騎士だった頃の話2
【バレンシア王城内 エリシア私室】
ベッドの中、エリシアは今までの人生を反芻していた。
戦争を終わらせるため、先陣に立ち戦いに明け暮れた日々。
辺境の地を守るため、攻めてくる魔物や蛮族と戦った日々。
市民の平和の為、盗賊や山賊等を討伐していった日々。
他にも色々なことがあったと思う。
時には嫌になり、全て投げ出したくなる時だってあった。
それでも頑張れたのは、いついかなる時でも側に彼がいてくれたからだ。
人払いを済ませた部屋には、一人の男だけが立っていた。
「ガードナー・・・貴方はいつでも私の側にいてくれましたね。それがどれだけ救いになったか、感謝してもしきれません」
そう言ってエリシアは、近くに座っているガードナーに優しく話し掛けた。
ガードナーはゆっくりと首を横に振ると、
「違いますよ、救われたのは私の方です。貴女様に出会い、共に戦い、守り守られ、私は自分の存在意義を見つけることが出来たのです。感謝してもしきれないのは自分ですよ」
と返した。
「ふふ、そう言ってもらえると嬉しいわね。でも猪姫の相手は大変だったでしょ?自分でも大概なことをしたとは思ってるのよ?」
「まあ、確かに大変ことはあり、ましたね。あの時とか・・・」
「もしかしてあの時のことかしら?仕方ないじゃない、だって・・・」
二人は思い出を語り合っていく、そう残りの時間は限られているからだ。もうそんなに残ってはいないのだ。
「ガードナー、長い間一緒にいてくれてありがとう。貴方が結婚しなかったのは私のせいよね。それだけは本当にごめんなさい」
「何を言いますか!ただ、縁が無かっただけですよ。気になさることはありません。それより、姫様こそ結婚しなくてよろしかったのですか?縁談は山のようにあったというのに」
「確かに沢山有りましたね。でも私にはこれといった方が見当たらなかったのです。それに弟が立派に後を継いでくれましたし、無理に結婚する必要もありませんからね」
微笑みながらそう話すエリシアに、ガードナーは困ったような表情をしつつも、笑顔を返すのだった。
「ガードナー、お願いがあります。こちらに来てくれますか?」
少し苦しそうにそう言ったエリシア、彼女は少しずつ弱ってきている。
彼女を蝕む病魔は、刻々とその命を削っているからだ。
ガードナーは椅子から立ち上がり、エリシアの居るベッドの近くへと立った。
「最期のお願いです・・・私の手を握ってくれますか?」
「姫様・・・ええ、いくらでも握りましょう」
ガードナーは両手でエリシアの手を握った。力強く、ギュッと。
「後はね、名前を呼んで欲しいの。姫じゃだめよ?」
「名前、ですか・・・」
ガードナーは少しばかり戸惑った。バレンシア王国の姫様の名前を呼べと言うのだ。
簡単においそれと呼べるものではない。
「駄目、かな?」
「・・・わかりました。では失礼して」
ガードナーは敬意と愛情をもって彼女の名を口にした。
「エリシア様」
「様はいらないわ。もう一度」
「・・・エリシア」
「はい、ガードナー」
エリシアは嬉しそうな顔をガードナーに向けると、長年心に押し込めてきたことばを彼に伝えた。
「大好きですガードナー。これからもずっと、愛しています」
「エリシア・・・私も愛しています」
「ふふ、両想い、ですね。嬉しいです・・・もっと一緒に居たかったです」
そう言ったエリシアの手から力が抜けていく。
ガードナーは弱くなっていくエリシアの手を強く強く握りしめる。
「大丈夫、私はいつでも貴女の側に居ますよ」
「ありがとう。いつか、また会う日まで、ね?」
それが最期のことばだった。彼女はそれきり動くことはなかった。
エリシア・バレンシア。享年五十才であった。
猪姫にはじまり、戦女神と呼ばれようになったバレンシア王国第一王女エリシア。
戦いに明け暮れた彼女の日々は、決して甘いものではなかったが、一人の男によって何物にも代えがたい充実したものになったのだ。
彼女の死に顔はとても安らかであった。
「私もいつかそちらに参ります。それまで待っていて下さい」
ガードナーは冷たくなっていくエリシアの手を、何時まで何時までも握り続けたのだった。