、マツ殿の嫁ぎ先の世話を頼まれておった。ヤブミ殿ならば、マツ殿が嫁ぐのになんら不足なところなどない。これでトヨツグ家は消滅し、民も満足し天下は収まり、マツ殿も安泰じゃ。わしも安心して余生を過ごせるというものじゃな」
おい、この老人、勝手に僕を巻き込んだぞ。これのどこが安泰だと言い切れるんだ。こいつ、なかなかの曲者だな。
「なななな何を言うか! なにゆえ妾が安泰などと申される!」
「まあマツ殿よ、結論は急がぬ、ゆるりと考えられよ。ところで、ヤブミ殿よ」
「……なんでしょうか」
「そなたはわしと同じ、10万の兵をかかえる将なのであろう?」
「はぁ、一応は」
「では、なにゆえ手ぶらでこの陣に現れるのかのう~。普通は、手土産の一つや二つは持参するものではないのか。あのように派手な乱痴気騒ぎをして、しかも相当な武具も所有しておるというのに、なんという低俗な者どもよのぉ」
急に話を変えやがった。散々動揺させた上に、我々は気の利かない武人だと言いたいらしい。ムカッとくるが、事実だから仕方がない。僕はこのまま態度保留で、さっさとこの場を離れようと考える。
が、そこでヴァルモーテン少佐が前に出る。
「いえ、閣下。当然、閣下への手土産は用意してございます」
それを聞いたトクナガ公は一瞬、眉がぴくっと動く。ヴァルモーテン少佐のこの申し出が意表を突いたようだ。するとヴァルモーテン少佐は、なにやら桐の箱を抱えて、トクナガ公の下に進み出る。
「……これは?」
「はっ、茶器にございます」
ますます意外な言葉が飛び出したようで、トクナガ公の眉の動きが止まらない。それはそうだ、金髪で小柄な女性士官が、いきなり茶器などと言いだす。こちら側でも、普通は考えられない事態だ。
トクナガ公は恐る恐るその箱を受け取り、紐をほどく。中から出てきたのは、小さく黒光りするツボのようなもの。
「これは、なんという品か?」
「はっ、この品は我が星において、とある為政者が至高の宝として所持していた茶入れのツボ、その名を『初花』と申します、閣下」
それを両手で取り上げ、舐めるように見まわすトクナガ公。確か初花って、あのイエヤス公が所有していたとされる重要文化財だろう。そんなものを、たかが実験艦隊の幕僚長ごときが所有しているはずがない。僕はこそっと小声で尋ねる。
「おい、ヴァルモーテン少佐。いいのか、あんなものを渡して?」
「構いません。2つあるので、そのうちの一つをお渡ししたまでのことですよ」
うーん、やっぱりヴァルモーテン少佐の偽物コレクションの一つか。大体、この世に一つしかないものが2つある時点で偽物と分かりそうなものだが、まさかそれを承知の上で贈り物として献上したというのか? しかし、その茶器にいたく感動した様子のトクナガ公はこう応える。
「うーん、なかなかの品であるな。なるほど、そなたらはただの田舎侍などではないというわけか。ますます気に入ったぞ」
「いえ、閣下がお喜びいただけるのであれば、私としても持ち込み甲斐があったというものです」
と、しゃあしゃあと応えるヴァルモーテン少佐。偽物とはいえ、現代技術で本物を忠実に模したものであるから、この星であれば相当な芸術品として受け入れられることであろう。
そういえば昨晩のあのバカ騒ぎの際に兵士らに配ったビールジョッキですら、城内の一部の武将が感動していた。ガラスの器なんて、ここでは珍しいものだからな。わざわざ茶器ではなく、ガラス食器でも喜んじゃないか?
「おい、ヴァルモーテン少佐よ。あんなもの渡して、ますます我々は舐められるのではないか?」
僕は気になって、ヴァルモーテン少佐に尋ねる。が少佐はこう応える。
「いえ、提督。むしろこれが抑止力になりましょう。この程度のもの、我々の側にはすぐに渡せるほどの技術と文化があるのだと、そう思わせるのが意図です」
と、ヴァルモーテン少佐は言うが、本当かなぁ。まるであの老人に媚びを売っただけのように見えるが。
とまあ、随分なご老人の相手をさせられ、僕らは哨戒機に戻る。行きはうきうきと心躍らせて窓の外を眺めていたマツ殿であるが、さすがに帰りの機内ではうつむいたままであった。
「おのれ、あの狸親父め!」
そう呟くのは、カツモト殿だ。まるで自身の所有物であるかのようにマツ殿を扱うあのトクナガ公に、怒り心頭なのは間違いない。
しかしカツモト殿よ、上手いことを言う。確かにあのトクナガ公は「狸親父」だ。よくもまあ自分の言いたいことをあれだけぶちまけられるものだ。あの神経のずぶとさには、まさしくかつてニホンに存在し、その天下を治めたあのお方を連想させる。
ところがここまで沈黙を保ってきたリーナが、急にこんなことを口走る。
「……悪くない提案だな」
それを聞いた僕は、リーナに反論する。
「おい、ちょっと待てリーナ。それはどういう意味だ?」
「どうもこうもない。カズキ殿が、マツ殿を嫁に迎える。悪くない話だと感じたまでだ」
「いやいや、それをリーナ、お前が言うのか!?」
「レティシアとて、事情を知れば同じことを言うだろう。私だけではないぞ」
ちょっと待て、ただでさえ僕は2人も妻を持つ、私利私欲にまみれたとんでもない司令官として、地球001の中で噂されているほどだぞ。この上、3人目など受け入れたら、どうなるのか?
「ぼ、僕はともかくだ。マツ殿が納得しないだろう。いや、それどころか、オオヤマ城の武将や兵士達が納得しない」
「考えてもみろ、カズキ殿よ。トクナガ公が言ったことは、ある種の警告だ。これを受け入れねば、マツ殿の命はないと言っているようなものだ」
「はぁ? 民の支持がどうとかいう、あれか。だが民衆はマツ殿の顔など知らないし、仮にマツ殿がこの国の街に現れたからと言って、民衆が不満を述べ、襲い掛かろうなんてことはありえないだろう」
「違う、民衆はマツ殿のことなど恨んでなどおらぬ。かつて天下を治めていた家柄だぞ。本当に支持されておらぬなら、籠城戦以前にマツ殿が城を追い出されて、戦さなど起こるわけがなかろう。むしろマツ殿が生き残り、このオオヤマ城の城主となれば、少なくとも城下の民はそれを支持するであろう」
「だったら、なおのこと……」
「マツ殿を狙うとすれば、あのトクナガ公だ。民衆の支持を得た女子がどのような運命をたどるか、私のかつての身の上に起きたことを思えば、カズキ殿でも理解できるであろう」
そうだ、リーナも自身の実の兄によって追い詰められ、まさに謀殺されるところだった。その時のはリーナの兄である皇太子が、リーナの人気を恐れてのことだ。それゆえに、皇帝陛下は僕にリーナを嫁がせ、国の安泰を図ったようなものだ。
ましてやマツ殿の相手は敵方であるトクナガ公だ。目の上のたん瘤となれば、何のためらいもなく抹殺することだろう。
「だがリーナよ、こういうことは本人の意思も含め、一度城内で話し合ってから決めなければならないことだ。こんな狭い機内で、決めていい話ではない」
心穏やかならぬマツ殿を前に、僕はそう述べるにとどめた。
「おう、いいんじゃねえのか?」
で、城に戻ってレティシアにその件を話す。するとリーナの予想通り、レティシアは賛成に回る。
「やけにあっさりとOKを出すな」
「だってよ、このまま残していたら、命がねえっていうんならしょうがねえだろう」
「だけどなぁ……」
「それに今さら、2人が3人になったところで変わらねえよ。俺としても、多い方が楽しいしな」
まったく、なんて短絡的な奴なんだ、こいつは。並み居るオオヤマ城の武将を前に、よくもまあそんな大事な話に軽々しく応えるものだ。
しかし、レティシアだけで決まる問題ではない。もちろんこの話題は、城内で待つ配下の武将達にも明かされる。
「トクナガの奴め! いくら何でも我が姫様を、なんだと心得ておる!」
「じゃが、このまま和睦し、姫様がこの城に残ったとしてもだ。そのトクナガの手の者を恐れ、おちおち城下にも出れぬとあれば、あまりにも姫様が不憫ではござらぬか?」
「なれど、このままではあの狸の言いなりではないか! 先代様の恩も忘れたあの裏切り者の思うがままなど、我慢できぬわ!」
当然、この和睦条件に関して城内は紛糾する。だが、一貫して反対というわけではなく、マツ殿の先々のことまで考えて、受け入れるべきだという意見も出る。しかし、この怒号すらも飛び交う議論の中で沈黙を守るマツ殿であるが、この議論を聞いてどう感じているのか?
が、かれこれ1時間ほど話し合いが続いたところで、ついにそのマツ殿が口を開く。
「妾はこの案を、受け入れようと思う」
と、姫様の口から飛び出したこの衝撃的な一言に、周りは騒然とする。
「ひ、姫様、今なんと……」
「うむ、あれからいろいろと考えたのじゃが、妾はトクナガの案を受け入れ、この城を離れた方がよいと思う。そう申したのじゃ」
「何を申されるのです、姫様! それではあのトクナガの思う壺ではございませぬか!」
この姫様の決断に、異を唱える者が現れるのは当然だ。僕にとっても、意外過ぎる言葉だ。だが、この姫様は続ける。
「思う壺かどうかは分からぬが、妾にとっては、トヨツグ家を支えてくれたそなたら忠臣の皆をどのようにすれば守れるのか、そして、この天下に再び安穏が訪れるにはどうすべきか、それこそが大事と考えたのじゃ」
「姫様……」
「もし妾がこのままオオヤマ城に留まれば、そなたらは城下にも出られず、不便な暮らしを強いられる。かといって、妾がこの城を出て、どこかの寺に入り仏門に下ったとて、妾と忠臣がいる限りは、あのトクナガ公は必ず何かを仕掛けてくるであろう」
僕は配下の武将らをこの城に縛り付けていることを気に病んで、この姫様はこう言い出したのではないか、と感じた。だから僕は、こう反論する。
「いやマツ殿、さすがにそれはあり得ない。我々がもたらす文化や思想は、一族皆殺しや殺戮といった残虐行為を否定している。だから、寺なんかに入らなくったって平穏無事に生きる道は必ず見つけられるはずだ」
「そうです、姫様。ヤブミ将軍殿の言う通りですぞ。なにもトクナガなどの言いなりにならずとも、生きる道はございましょう」
だが、この姫様はこう返す。
「ヤブミ殿の言う通り、この先はそのような時代が来るのは間違いなかろう。じゃが、一朝一夕で変わるわけではない。当面の内は、妾がここにいてはそなたらを縛り付けてしまうだろう」
そして、マツ殿は配下にこう告げる。
「幾星霜過ぎれば、妾が安心してこのオオヤマの地に戻ることができる時代とやらが来るであろう。そなたらの役目は、ここを妾が安心して戻れる地に変えることである。そのために、力を尽くすのじゃ。そのために妾は身を引くこととする」
「ひ、姫様……」
こう告げる姫の言葉に、集まった一同は皆、涙を流す。共に戦い、そして敗れ、最期を迎える寸前で生きながらえたオオヤマ城の生き残り達は、姫様のこの覚悟を受け入れたようだ。
いや、ちょっと待て。受け入れたってことは、この姫様が僕のところに嫁ぐことが確定してしまうじゃないか。
奥の檀上を立ち上がり、配下の者の間を歩くマツ殿。そして奥に控えていた僕の前に座ると、深々と頭を下げる。
「ヤブミ殿、いや主人様、妾、マツは、これよりそなたの妻となり申す」
んん~っ? やっぱり、そうなの? この事象を一番受け入れていないのは、間違いなく僕だけだ。配下の者達もこの姫様に合わせ、平伏している。
「おう、おめでとー、カズキ!」
「うむ、カズキ殿、おめでとう」
レティシアやリーナまで、この調子だ。どうなっているんだこの2人の神経は。この2人の立場では普通、若い奥さんがやってきたら怒るんじゃないのか?
ともかく、僕はこの流れに逆らうことも出来ず、マツ殿を引き受けることになってしまった。
◇◇◇
正直言えば、妾はヤブミ殿に思い入れがあるわけではない。
あくまでも、オオヤマの城に残る者達のため、妾が身を引くことが最善と考えてのことである。
そして妾は今、哨戒機と申すあの空を飛ぶ籠のようなものに乗り込み、真上にある駆逐艦と申す船に向かっている。
「敬礼!」
妾がヤブミ殿と共に、格納庫と申す場所に降り立つと、10人ほどの家来が並び立ち、ヤブミ殿に向けて敬礼という独特の儀礼をして出迎えておる。
「んじゃ、行くか。こっちだぜ」
レティシア殿に連れられて、妾は細い廊下を歩く。しかしこの廊下、まったく外の光を取り込む窓も狭間もないというに、妙に明るい。実に不可思議なる場所である。
長い廊下を歩いた末に、扉が見える。その扉を開くと階段があり、そこを上るとなにやら奇妙な並びで座る20人ほどの人の姿がある。
「戦艦オオスより入港許可、出ました」
「了解、機関出力上昇。これよりオオスに帰還する。取舵30度、両舷前進微速」
「取舵30度、両舷前進微速!」
ヒュイーンという奇妙な音を立てながら、この空に浮かぶ奇妙な船は前進を始める。前に見えるのは大きな窓。そこには呆れるほど大きく分厚いびいどろに覆われている。
「提督、旗艦オオスから通信です。0001号艦受け入れ後、オオスはいかがいたしましょうか?」
「しばらく、地上での停戦交渉がある。それが終わるまでは動けまい。当面、5日間の停泊を全艦に通達せよ」
「はっ、了解いたしました」
ヤブミ殿が、配下の者になにやら指示を出しておる。その間にもこの場にいる者達は皆、それぞれの持ち場にて何かを告げてくる。
「高度1500、速力100、戦艦オオスの左舷に到達!」
「了解、では微速上昇し、1番ドックへと向かう」
「はっ、微速上昇!」
窓の外の風景が、目まぐるしく動く。が、ここからではよく見えぬな。雲と空が垣間見えるだけで、どこへ向かっているのかすら分からぬ。
「なんだぁ、窓の外が気になるのか?」
妾の様子を見て、レティシア殿がそう申す。
「いや、別に気になどしておらぬ」
「んなことねえだろう。ユリシアだって、窓の外が大好きなんだぜ。ほれ、見てみろ」
と、レティシア殿が指差す先を見れば、そこには子供が2人、窓にへばりつくように立っておる。
いや、それよりもだ、その横にいる奇怪な姿の者が気になる。頭には、狐の耳のようなものがあり、それはまるで狐の化身のようじゃ。
「だーっ!」
「ユリシアちゃんは、相変わらず外が好きだにゃん」
おまけにこやつ、話し口調が妙だ。今、「にゃん」と言わなんだか? ますます獣の化身にしか思えぬ。
そんな化身のいる窓際に来ると、妾は外の風景に圧倒される。
眼下には、オオヤマの城下ではなく、ゴツゴツとした岩山に砦のようなものが点在する奇妙な場所の上におる。その砦のところどころには、洞穴のようなものも見える。
その中の最も大きい砦に向けて、この船は向かっておるようじゃった。だがこんな場所、オオヤマの地にあったのか?
そういえば、オオヤマ城の真上に大きな船がおったな。もしや、あれの上におるのではないか? 城からはあれの下側しか見えなんだが、真上はこうなっとるのか。
「第1ドックよりビーコン受信、距離300!」
「進路補正、右0.2!」
「びーこん」だの「どっく」だの、意味不明な言葉が飛び交う。その間にもこの船は、大きな砦のすぐ脇に近づいておる。
やがてこの船の底の方から、ガシャンと大きな音が響いてくる。
「繋留ロックよし! ドック入港、完了いたしました!」
この音に一瞬、驚いたが、周りの者はまるで意に介することなく、平然としておる。脇にいる赤子2人、そしてあの狐の化身も、動じることなくその場にて笑うておる。
「着いたぞ。では、行くか」
と、そこにリーナ殿が妾に声をかけてくる。
「うむ、参ろうではないか」
笑みを見せるリーナ殿に、妾は応える。そして、リーナ殿の後を、妾は追う。
唯一、妾が気を許せる相手であるリーナ殿。もしもリーナ殿がいなければ、妾はトクナガ公の案を拒絶し、仏門に入るか、切腹を選んでおったであろう。妾がここに来る覚悟を決められたのも、リーナ殿がいればこそだ。いつしか妾は、リーナ殿に頼り切りである。そんなリーナ殿の背を見て妾は、何やら心の奥に熱いものを感じた。




