#107 時空
突拍子もないことを言い出したマリカ少佐に、僕は質問する。
「おい、じゃあ地球1050、1051、1054、いやそれ以前に発見されたリーナの住む星、地球1019も、アンドロメダ銀河の中の星だと、そう言いたいのか!?」
「ええ、そうですわ」
「だが、そこから見える棒渦巻銀河が天の川銀河というのは、さすがに無理があるのではないか?」
「なぜでしょう?」
「逆に天の川銀河からアンドロメダ銀河を見ても、あれほど大きくは見えない。それが逆にアンドロメダ銀河からみたらあれほど大きな銀河として見えるというのは、どう考えてもおかしいだろう。どちらかといえば、アンドロメダ銀河の方が大きいくらいなのだから」
「それは現在の天の川銀河から見ればその通りです。が、こちらの宇宙のアンドロメダ銀河は、今より30億年ほど未来の姿なのですから」
「は? 30億年?」
「今、我々の地球001のある天の川銀河は、およそ40億年後にアンドロメダ銀河と衝突し、やがて一つの銀河になることが分かっております。その途上、衝突寸前のアンドロメダ銀河から見た天の川銀河が、向こうの宇宙で見える大きな棒渦巻銀河なのですわ。私にとっても信じがたいことだったのですけど、これは何度かシミュレーションを繰り返し、得られた結果なのです」
話がぶっ飛びすぎている。つまりあちらの星々と、我々の星々とは時間が異なる、ということになってしまう。それも、30億年という途方もない時間差。それほどずれた時間と空間の異なる場所を、行ったり来たりすることができるのか?
「まったく、理解が追い付けないのだが、つまり我々は時空を超えて、向こうの宇宙にたどり着いてしまったということなのか?」
「いえ、もしかするとここは、並行宇宙なのかもしれません。別々の宇宙ながら、時間軸だけがずれている。それならば、行き来できることに矛盾はありません」
「とはいえ、だ。ならば我々が今、フアナ銀河と呼んでいる宇宙には、地球001も存在しているということなのか?」
「30億年も経ってますからね。そのころの太陽は赤色巨星となって地球001を飲み込んでいる頃です。少なくとも、地球001は存在しませんわね」
「だとしてもだ、今でも1000以上の星があるんだぞ。その中のいくつかが残り、まだ存続してる可能性が……」
「あったとしても、それを確かめるすべはありませんわ。なにせ、まだサンサルバドル銀河とフアナ銀河、いやアンドロメダ銀河と天の川銀河は数万光年は離れてますからね。その間をつなぐワームホール帯が見つけられていない現状では、行って確認することすらままなりませんわ」
またとんでもないスケールの話をし始めたものだ。リーナ達が住むあの宇宙が、実は30億年後の我々の宇宙の姿だったとは。
「と、いう具合に、一つ謎を説明できる仮説を立てても、次から次へと不可解な謎が現れるんですよ。そんな状況下で、どうやって白い艦隊と戦いをやめるかだなんて、思いつけるはずもないでしょう。この世界は、想像以上に複雑なんですよ」
マリカ少佐はそう締めくくると、会議室を出ていった。後に残されたのは、今の話をどう咀嚼すればいいのかわからない「謎」を押し付けられた僕だけだった。
管理された人類と、そうでない人類に隔てられた星々、それらが存在する宇宙は、時間にして30億年もずれた世界でもあった。どうしてそうなったと、僕は誰に尋ねればいいんだ。
「なるほど、ならば白い艦隊一個艦隊を、オオスに招待すれば解消するんじゃないのか?」
同じく、地球001に戻り、トヨヤマに現れたコールリッジ大将に直接、マリカ少佐の述べた仮説を話してみた。その結果、返ってきた答えがこれである。
「いや、そんな恐ろしいこと、できるわけないでしょう」
「当たり前だ、冗談に決まってるだろう」
たちの悪い冗談だな。一つ間違えれば、とんでもない失言として世間に流布されて、大将を退役しなきゃならなくなるぞ。
「まあ、事情は分かった。しかし、白い艦隊は戦闘に特化した獣人らによって動かされている。となれば、彼らに何らかの文化的な何かを与えることができれば、もしかすればこの争いはなくなるかもしれないな」
「もっとも、その場合は連合と連盟の争いが残ることになりますが」
「まあ、それもいずれは決着がつくだろう。あと2、300年はかかるかもしれん。無論、必ずしも地球001側の連合が勝利するとは言えないがな」
呑気なものだ。それほど短期間でけりがつくような戦争なら、とっくの昔に終わっているはずだ。発見される地球の分だけ、拡大の一途をたどるこの2つの勢力の戦いが、あと数百年ほどで終わるとは到底思えない。
「物は考えようだ。白い艦隊、つまりウラヌスの存在のおかげで、連合と連盟がひとつにまとまるかもしれない。かつては同じ星の上で同じ星の者同士が戦っていたのが、宇宙進出と同時に結束する。それと同じことが起こるかもしれない」
「救いようのない未来ですね。結局は、どちらかが全滅するまで続く戦いを、我々は背負うことになります」
「いや、ウラヌス側とて無限というわけではない。どこかで限界が来るはずだ。それまで、我々が勝ち続ければいいだけじゃないか」
「同じく、我々も無限に存在するわけではありません。向こうがほんの僅か、多ければ、我々が全滅することになりますが」
「悲観的な未来しか考えられんやつだな」
「大将閣下が、楽観的過ぎるのです」
同じ連合の、しかも同じ星の艦隊司令官同士であっても、この意見差だ。宇宙から争いがなくなるなんてことは、夢のまた夢ということか。
「まあ、私の方でも少し、考えてみようじゃないか。ともかく、あの白い艦隊へメッセージを届ける方法があればよいのだがな」
そう言い残して、コールリッジ大将は自国へ帰っていった。
「ふーん、てことは、リーナは俺よりも30億歳、年上ってことか?」
「おい、そんなわけないだろう」
「妾は辛うじてこっちの宇宙じゃから、リーナ殿よりは年下じゃな」
「おい待て、そういう問題ではない」
まあ、この3人に話したところで、こうなることは分かっていた。話が壮大過ぎて、理解するには難しすぎた。
「まあ、何かよくわかんねえけど、白い艦隊の獣人を片っ端から捕まえて、ひつまぶしや台湾ラーメンを食わせ続ければ変わるんじゃねえか?」
「それ以前に、どうやって捕まえるんだよ」
「シェリルみてえに、カプセルに入った獣人を次々とふん捕まえてだなぁ……」
「あれが簡単に手に入ったわけでないことくらい、お前だって知ってるだろうあれだけ戦った後で、ようやく一つ、手に入ったくらい稀な事象だったんだぞ」
レティシアも、コールリッジ大将といい勝負だな。大雑把さはこっちの方が上だから、余計に適当過ぎる。そんなことができれば、苦労しないのだがな。
「ともかくだ、あと5日後には出港する。地球1054へと向かうぞ」
「えっ、もう出発するのかよ」
「当然だろう。今回の帰投は、あくまでも艦隊の修理が目的だ。それが終われば、任務先に戻るのが当然だろう」
ぶーぶーと文句をたれるレティシアだが、一方の子供らはといえば、マツのお腹に興味津々だ。
「あ、動いた」
ユリシアが、マツのお腹に手を当てて、まだ見ぬ異母兄弟の存在を確かめている。
「医師が、男の子だと言うておったからのう。元気なのが産まれるじゃろうて」
マツのお腹の方も、随分と大きくなった。さすがにもう、連れてはいけないな。
今は西暦2493年10月3日。まもなく、マツも出産の予定日を迎える。そこで僕は、母さんにお願いすることにした。
「さすがに臨月を迎えて、ついていくのは危険よね。そういうわけだから、私がマツさんを預かるわ」
「うん、すまない、母さん」
「そんなことより、カズキ」
「なんだよ」
「あの計算士って娘に、手を出すんじゃないよ」
そんなことするわけないだろう。僕を何だと思ってるんだ。
そんなわけで、僕はマツを置いて再び地球1054へと出発することになった。ここに帰ってくる頃には、マツの子供が見られるだろう。
それまで僕は、生き延びねば。
ともかく、僕は戦艦オオスに乗り込んで、出発する。
「機関良好、エンジン出力、問題なし!」
「繋留ロック、一斉解除。戦艦オオス、発艦する」
全長3200メートルの巨艦が、ゆっくりと上昇を始める。遠くに、あの恒星間通信用アンテナである高さ800メートルの「テレビ塔」がみえる。
そういえば、マツの子供の名前だが、当初マツは「チョウジュマル」と名付けるつもりだったようだ。
が、これは幼名で、いずれ父親の「ヨシトモ」を名乗らせるつもりだと聞いた。
しかし、この星には幼名から改名するという制度がないため、最初から「ヨシトモ」とするよう話をした……というのが、この5日間に起きた顛末だ。
しかし、子供の名前がユリシアにエルネスティ、そしてヨシトモ……バラバラだな。まあ、それぞれ境遇の違う3人の子供だから、しょうがないか。
さてその間も、アマラ兵曹長とシェリルは二人そろってオオス商店街を散策し続けたらしい。あの街はなぜか獣人には優しい人が多いから、あちこちで話しかけられ、ういろうや甘栗、その他いろいろともらったらしい。そりゃあ毎日のように通いたくなるだろう。
そんなこともあって今も、すっかりアマラ兵曹長とシェリルは並んで立っている。手までつないでいるな。はた目からは、どうみても仲の良すぎるカップルだ。
そんなカップルにも、一応はマリカ少佐の仮説を話しておいた。あの白い艦隊と関わる人物とはいえ、話したところでどうにかなるものでもないだろう。ただ黙って、この世界の成り立ち、なぜシェリルたちは戦いを続けているのかなど、彼はじっと聞いていた。
特に、質問はなかった。おそらくだが、戦いを続ける理由が分からぬまま、ただ戦いを続けよと教えられ、それを何の疑問も持たずに続けているとだけ教えてくれた。
その他、シェリルは彼らの生活についても話してくれた。彼らの世界には、娯楽らしい娯楽がないこと。食事というのはただ、栄養を補給する行為であり、味など求められない。男女の性別はあるが、彼らは男女の間で子作りをするという文化はない。ではどうやって数を増やすのかといえば、子孫は培養槽のようなもので生み出された後に育てられて、戦闘訓練を受けて戦場に送り出されているという。
この数万年もの間、我々が「クロノス」と呼ぶ黒い艦隊と戦っていたが、戦う相手がいなくなってしまったため、こちらの領域まで押し寄せてきたのだという。とにかく、彼らは戦う「マシーン」だ。本能的に戦闘相手を探し、自分たちと違う「異物」とみなしたものに、片っ端から攻撃を仕掛ける。そういう思想しか持たない。
「我々には、文化が、ない。それが、我々、戦い続ける、理由だ。ここにきて、それを知った」
そうシェリルは締めくくる。オオスを見てきた彼の言葉は、重い。やはり彼らとの戦闘を終わらせるためには、彼ら自身にかけられたその呪縛を解き放たなければならない、ということになる。
たまたまその呪縛から放たれて、自身の文化を醸成することに成功したのが、地球1029、1030という二つの星だけのようだ。その辺りの経緯は分かっていないが、ずっと昔に白い艦隊の一部が戦線を離れ、あの連星に住み着いた、という可能性が考えられる。
いくら人が作り出した人造民族とはいえ、それらが独立して文化を醸成できているということは、今の白い艦隊の連中も、何らかのきっかけを与えてやればもしかしたら戦いのみしか知らない今の状況を変えることができるかもしれない。
とはいえ、言葉も通信も通じない相手に、どうやってそれを伝授すればいいのやら。
ところで、シェリルが冷凍カプセルで外に放り出されていた理由は、分からないという。戦闘が行われない場合、彼らは冷凍睡眠状態にされているのが普通だという。培養槽で子供を産み出すという仕組みがあると言ったが、最近は作り出す数も減りつつあるらしい。というのも、すでに大半の培養槽が故障しており、彼ら自身では直すすべがないからだ。
そこで、冷凍睡眠を使って、獣人らを少しでも長生き、温存させることになったようだ。驚いたことに、シェリル自身は生まれてもう200年近く経つという。が、大半は冷凍状態だから、歳のわりにはそれほど長生きをしているという実感はないらしい。
多分だが、何らかの理由で白い艦隊から射出されてしまったのだろう。艦隊が被害を受けた場合は、冷凍睡眠カプセルに入り脱出することになっている。が、我々の特殊砲撃は、それすらも破壊していたのだろう。今まで見つからなかったわけだ。
ただ、戦闘態勢に入ったものの、時々、冷凍状態から覚醒しないカプセルというのが稀にあるらしい。たいていはそのままにしておくのだが、気の短い艦長の場合は外に放り出してしまうこともあるという。おそらくは、シェリルの場合はそれじゃないかと、彼自身は推測している。
あの時はすぐに白い艦隊が後退した。マリカ少佐の仮説が正しければ、すでにあの星では制御装置である遺跡が破壊されており、それゆえにすでに我々による手が入ったものとみなして撤退した。それに気の短い艦長の存在があって、幸いにも彼を回収することができた。つまり、今回の件は偶然の産物だったようだ。
そんな事情を互いに話しつつも、5日ほどかけて我々は再び、地球1054に至る。
すでにこの宙域には、地球912の遠征艦隊が展開していた。我々が離れていた2週間のうちに、イーサルミ王国だけでなく、その周辺の国々、フロマージュ共和国やオレンブルク連合皇国、そしてセレスティーナ連合国という国とは同盟条約が締結されたという。
そして、イーサルミ王国の王都クーヴォラの郊外には、仮の繋留ドックが完成していた。我々は、そこに降り立つ。
◇◇◇
「……というのが、私の知りえた、すべてであります」
軍司令本部にて、カンニスト中将らをはじめとする将官らを前に、私は地球001で得た情報をすべて、話した。
計算技術が桁違いに優れており、それをすべての民が持ち歩けるほどの小さな機械に集約されていること、そしてこの宇宙には1千以上の星々があること。それらが2つの陣営に分かれ、戦いを続けていること。その辺の事情は、すでにこの軍関係者でも知らされていた。
が、その陣営とはまったく異なる「ウラヌス」という存在と、その白い艦隊、そして我々は太古の昔にそのウラヌスという存在によって作り出された遺跡によって制御されていた可能性が高いことを報告すると、さすがに将官らに動揺が走る。
「つまり我々は、太古の昔の連中が考え出したその仕掛けのおかげで、つい最近まで戦いを続ける羽目に陥っていた、というのか?」
「あくまでもこれは、仮説にすぎません。ですが、確かにあの遺跡を破壊した後、大戦は終息しました。なお、この近傍の他の星、地球1050、1051という星でも同様に古代の遺跡による影響を受けていたとのことですから、あながち根拠のない仮説というわけではありません」
「うーん、そうか。しかし、だ。そうなると、我がイーサルミ王国どころか、我々の住むこの地球自体が、その白い艦隊との最前線ということになるのではないか?」
「はい、その通りかと思われます」
むしろ、軍としてはこちらの方が大問題だった。白い艦隊の素性がどうというより、いきなり未知の艦隊との最前線にされてしまったことへの恐怖の方が上回る。先の大戦で大勢の軍民を亡くし、その痛手からまだ立ち直っていないというのに、オレンブルクやフロマージュすらも遥かに凌駕する強大な敵がすぐそばにいるという事実は、ここに集まる軍関係者らを騒然とさせる。
一通りの報告を終え、動揺する将官らのいる会議室を出る。
「で、どうだったか?」
会議室の外で待っていた砲長に、私は声をかけられる。まあ、だいたいの結果は分かっているだろうな、この人も。
「ご想像通りです。白い艦隊の矢面に立たされたことに、もっとも衝撃を受けておりました」
「だろうな。だが、我々のこの、地球1054と名付けられたこの星の、存亡にかかわる話だ。無視はできまい」
軍上層部となれば、大きな変化だ。なにせ敵は隣国ではなく、我々が到達しえないほど遠くの空の上にいるのだ。高射砲も飛行船も届かない。宇宙を航行できる戦闘艦を大急ぎでそろえ、国を越えてこれらの搭乗員を育成していかなければならない。
もっとも、ヤブミ提督はこの星が宇宙戦闘可能になるまでに、さほど時間はかからないだろうとは言っていた。すでに空中戦艦を持ち、それを運用するだけの組織を持っている。もしもこれが中世や近世だったら、剣や槍からいきなりあの高出力ビーム砲へ転換する羽目になる。それに比べたら、我々はすでに艦隊戦というものを経験済みだ。それは大きな有利点だと提督は話していた。
と、そこまで話したところで、大事なことを砲長に言い忘れていたことを思い出す。
「そうだ、砲長」
「なんだ」
「大事なことを一つ、言い忘れました」
「まだ何かあるのか」
「はい、ヴェテヒネンが、廃艦となるそうです」
これはさすがの砲長でも動揺した。想定はされていたことだ。が、実際に言われてしまうと、さすがに心に刺さるものがある。実際、私もカンニスト中将からそう告げられた時、一瞬、身体の血流が止まったような感触を受けた。
「えーっ、それじゃこの先、私はどこで働けばいいのよ」
そして翌日、27人の乗員がヴェテヒネンの最後の姿を一目見ようと集まった。そんな中、マリッタが叫ぶ。
二つのゴンドラに、それをつなぐ頼りない布製の通路、その手前にある重厚な25サブメルテ砲。後方には大型の機関と、巨大なプロペラが2つ、取り付けられている。
そしてその上の気嚢には、青い帯状の印がつけられている。ヴェテヒネンのみに塗られたこのシンボルは、当初はおとり役のためであったが、その後はオレンブルク軍を恐れさせる目印へと変わった。
正確には、このヴェテヒネンはいきなり壊されるわけではない。武装を外して民間船として払い下げられるとのことだ。が、それも1、2年の命だろう。やがて宇宙船時代へと移り変われば、ヘリウム型飛行船自体の需要がなくなる。
「マリッタならば、駆逐艦で働くという手もあれば、料理店に勤めるという手もあるだろう。むしろ、計算士の私の方が無用となってしまった」
「ユリシーナなら大丈夫でしょう。計算尺がなくったって、計算すべきことはたくさんあるんだから。ただ、道具が変わるだけでしょう?」
「その新しい道具に適用できるかどうかなんて、まだ皆目見当もつかないのだが」
「私なんてどうするのよ。聞けば、あの船では機械が料理を作ってくれるっていうじゃない。私の出番なんて……」
「いや、戦艦オオスでは普通に人が料理を作っていたぞ。そういえば、手羽先という料理をやたらと勧めてくるおかしな店員がいたな」
「えっ、手羽先って何!?」
やはり食いついてきたな。この瞬間、あのアンニェリカという店員とマリッタを、一度引き合わせてみたいなと思った。
「そうなると、我々はその駆逐艦とやらに乗り換えるしかないようですね」
「そうだな。ヴェテヒネンよりは広い船なようだし、カルヒネン准尉の話によれば、硬いビスケットや酢漬けキャベツよりもはるかにましな料理が出てくる船だというから、環境はいいといえるかもしれん」
「いや、副長。ただっ広い宇宙空間を、電探のみを頼りに突き進み、見えないほど離れた敵と強大な砲で撃ち合う世界ですよ。食事が改善されたことくらいで、喜んでいられるようなことではないと感じますが」
「その点に関しては、むしろ今までだって似たようなものだろう。ほぼ手探りで敵を探し出して射程におさめてそれを撃つ。弾が当たれば、艦が浮力を失い死に至る。たいして変わらないじゃないか」
砲長と副長が今後について会話している。まあ、言われてみれば、命の危険という点では今までとさほど変わるわけではない。むしろ、落下する恐怖を味わいながら死んでいくより、一瞬で焼かれて知らぬ間に死ぬ宇宙戦闘の方が、まだマシと言えるかもしれない。
ともかく、ヴェテヒネンは本日付けをもって廃艦とされ、明日以降にあの中央にある25サブメルテ砲が外されて、民間船となる予定だ。
そんなヴェテヒネンに、私は敬礼する。これまで数多くの戦いで勝利を収めてくれたこと、なによりも、例の遺跡破壊に貢献してくれたお礼を兼ねて、だ。
「久しぶりに、例の店に行くか」
帰り際、砲長がそう私を誘う。が、ナゴヤ飯に慣れた私があの店のトナカイ肉を、今さら味わえるだろうか?
「うーん、なんていうか、懐かしい味ですねぇ」
ところがだ、いざトナカイ肉のスープを食べてみると、かえってその癖のある味が心地よい。長年、食べ続けた味だ。やはり私はこちらの味の方になじんでいる。
「いくら向こうの飯が美味いからと言って、故郷の味には敵わないよ」
砲長がボソッと呟く。それは今、私も実感した。
あの硬いビスケットだけは御免だが、それ以外の食べ物は今思えば悪くなかったな。まあ、人なんてそんなものだ。
「おう、なんだ、ユリシーナじゃねえか」
ふと振り返ると、そこに現れたのはリーコネン上等兵だ。
「あれ、ヘルミもこの店、知ってたの?」
「ったりめえじゃねえか。この辺りじゃ、かなりいい店の一つだからよ」
「まあ、それはそうだけど」
「それよりもよ、おめえ、向こうでもっといい飯、食ってきたんじゃねえのか?」
と、そこで私が地球001へ行った際の話を聞かれる。
「へぇ、魔女に、魔法少女ねぇ。変なやつがいるもんだなぁ」
「おい、今、魔女のことを変なやつって言ったの、おめえか!?」
その声を聴いて、ドキッとする。あれはレティシア殿の声だ。振り向けば、なぜかレティシア殿がいる。よく見れば、リーナ殿とその子供たちもいた。
たまたま同じ店に居合わせていたとは、予想だにしなかった。
「なんだぁ、おめえは?」
「俺はレティシア。こう見えても、怪力魔女なんだぜ」
「なんだ、今、ユリシーナが話していた魔女ってのはこいつのことか」
それにしてもこの二人、嫌に話口調が似ていて紛らわしいな。しかも、どちらもやや挑発的だ。
「魔女って言ったって、別に空飛ぶわけじゃねえんだろう。せいぜい物を持ち上げるくらいだって聞いたぜ」
「なんだとぉ! 魔女を馬鹿にすんのかよ!」
「おい、レティシア、やめろ。こんな場所でケンカするな」
「そんじゃみせてやろうじゃねえか、俺の力をよ」
そう言うと、空いたテーブルに手を触れる。するとそのテーブルが持ち上がり始めた。
「うわぁ、本当に物が浮くんだな」
「おうよ。なんなら、もっとでけえもんを浮かすことだってできるんだぜ」
さっきまでケンカ腰だったこの二人だが、なぜかここから急に仲良くなる。
「あっはっはっ、なんだその占い、よく当たってるじゃねえか!」
どうやらレティシア殿は、トナカイ肉を食べながらリーコネン上等兵にヤブミ提督を占ってもらってたようだ。その内容があまりにも図星だったので、レティシア殿は喜んでいるらしい。
「表の顔は『正義』、つまり軍人としての責務を全うする者だが、その本性は『恋人』、女好きってことだ。3人も奥さんがいる時点で、確かにその通りだぜ」
「いやあ、こいつほんとにすげえんだよ。昨夜なんかよ、俺とリーナを相手に……」
えっ、こんなところでもあの話、するの? 聞いてて恥ずかしくなってくる。当のヤブミ提督はといえば、横で同じくトナカイ料理を食べながら、半ばあきらめた様子で眺めている。
「にしても、カルヒネン殿よ。そういえば貴殿には救われていたのだよな。バタバタしていて、お礼を言う暇がなかった。改めて、礼を言う」
「い、いえ、ただ私は計算士として、計算しただけですから」
一方のリーナ殿はといえば、この通り品がいい。本当に、同じヤブミ提督の奥さんなのか? 不思議な組み合わせだ。
「エルネスティ、あんた、ニンジン嫌いでしょ?」
その横では、ユリシアという娘が、もう一人の子供であるエルネスティという息子のさらにあるニンジンを見て、それをフォークに刺す。どうやら、そのニンジンが食べたかったようだ。が、それをエルネスティは刺し返し、奪い取る。
「指揮官は、嫌いなものでも、食べる!」
普段は無口なこの息子が、口を開くのを初めて目にした。なんだ、この子はしゃべれるのか。奪い取られたユリシアは、憮然とした表情で何か言いたげだ。
が、エルネスティは今度はトナカイ肉をフォークで刺し、それをちぎってユリシアの皿に載せる。
「価値あるものを渡すのが、武人の本懐!」
渡されたユリシアはといえば、ぱあっと明るい表情に変わる。そんなエルネスティの頭をなでるリーナ殿。
にしてもこの子、本当に1、2歳なのか? 何やら妙に肝が据わっている。考えてみれば、ヤブミ提督とリーナ殿の間にできた息子だ。将来、大物になるだろうな。
さて、そんな昼食を楽しんだ翌日、再び私は、宇宙に出るよう言い渡される。それはラハナルト先生に会うため、中央計算局に向かった時の話だ。
すでにその計算局には、大型のコンピューターと呼ばれる計算機が入っていた。それを使い、ラハナルト先生はさらなる計算術の高みへと向かっていた。
「なんでも、このクーヴォラ周辺の気温や気圧といった情報から、一週間先までの天気を予測できるようになった。おまけに、私が手掛けていた構造計算もより複雑なものが可能となり……」
今までの計算機の、数百兆倍速いものだという。そりゃあ先生も夢中になるわな。私も同様に、夢中に計算させてみたい。
そんなラハナスト先生から、私は再び言い渡される。
「でだ、カルヒネン君には再び、宇宙に出てもらいたい」
「えっ、宇宙へ? なぜでしょう」
「君は若い。もっと世界を知るべきだ。その方がイーサルミ王国、いや、この星の将来にとって大いなる利益をもたらすだろう」
というよくわからない理由で、私は再び宇宙へ出ることとなった。




