#10 嫌がらせ
「そうか、白い艦隊はまだ見つからないか」
『はっ、周辺3000万キロ以内には白い艦隊どころか、船一隻、ワームホール帯ひとつ見当たりません』
「了解した。だが、ここに逃げ込んだことは間違いない。もう少し、探索にあたれ」
『はっ!』
僕はメルシエ准将より報告を受ける。周辺宙域には今のところ、あの白い艦隊の艦艇が全く見当たらないという。だが、あのワープポイントの先にこの宙域がある以上、ここを通過したことは間違いない。だから僕は、更なる探索を下令する。
今のところ、緊急事態と言えるものはこの星の地上で行われている睨み合いくらいのものだ。僕は立ち上がり、艦橋の窓から外を眺める。
いい天気だ。雲ひとつない、まさに快晴。気温も20度を超え、程よく暖かい地上。だが、その晴天下で行われているのは、刀と鉄砲、そして大砲まで所有する10万と1500の兵の睨み合い。とても穏やかとは言えない。
折しも、この城下に流れる細い河の岸には、桜の花が植えられている。それが今、満開を迎えているところだ。我々の知る桜とは少し違い、やや花に赤みが強いものの、それが桜であることは違いない。本来ならばこんな争いなど止めて、あの木の下で花見でもしたいところだ。
そういえば、オオスの周辺でも花見が行われて……いや、そんなわけないな。そういえばナゴヤはまだ1月だった。花見の季節までまだ2か月はある。季節がずれていると、どうも感覚が狂う。そういえばダニエラの故郷である地球1010のペリアテーノ帝国は今頃、夏の真っ盛りなはずだ。どちらも、外に出るにはいい季節。2人の子供らも、外に連れ出してやりたいものだ。
「おい、カズキ。いい天気だし、子供らを連れて地上へ行こうぜ」
と、そこに僕と同じことを考えているやつが現れる。僕は応える。
「いや、レティシアよ、地上に行くって言ってもだな……下は戦場だぞ」
「構わねえよ。今は戦闘してるわけじゃないんだろう? このまま、狭い艦内に閉じ込めておく方が可哀想ってもんだぜ」
と、レティシアは主張する。当の2人の子供らは、艦橋の窓に寄りかかって外を眺めている。あの短い足で踏ん張りながら地上の様子を興味津々でじっと見つめる息子と娘を見ていると、レティシアの言うこともよく分かる。
「なら、行くか。ちょうど今は、リーナも下にいることだし」
「おう、そうとなればすぐに出発だ。おいユリシア、エルネスティ! 下に降りるぞ!」
レティシアのこの掛け声に、子供らは振り向く。言っている意味が分かるのか、ユリシアは満面の笑みでこう応える。
「だーっ!」
一方のエルネスティはといえば、黙ってレティシアの方を向いただけだ。いや、明らかに表情が緩い。いつもの硬い顔つきではないな、多分、嬉しいのだろう。2人は窓伝いにひょこひょこと歩くと、レティシアの方へと歩み寄る。その2人を、僕とレティシアが抱き上げる。僕はエルネスティ、レティシアはユリシアを抱いて、格納庫へと向かう。
だが、この歳で駆逐艦デビューとは、なんという因果に巡り合わせた子供らであろうか。しかもこれから戦さの只中に向かおうと言うのである。波乱含みな0歳児だな。そんな子供を2人抱えたまま、僕とレティシアは哨戒機にて地上に向かう。
すでにこの城の上空に達して、3日目になる。リーナは頻繁に地上に降りて地上支援を指揮している。そういうのはブルンベルヘン少佐がやっているから、別にリーナがいなくても……と思うのだが、あのマツ殿やこの城の首脳部らと我々の支援部隊との間の会話には、リーナがいないと通じないことが多い。
「まもなく、地上に達します」
僕の乗る哨戒機が下降を始める。下を覗くと、城郭のあちこちに建てられたテントが見える。食糧の配給、治療、入浴場……もしかすると、外にいる10万の兵士達よりも、ここに閉じ込められた1500の兵の方が贅沢な環境にあるのかもしれない。
地上に到着し、ハッチが開く。僕が降りると、数人の士官が整列して敬礼する。僕が返礼で応えると、周囲にいる城兵達も頭を下げる。
「おう、みんな元気かぁ!?」
「だーっ!」
と、レティシアが2人の子供を抱えて降りてくる。そういえば、レティシアがここに降りるのは初めてだな。銀色の髪の毛を持つこの魔女に、一同は唖然とした顔で見つめる。
が、レティシアというやつは、不思議なものだ。
それから10分もすると、いつの間にかその城兵らと笑いながら会話している。あの懐の深さは、レティシアの強みだな。怪力だけではない。
「んでよ、カズキのやつ、産まれたばかりのユリシアを恐る恐る抱いたら……小便引っ掛けられて、ますますビビっちまったんだよ。司令官のくせに、可笑しいだろう?」
「わはは、赤子も頼もしいが、それは将軍様も災難でしたなぁ」
が、そのネタに、僕の黒歴史を使われていることは少々気がかりではあるが。
「あの、将軍様」
「……はい、なんでしょう?」
「さっきあの小屋でこんなもの頂いたんですけど、これは食えるんですかねぇ?」
「ああ、これはたい焼きと言ってですね、このままかぶりつけばいいですよ」
「ええーっ!? こ、この木彫りみてえなのに、そのまま食いつくんですかぁ!?」
僕はそう、兵士に説明する。しかしなぜ、たい焼きなど配っているのか? リーナのやつ、自分の食べたいものをリクエストしているだけじゃないのか。ここは無難に大判焼きにすればよかったのではないか? おっと、この食べ物の名前はなにかと論争の種になるから、それは避けた方がいいか。
ところで僕はなぜかここでは「将軍様」と呼ばれている。階級が少将だからだろうが、それにしてはちょっとむず痒い呼び名だ。トンカツ屋の店主に「大将」と呼ばれたことはあったが、あれ以上にどこか大袈裟な響きを感じるからだろう。
さて、レティシアのやつはといえば、話が盛り上がってとうとう怪力まで披露し始めたぞ。そばに置かれている水タンクを片手で持ち上げ始めた。驚く兵士達を前に、まさに怪力魔女の本領発揮というところだろうが、あんなものを見せて何が楽しいんだか。
さて、この城内にも徐々に笑顔が戻り始めている。重篤な怪我人は駆逐艦内へ運び、軽傷者は城内にとどまって外の軍勢の見張りを交代で続けている。
そんな和やかな城内だが、見張りの兵の一人が叫ぶ。
「城外にて、不穏な動きあり!」
ちょうど僕は、あのたい焼きを一つもらってそれに食いついたところだ。この知らせを受けて僕は、近くにいたデネット少佐を呼ぶ。
「デネット少佐」
「はい、なんでしょうか?」
「何やら、城外にて動きがあるらしい。捉えられるか?」
「やってみます」
僕に敬礼すると、デネット少佐はすぐに人型重機に乗り込む。重機は浮上し、ぐるりと辺りを見渡す。そして、機上から僕にこう連絡してくる。
『こちらテバサキ、正面の川沿いの木々の下に、なにやら集結しつつあります』
「集結? そんなところで、何をしているのだ」
『いえ、ここからでは分かりませんね。偵察隊による観測を進言いたします』
しばらく動きがなかったが、どうやら何かを始めているようだ。だが、前線ではなく後方、しかもあの桜の木々の下で何かを始めているとのことだ。まったく意図が読めない。
ともかく僕は、駆逐艦に連絡をする。さすがに偵察隊による観測は、相手を刺激し過ぎる。艦に乗せられた光学観測にて観察するにとどめておこう。そう思った僕は、その川沿いでの動きを観測させる。
やがて昼過ぎとなり、その動きの詳細が判明する。
「なんだって!? 花見の準備だと!?」
『はっ、敷物を広げ、豪華な着物を着た商人や武士を集め、続々と飲食物が運び込まれております。どうみても、宴会を始めようとしているとしか思えません』
何を考えている。いい天気だし、確かに花見には最適な日だとは思うが、まさか戦場でそれを始めるとは思わなかった。あのトクナガという将軍、何を考えている?
と、そこにマツ殿が現れる。
「ヤブミ将軍、城外にて不穏なる動きありと伺ったが?」
マツ殿の姿は、赤い下地に群青色の帯、その表面には桜の花や酢漿の葉、すなわちクローバーの葉の模様が縫い込まれた着物を身に纏っている。オオスで行われる花魁道中で見られるような派手な着物。先日出会った時のような、あの戦闘態勢丸出しなたすき付きの着物姿とはうって変わって豪華な出立ちだ。
「はっ、どうやらあの河岸の桜並木にて、宴会を始める模様とのこと。この戦場の只中にあって、なぜ花見でも始めようと思ったのか、今、その意図を探っているところです」
「なんじゃと! 花見じゃと!?」
僕の報告に、驚くマツ殿。確かに異様な行動ではあるが、ちょっと驚き過ぎな気もする。
「あの、何か気がかりなことでも?」
「当然じゃ! あれは我らに対する当てつけではないか!」
「えっ? 当てつけ?」
「我らは今、包囲された城内にあって外に出られぬ。それを知るトクナガ公は、そんな我らに向けて花を楽しもうとしておる。つまり、花見をすることも叶わぬ我らに対する当てつけじゃ」
ああ、なるほど、そういう解釈もできるな。言われてみれば、我々の歴史でも似たようなことをやって、籠城する敵を挑発した武将がいたな。
これはまずいな。いくらここの城の環境が改善されつつあると言っても、花まではない。こちらの文化では、籠城して身動きが取れない相手に花見という娯楽を見せつけることは、最高の嫌がらせのようだ。だからこそマツ殿は憤慨している。あの花見が始まれば、兵士達への心理的影響は避けられないだろう。
「なんだと!? また嫌がらせが始まるというのか!」
同じく、憤慨しているのはリーナだ。
「で、カズキ殿、何が始まるというのか!?」
「……ああ、あちらの軍勢が、外で大規模な花見を始めるようだ」
「花見? なんだそれは」
「リーナも一度、ナゴヤで経験してるだろう。桜の花を鑑賞しながら、その下で団子や酒を楽しむ宴会のようなものを」
「なんだと!? 我らに宴会を見せつけようというのか! おのれ、私とてここでは食べるものも我慢して動いているというのに、なんという下劣なことを!」
食べるものを我慢って……お前ここで、カップ麺やたい焼きをどれだけ食べているんだ。あれで我慢していたのか?
いや、そんなことはどうでもいい。リーナですら、あれを見て憤慨するのか。やはり心理的な影響が想像以上に大きいことがわかる。もっとも、リーナの憤慨しているポイントが、マツ殿とは随分とずれている気がするが。
「おう、リーナ、何怒ってるんだ?」
「おお、レティシアか! 聞いてくれ、外のやつらが花見を始めると聞いたぞ!」
「はぁ? 花見だって?」
「そうだ! 我らがこうして城で我慢に耐えているのをいいことに、あの連中、嫌な手段に訴えてきたぞ!」
「うーん、花見か……言われてみりゃあ、相当な嫌がらせだなぁ、おい」
レティシアですらも嫌がらせと思うか。そういえばリーナのやつが先日、城外からの挑発に対して、礼を失する行為だと論破していたな。つまりあの花見は、リーナの言葉に対する、彼らの返答でもあるようだ。挑発ではあるが、礼を失する行為とまでは言えない。つまり、上品な嫌がらせか。
とはいえ、直接的に挑発してくるわけでも、攻撃を仕掛けてくるわけでもない。あの嫌がらせを、我々はただ見過ごすほかないだろう。僕はそう考えたが、レティシアが当然、こんなことを言い出す。
「おいカズキ、そんじゃ俺らも対抗しようぜ」
「は?」
何を言い出すんだ、こいつは。対抗するって、何をしでかすつもりなのか?
「対抗って言ってもだな、こんな狭い城内に、まさか桜の木でも持ってくるといい出すんじゃ……」
「花咲か爺さんじゃあるまいし、そんなことできるわけねえだろう」
「じゃあ、何をするんだ」
「オオスをここに、呼び寄せるんだ」
「オオスって……まさか、戦艦オオスのことか!?」
「おうよ。で、そいつにどでかいホログラフィックを映させてよ……」
突拍子もないことを言い出すレティシア。その提案を聞いて、僕は反論する。
「ちょっと待て、レティシア。いくらなんでも、あんな馬鹿でかい船を呼び寄せたら、それこそ相手にいらぬ動揺を招きかねないぞ」
「はぁ? あっちはこっちを動揺させようとしてるんだぜ。それくらい、構わないだろう」
「だけどなぁ、それだけ大きな映写システムなど、すぐに備えられるわけが……」
「いえ、提督。2時間もあれば可能ですよ」
レティシアの途方もない提案を聞かされ、僕はそれに反論していたが、それを聞いたブルンベルヘン少佐が割って入る。
「いや、ブルンベルヘン少佐。そんな映写機、地球001から取り寄せないと、ここにはないだろう」
「いえ、すでに搭載してあるんです、あの旗艦に」
「……ちょっと待て、なぜそんなものが、旗艦に?」
「まったく文明の異なる白い艦隊の本拠地に迫ろうとしていたんでしょう? でしたら、もしかすると戦艦オオスで巨大な立体映像を映し出して、我々の文化を見せつける必要があると思っていたので、予め準備していたんですよ。なんならついでに、コンテンツも用意しておりますよ」
おかしなことを言い出す補給担当の少佐だ。異文明の相手に、立体映像を見せる準備までしていたと、この士官は言い出す。なんて準備の良さだ。いや、何かのアニメの影響を受けていないか?
「で、もしかするとその話、ヴァルモーテン少佐も承知しているのか?」
「承知も何も、この作戦はアウグスタ……いえ、ヴァルモーテン少佐が言い出したことです。私もそれに賛同し、備えていたというわけですよ」
なんだこのバカ夫婦。本当にアニメのような展開になると考えていたのか。そんな発想のためだけに、数百メートル級の立体映像用映写機を搭載するなんて……まあいい、せっかくそんなものがあるのならば、それを使おうじゃないか。僕はそう決断する。
「ではブルンベルヘン少佐、直ちにその映写機を取り付け、オオスを呼び寄せあの花見に対抗する」
「はっ!」
「以降、当作戦名は『オダワラ返し』と命名する。現時刻をもって、オダワラ返し作戦を開始する」
「はっ! 承知いたしました!」
レティシアの発案で始まった作戦が、今、動き出す。すでに城外ではその嫌がらせのような宴会が催されている。それを郭の隙間から眺める、多くの兵士達。
僕が考えている以上に、あの宴会の心理的影響は大きそうだ。ならば我々もあれに対抗せねばならない。ちょうどあれは、ヒデヨシ公がオダワラの城に篭っていたホウジョウの軍勢の士気を下げるために行った茶会によく似ている。籠城する側の士気を下げるだけでなく、城外にいる兵士らの士気を上げる。ならば我々も、あれに対抗するべく派手な作戦に出るほかあるまい。
◇◇◇
ヤブミ将軍は、何やら策を巡らせているようだ。それを「オダワラ返し」などと呼んでおるが、何を始めるつもりであろうか?
まさか外の花見に対抗して、ここに花を咲かせるつもりではないだろうな? いや、あやつらならばやりかねない。なにせ空に岩の砦を浮かばせるほどの技を持っておる。妾の持つ常識など、通用せぬ。
しかし、外では宴も酣、その笑い声がこのオオヤマ城の本丸にまで届くほどの盛り上がりぶりである。あれに対抗するなど、できるのであろうか?
「提督! 戦艦オオス、まもなく到着します!」
ブルンベルヘン殿が、ヤブミ殿に向かって何かを告げておる。どうやら、こちらの策が動き始めたようだ。
が、すでに日は傾き、赤い夕焼けが西の空に見え始めておる。まもなく夜だというのに、これから一体、何をするというのか?
と、その夕焼けの光を覆い尽くすほどのものが、突如、我らの目の前に現れる。
……なんじゃ、あれは?
空に浮かんでおる、20の駆逐艦と呼ばれる船。あれすらも遥かに上回る大きさの船が、目の前からゆっくりと迫ってくる。そして、この城の上で止まる。
が、それはこのオオヤマ城の外堀のあった辺りをも乗り越え、花見の宴を催しておるオオグチ川の岸の真上をも覆い尽くす。
なんという船じゃ。妾はヤブミ殿に尋ねる。
「や、ヤブミ殿よ、あれはなんと申す船であるか?」
「あれは我が第8艦隊旗艦、戦艦オオスですよ」
「戦艦……オオス?」
「僕の生まれ育った街の名前をつけた船です。全長3200メートル、収容艦艇20隻、通常型主砲15門、そして100メートル級の大型特殊砲を2門備えた戦艦ですよ」
ヤブミ殿はさらりと言うが、この城をも超える巨大なる空の砦。いや、あれは砦どころではない、難攻不落の空中城である。
「ヤブミだ。現時刻をもって、オダワラ返し作戦を開始せよ!」