第94話 スミレの懸念
前回のあらすじ:
強化レイドボス戦の戦闘空間へと転移したユウキたちだが、<魔化>を使用した瞬間に塔からはじき出されてしまった。
タマキが転移で確認すると、再び出現演出の最初からになるがすぐに再戦可能という事が分かった。
後で倒したほうが良いという結論に至ったものの、赤石PTの方が誰も出てこないのでタマキがスミレに相談しに行く事にした。
ユウキたちが赤石PTすら出てこない状況を心配している頃、スミレはダンジョン探索協会の会議室にて訓練用ダンジョンに関する会合に参加していた。
今行われているユウキたちの対魔物戦闘試験が終われば、次はダンジョンを実際に用意する手はずになっているからである。
そんなスミレが突然タマキからPTの勧誘を受けたのは、メインの話が終わり休憩時間に入ってすぐの事だった。
(タマキちゃんからPTの勧誘?
何かあったのね)
PTの勧誘はすぐ傍に来ていなければできないが、タマキの気配は近くにない。スミレはすぐに<魔化>を使用しながら転移してきたのだと気が付いた。
『スミレさん、試験でちょっと問題が発生したわ。
またレイドボス戦に巻き込まて……しかもレイドミッションがあったらしくて私たち3人だけ別の戦闘空間に飛ばされたの。
それで当然私たち3人は無事なんだけど、一緒に巻き込まれた試験監督官4人と他の受験生4人が5分以上経っているんだけど誰も出てこないのよね』
スミレが勧誘を承諾すると、すぐにタマキがPT会話で話しかける。
とはいえスミレは聞く事は出来てもPT会話で話しかける事は出来ないのだが。
(なんで中学生をレイドボス戦に連れて行ってるのよ……)
スミレは右手を額に当てながら思わずため息をついてしまう。
「どうかしたかね?」
そんなスミレの様子を見て、隣の席に座っているダンジョン探索協会の会長が何事かと声をかける。
「あの子たちの試験に誰かがちょっかいをかけたようなのよ。
詳しく聞くためにちょっと席を外すわ」
スミレは小声で会長に説明する。
まだ状況が分からないためあまり大事にはしたくないからだ。
「ふむ、何か手配が必要になれば言うのじゃぞ」
「もちろん分かっているわ」
そう言ってスミレは会議室を後にした。
*****
「なるほどね。
貴方たちがとりあえず倒さなかったのは良かったと思うわよ。確かにここの16階のレイドボスはゴブリンキングがいるレイドボス戦で、倒したら祭壇が消えるの。私も昔倒したことがあるわ」
タマキの転移でユウキやサクラ達の元へと合流し、温泉旅館の結界の中で話を聞いたスミレは予想できる状況を説明する。
「他の人が出てこない理由として考えられることは、大きく分けて3パターンよ。
先ずは、普通に戦っているパターンね。
当然戦うとなったら長時間かかるから、こんなに早くは出てこれないわ」
「戦えるものなんですか?」
スミレの質問にユウキが訊ねる。
「あなたたちの試験監督官をしていたクラン千本桜の3人だけなら多分しばらくは戦えると思うわよ。実際には実力を聞いてみないと分からなし、3人だけで倒すのはまず無理だけど。
でも今回は実際に戦い続けることを選ぶのは多分無理ね。足手まといが5人いるから」
「4人じゃなくて5人なんですか?」
サクラとしては、心配しているのは赤石PTの4人の事である。
「もう一人の試験監督官の石崎さん?
その人も多分もたないわね。レイドボスと相対するのは初めてでしょうから、おそらく気を失っているわ。
前に話したでしょ、あなたたちがレイドボス戦をやった時はユウキ君の自動回収が唯一の正解だったんじゃないかって。
そういう意味で恐らく5人が気を失っていて3人で何とかしようとしていると言う所じゃないかしら。これが2個目の考えられるパターンで、1番可能性が高いと思うわ」
そう言われてタマキとサクラは、自分たちが初めてレイドボス戦に巻き込まれたときの状況を思い出した。
「オーク城の時のあれが突然来るのよね、そういえば」
「でしたね。一瞬でも凄い威圧でしたし」
「俺には良く分からなかったんだけどね」
タマキとサクラは実際に強力な威圧を感じ、それが急に消えたことで唖然としたのを覚えている。それに対してユウキにそのような記憶はない。
ユウキとしては、何か起こりそうな時に自分が台無しにしてしまったと考えていたくらいである。
「あの頃のユウキって、気配とかを感じる訓練をまだ何もしてなかったからじゃないかしらね。
それでも実際に現れて相手を見れば分かったとは思うけど」
「ユウキさん1人だけ冷静でしたよね」
「冷静というか、何かやっちゃったかなーくらいには思ってたよ。
でもどうしようもないから先に進めなきゃと思っただけで」
「ふふふ。
まぁそういうわけで、直ぐに脱出できない何かがあったのであれば恐らく今は5人気絶で3人で何とか時間を稼いでいるんだと思うわ。威圧に慣れて少しの間でも気絶せずに動けるようになってくれれば、石で脱出してもらえばいいからね」
「でもパターンはもうひとつあるんですよね?」
「そうね。
3個目はあまり考えたくはないパターンね」
サクラの問いかけに、スミレはサクラの方を見ながら答える。
「先ずレイドボス戦で全滅したら、死体も含めて塔の外へと転送されるわ。これは生きている人が全員脱出して、死体がレイドボスとの戦闘空間に残っていたとしても全滅とみなされて死体も外に転移させられるの。
だから生きている人が中に居るのは確実よ。
それで問題となるのが、今回のレイドボスの相手がゴブリンで女の子が2人中に居るという状況よ。捕まってレイドボスの元に連れていかれてしまった場合、死んではいないけど脱出が出来ない状況になっている可能性があるわ。
まぁ、その場合は今の戦力で取り返すのは無理だからクラン千本桜の誰かが脱出して応援を呼びに来ると思うのよ。だから多分、今回は捕まっているというパターンではないと思うのよね」
サクラの前ではそう言いつつも、スミレは捕まっているパターンもあると考えている。
仮に海藤と山吹が捕まり、石崎、赤石、早川、丸山の4人が気絶している場合、増田と瀬川は気絶している4人を守るので精いっぱいになる可能性がある。
ここで1人抜けてしまっては4人を守れなく、死人を出してしまう可能性が高い。
死人さえ出ていなければ、月曜日のリセットまで粘れば脱出はできるのである。とはいえ今は金曜日なのでほぼ3日粘らなければならず、これはこれで難しい状況だ。
先に気絶している4人が威圧に慣れる事にかけている可能性もある。そうすれば助けを呼びに先に脱出してもらうこともできるからだ。
更に最悪の可能性として捕まっている2人以外はすでに死んでいるという可能性も思い浮かべているが、中の人だけでは対処できないという事に変わりはない。
(3人とも無意識では自分たちが巻き込んでしまったと思っているのよね……どうしようかしら。あなたたちも巻き込まれただけって言っても、被害状況によっては気にしてしまうわよね)
スミレはユウキたち3人が他の受験生の4人を心配している状況を気にしていた。元々の試験予定という意味であれば、それは試験を実施して居る者が内容を考えているというのは当たり前のことである。
レイドミッションの対応を相談しにスミレの元へと来る必要があったとは言え、それ以外の心配事については試験を実施している側に任せるのが普通である。
(それにしても、今回の試験でレイドボス戦を行うにはどう見ても計画が甘すぎるわ。
確かにレイドボス討伐SSS評価を取得しているなら気絶とかは考えていないかもしれないけど、それでも危険はあるのよ。
これはレイドボスと戦ったことが無い人が計画をしているパターンよね。しかも経験者に意見を聞くことなく……。
そうなると戦闘試験での万が一の蘇生は通常の手配で通るでしょうけど、レイドボス戦の戦力は手配していないわよね)
スミレは実際に取れる選択肢を考え始める。
(黄昏のメンバーはここのレイドボスはみんな倒してしまっているし、大手のベテランメンバーもここは大体倒しているわよね)
立地的に倒しやすいレイドボスなので、ある程度戦力の目安が付いた段階でダンジョンシーカー達はウエノ第3塔のレイドボスを攻略済みなのだ。
当然既に攻略済みのベテランメンバーは参加できないため、多くのクランで協力して行う事となる。海藤たちは若手で、今はまだその機会に恵まれていなかったというだけの事だ。
(それに向こうの誰かが出てきてくれないと、同じクランなりレイドには入れないわ。それだとレイドボス戦発生の条件をもう一度整えないといけないし、ゴブリンが復活してくれるまで3時間はかかるのよね。
ついでに違う戦場になってしまうし……)
同じレイドボスの同じ戦場に入れるのは、同じ団体に居る場合だけである。レイドボス戦の空間の中ではレイドやクラン、PTから離脱する事は出来ない。そして外に出た後に団体から離脱して別団体を作って再戦をする場合、同じレイドボスでも別の戦場となってしまう。
この場合は倒すのは早い者勝ちとなり、いずれかのレイドボスが倒された段階で同じ場所から転移したレイドボス空間での戦闘は全て終了することとなる。勝った戦場以外は敗北扱いで。
(そうなるとすぐに何とかできるのはこの子達だけなのよね。
自分たちなら何とか出来たことで被害が出たら、きっと嫌な思いをするわよねぇ。貴方たちのせいではないのに)
そしてスミレは思いつく。
「よし!
霞PTの影を見せつけよう作戦で行くわよ」
スミレはあえて陽気に、楽しそうな作戦を説明する声をあげる。
「えっと、どうするんです?」
「簡単に言えば、貴方たちがレイドボスを倒してしまえば向こうの戦場も終了してみんな外に転移させられるの。
でもそれだと厄介なことになるから、脱出した貴方たちは霞PTに助けを求めたことにするのよ」
スミレはこれならユウキたちもやるべきことをやったという充足感を得られる上に当初の予定と似たような状況へと演出できると考えたのだ。
「先ず貴方たちは、分離されてしまったレイドボス戦を<魔化>で脱出した。これはさっきのままね。
次に10分待っても誰も出てこないことを心配して、霞PTに事情を書いたメッセージを送って相談した。これはお互いがミッションをクリアしていれば、ミッションで開放された個人宛メッセージで実際に出来る事よね。
基本的にはそういう手段があるという位の話でいいの。いつかミッションの話だと分かる時が来るだけで、今は<魔化>を使える者同士の特別なものと区別はつかないでしょうから」
さらにスミレは続ける。
「そして偶然私とダンジョン探索協会の会長に用事があった霞PTはダンジョン探索協会本部に居て、そこで私と会長にそのことを伝えた。
私と会長は試験実施側の状況を調べに動き、霞PTはランドマーク転移機能を使ってウエノ第3塔へと転移。貴方たちと合流してPTを組み16階へ向かう。
貴方たちがレイドボス戦の条件を満たしているからすぐにレイドボス戦の空間へと転移でき、<魔化>やミッションの条件も同じだから6人は同じ戦場でレイドボス戦を行ってレイドボスを倒したというシナリオよ。
16階に向かう時にすれ違う相手や追い越す相手と、最後の現れる時は霞PTと貴方たちの両方が同時に存在することを見せつけてね。
分身してから着替えれば出来たわよね」
「できますね」
「仕込みを使いきれなかったけど、これはいいアピールになるわね」
「ですね。一緒に居るところを見せつければ流石に気が付いてくれますよね」
「念のため言っておくけど、霞PTだと名乗る必要はないわよ。
あくまで分かる人にそう言えばと思わせられればいいだけで、関係ない人にまで意味が分かってしまったらそれはそれで面倒だからね」
「「「はいっ」」」
スミレは流石に試験監督官達は気が付いているのではないかと思っているものの、やる気に水を差す意味はないと考えて黙っているのであった。
(試験実施側責任者と、万が一のためのリザレクション要員は確保しておいた方がいいわね。何事もない結果に落ち着いてくれるのが一番いいんだけど)
そんな心配と共にバックアップ内容を考えながら……。




