#100 模擬戦闘
「へぇ、マリカにしちゃあ、おもしれえこと、考えるじゃねえか」
「この戦いはつまり、5人のチームに分かれてこのスポンジ弾を撃ち合い、相手に当てて先に全滅させた方が勝ちということだな」
「私も、こういうのは初めてデスが、頑張るデス!」
「まあ、大船に乗ったつもりで私の指図に従ってちょうだい。勝利は、確実ですわよ」
面倒なことに、巻き込まれてしまった。マリカ少佐にレティシア殿、リーナ殿に加え、あの手羽先の料理店のアンニェリカ殿まで加えて、そこに私を入れた5人で妙な「模擬戦闘」をやることとなった。
ルールは単純。手に持った、柔らかい弾を放つ銃を持って相手方の同数の5人を狙い撃ちし、先に全滅した方が勝ちというそういう戦いだ。
で、なんでそんなところに、私が駆り出されたのか?
この戦い、当然ながら「計算機」の使用は禁止されている。弾道計算によって相手に正確に当ててしまうのは、この模擬戦闘の意図に反すると、そういう理由らしい。
が、ルール上「計算尺」の禁止が謳われていないため、私が弾道計算を担当することとなった。後の4人は、それに従って岩陰に潜む相手方を弾道計算で狙い撃つ。そういう作戦だ。
いいのかなぁ。これって、ルール違反じゃないのか? などと思いながらも、事前の持ち物チェックで私は計算尺と鉛筆、メモを取り出す。この艦内の他の人々からは、ただの定規と紙にしか見えない。どうやら手計算は良いらしい。
なお、相手はある駆逐艦の人型重機パイロットの5人組で、陸戦経験もある。こちらの女だらけ、しかも訓練経験のない我々が、普通に戦って勝てる相手ではない。
「まず、初弾を放つわよ。その弾の動きを元に、弾道計算を行ってちょうだい」
そういいながら、マリカ少佐が斜め45度で一発、放つ。私はその弾道を追う。
この試合の範囲は、縦横が50メルテ。その中に、岩陰が全部で12。そこに潜んで、相手が出てきたところを撃つ。
のだが、マリカ少佐の作戦は、岩陰に潜んでいる相手方を、真上から狙い撃つというものだ。
初速は、毎秒20メルテといったところか。20から30メルテ先の相手を狙うには、それほど遅いわけではない。ただ、弾が軽いため、空気抵抗による減速を考慮せねばならない。
「最初に、一番遠くの岩陰を狙います」
私は計算尺を取り出し、計算を始める。目測で35メルテ。無風に近い場所であるため、方位は岩のほぼ中心あたりを狙うとする。空気抵抗を考慮して、私は弾道をはじき出す。
「方位は岩の中心、打ち上げ角度44.8度!」
と、指示したものの、よく考えたらここでは目測でそれを測るしかない。が、このマリカ少佐という人物、目測でそれなりの角度を出す。
「よっしゃ、これがほんとの一撃目、撃つわよ!」
そういいながら、マリカ少佐が引き金を引く。弾着時間は、およそ3秒。
その3秒後に、ブーという音が鳴り響く。
「やった、一人命中!」
ガッツポーズをとるマリカ少佐。すると少佐は、とんでもないことを言い出す。
「私の位置じゃ、ほかの岩へは攻撃しづらいわ。リーナ、レティシア、そしてアンニェリカの3人のところへ走って、そこから他の岩陰の相手を狙わせて」
などと無茶なことを言う。えっ、私に向こうの岩まで、走れというの?
「援護するわ、頑張ってね」
そういいながら、マリカ少佐は身を乗り出し、弾をバンバンと撃つ。その少佐めがけて、向こうの残った4人が一斉に撃ってきた。
その隙に乗じて、私は隣の岩に走りこむ。そこにいたのは、あの魔女だ。
「おう、今度は俺の番かよ」
魔女なんだから、なんかその力を使ってどうにかできないものかと思ったが、そもそも射撃には何の役にも立たない力だった。あのマリーとかいう魔女少女の方が、こういう時はまだ使える。
が、それがマリカ少佐の狙いだった。銃撃の少ない、あるいは未経験者の者ばかりを使って、この模擬戦に自身のある連中をたたき、勝ち誇る。脳筋より、頭脳の方が圧倒的に強いことを証明したいんだとか。
それだけのために、アナログな計算機を駆使して、しかも高い命中精度を誇る私を見つけたため、それを利用して勝利をつかみ取ろうと考えたというわけだ。
この半ば訓練場のような娯楽を始める前に、持ち物のチェックを受けた。スマホはすべて預けなければならないが、私の計算尺とメモ、鉛筆は持ち込んでも可とされた。まあ、相手が相手だから、定規とメモくらいは良しとされたのだろう。
経験も力もない女だから、メモくらいは許してやる。そういわれたような気がして、私自身はちょっと腹立たしさを感じた。久しぶりだな、この憤り感は。
だからこそ、勝利を勝ち取りたい。
私は、ここから狙えそうな岩をうかがう。斜め右にあるあの岩陰、あそこならば行けるか。
距離は27メルテ、狙いは岩の中央。私は弾道計算に入る。
「打ち出し角度、27.9度! 狙いはあの岩の真ん中!」
と、私は攻撃目標を指示する。が、この魔女、角度というものに疎い。
「おーい、大体こんなくらいでいいか?」
といいだすが、それ、45度あるぞ。適当だなぁ、この人は。
「いやいや、もっと下です。それに、もうちょい右」
「そうか、こんなもんか」
「もうちょっと下!」
「っせえなぁ、そんな多少の細けえこたぁいいだろう」
「今、今引き金を引いて!」
なんとか狙いを定めさせて、どうにかこの適当な魔女に引き金を引かせる。弾着時間は、2秒もかからない。ブーというブザー音が鳴り響く。なんとか、命中させることに成功した。
「そんじゃ、こっからリーナのところに走れ、援護するぜ!」
そういってレティシア殿は、身を乗り出してバンバンと撃ち始める。残った相手方3人が、その魔女めがけて撃ってきた。
私が隣の岩のリーナ殿のところにたどり着く間に、ブーというブザー音が2回、鳴り響いた。どうやらあの魔女も撃たれたらしいが、その代わり一人、相打ちにもちこんだようだ。
これで残るは2人。こちらは4人。相手方も警戒して、身を乗り出してこない。
「さて、カルヒネン殿よ。私はどこを狙えばいいか?」
そう私に尋ねるリーナ殿だが、私は少し遠い岩に狙いを定める。
「ちょっと遠いですが、あの岩陰を狙いましょう」
「承知した。では、狙いを指示してくれ」
私はその岩までの距離を目測で割り出す。距離45メルテ。空気抵抗の影響を、もろに受けるな。初速が毎秒20メルテしかないこの軽い弾を、どうにかぶち当てなくてはならない。
「角度は45.1度、狙いはあの岩の中央!」
「承知した!」
そういって、銃を構えるリーナ殿だが、このお方、銃撃の経験はお持ちのようだ。剣士だと聞いていたが、銃もそれなりにたしなんでいる。それが証拠に、45度という角度を正確に出している。そして、一撃を放った。
弾着時間は、およそ3秒。ブーという命中を知らせる音が鳴り響く。これで、残る相手は一人となった。
このまま、リーナ殿に狙ってもらった方がよいと思ったのだが、そのリーナ殿が、
「最後の功は、アンニェリカに譲ろう、あの岩まで走れ。援護する」
と言うので、私はその料理人のもとへ向かうことにする。
リーナ殿と、まだ残っているマリカ少佐が援護射撃を放つ。私はあの手羽先ばかりを勧めてくる料理人のもとへと走る。
「おお、ようやく来たのデスねぇ!」
この人、料理の経験は豊富だが、銃はまったくの未経験だという。これは、一発で当てるのは難しいかな。などと考えながらも、私は最後の岩陰にこもる残り一人の方に狙いを定める。
距離は15メルテ。かなり近い。ほぼ真上に撃たないとだめだな。だが、空気抵抗による減速の影響によるずれがほとんどないのが幸いだ。私は、計算に入る。
「狙いは、あの岩の中心。打ち上げ角度は79.2度!」
と、私は指示を出したが、そういえば料理人って角度が通じるのか?
一応、戦闘経験があるというあの魔女でさえ適当だった。ましてや戦闘経験もない料理人に、射撃角度を伝えても通じないのでは?
ところがこのアンニェリカ殿は、なんと正確にその79.2度方向に銃を向けた。
「手羽先を理想的に焼き上げるため、手羽先を鍋に放り込む角度には日々、気を使ってるのデス! だから、角度合わせは得意なのデスよ!」
などと意味不明なことを口走るが、言葉通り、実に正確な角度を出せている。そして、一撃を放った。
そこで、この模擬戦闘の終了を告げる最後のブザー音が鳴り響く。我々は、戦闘経験豊富な乗員らを相手に、勝利した。
が、当然、再度持ち物のチェックを受ける。
「だから言ってるだろう! 最初に見せた通りだと!」
「いや、この定規と思われるこれが、実は計算機なのではないのか?」
相手方から、抗議があった。あまりに正確な射撃に、何かチートツールを持ち込んだのではないかと疑ってきたのだ。このため、職員が私に問い詰めてきたので、私はこう言い放つ。
「計算機ではありません。計算尺です」
「け、計算尺?」
「目盛りと滑り尺を使って、目測から得た距離と空気抵抗とを考慮し、計算したのです。これが、その時のメモです」
と、私は計算過程の書かれたメモを見せる。
「ちょっと待て……それって、数百年前には廃れたはずのアナログな計算術だろう?」
「そんなもので、あれほど正確な弾道なの計算できるはずがない」
そのメモを見ても、相手方は納得していない。だから私はその相手に、こう言い放つ。
「飛行船から強風や敵艦の移動速度、そして7900メルテ……メートルという射程の先にいる敵を、何度も落としてきたのです。こんな無風で、しかも高々50メルテ程度の目測で距離が割り出せるほどの簡単な戦場ならば、狙い撃つことなど造作もありません」
「そうだそうだ、こいつ、こう見えてもちょっとイカれた計算術を使うやつだからな」
「そうですわ。計算尺を使うなとは、ここのルールには書かれてませんからね」
で、それからなぜか私は計算尺を用いた計算を行って見せることとなる。そのうえで、その相手方のパイロットの一人に、実際に標的に向けて私の計算通り、撃ってもらった。35メルテ離れた空き缶という、幅が10サブメルテほどの標的相手に撃ってみたが、見事に命中する。
と、いうことで、この戦闘記録は正当なものであると認定された。確かにルール通りだし、戦闘未経験者までいるこの5人組が、戦闘経験の豊富な5人を相手に勝利に導いた。それがこの計算尺という、人の力量が問われる計算術を用いての結果ということが、その理由だ。
「で、貴官は本来の任務である獣人の件を放り出して、模擬戦闘で遊び惚けていた、と?」
ところがだ、それを知ったヤブミ提督に呼び出された我々は、早速、提督から苦言を受ける。
「別にいいじゃねえか。仕事中にやったわけじゃねえんだしよ」
「そうだぞ。しかも、我々にとってはいい経験であった」
「できれば、妾も参加したかったぞ。さぞかし、痛快であったであろうな」
「いや、僕の側から見れば、人型重機パイロットのやる気をそいでしまったんじゃないかと、そちらの方が心配になる。素人に負けたとなれば、士気にかかわるだろう」
「その点は大丈夫であるぞ、カズキ殿。なにせ相手も、このカルヒネン殿の計算術に舌を巻いておった。皆、納得して帰っていった」
「うーん、それならばいいが……」
リーナ殿のこの一言で、ヤブミ提督からのおとがめはなしということになった。が、そのうえでさらにマリカ少佐が話を続ける。
「提督はただのお遊びだと思われているかもしれませんが、ちょっと、確認したいことがあったのですよ」
この意外な一言に、早速ヤブミ提督が尋ねる。
「なんだ、その確認とは?」
「私の、仮説検証の一環とでも言いましょうか。彼らの力をはるかに上回る遺跡を、軟弱な火薬式の兵器のみで破壊した。その腕が本物かどうかを検証すると同時に、とある私の仮説により自信を抱いてきましたの」
「だから、その仮説とは何なのだと聞いている」
「今はまだ、申し上げられませんわね。もうちょっと、確証のある証拠が出てこないと。ですがこれは、あの白い艦隊の謎、そしてウラヌスやクロノス、アポロンらが最終的に互いに存在することの意味につながる、そんな謎が解けるかもしれないのです」
「互いに存在する意味? 何のことだ」
「クロノスも、ウラヌスの白い艦隊も、何万年もたった今でも生み出されて戦い続けている、そんな集団なのですよ。それが双方存在し合うことで、予想外の効果が生まれているのではと、そう感じているのです」
「なんだ、その予想外の効果とは?」
「その前に、あのウラヌスの謎を抱えた獣人をなんとかしなくてはいけませんわね。話は、それからですわ」
「つまり、何が言いたい?」
「今の段階でその話をしたところで、ここには今の提督のように理解すらできないおバカさんばかりしかいないのですから、焦らず待ちましょう」
本当にケンカを売るのが得意なやつだな。人の神経を逆なでするというか、それが上官であってもお構いなしだ。
「まあいずれ近いうちに、その謎をお話しする時が来ると思いますわ」
「近いうちって、どれくらい先だ」
「まあ、せっかちですわねぇ。何事も、タイミングを誤るととんでもないことになりかねませんわ。ともかく、あのシェリルとかいう獣人を、アマラ兵曹長が手なずけてくれないと先に進みようがありませんわね」
どうもマリカ少佐は、この宇宙に存在する大きな謎の解明に取り組んでいるようだ。だが、私の計算士の腕が、その謎のどこに関わるというのか? この人の考えていることはよくわからない。
しかし、だ。私はなぜか、このマリカ少佐という人に気に入られてしまったようだ。
「えっ、こんなすごい計算ができるんですか!?」
「この一つ一つが恒星で、数百億個の点の集団が互いの重力で引きあいながら、いずれ合体するというシミュレーションよ。実際にほら、こんな感じにぶつかり合っている銀河の写真があるのよ」
弾道計算どころではない。数百億個の星々の動きすらも高速に計算できるという計算機が、この研究施設にはおかれているという。
「す、すごい計算機です! これがあれば、どんな現象でも予測ができるのではないですか!?」
「この計算機自体が、この宇宙で最も優れた計算機ってわけじゃないわ。この戦艦オオスの中では最高性能ではあるけれども、もっとすごい計算機もあるのよ」
「ならば、明日には何が起きるかまで予測可能なのではありませんか?」
「ところがね、そうはいかないのよ」
「な、なぜですか? ここまで素晴らしい計算機があるというのに」
「不確定性理論、というものがあるの」
「不確定性?」
「そう。例えばこの計算機で、あなたが明日、あるお店の前で転ぶと予測できたとするわ。それを知ったあなたは、どうすると思う?」
「そりゃあ当然、気を付けますね」
「でしょ? 未来が変わってしまうのよ。本来は違う意味だけど、そんなようなものよ。だからこの世は、どこまで行っても不確定な未来しかありえないの。せいぜい、意思を持たない星の動きや弾道を予測するのが精いっぱいね」
うーん、宇宙ではもう、そんな段階まで計算科学が到達しているのか。目の前でちかちかと光を放ちつつも動くその大型の計算機を眺めながら、私はふと思う。
ふと、私は手元に握りしめた計算尺を見て、思う。
未来は不確定だと、マリカ少佐入った。が、確定していることが一つ、ある。つまり、イーサルミ王国でもこの計算尺が役に立たなくなる時代が、もう間もなくやってくるということだ。
いや、それだけではない。ヴェテヒネンですらも不要になる。ヘリウムを持っているかどうかなど、各国の国力差に何ら影響を与えない時代になってしまう。
それどころか、国同士争っている時代ではなくなるだろう。なにせ宇宙には、1000を超える星々があるのだから。我々の地球は、その一つに過ぎない。
ヤブミ提督から、こう伝えられていた。その我々の星は近々、地球1054と呼称されることになるそうだ。そうなると、イーサルミ王国だのオレンブルク連合皇国だのフロマージュ共和国だなどと、気にしている時代ではなくなる。
同じ星の上で、手を組みあわなければ、我々はやられてしまう。
そのとき、私は何をすればいいのだろうか?




