第80話 対人戦闘試験3
前回のあらすじ:
対人戦闘試験が始まり、ユウキたちの試験の順番がきた。
タマキとサクラは不意打ち直接攻撃にて試験官を場外へと弾き飛ばせた。
しかしユウキは攻撃力が足りないために助走距離をとっていたので、その間の移動中に試験官が振り向いて構えてしまった。
一瞬の攻防。
即座に攻撃したタマキとサクラは試験官を弾き飛ばし、助走距離をとったユウキは接触前に試験官に気づかれ振り向かれてしまう。
今の試験場での戦闘はユウキたち以外は止まっており、受験生も試験官も全ての者がこの1戦に注目していた。
そんな中、ユウキの行動自体を軽んじた者は極一部だけだった。
イチゴの町出身の、その中でも特にタマキを手に入れたいと願う者達だ。
タマキが学校に居た時の戦闘力は、自分たちとそこまでの大差はがない状況だった。むしろ単純な攻撃力という意味では、タマキよりも強い者がそれなりに居た。そのため自分たちの動きのベースをタマキに置き、ユウキの動きが失敗した結果だと思ったのである。
人間はみな自分の見たいものしか見ようとしない。
タマキと自分たちとの戦闘力に差が開いているなどという都合の悪い考えはせず、ユウキが足を引っ張ることによって試験に不合格になるという結論から導かれてきた考えである。
それに対し、大多数の者にとってはユウキの行動はそれでも素晴らしい動きに見え、そしてタマキとサクラの動きには驚嘆に値した。
そもそもタマキの移動術さえかかっていれば、ユウキの全速力での移動は並のローカルシーカーと同じくらいの速度は出るのである。それに加えて今はサクラの踊り支援や魔衣に雷衣もある。普通の受験生に比べても動きは十分に速い。そう、移動速度だけは。
問題は攻撃力である。タマキの移動術はあくまで移動速度をあげるものであり、動かない状況からの攻撃力ではほぼ意味がない。雷衣も体の動きは速くなるものの、やはりメインは移動速度である。攻撃力的に上がっているのは、サクラの踊りと魔衣による身体強化がメインなのだ。
しかもベースとなる身体能力が低い為、タマキやサクラと同じことをやった場合には結果に明らかな差が出てしまうのである。
これは訓練の際に実際どれくらい弾き飛ばす力に差があるかを比べているので、一目瞭然だった。とはいえそれでも普通の受験生程度の力にはなるので、スミレは合格するだろうと伝えてはいるのだが……。
そして極一部、具体的には試験官や審判などの試験実施側の者が抱いた感想は全く別であった。
――何やってんの!
そう、心の中で皆が思わず叫びそうになった言葉である。振り向いてしまった試験官に対して。
対人戦闘試験での試験官の役割は、この先の対魔物試験に進むのが危険かどうかを判定する材料として対戦をする事である。当然のことながら、全力を出しているわけではない。
全力など出してしまったら高校受験の中学生が相手になるわけが無く、全く判定材料にならないからだ。
弾き飛ばされている試験官も、装備にダメージは入っているものの体にダメージがあるわけではない。雷衣による接触ダメージや瞬間的なスタン効果も、弾き飛ばされてしまったなら継続はしない。その為特に気を失っているわけでもなく、吹き飛ばされている間に体勢を整えて場外に出る前に着地することだって本当は出来た。
しかしそれでは受験生があまりにもかわいそうである。しっかりと作戦を立て、十分な力を示したのであれば、やられ役としてやられるのも判定の内だ。
だからこそ、超反応で振り向いてしまった試験官に対しての「何やってんの!」である。
(やってしまった……)
向かってくるユウキを迎え撃つ格好のまま、試験官は咄嗟に振り向いてしまった失態を理解していた。
しかし試験官にも言い訳はある。
これまでの受験生の中でも、突然背後から現れる者は存在した。しかしそれは、未熟な気配隠蔽や魔法などであり、試験官としてはあえて回り込んでいるのに気が付かないふりをしながら対処する余裕があったのだ。
それが今回に関しては全く分からなかった。
前方には人数が増えた受験生がいて、気配の差などもいまいちつかめない状況だった。魔法攻撃でそのまま来るのか、それがフェイントで直接攻撃に来るのか、もしくはさらに別の何かをやってくるのか興味深く見ていた矢先のことだった。突然背後に気配が現れ、魔力反応もあり、それが突っ込んできたのだ。
体の反射的反応を止めるだけの心の準備が無く、咄嗟に振り向いてしまったのである。
そして振り向いたからには構えるしかなく、今更気が付かなかったという訳にもいかない。
(防御をかいくぐって弾き飛ばしを狙いに来るよな。
構えてしまった以上、軽く相手をして合格を言い渡そう)
ユウキの動きは十分に速い。それでも試験官の目からすれば、対処できない速度という訳ではない。注意点は雷を纏って向かってきている事だ。
(弾き飛ばさないとスタンを食らうな)
この手の魔物との戦闘経験上、雷を纏っているものとは極力接触しないのが基本となる。本来であれば、距離をとりつつ遠距離攻撃か魔法で仕留めるのがセオリーだ。近接戦闘をする場合は結界か魔法で防御しながら、武器を使って直接の接触を避けるのが基本となる。
とはいえ、ユウキが武器を持っていないので試験官としても今は無手で相手をせざるを得ない。さらには今更結界や防御魔法は間に合わない。
これ自体もユウキの作戦の一つであり、受験生が近接攻撃武器を持てば試験官も近接攻撃武器を、受験生が遠距離攻撃武器を持てば試験官も遠距離攻撃武器を、そして受験生が武器を使わなければ試験官も武器を使用しない状況を見て決めたのだ。
ユウキの突っ込んでくる動きに合わせて試験官は左手を右肩から水平に振って牽制する。
牽制をしゃがんでかわされたところで右手で合わせて弾き飛ばすつもりであったのだが……。
スカッ!
振り払った左手は、そのまま突っ込んできたユウキを突き抜けた。何の抵抗もなく。
「こっちも囮かよ」
思わず笑いながら声に出してしまったが、今度は流れを止めたりしない。
感知した気配や魔力は実は幻影だった。それならこの後何処からか再び現れて突っ込んでくるのだろうと思っているが、流石にわかっていれば2回も失敗したりはしない。
今回は反射的に振り向いたりしないぞと気持ちを落ち着かせつつ、そのまま体の流れに任せて右手ストレートがユウキの胸板を突き抜ける。
ズブッ!
「え?」
何の抵抗もなく突き抜けると思っていた試験官だが、何かを貫いた感触はあった。
そう、まるで水面でも殴ったかのような。
そして……。
「アバババババ……」
雷衣によるスタンが連続で炸裂する。勿論ユウキはここで手を緩めたりしない。
試験官が振り向いた場合は空蝉によって幻影と勘違いさせ、自分から試験官にとりつく予定だったのだ。<魔化>の標準モードで。この状態であれば、魔衣も雷衣もそう簡単に維持が止まったりしない。難点としては、人型を維持しながら上手く動かし続けるのが難しいという状況があるのだが、とりついてしまえば別に人型を維持し続ける必要はない。試験官にさらに近寄り、逃げられないようにガッチリホールドする。そしてさらに雷衣を追加。
接触ダメージ自体は装備の耐久を削るだけで肉体にダメージは入っていないが、状態異常の効果はある。接触し続けている以上スタンが入り続けるので、完全に拘束した状態になるのだ。
(ちょっ、審判。合格判定出せよ!)
などと試験官は審判に目で訴えかけるのだが、まるでもう少し反省しろとでもいうような呆れた目線を返されてしまう。そこへ……。
「7番試験場。受験者合格!」
解説していた総合試験官が合格判定を出したのだった。
合格判定に会場から拍手が送られる中、ユウキとしてはここでまだ実体に戻るわけにはいかない。
ユウキはその場で再び<魔化>の完全エネルギーモードになって姿を消す。
そして分身の上に浮かべていた光の剣を大きな光の玉へと膨らませ、分身達を全て包み込む。
『タマキ、サクラちゃん。分身消していいよー』
『消したわ』
『消しました』
二人の返事を聞いたユウキは、光の玉を小さくして消滅させる。
その光が消えた場所には大勢いたユウキとタマキとサクラの分身は存在せず、只ひとり<魔化>を解いて実体化したユウキが居るだけだった。
『どこまで誤魔化せるか分からないけど、まぁ上手くいったね』
『そうね。プランBまでで終わったんだし、結果としては十分でしょ』
『それにしても、やっぱりあの一瞬で振り向かれてしまうんですね』
助走距離を開ければ試験官が振り向く可能性がある。
これは作戦に変更を加えた際に、スミレから言われた言葉である。但し、スミレとしてはユウキたちの能力を知っているからこその発言でもあるため、実際は振り向く余裕が無いかもしれないし過剰反応をするかもしれない。どうなるかは不明だったのだ。
まだ<気配察知>のスキルを取得できていないユウキたち3人から見れば、あの一瞬で本当に振り返る事が出来るだけでもすごい事なのである。
「いやぁ、見事に一杯食わされたね。やられたよ。
最後のあれも、多分忍術なんだよな。てっきり只の幻影かと思ったのに」
ユウキたち3人が集合した所へユウキの相手をしていた試験官が笑いながら声をかけてくる。
「いや、お前はまず反省しろ。
いきなりビビッて振り向くなよ」
そこへ弾き飛ばされた試験官が戻ってきて、ユウキの対応をした試験官へと突っ込みを入れる。
「あれは仕方がないって。そっちだって振り向く前にスタン食らって弾き飛ばされただけだろ」
「まぁ、全く気配をつかめていなかったのは事実だしな。
あの分身の術か?
あれで何かしてくるんだと考えてたよ」
そんな試験官が試験内容についての感想を伝える中、ユウキはついでに思ったことを聞いてみる。
「最後の俺の攻撃って、避けようと思えば避けられましたよね?」
ユウキとしては、逃げられて魔法防御されてしまう方が大変だったのだ。
「まぁ、これは試験だからな。
あの状態であれば、嬢ちゃんたちと同じことをしようとしているのだと考えるさ。
それにな。お前さんの最後の攻撃を完全に避けるような速度で移動したら、殆どの受験生は元から追いつけなくなる。
お前さんの年頃だとあっちの嬢ちゃんたちと同じ動きが出来ない事を気にしているのかもしれないが、別に気にすることは無いぞ。
人には得手不得手があるもんだ」
同じ動きが出来ているのなら、最初に一斉に吹き飛ばしているはずだ。そこから導き出された結論は、ユウキの攻撃力はタマキとサクラには及ばない。でもそれにこだわって気にしすぎていても仕方がない。
そう言って試験官は試験内容の評価を締めくくるのであった。
*****
「どうだね?
あれが、次の対魔物戦闘試験で君たちが監督官をするPTだ」
試験会場を見下ろす位置に存在しているVIPルーム。
部屋の中からは大きなガラス張りの一面を通してグラウンドがよく見えるようになっている。
そこでは総合入試担当官の一人である山下と、山下と同じ派閥に属する若きダンジョンシーカーの3人がユウキたちの対人戦闘試験を観察していた。
「あの坊や、可愛いわねぇ。
食べちゃっていいのよね?」
「女の子の方もいいね」
「美味しい仕事になりそうだな」
見た目もよく実力もあるイケメン2人と美女1人の若き有望株。山下としては今後の成長に期待すると共に、派閥に人材を集める広告塔としての役割にも期待している。
「先ずは試験監督の仕事をしてからだぞ。
本当に推薦通りの実力があれば、こちらの派閥に引き込みたい」
山下としては、実力が無くて推薦が間違いであればそれを確認できればよい。
そして真に実力があったのであれば、派閥に引き込むチャンスとなる。こちらの戦力アップにも使えるかもしれない。
そのために実力だけでなく、見た目も良い3人を招集したのだ。
招集した3人も受験生の事を気に入っているのだから、特にこちらの負担となることもない。
対人戦闘試験の様子を見る限り、忍術を使えるなど普通の受験生ではない。もしかしたら<魔化>とは忍術を好きに使う事が出来る特殊スキルなのか?
そんな勘違いをしつつも対魔物戦闘試験の開始が楽しみとなっている山下なのであった。




