#101 氷解
アマラ兵曹長もがんばってはいるが、なかなかあのシェリルという獣人の扱いに苦慮しているようだ。
仲が悪いとか、そういうわけではない。なんというか、戦闘以外のことはほとんど知らないといった方がいいか。そのため、何をするにも説明が必要だ。
「マ キナ シャハラ ジャーヌ パルチャ? ラダーイー カハーン フネーチャ?」
(どうして街などという場所に行かなきゃならない? 戦いはどうした?)
「アヒレー ラドネー サマヤ ホーイナ!」
(今は戦いのときじゃないですって!)
終始、この調子だ。だが、言葉が通じないながらもレティシアたちがフォローしてくれる。
「何言ってるかわかんねえけどよ、ここじゃまず『楽しみ』をつくるこった」
「そうだぞ、なにせ、食い物が美味い」
「妾もそうじゃったが、ここは実に多くの娯楽があって、つい夢中になってしまう。そなたはまず、それを知ることじゃ」
通じているのかいないのか、それはわからないが、あの3人はアマラ兵曹長と共にあのシェリルという獣人を街へと連れ出す。
そんな状況だっていうのに、こいつをよみがえらせたマリカ少佐はといえば、あの研究室に引きこもりっぱなしだ。一体、何をしているのやら……
「……と、いうことは、貴官はマリカ少佐にその不可思議な仕組みの話をしたと?」
「はい。最初は興味なさそうでしたが、途中から急に関心を持ち始めたようでした。結論としては『ウラヌスの遺跡』であろうということです」
「それ以外には?」
「さあ……何か、深いお考えがあるものと存じます。が、小官の思考のいたるところではありませんでした」
カルヒネン准尉によれば、あの模擬戦の前に、例の火口に存在したという幻想を発する不可思議な機械の話をしたそうだ。その上で、カルヒネン准尉を模擬戦に誘ったのだという。
「では、小官はこれで」
「ああ、すまなかった」
どうもマリカ少佐の考えていることは、一貫性がなさ過ぎるように見えてならない。が、ある時、突然それらを結び付け、突拍子もない結論を導き出すから油断ならない。
今は、好き勝手にさせるしかないか。
しかし、だ。
「えっ、マリカですか? 毎日、私といちゃついてばかりですよ」
デネット少佐にそれとなく尋ねてみたが、マリカ少佐は特に何かをしているという風ではなさそうだった。本当に、任せて大丈夫なんだろうな。不安で仕方がない。
「おーい、ブイヤベース。今日も定期便で来てやったぞ」
それ以上に頭が痛いのは、このミレイラをはじめとする海賊の扱いだ。本来は白い艦隊との接触のために雇ったようなものなのに、今やただの運送屋になりかかっている。
「おい、ミレイラ。お前、本来の任務を忘れたわけじゃないだろうな」
「忘れちゃいねえけど、なんの動きもねえじゃねえか。これで、俺にどうしろっていうんだ?」
とまあ、この調子だ。それでも、まじめに働けるところがあるだけ、まだいい方か。
さて、せっかく白い艦隊の乗員を確保したというのに、戦闘以外のことについてはまるで語らない。いや、知らないといった方がいいか。どちらかというと、あの戦闘馬鹿を一般人と同じ感覚にしようと周りが躍起になっている、といったところか。
どうやら、マリカ少佐がそう仕向けているようだが、そんなことをして、何になる?
◇◇◇
「今日はまた、新しいお客さんデスねぇ! ならば早速、手羽先の虜にするのデス!」
シェリルと名乗る獣人を連れたアマラ兵曹長に、例の3人の妻たち、そして私。ほかにも自称「海賊」を名乗るミレイラという女まで加わってきた。
「そういえば、カルヒネンさんにはこの間の模擬戦ゲームでお世話になったデス! これ、私のおごりデス!」
といって、大盛りの手羽先をドカッと運び込んできた。いやあ、さすがに私はこの量は食べられないなぁ。
今回、珍しく砲長とは別に行動している。なんでも、ここの砲撃システムについて教えてもらうことになったらしい。砲長も、時代の移り変わりを感じて、次の道を模索し始めている。
だけど、計算士の私はこの先、何をすればいい?
「なんだよ、妙に暗い顔してるじゃねえか」
そんな私に、あの魔女がすり寄ってきた。
「いえ、たいしたことでは」
「なんだぁ? あの砲長ってやつと、なんかあったのか?」
「そうではありません。私の問題です」
「おめえの、問題?」
この魔女、妙に人懐っこいというか、馴れ馴れしいというか、あの怪力という特殊能力のおかげか妙な圧を感じる。本音を言わざるを得ないというか、そんな感じの圧だ。
そこで私は、腰から計算尺を取り出した。
「なんだ、例の計算尺じゃねえか」
「はい。ですがこれ、この先もう、何の役にも立たない時代になってしまうんです」
「だろうな。俺は使ったこと、ないぞ」
「だから問題なんです。私はひたすら、計算尺を使って様々な計算ができるよう訓練してきました。ですが、ここではそれらは皆、すごい計算機が全部やってしまう。そんな時代で私はどう生きればいいのかと……」
そう語ると、ジョッキに入れたお茶をグイッと飲み干した魔女が語りだした。
「そういやあよ、俺がどうしてカズキと出会ったかって話、したか?」
「いえ、知りませんね」
「元々、カズキは新しい駆逐艦を考案し、それを実用化するための研究軍人だったんだ」
「えっ、でも今は艦隊司令官ですよね」
「この1000隻の艦隊が、まさにその新鋭艦だけで構成された艦隊というわけよ。で、従来艦なら1万隻で一つの艦隊だが、カズキはその1000隻を率いて自らが作り出した新鋭艦の実力を証明するために艦隊司令にされちまった、というわけだ」
「はぁ……ですが、それがどうしてレティシア殿との出会いの話になるんです?」
「その新鋭艦の1番艦、0001号艦にだけ、特殊な砲が搭載されたんだ。普通、砲撃ってのは一発撃ったらそいつが当たるか外れるかだけのもんだが、その特殊な砲は『持続砲』といって、10秒くらいビームが持続する、そういう砲だった。その代わり、3分間もの充填時間がかかるという代物だったが、たった一撃で敵の駆逐艦を100隻以上、沈めることができるというそんなとんでもない兵器を備えてたんだ」
えっ、あれほど大きな駆逐艦を、一撃で100隻以上? そりゃあとんでもない武器だ。
「だが、あのちっぽけな駆逐艦にそんな新兵器と、新型の機関まで詰め込んだ。そのおかげで、貧弱な冷却装置しか積めなかったんだよ。それで、俺の出番てわけだ」
「ええと、貧弱な冷却装置と魔女の関係が、全然つながらないんですが」
「要するに、その新型の機関がよく熱暴走を起こしたんだよ。それを俺の怪力で大きな水玉を作り、加熱した部分のみにうまく押し当ててやる。それによって冷却装置の貧弱さを俺が補ってたんだ」
「そんな面倒なことをせずとも、直接水をぶっかけてはいけないのですか?」
「機関室内でそれをやったら、ほかの機械が水浸しになって故障しちまう。だから、でっかい水の塊を操れる俺みてえな魔女の力が必要だったんだよ」
「はぁ……ですが先日は、熱暴走なんてのは起こってませんよね」
「そうなんだよ、いろいろと改良された結果、そういうのが起こらなくなったんだよ」
「あれ、それじゃあレティシア殿はその後、どうなったんです?」
「いやあ、もう用済みかなぁと、そう思ってたんだよ。ちょうど今の、おめえみてえな状態だな」
「それじゃあ、ヤブミ提督の奥さんとして粛々と……」
「なわけねえだろう。その直後に、新たなものが見つかってよ」
「新たなもの?」
「魔石っていう、赤い石だ」
なんだか急におどろおどろしいものが出てきたぞ。なんだ、魔石って。
「その魔石ってのは不思議なもんでよ、理由はわかんねえんだが、何もない空間からエネルギーを得ることができるってものだ。今の0001号艦や、この戦艦オオスの機関には、その魔石が使われている。普通ならどでかい核融合炉を何基も積まなきゃいけないが、魔石ならそいつの代わりとして使うことができるってもんよ」
へぇ、そんな不可思議なもので動いてたんだ、この艦。
「ですが、魔石なんてものが手に入ったところで、レティシア殿に何かをもたらしたってわけじゃないんですよね?」
「いや、この魔石こそが、俺の転換点になった」
「えっ、どうして!?」
「魔女が魔石に触れると、俺の持ってる魔力が一気に吸い出されて、とんでもねえ力を生み出すことがわかった。さっき言ってた持続砲も、核融合炉ならば3分かかるところを、数秒程度で充填できちまう。そういうわけで俺は、ほかに4人の魔女を集めてこの戦艦オオスの砲撃時にエネルギーをつぎ込む役目を担ったってわけだ」
「はぁ……」
まるで空想科学な話を延々と聞かされているようだが、どうやらここでは事実のようだ。つまり、その魔石のおかげで再びレティシア殿は魔女の力を再び発揮することとなったようだ。
「そういえば、『今の0001号艦』っておっしゃってましたけど、0001号艦って以前とは違うものなのですか?」
「ああ、前の0001号艦は、積まれた魔石に俺の魔力を送り込み、クロノスに突っ込ませて自爆させた。クロノスとの最後の戦いでな」
何かとんでもないことをさらっと言ってのけたぞ、この人。予想以上に壮絶な人生を歩んでいたんだな。
「てことでよ、計算尺が使えなくなったらなったで、おめえならなんか役割ができるはずだ。俺が言いてえのは、そういうことだ。だから、落ち込むな」
ずっと不思議に思っていたことがあった。あのヤブミ提督に、3人の奥さんがいるという事実、そしてその3人が皆、張り合うことなく仲良くやっているという事実に対してだ。貴族でも何人もの側室を持つ者もいると聞くが、たいていはうまくいかないことが多いと聞く。にもかかわらず、ここは3人とも生き生きとしている。
だが、その謎の回答を今、得たような気がする。この魔女は、ただの怪力ではない。なんていうか、包容力があるというか、大雑把そうに見えて人の心をつかむのがとても上手い。これが、3人で仲良くやれている理由なのでないか、と。
「ほんでよ、カズキときたら昨日の晩、俺とリーナによ……」
しかし、だ。そんな3人もの奥さんを持ちながら、それを相手にできるほどの実力、いや精力を持っているヤブミ提督もやはり只者ではない。レティシア殿の話から、それがよくわかる。
と、いつの間にか魔女ではなく、魔法少女のマリーまでいた。レティシア殿のえげつないベッドの上での営みを、熱心に聞いている。冷徹そうな顔をしているが、案外、熱いものを持っているのかもしれない。
「……なに、私の顔ばかり見て」
その私の視線に気づいたのか、マリーが私をにらみ返す。うう、ちょっと怖いな、この人。でもまあ、この短い付き合いでこういう性格の人だということはわかった。
「やっぱ、ブイヤベースてのはとんでもねえ野郎だな。こりゃあてめえらも2人目がすぐにできちまうんじゃねえか?」
「いやあ、そりゃあ難しいな。なぜか知らねえけど、カズキは死にそうな思いをした直後じゃねえと子供ができねえんだよ」
「なんだそりゃ? ブイヤベースっていうくらいだから、身体がおかしなことになってんじゃねえのか?」
海賊のミレイラ殿が突っ込みを入れているが、この人、なぜかヤブミ提督のことを「ブイヤベース」と呼んでいる。理由はよくわからない。ところで、ブイヤベースってなんだ?
「ひっさしぶりです、レティシアさん」
「おお、ヴィルティーユとオリアンヌじゃねえか」
「あら、見かけない顔の方がいらっしゃるけど……あちらが噂の、マリカさんが復活させたっていう獣人さんね」
「それよりも、こっちのちっこいのはだれなんですかい?」
オリアンヌという女は、今、手羽先で悪戦苦闘させられている獣人が気になったようだが、ヴィルティーユという小さい女は私を見るなり、ちっこいと言ってきた。私は一瞬、ムッとする。お前も十分、小さいではないか、と。
「こいつはここの星の住人で、なんでもすげえ正確な弾道計算を定規みてえな計算尺でやってのける、カルヒネンっていう計算士だ」
「そういやあ、街で噂になってましたね。定規とメモだけで重機パイロットに弾をぶち当てたっていうとんでもない計算をやってのけたやつがいるって」
「それどころか、0001号艦に直撃団を浴びせかけたって噂ですわよ。それを、計算尺だけでやってのけたとか」
「計算尺? なんじゃそりゃ」
「ちょっと調べればわかることですわ。数百年前に使われていた、アナログな計算機なのだそうです」
「おお、そうそうカルヒネンよ、こいつらがさっき話した4人の魔女の内の2人なんだ。こう見えても皆、怪力魔女なんだぜ」
「レティシアさん、私らの紹介は雑なんですねぇ」
「そうですわね。申し遅れました、私、怪力魔女のオリアンヌ・デュビュッフェと申します。以後、お見知りおきを」
「あたいはヴェルティーユ・カンブリーヴっていうんだ。こう見えても、レティシアさん以上の魔力をもってるんだぜ」
「わ、私はユリシーナ・カルヒネン准尉といいます。あの、せいぜいこの計算尺で計算できる程度の力しか……」
「あー、その定規みたいなので駆逐艦やパイロットに弾をぶち当てたんだ」
「素晴らしいじゃないですか」
「というか、おめえ、カルヒネンって名前じゃなかったんだな。ユリシーナって呼べばよかったか?」
なんだか、3人の魔女に囲まれてしまった。一方、隣のテーブルではすっかり手羽先の虜になってしまったあの白い獣人の姿があった。うん、確かに美味しい食べ物ではあるが、涙を流すほど感動するものか?
それから、レティシア殿を中心とする女子会と、シェリルという獣人にここの文化を無理やりなじませようとする集団とに分かれて延々と宴会は続く。
しかし、だ。これは私も含めてだが、あの獣人も少しづつではあるが、心にある氷のようなものを解かしているように思う。それは、この街にあふれる便利さと豊かさゆえか、それとも、ここにいる人たちの懐の深さゆえか。




