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第73話 暗躍を無視する者達と踊らされる者達、そして勘違いする者達

前回のあらすじ:

共通ミッションは終わりではなくまだ続いた。

小山ダンジョンに戻ってみたら、まだ住民の移動が始まっていなかった。

魔物の塔対応で住民の移動進行が止まり、さらにボスを倒せなかったことで動きづらくなってしまった。

ユウキたちで魔物のボスを倒し、さらに特殊カード(転移ゲート)を試す事にした。

 魔除けのオーブの10日間という期間を考え、スミレたちは1度魔法都市マジクのギルドに戻り一晩ゆっくりと休息をとった。

 そして翌朝早くに小山ダンジョンを出発し、あっさりと魔物の塔を破壊した。


 ユウキにとっては雑魚だろうがボスだろうが、1体であれば魔石を1回回収するだけのことである。そのまま魔除けのオーブ2個と特殊カード(転移ゲート)1個を使用し終え、再び神薙中将の元を訪れた。

 魔除けのオーブはそれぞれの地点で1個ずつ必要であったが、特殊カード(転移ゲート)は使用する際に2か所を指定するタイプであったために1個使うだけで十分だった。


 そして今、悪い笑みを浮かべながらスミレとカンナギは向かい合っている。



 そう、2人共この期に及んでまだ足を引っ張ろうとする者達に不満があったのだ。



 魔物の塔を破壊できなかった事は仕方がない。実際今回ユウキが回収した魔物は上位地竜グレイターアースドラゴンという魔物だった。スミレたちも過去に、やはり魔物の塔のボスとして現れたこの魔物とは戦ったことがある。しかしその時も倒す事は出来なかった。

 死んでいる状態のグレイターアースドラゴン相手でさえ、普通には攻撃が通らない。最近使えるようになった魔衣を使ってやっと斬れるくらいである。普通に生きている時に通じるかどうかはまだ分からない。


 なのでこれはこれで仕方がないことだ。

 だがそれは防衛軍としてもわかっている事であり、言ってみればこのボスには負けて当然と言える内容だ。ボス以外を倒した上でクリスタルも破壊している以上、しばらくは魔物が発生することもなければ外に出ることもない。

 つまりそばを通るという事に対する脅威の排除には成功しているのだ。わざわざ負けたとかドラゴンが居るなどという話を兵士とてするわけが無い。むしろ地竜アースドラゴンの上位とはいえ、ドラゴンと戦ったという事自体が武勇伝とさえいえるものなのだから。


 だが実際はどこかからか敗北の情報が伝わり。何故かドラゴンが移動経路上に居て危険という情報にすり替わっている。スミレにしてもカンナギにしても、偶然そうなったなどとは考えていない。



 カンナギにしてみればどういう者達が裏に居るかは分かっていても、実際に住民に魔物の塔へ行ってドラゴンが出てこないことを見てもらうなどという事はできない。そのため何か別方向からやれることは無いかと頭を悩ませていた。



 スミレにとっては、あくまでそれ自体は防衛軍内部の派閥争いの話と小山野家と関連貴族連合の話だ。関わらないでいればそれはそれでも問題はない。


 しかし、今は新しいダンジョンの管理方法に関して進展があった段階だ。これからユウキたちだけでなく、自分たちでもダンジョンで何ができるかを確認できるようになる。

 そして実際にどのような状況になるか報告する為にも、防衛軍やギルド、国の研究者の中から信頼できるものを数人連れていきたいと考えていた。

 しかし戻ってきてみれば、まだ移動は始まって居ないだけでなくカンナギも簡単に動けない。それどころか、ユウキたちを普通に東京ダンジョンへ移動させるのも異常に見えてしまう。


 これが自然に起こったのであればまだしも、どう見ても人為的に狙われたものだ。人類の未来に関わる重大な事実の発見と楽しみにしていたところで、足を引っ張る者達に邪魔されている。ちょっとした八つ当たりのように、悪い笑みを浮かべているのである。



「では、後は予定通りに」



 そう言って頷く2人。



 ドラゴンの脅威は去り、10日間だけ臨時の転移ゲートを使用する。

 バスでの移動は都市の中からダンジョンの入り口付近迄となり、ダンジョンを出て数分歩くだけで東京ダンジョンへと到着する。



 これから防衛軍として各町で発表することは基本的にこれだけだ。スミレたちも少しだけ協力するが大したことではない。

 それでも十分な効果が得られると予想している2人なのだった。





 魔法都市マジクのギルドに戻ったスミレたちは、早速行動を開始する。

 昨夜一度休息の為に戻った際に、都市の中の状態は確認した。不思議なデモ隊が声を上げており、ダンジョンの外である地球上は危険という雰囲気を強調させていた。


 元々地球上を放棄してダンジョンの中に住んでいるのだから、そういう大きな声が上がればそうなのかもしれないと不安に思うのも仕方が無い話である。

 そしてドラゴンという見たこともない魔物。危険な想像をしているうえに未知の恐怖が加わり、実際に移動できる雰囲気ではない。



「さて、では下準備を始めるわよ」



 スミレの言葉に従い、それぞれが移動を開始する。


 スミレの役割は、ギルドを閉鎖することだ。ギルドは基本的に国の機関のようなものであるため占有ダンジョン内で活動することは無い。

 一部の職員はこのまま都市に残ることを希望する者もいるが、それは親族が都市に残るからという理由がある。その場合は当然、ギルド職員ではなくなるのだが。


 既に大部分の業務は停止しているとはいえ、ギルドの完全閉鎖は実際に移動が始まるという事を住人に印象づける事が出来る。そしてライセンスを持つダンジョンシーカーも、ギルドが無くなれば大半の者は移動する。移動の流れを最初に作る上で便利な状況となるのだった。



 アヤとキョウイチロウは、クラン黄昏のメンバーと共に普通に移動準備である。一度東京ダンジョンへ移動した後は、タイミングを見てユウキたちと共に再び別のダンジョンを制覇する。その際にはクランメンバーを全員連れていく予定である為、それらを含めての準備である。

 とはいえプロのダンジョンシーカー集団であるクラン黄昏にとって、ダンジョン間の移動程度で問題が起こるようなことは無いのであるが。



 サクラの役割は、学校の友人に挨拶をした後住んでいた施設の子供達と一緒に移動する事である。基本的に施設の子供たちは皆東京ダンジョンへ移動するため、知り合いであるサクラも一緒に向かおうという事だ。

 本格的に移動の順番待ちになってしまうと後回しにされかねない施設の子供達を、どうせなら一緒に混んでいないタイミングで連れ出してしまおうという事である。





 バラバラに移動する他のメンバーを見送り、ユウキとタマキはイチゴの町へと転移で戻る。

 役割はサクラと同じだが、場所はイチゴの町である。



「どうする?

 ユウキも一緒に行動する?」


「うーん、学校の方向が違うけど、そもそも皆がどこに居るか分からないしねぇ。

 タマキはどこに向かうつもり?」



 転移したギルドの広場から外に出て、町の中を見渡しながら相談する。



「とりあえず学校に行って先生に挨拶して、誰かいれば話すかもしれないけど誰もいないと思うのよね。元々夏休みだし、そうでなくても皆中央都市に向かったはずだから。その後は施設かな。中学校に入ってからの施設と、小学校の時の施設には声をかけたいわね」



 タマキは何時イチゴの都市にダンジョンの独立が知らされたかなどは知らないため、既に同級生たちはイチゴの都市を離れていると思っているのだ。転移目印の周囲の状況から、どこかの都市の中にいるであろうことは予想している。しかし実は出発直後に呼び戻された等という状況は考えてもいないのである。



「そっか、そうだよね。

 俺たちの学校は、元々まだ出発していない時期だからもしかしたら学校に誰かいるかも。あー、でも先生も引っ越し準備とかで学校自体がやってないかもしれないか」


「その可能性もあるわね。

 どうする?」


「ならバラバラにそれぞれあいさつを終わらせて、最後に小学校時代の施設で合流しようか。

 まぁ学校の方は単に居ましたよという挨拶だけになりそうだけど」


「それもそうね。また後で。何かあったらPT会話で連絡してね」



 そうしてタマキとユウキも二手に分かれていくのだった。





 デモ隊の声が聞こえる町中を進み、中学校へと到着したユウキは職員室を目指す。校庭の脇を進んでいくと、普通に部活動が行われている光景が目に入った。少なくとも誰か先生は出勤しているらしい。



「松木先生」


「ん?

 おお、並野。無事だったか」


「はい?

 えっと、無事ですけど……無事って?」


「いや、お前は中央都市へと向かっていたんだろ?

 一昨日の全校集会にも来ていなかったし」


「あ、はい。

 全校集会なんてあったんですね。別の町からさっき戻ってきたとこなんです」


「そうか。無事でよかった。

 全校集会は、新学期をどうしたいかという保護者も含めての話し合いをするためにな。

 別のダンジョンへの移動が難しいなら9月になってから新学期として授業をするべきかどうかと言う話が出ているんだ。

 並野はどう思う?」


「えっと、新学期の前に、俺はこれからダンジョンを移動するので挨拶にと思って来ただけなんですけど……」


「ん?

 移動が始まるのか?」


「そうなんですよ。

 防衛軍の人の話では、ドラゴンの脅威は無くなったので移動が始まると。

 新発見の転移ゲートと言うものを使うらしいので、ダンジョンの入り口からは歩いて移動するらしいですよ。歩いて数分で東京ダンジョンと言う所につくそうです。

 ただ転移ゲートは10日間しか稼働しないらしく、あとでゆっくり移動したい人は普通にバスでの移動となるようです」


「それは……本当か?」


「あとで防衛軍から正式に発表があると思いますよ。

 別の町のギルドは正式に完全閉鎖となりましたので、俺はもう一人の仲間と一緒にイチゴの町から出発することにしたんです。

 バスに並ぶ順番もありますから、今のうちにと思いましてね」



 これは既に、スミレたちと打ち合わせた内容である。


 ダンジョン入り口付近に各都市が集まっているとはいえ、大きな都市が集まっているのだからそれぞれの都市内とダンジョンの入り口との距離はまだまだある。本来であればバスで直接東京ダンジョン迄乗り付けて往復する予定であったが、今はダンジョンを出ると約100m程で転移ゲートが存在する。

 これは魔除けのオーブをぎりぎり迄近い状態で使用しても、100m程ダンジョンから離れたところまでしか結界が届かないためだ。なので範囲内の一番近い位置に転移ゲートを設置している。

 そのため小山ダンジョンを出て100mで転移ゲートをくぐり、そしてくぐって100mで東京ダンジョンへとたどり着く。バスの往復ではダンジョン出入り口で詰まってしまうため、バスは小山ダンジョンの出入口と各都市との間で往復し、後は徒歩で向かう事になったのだ。

 そのバスに乗る事自体が混雑する。10日間限定という事で、発表されれば一気に混雑する可能性があるのだ。

 しかも既にカウントダウンは始まっているため、防衛軍の発表も各都市で順次行われているのである。



「防衛軍の発表はいつ頃になるという話は聞いてないか?」


「たぶん今日中どころか今すぐ始まる可能性もあると思いますよ。既に10日間の期間は始まっているらしいですから」



 もちろんユウキはこの目で見ているのだから始まっていることは知っている。とはいえそれは言えないので、あくまでらしいとして伝えるしかない。



「そうか。

 なら直ぐにでも動けるように校長や教頭にも伝えておこう。助かったよ」


「いえ、挨拶によっただけですので。

 俺は施設の方に顔を出してから出発しますので、もしこの後学校で全校集会とかあっても居ませんが気にしないでください」


「分かった。気を付けるんだぞ」


「はい」



 こうしてユウキの学校では特に何事もなく、担任の先生および職員室に居た先生方に情報を提供しただけで終わった。

 しかし、タマキの学校では予想外の光景が待ち受けていた。



「えっと……これはどういう事?」



 タマキが学校に近づくにつれ、デモ隊の声が大きくなる。そして学校に足を踏み入れると、校庭でデモ隊が声を張り上げていたのである。



「小野寺さん、やっぱり戻ってきてくれたんですね」


「え?

 なに?」



 予想外の光景に驚いて立って居るところへ、デモ隊の中から男子学生たちが押し寄せてきた。



「先に中央都市へと出発したと聞いて心配していたんだ」


「無事に戻ってきてくれてよかった」


「これからは俺たちが守るから安心して」


「えっと……何が起こっているの?」



 完全に状況がつかめないタマキに、同級生の男達が次々と声をかけてくる。



「あれ?

 まだ知らないのかな。俺たち1級市民になるんだ」


「そうそう、だから2級市民の小野寺さんは俺たちが守ってあげるから大丈夫」


「他の奴らには渡さないから安心して」


「え?

 私はこのダンジョンに残らないわよ」



 タマキはそう発言するも、寄ってきた男達は本気にしていない。



(デモ隊に同級生たちが取り込まれていて、学校の校庭がその拠点の一部になっているっぽいわねぇ)



 更に別の男子学生たちがデモ隊の中から寄って来たことで、タマキはそう考えた。



「小野寺さん、俺達エリートならすぐに1級市民に上がれる。一緒に頑張ろう」


「流石にドラゴンには勝てないけどさ。このダンジョンで一緒に強くなろうよ。

 そうすれば俺達も1級市民になれるって」


「PTを組んで早めに魔物を狩りに行こうよ」



 新たにやってきた学生たちは、1級市民予定ではなく2級市民予定だった。しかし自分達はエリートなのだから、直ぐに1級市民に上がれるという妄想に取りつかれている。

 これはデモ隊の一部が、2級市民でも頑張れば1級市民になれるという噂を流しているせいでもある。頑張ればなれるのであれば、才能のあるエリートにとっては簡単な事。

 もちろん裏で操る者達の思い通りに踊らされているだけなのだが、本人たちにそんな自覚はない。



「そう……残念ね。

 東京ダンジョンでも一緒の高校に通えるかと思ったんだけど。

 私は先生方に挨拶してから出発するわ。

 ドラゴンの脅威は無くなって、何でも転移ゲートという新しいアイテムでダンジョンから出てすぐに東京ダンジョンへと着くらしいわよ。

 じゃぁ、元気でね」



 そう言って軽く微笑んだタマキは、集まった男子学生たちを置いて職員室へと向かっていく。

 タマキが伝えた言葉は、想定していた思惑とは別の意味で男子学生たちを巻き込むことになっていくのだった……。





 ――その日の夜。



 イチゴの町内のとある場所では、1級市民として残る有力者による会議が行われていた。



「さて、話は聞いたな」



 スミレたちの思惑通り、既に何台ものバスが都市とダンジョン出入り口を往復している。バスを降りた人の波も、途切れることなく転移ゲートへと吸い込まれていく。

 10日間限定という、早い者勝ちとも言える暴挙。真実を知っている者達からすれば、転移ゲートを使用しなくても2時間もかからずに東京ダンジョンへと移動できる。だから実際は10日間で移動を終える必要などない。


 しかし不安で最初の一歩を踏み込めなかった者にとってはそうではない。我先にとダンジョン出入り口へ向かうバスへと押し寄せた。

 とはいえ本当の最初の一歩となったのは下準備を終えていた者達である。

 その者達が本当に動いたことに釣られて、自分も行かなければならないという気になったのだ。



「新型のアイテムの噂ですな」


「転移ゲートという以外に何も情報は入ってこない。

 防衛軍内部でも、神薙中将一派の一部の者以外は情報を知らなかったらしいですぞ」



 タマキが何気なく言った「転移ゲートという新しいアイテム」という言葉を親に伝えた生徒がおり、そして転移ゲートという言葉自体が防衛軍から出ているためにそれがアイテムなのだと勘違いしたのだ。



「10日間限定という事は、まだ開発中の物なのかもしれませんな」


「エネルギー効率が悪いとしても、ダンジョンの外で転移がつかえるのは大きい」


「ダンジョン間の行き来を、安全にできるようにしようとしているのかもしれん」


「エネルギー問題であれば、今回の事以降は小山ダンジョン前には設置されないのではないか?」


「そこは国の方針によるものだが、確かに独立してしまっては難しいかもしれん」


「ダンジョン外で使えるのであれば、当然ダンジョン内でも使えるのでは?」


「転移魔法に頼らないで良くなれば、都市間の流通は格段に良くなりますな」


「東京ダンジョンの取引相手に聞いてみることにしよう」


「軍の主導で極秘開発しているのであれば、民間には情報が出てこない可能性が高い」


「長期的に探るしかないか」


「だがどうする?

 そんなに簡単に行き来ができるわけでもあるまい」


「ダンジョンシーカーを利用する」


「彼らはこのダンジョンを出ていくのでは?」


「いや、そうではない。

 息子をダンジョンシーカーにする」


「身内をダンジョンシーカーにしてしまえばいい、か」


「そういう事だ」



 有力家の中にも当然素質の高い子供たちはいる。しかし通常そう言うものたちは、ダンジョン科の大学は出てもダンジョンシーカー試験を受けたり防衛軍に入ったりはしない。

 あくまで魔物を倒して身体能力は上げるものの、将来は家の商売を継ぐのである。エリートとして学友を作り、商売へとつなげることを目的としているのだ。教師に引率された安全な魔物狩りは出来ても、わざわざ自ら危険な場所へと行く必要はない。

 命を懸けてまで魔物と戦う理由は無いのだから。



「ちょうど大学と高校のダンジョン科に息子たちがいる。

 東京ダンジョンで修行し、ダンジョンシーカーライセンスを取ってから帰ってくるようにさせよう」


「うちは高校と中学に1人ずつだな」


「うちは……」



 こうして程々の力で卒業だけしようとしていた有力者の息子たちは、突然ダンジョンシーカーを本気で目指さなければならなくなったのである。

 1級市民として自分は残るのだから、好みの2級市民を確保しようなどと行動していた思惑も全て吹き飛ばされて……。

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