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郷愁のクリスマス

作者: 希矢

 クリスマスの日。久しぶりに家に帰る父親のため、少女は母親と一緒に料理をして待っています。そんな少女の耳に届いたのは、ベルの音でした。

 これは、とある家族のささやかな幸せの物語です。


※本作品は、なろうで公開している長編小説「カルタータ」の番外編です。ただし、とある人物の過去話のため、物語の繋がりはありません。

 クリスマスが近づいてくると、ワクワクが止まらない。


 いつもは家を空けてばかりのおとうさまも、クリスマスの時期だけはちゃんとおうちに帰ってきてくれる。本当のことをいうと、わたしには、それがどんなものよりも嬉しいクリスマスプレゼントだ。






「さぁ、お料理を手伝って」

 おかあさまの声に、わたしは「はーい」と声を張る。クリスマスの時期は、こうしておとうさまが帰ってくるまで、お料理を手伝う約束だ。キッチンに行くと、おかあさまがにこにこしながら、待っていた。

「ほら、お料理の前にまずはお手を洗いなさい」

 おかあさまの言葉に、わたしは大きく頷いた。

「はぁい」



「ねぇ、おかあさま」

「あら、なぁに?」

 わたしは、子供用包丁で人参をきりながら、ずっと前から気になっていることを聞いてみる。

「どうしてクリスマスのときは、おりょうりをするの?いつもはベラたちがやってくれるじゃない」

 いつもお料理をしてくれるベラは、逆にクリスマスになるとおうちに帰ってしまう。だから、クリスマスは楽しい気持ちと一緒に、少し寂しい気持ちも運んでくる。最も、普段会えないおとうさまに会えるのだ。わたしからしたら、その気持ちが大きすぎて、嬉しくなってしまう。


(だから、ごめんね。ベラ)


 心の中でベラに謝ってから、おかあさまの答えを聞く。


「あら、そんなものは決まっているでしょう。あなたのおとうさまは、私の手料理が大好きだからよ」

 胸を張って、誇らしげに。普段はきりっとしているのに、そんな仕草をするおかあさまが、何故か可愛くみえてくるから不思議だ。

「ほら、次はスープを作りましょう。どういうものが良いかしら」

「おとうさまがすきなやつ!」

 わたしの提案に、おかあさまが嬉しそうに手を合わせた。チーズスープは、おかあさまの得意料理でもあるのだ。

「チーズスープね。ふふ、そうね。そうしましょう。さぁ、手伝って」

 わたしは、思いっきり頷いた。

「はぁい!」


 チーズスープは、わたしも大好きだ。あたたかくて、まろやかな味がする。特におかあさまが作るチーズスープは、冬のお野菜がいっぱい入っていて、賑やかだ。スプーンでくるくると混ぜると、お野菜たちがゴロゴロと顔を出して、見ているだけで楽しい気分になってくる。




「うん、味はばっちりね」

 おかあさまが味見をして、満足そうな顔をした。お料理はこれで全部だ。最後のチーズスープも、満足のいく出来らしい。お野菜を切るのはわたしも手伝ったので、二人の力作だ。

「おかあさま、おりょうり、ならべる?」

 わたしが、お皿に盛り付けられたお料理について聞くと、

「えぇ、お願い」

 とおかあさまの声が返ってくる。

「落とさないようにね」

 トレイにお料理を乗せるわたしを見て、心配そうな声を掛けてくるが、わたしは「だいじょーぶ!」と返事をした。

 前に、チーズスープを溢したことがあってから、おかあさまはとても慎重だ。

 食卓にお料理を並べていく。フォークにナイフ、そしてスプーン。飲み物に、チキン。サラダに、チーズスープ。並べていくだけで鮮やかになっていく食卓が、何だかいつもと違ってみえた。まるで、食卓からクリスマスが運ばれてきたかのようだ。


 そのとき、遠くでベルの音が鳴った。


「あ、おとうさま!」

 わたしは大慌てでお料理を並べ終えると、玄関へと駆け込む。おかあさまは、今ごろクリスマスケーキを作っているから、きっと扉を開けられない。

 玄関にたどり着くと、すりガラスの扉の向こう側に、黒いシルエットが見えた。

 わたしは扉に駆け込むと、何度も飛び上がって錠を開けようとする。錠はわたしには少し高い位置にある。踏み台が欲しかったが、それは食卓に置いてきてしまった。


 カチャリ。錠が開いた途端、扉が開いた。


 わたしは慌てて後ろに下がる。以前、ぼんやりとしていたら頭を扉にぶつけてしまったことがあったからだ。


「お帰り、愛しの娘よ!」


 久しぶりのおとうさまの声に、喜びで胸がいっぱいになった。


「わぁ!おとうさま、おかえりなさい!」

 おとうさまへと駆け込もうとしたわたしは、感嘆の声を上げた。

「すごい、すごい!プレゼントがいっぱい!」

 おとうさまがプレゼント箱を何箱も抱えて入ってくる。その両手に収まりきらないほどの量で、おとうさまが潰れてしまいそうだ。

「まぁ、あなた。お帰りなさい。……でも、ちょっと買いすぎよ?」

 ちょうどやってきたおかあさまが、わたしの後ろで、呆れた声を発した。そんなおかあさまに、おとうさまの笑顔が若干引き攣る。怒られると思っているのだ。

「久しぶりの我が家なんだ。ちょっとぐらい、良いじゃないか。それに、こっちのでっかいのは、買ってきた物じゃなくて貰いものだ」

 言い訳がましいおとうさまに、わたしはきょとんとする。

「もらいもの?」

 おとうさまは途端に笑顔に戻って、わたしの方を見る。ごわごわのおひげがわたしの手の届く高さまで下りてきた。

「そうだ。私のお仕事先の友人からのプレゼントだ。前に一度だけ会ったと思うんだが、覚えているか?」

 わたしは記憶を遡る。思い出せず、きょとんとした。

「ふふ、あいつも浮かばれないな」

 と、おとうさまは何故か嬉しそうに苦笑する。

「お礼、言わないといけないわね」

 おかあさまの言葉に、頷いた。

「そうだな」

 それから、少し困った顔を浮かべる。

「……ちょっと重くてね。早く中に入って下ろしたいんだが」

 そのとき、一番上の箱が若干滑った。落ちそうになって慌てて支えるおとうさまを見て、おかあさまが笑っている。

「まぁ、大変。早く入りましょう」

 あまり大変じゃなさそうな口調でにこにこしているからか、「勘弁してくれよ」とおとうさまが困り顔だ。

 それでも、何故だか嬉しそうな二人をみていて、わたしもすっかり嬉しくなってしまった。


「おとうさま、みてみて!わたし、おりょうり、てつだったの!」

 廊下を歩きながら、早くつくったものをみせたくて、おとうさまをせっつく。

「おぉ、偉いじゃないか」

 そんな風に褒めてくれるのが、とても嬉しくて、誇らしい。

「きょうは、クリスマスだから!」

「……クリスマス以外でもお手伝いはしていいのよ?」

 胸を張ったわたしに、おかあさまが突っ込む。

「うー……」

 思わずうなってしまったわたしに、おかあさまが笑った。

「ベラも喜ぶと思うわよ?それに、お料理が趣味になってくれると私も嬉しいわ。もう少し、人参もちゃんと切れるようになってほしいもの」

 まるで人参を切るのが下手だと言われているかのようだ。わたしは、頑張って切った、でこぼこの人参たちを思い出す。おかあさまが後で何やら形を整えていたことは知っている。

「うー……」

 もう一回唸るわたしを、おとうさまがかばった。

「ははは、いいじゃないか。お料理ができなくたって、可愛い子供が作ってくれたものは何でも食べるつもりだ」

 そっち側に庇われても、あまりうれしくないのだ。

「う!おりょうり、できるようになるもん!」

 わたしの宣言に、二人は笑った。なんだか、言い様に言いくるめられてしまった気もする。


 それでも、食卓についたわたしは、早速おとうさまにひとしきりお料理をみせると、これでもかと褒めてもらった。特にチーズスープが好評で、これなら料理人にもなれるぞと言ってもらえる。大きな手で頭をなでてもらうのが、とても心地よい。

 それから、待望のプレゼントを開けていく。可愛らしいお洋服に、絵本、玩具。いろいろなプレゼントに、嬉しくなってその場でくるくる回ってしまった。








「あら?まだ眠らないの?」

 椅子に座って足をぶらぶらさせながら書いていると、おかあさまがやってきて言った。楽しかった時間はあっという間に過ぎてしまった。ご飯も食べ終わり、プレゼントもお部屋に一旦持ち込んである。お風呂にも入って、後は寝るだけという時間に、わたしはリビングでお手紙を書いていた。

「うん、あのね。クリスマスがどうだったかかいてるの。こうしておてがみをかけば、さびしくないかなって」

 その説明で、おかあさまは理解したようだ。

「あぁ、お友達にね。確かに、こんなときでも執務でお忙しいというから、一緒にいてあげることもできないのね」

 何かを悟ったような言い方に、わたしはわかってくれたと思って、頷いた。

「うん、だからおてがみをかくって『やくそく』したの」

 おかあさまはわたしをみて、にこりと笑った。嬉しそうな表情に、一緒になって嬉しくなる。

 それから、おかあさまは、「あら?」と首を傾げる。

「でも、まだ文字を書けないわよね?」

 わたしはきょとんとした。

「え?こないだおぼえたよ?」

 それで悟った顔をするおかあさま。

「そうよね。その文字しか書けないものね。……読めるのかしら?」

 よくわからず首を傾げたままのわたしに、おかあさまは少し気を取り直した。

「まぁ、御つきの人が読めるかしら。それより、お手紙はいいけれど、いつまで起きているつもり?夜更かしはだめよ」

 はっとした。お手紙を書いているのには、実はもう一つ理由があるのだ。

「だめ、わたし、ねないもん」

 お手紙は、眠くならないようにするための作戦の一つなのだ。

「まぁ、夜更かしする子は悪い子よ?悪い子のところにはサンタさんは来てくれないわ」

 わたしは首を横に振った。

「そんなことないもん。わたし、サンタさんにあってプレゼントをもらったら『ありがとう』っていうもん。おれいをいえる子はわるい子じゃないって、おかあさまが、まえにいってた」

 精一杯主張するわたしに、「あら」とおかあさまが笑った。

「そういうことばかり覚えて。それなら、止めないわ。でも、眠くなったらちゃんとベッドに入るのよ」

 わたしは、元気に返事をした。

「はぁい」


 ところが、お手紙作戦は失敗だった。お手紙を書いているうちに、眠気がこみあげてきたのだ。

 うつらうつらするわたしに、おかあさまの声が掛かる。

「眠いなら、お部屋に戻って寝るのよ」

「ねないもん。もうすこし、がんばる」

 おかあさまは、それ以上何も言わなかった。そっとわたしから離れると何処かへ行ってしまった。

 暫くして、珈琲をいれだしたのか、キッチンからいい匂いが漂ってくる。

「おてがみも、あとすこしだもん」

 今日のお料理のことや、プレゼントについても書いた。あとは、サンタクロースのことを書いたら、完成なのだ。


『わたし、がんばっておきるね。それで、サンタさんにあったらおれいといっしょに、おねがいごともするよ。まーちゃんがさみしくないようにしてって』


 そう、書いていたつもりだった。気がついたら、わたしの意識は落ちてしまったのだ。


「まぁ、結局ここで寝てしまったのね」

 おかあさまが、おとうさまと一緒に戻ってくる。ミミズが這うような文字が手紙に書かれているのをみて、くすりと笑った。これでは書き直しだろうと思ったに違いない。

 それから起こそうとするおかあさまを、おとうさまが制した。

「起こすのは可哀想だろう」

「でも、ここで寝るのはお行儀が悪いわ」

 おかあさまの反論に、「どれ」とおとうさまがわたしの身体を持ち上げる。

「うん、ぐっすりだ。眠り姫は、私が運ぶとしよう」

 おかあさまはにっこりと笑った。

「ふふ、助かるわ。あれだけ持ってきたのに、まだプレゼントを隠しているなんて、さすがは、サンタクロースね」

 茶化すように言われて、おとうさまは肩を竦めた。

「何のことだか、分からないな」

 おかあさまは、いたずらをする子供のような顔で、おとうさまをせっつく。

「そういうところ、本当に昔から変わらないんだから」

 そうして、おとうさまのために、子供部屋に続く扉を開ける。

「全く、君には勝てないよ」

 おとうさまは肩を竦めると、わたしを抱いたまま廊下へと踏み出した。




 部屋まで運ばれるまどろみのなか、声が聞こえた。その声は、優しさに満ち溢れていた。


「いつも笑顔をくれる君に、プレゼントをあげよう」


 それは、きっとサンタクロースの声だ。

『わたし』は、そう解釈する。やっぱり、サンタクロースは来てくれたんだ。

 でもまどろんでいる『わたし』は、夢の中で、サンタクロースがそうやって声を掛けてくれたことに満足してしまって、言いたいことは言えなかった。


 それでも、優しく微笑むサンタクロースは、愛おしいものを愛でる声で、『わたし』を祝福する。




「メリークリスマス、オリニティア」




 愛しき君に、最高のクリスマスが訪れますように。


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