第89話 対魔物戦闘試験6
前回のあらすじ:
昼食で海藤たちとお互いに騙し合いをするが双方気付かず。
10階を突破したのはユウキたちと赤石PTのみ。
先頭がユウキたちに変更になり、ユウキたちはジョギングレベルで走り出した。
『最初の広間に魔物6体』
ユウキたちのPTは、通常時はユウキが先頭を走りそのすぐ後ろにタマキが続く。そしてサクラは最後尾を踊りながらついて行く。
タマキやサクラもミッションクリアによってマップ機能は開放されているものの、塔などの施設の中では表示される範囲がかなり狭い。そのため走る速度に合わせて移動するマップを見ながらだと先読みは出来ず、目視で見える範囲の曲がった先までは判断が付かないのだ。
それに加えて魔物が何処に居るかが分かるのもユウキであり、斥候としては一番先頭を走るのがやはり丁度いいのである。
そしてユウキの走る速度であれば、タマキもサクラもついていけないなどという事はないのだから速度調整はユウキが考えればいいだけだ。
『この階の魔物はダンジョンコブラだって』
完全に進路方向とは違う位置に居た魔物を回収したユウキが、魔物の情報を追加する。
そして情報を聞き終えたタマキがユウキの前方へと飛び出し、1人で先に広間へと飛び込む。
『なんか毒がありそうね』
『もしかしたら前の階の宝箱に毒消しとかあったのかもね。
すでに開けられていて、中身は無かったけど』
リセット後の最初のPTという訳ではないので既にここまでの宝箱は空であった。そもそも日曜と月曜は一般開放されており、月曜日に入ったローカルシーカーたちが宝箱は開けてしまうのである。
『万が一毒になっても、魔法で治せますから大丈夫ですよ。
結界を抜けてくることは無いと思いますけど』
『まぁそうだよね』
そんな話をしながらも、ユウキたちが追い付く前にあっさりとタマキは6体の魔物を殲滅する。魔物6体の位置にはそれぞれ赤く色づいた光の剣が向けられて点滅しており、タマキは特に探す必要や他にもいるかもなどと迷う必要はない。
普段であればユウキがそのまま回収して先に進むか放置するところだけれど、一応試験監督官たちの到着をタマキはその場で待つことにした。
ユウキたちが突然走り出したのを受け、担当試験監督官である海藤たちもすぐに追走する。
最初の瞬間こそ出遅れたものの、そこはプロのダンジョンシーカーの中でも若手有望株と言われる程の実力者。
あっさりとユウキたちに追いついてサクラの少し後ろを追従する。
そしてタマキが突然PTから飛出すのを見てユウキたちを追い抜くも、タマキの位置へと追いつく前に戦闘は終わっていた。
「あっさりとまぁ」
魔物の傍で待つタマキに追いついた海藤の一言がこれである。
「まだ11階ですし」
さらに上の階だろうと1撃で仕留められるタマキからすれば、この階程度で力を出す意味すらない。
「あっちのPTが追い付いていないから言えるけど、まぁそうよね」
当然海藤たちにとってもこの階の魔物は雑魚である。普通に頑張っている受験生を相手に言う訳にはいかないが、タマキの動きから推測できる戦闘力であれば問題ない発言だと考えている。
そしてすぐにユウキたちも追いつき、念のためユウキが魔物に触れて収納すると、再びユウキを先頭に走り始める。
「ハンドサイン、見えたか?」
「後ろからじゃ分からなかったわね」
「あの距離で飛び出したという事は、魔物が居ることは分かっていたのだろう。
先頭を走っていた並野も特にペースを乱さなかった。連携もうまく機能しているようだな」
ユウキたちのPT会話機能の事など知らない海藤たちは、無言で機能しているユウキたちを見て素晴らしい判断能力などと勘違いをしていくのであった。
一方、ユウキたちが暗い洞窟を明るくしたと思ったらいきなり走り出したのを見た赤石PTは、ユウキたちに追従しようと海藤たちに続いて走り出す。
すぐに追いついた赤石と早川であるが、他の2人が付いてこれない事に気が付くと走るのをやめる。
ユウキたちが暗い洞窟の中を明るくし、魔物が何処に居るかもわからないのにジョギングレベルで走り出すという行為は凄いものの、赤石から見たらそこまで速い移動でもない。
これはいくら通路の幅が小山ダンジョンやユウキたちの海底ダンジョンの2倍近い約8mになっているとはいえ、暗い洞窟の中は直線という訳ではないからだ。
迷宮タイプの階層ほどではないものの分岐で移動する先が直角方向という場合もある。ユウキが本気で走る速度では、速度を落とさずに曲がりきることなどできはしない。そのため直線で速度が上がり、曲がる前に速度が落ちるという形に近くなるのである。
地上階層ならともかく、洞窟階層や迷宮階層ではそこまで移動速度を上げる事は出来ないのだ。ユウキの反射速度と筋力では。
それでも赤石PTには、ユウキたちと違って丸山という重装甲の盾役が居る。また、山吹に関してはそもそもの身体能力を特別に強化しているわけではない。普通に中学校で実習を受けた中学生というレベルだ。
2人をこの状況のままでユウキたちを追うには無理があると赤石は判断した。
「予想外の展開だが、丸の装甲を移動装備に変えてもPTとしてついて行くのは難しい。こっちはこっちで照明を出して進むぞ。進路上の魔物は倒していくだろうが、分岐先から移動してくる魔物もいるはずだ。警戒しながら移動する」
結局ユウキたちを先に進ませても、自分たちで十分な警戒をせねばならない赤石たちであった。
『この先が最後のボス部屋。入り口も扉有りのタイプ』
『なら私だけじゃなくて一緒に入った方がいいわね』
『そうだね』
ユウキの発言から数秒後、行き止まりの位置にボス部屋へと続く扉が見えてくる。
走る速度を落とし、扉の前で一息いれるユウキたち。これまでの階層では扉の前でその階層に挑んでいるPTが集合し、どのPTがボスを倒すかという話が行われていたのだ。
しかしこれも先頭のPTに最初に挑むかどうかを選ぶ優先権があるため、ユウキたちはこのまま戦ってもいいだろうと思いつつも一応判断を仰いでおく。
「このまま階層ボスを倒してしまっていいんですか?」
「先頭PTだから大丈夫よ。
でもボス部屋の奥の部屋では全PTで一度集合して、次の階へ行くかどうかの試験監督官同士の情報交換があるからそこで休憩になるわ。
だから急いで入っても休憩してから入っても同じ。もし休憩が要るなら少し休んでから入っても時間的には変わらないわよ」
試験監督官は試験監督官で、その階の担当PTの戦闘を見て危険かどうかの判断を行っている。当然試験監督官にトラブルが発生する場合もある。
今回はユウキたちというあきらかに最後まで残るであろうPTがいるためここに3人の試験官が集まっているが、そうでなくとも一番戦力が高いと予想されるPTには元々2人の試験監督官が付く。そして仮にそのPTが途中で脱落したとしても、そのうち1人の試験監督官は残る方のPTの試験監督官と合流して先に同行する。
今回の場合はユウキたちが先にボス部屋の奥へと進むことになるが、そこで赤石PTを待つのは赤石PTに万が一のトラブルが起きていないことを確認するという意味合いがある。
試験監督官は緊急を知らせる音響アイテムを所持しており、同じ階層に居ればすぐに異常事態に気づく事が出来るからだ。
『これは俺達だけが速く移動しても、途中で休憩時間が増えるだけだね』
あっさりと階層ボスを突破し、ボス部屋の先の部屋で休憩を始めたユウキはタマキたちと相談を始める。
『そうね。この階層、10分もかかってないわよね』
『かかってないです』
時計を確認したサクラがタマキの問いに答える。
『前の階層までは1階突破に1時間以上かかっていたから、このまま進めればだいぶ進行が早くなるんだけどね』
『倒した魔物をいちいち見せなくてもいいならもっとタイムは縮まるわよ』
『6体同時以上を1回やった後は見せなくてもいいかも。それでもやっぱり休憩時間が増えるだけだけど』
『あっちのPTが早く脱落してくれるか、逆にあっちのPTの速度を上げるようにするくらいしか思いつかないわ』
『倒せない魔物に当たるまではきっと脱落しないよね……。
なら移動はついて来れる位の少し早歩きにして、進路上の魔物をこっちがすべて倒してしまえば早いかな?
途中の集団かわき道からくる一部の魔物を残してあげれば、向こうも戦闘確認をできるだろうし』
『そうね。実際これまでの階でも進路上の魔物を戦闘確認のために譲っていたし、何体残してほしいか聞いておくのもありかもしれないわね』
もはや共闘とも言えない一方的な手助けである。
そして赤石PTが合流するのに1時間以上かかった事を受け、ユウキたちは考えていた作戦を実行に移す。
赤石PTがここまで移動に時間をかけるのは、暗い洞窟の中を警戒しながら進む以上仕方がない事と言える。そこに気が付いたユウキたちは、先ずはこの状況を除外する。
ユウキたちが少し早歩きで移動し、移動後も赤石PTが通過し終えて少し経つまでは明かりをその場に残しておく。その分ユウキが出す光の剣の個数は増えているが、ユウキにとってこの程度の消費EPなど大したことではない。
しかし魔法で攻撃力のある光の剣を作り出していると思っている周りから見ればそうではない。普段から魔法を使いこなし、膨大な魔力量を所持しているように勘違いされていく。
続いて戦闘に関しては、最初の広間をタマキが飛び出してサクッと殲滅した後、次の広間を赤石PTへと譲る。しかしユウキのサポートはタマキが戦う状況と特に変化させておらず、広間の中には十分な明かりがあるだけでなく、魔物の位置を示す赤く光る剣が目立つように点滅している。
先頭で広間に入った盾役の丸山が、一瞬その状況に唖然としてしまったのは仕方がない事だろう。すぐ後ろについていた他の3人とて「は?」等と仲良く疑問の声をあげていたのだから。
そしてこの方法はやはり十分な効果を発揮し、赤石PTの移動速度も速くなった。11階に1時間以上の時間をかけた赤石PTを連れて、12階では約30分でボス部屋を突破することに成功したのである。
11階ではタマキがあっさりと殲滅していた為に見えていなかった、ユウキの斥候としての力を十分に見せつけて。




