#11 お返し
何が始まるというのか?
すでに夕暮れ時で、赤い夕焼けも徐々に暗がりに変わりつつあるこのオオヤマ城下の真上に、突如、この城の敷地をも超える途方もない船が現れた。
あの船の表には、なにやら物見櫓のようなものが幾本も建てられておる。それらの櫓からは、チカチカと赤や青の灯りのようなものが瞬く。
ここからは分からぬが、花見で浮かれておったトクナガの兵らも、この途轍もない船の出現に腰を抜かしておる頃であろう。事前に聞かされておった我らですらも、その姿に驚きを隠せぬ。ましてや城下に広がる10万の兵にとっては、まさしく天神がこの地に現れたが如く、前代未聞の光景である。
と、ヤブミ殿が、手を挙げる。そしてその手を振り下ろす。
その時、あの巨大なる船の下から、何かが現れる。
それは、都の大仏すらも凌駕する巨身の者。その姿は……一見すると着物姿のようじゃが、それにしては妙に白く、そして裾が短い。背中には、派手な帯を身につける。
それは一人ではない、全部で5人。都の大仏を超える、破廉恥なる着物姿の女子が5人。突如、このオオヤマ城の真上に浮かび上がったのである。
そして、その真ん中におる一人が、声を上げる。
『みなさーん! 初めましてーっ! 私達は、オオス・ウルトラユニット、OSUUと申しまーす!』
な、なんじゃと? こやつらは今、なんと言ったか。奇妙な響きの名を名乗るあやつらに、妾だけでなく、カツモトも周りの兵も、釘付けになる。
『さて、自己紹介の前に一曲、皆様に贈りますっ! 最初の曲は「ノブナガ・ゴー・ユニバース!」』
この娘の掛け声と同時に、急にズンズンと、腹を揺さぶられるほどの重い音が唸り出す。
『人間は五十年だと〜ノブナガさまは言うけれど〜そんな短い人生なのに君はStay Your Earth One! ……』
意味のわからない歌と舞が始まる。だが、5人揃って一糸乱れぬ、全身を使った舞を見せつける。
だが、その5人はどんどんと増えていく。7人、8人……いや、10人だ。皆、同じ姿で同じ舞を、見事にこなしておる。
だが一体、あれはなんなのじゃ?
このオオヤマ城の天守ほどの巨大な人型の塊が10個も、オオヤマの地の上で踊り狂っておる。
「おう、よくあのユニットを呼べたな」
「ええ、アウグスタのやつが骨董市でツボを買った時に、偶然ライブに出くわしたようで、それで旗艦オオスへの乗艦を頼み込んだようです」
「なんだってぇ!? 乗艦を頼んだって……おいブルンブルンよ、あれってまさか……」
「ええ、ライブなんですよ、あれは」
レティシア殿とブルンベルヘン殿が何やら話しておるが、その話から察するに、あれは「河原者」の一種ではないのか?
にしても、見事なまでの舞と歌だ。じゃが、少々やかましい。あのように大声で叫ぶ必要があると申すか?
「おい、ヴァルモーテン少佐! ちょっと音量が大きすぎるんじゃないか!?」
妾と同じことを感じたようで、ヤブミ殿も手に持ったスマホと申す遠くの者と話をする仕掛けで、呼びかけておる。
『何を申しますか、提督! この大音量が良いのです! このオオスのアイドルの歌と踊りを、あの10万の兵士どもに見せつけてやりましょうぞ!』
どうやらそのスマホの先におる者は、やや過激で物騒な思考の持ち主のようじゃ。頭上の巨大な船はヤブミ将軍殿の忠告など無視して猛烈なる音と灯りを撒き散らし、城下の空気を揺さぶり続ける。
「おう、カズキ! 届いたぜ!」
と、そこにレティシア殿が何やら大きな味噌樽のようなものを抱えてくる。
「おい、なんだそれは?」
「決まってるじゃねえか、ビールだよ、ビール!」
「はぁ!? こんな馬鹿でかい樽のビールなんて、どうするつもりだ!?」
「ここにいる連中と飲むんだよ! おう、今夜は宴会だ! みんなで飲み明かすぜ!」
ビリビリとこの城の城郭すらも震わせる歌と舞の下、びいどろの器を兵達に配るレティシア殿とその取り巻き。そしてその器には、レティシア殿が持つあの大きな味噌樽から出る不可思議な飲み物が注がれる。
「わっはっはっ! 楽しい宴会だ、飲め飲めっ!」
黄金色の水に白い泡が覆う奇妙なる飲み物。それが妾にも手渡される。妾はヤブミ将軍殿に尋ねる。
「や、ヤブミ将軍殿、これは一体、何ものであるか?」
「ああ、ビールというお酒ですよ」
「は? 酒?」
「ええ、僕らのとこでは、よく飲まれているお酒です」
と言いながら、やや呆れ顔のヤブミ殿はそれをグイッと飲む。
一方のレティシア殿は、あの樽を持ち歩いては兵らにこの酒を配っておる。にしてもあの女子は、なんという馬鹿力なのじゃ。大の男が5、6人でも持てそうにない樽を、いともたやすく持ち歩いておる。
「おい、レティシア! こっちにもよこせ!」
「なんでぇ、リーナも欲しいのかよ。ほらよ」
それをリーナ殿も受け取る。びいどろの器に並々と注がれるその黄金色の酒を、リーナ殿は一気に飲み干す。
「うむ、やはり焼き鳥と共に飲むビールは美味いな。おい、マツ殿よ、一緒に飲まぬか?」
「は? あ、いや、妾はまだ……」
「何を遠慮しておる。ビールは冷えたうちに飲まぬと、不味くなるぞ」
こやつは何を言い出すのか? 堂々とした女子かと思っておったが、時折、このように品性の低さを匂わせることがある。
「はふひほほほはおうふえ!」
「おいリーナ……頼むから、ちゃんと口の中のものを飲み込んでから話してくれないか?」
ヤブミ殿にまでこう言われる始末だ。どうして妾はこのような女子に、心許したのであろうか?
ともかく、妾の手にはビールと申す黄金色の酒がある。ひんやりと冷えたびいどろの器は思いの外、妾の欲をそそる。そこで妾は一口、それを口に含む。
……なんという苦い酒だ。しかし、冷たいこの酒が喉を通る時の清らかな感覚は、これまでの酒や茶にはないものだ。上に載った白い泡も、この清らかさに拍車をかける。
「おう、マツよ、楽しんでるか?」
「レティシア殿、楽しむ、とは……?」
「派手なダンスに、美味いビールとつまみ、外の花見なんて目じゃねえぜ」
そうレティシア殿は話す。そうだ、これはあの花見の宴に対抗する手段であった。言われてみれば、派手な歌と舞、清涼なる酒、そして美味い肉や菓子などの酒の肴と、これはまさしく豪華な宴と言える。
このビールにより少し酔いが回った妾には、あの五月蝿いと感じていた大音行の歌も、どことなく身体の芯を揺さぶられて心地よい。
すでに3つ続けて歌が流され、相変わらず10人の巨身の舞が続いている。あれだけ激しく動いていて、よく疲れないものだな。
「ひゃっはーっ! たのしーぜ!」
レティシア殿の高揚した叫び声に合わせ、すでに城内の兵達がビール片手に歌に合わせて踊っているのが見える。妾も気付けば首を振っており、それをカツモトに睨まれる。うーん、こやつ案外、硬いやつだな。
と思っておったが、そのカツモトもそのビールを片手に、焼き鳥や唐揚をつまんでおる。妾が横目でこやつを見ていると、やがてこやつもあの歌に合わせて頭を振り始める。それをみた妾は、カツモトと目を合わせる。するとカツモトのやつ、咳払いをして急に首を振るのをやめる。赤い顔で黙々と手に持った焼き鳥を食べ続ける。うむ、案外こやつ、可愛いやつじゃのう。
だが、妾が目を離すとまたゆるりと首を振り始めるカツモト。ゆえに妾も遠慮なく首を振り始める。
そんな歌が5つ続いたところで、急に外が静かになる。あの10人の娘らが消えて、急に青く丸い不思議なものが浮かび上がる。
『ようこそ、この星の皆様。我々は宇宙統一連合、地球001より参りました。これよりは、この世界の成り立ち、そしてこの宇宙で今、起きていることを、この場を借りまして、映像にて解説してまいります』
それまで大音行に合わせて踊っていた兵達も、突然始まったこの堅苦しい口上を述べる巨大なる浮世絵に見入る。
が、そこで流される話は、実に驚愕すべきものであった。
広大で漆黒の闇の中に、無数に浮かぶ星々、その星の中には民が住む星が存在し、それを地球と呼んでおる。あの空に浮かぶ絵は、その地球の姿であると申す。
その地球とやらはすでに1000を超えており、これらは連合と連盟と呼ばれる2つの陣営に分かれて相争っておるという。突如、空の絵は変わり、あの駆逐艦と呼ぶ船がいくつも現れて、それが青白い雷光のようなものを放ち戦う姿を映し出す。
かと思えば突然、大勢の人々が安穏に暮らす街の姿が映し出される。天下一と言われたこの天守よりも遥かに高い塔のような建物の合間を、大勢の民が早足で通り過ぎる様子が見える。
これらはすでに妾は、ヤブミ殿やリーナ殿から聞かされ、いくつかは小さな板の上で見せられておった。が、あれほど大きな浮世絵にて丹念に魅せられたのは初めてである。それを見上げる兵達も、その語られるこの世の真実にただ唖然として聞いておる。
が、その話が一通り終えたところで、またあの10人組が現れた。
『さぁ! 硬い話はここまで! 今夜は、踊り続けるわよっ!』
と言って、また大音行を立てながら激しい歌と舞が再開する。再び兵達やレティシア殿、リーナ殿が、すでに寝入っている我が子を抱えながら酒と肴に興じる。
「おい、レティシア。ちょっと飲み過ぎではないのか?」
「ふえ? カズキよ、俺はまだ2杯しか飲んでねえぜ」
「いやお前、酒に弱いんだから、それでも飲み過ぎの方だ」
どうやらレティシア殿は酔ってふらついているようだ。抱えていた娘をヤブミ将軍殿が受け取り、本丸の脇に腰掛ける。
で、あの馬鹿騒ぎは結局、明け方まで続いた。一晩中、あの10人の娘らは踊り続けていた。さすがの妾も、見ていて疲れてきた。
そしていつの間にか寝入ってしまい、気付けば夜が開けておった。
その明け方早くに、トクナガの本陣の辺りから、一本の狼煙が上がった。