第71話 ダンジョンマスター
前回のあらすじ:
ダンジョンボスを討伐し、管理室へと転移させられた。
ダンジョンシステムのガイドと名乗る不思議な存在に少しの真実を聞いた。
「じゃぁスミレさん達に報告してくるわね」
「待った。ちょっと待った」
早速転移しようとするタマキを止めるユウキ。
「先にダンジョンマスターを決めないと」
「え?
ユウキでいいんじゃないの?
ボスを倒したのはユウキなんだし」
「そうですね。
私もユウキさんが良いと思います」
タマキの意見にサクラも賛同する。
「俺はサクラちゃんにダンジョンマスターになってもらうのが無難だと思うんだよね。今回に関しては」
「え?
私ですか?」
ユウキの言葉にサクラは驚きの表情を見せる。
ダンジョンボスがどんな姿だったのかさえ見ていない自分が手に入れる立場ではないと思っているからだ。
倒したのはユウキであり、補助したのはタマキだ。
サクラとしては、やはり自分は役に立っていないという認識がある。
「私は別にいいけど。
どうして”今回は”サクラちゃんなの?」
「考えすぎかもしれないけど、ダンジョンマスターになったら他のダンジョンボスと戦闘できないとか制限があるかもしれないじゃない?
そうなったときに、今は俺が他のダンジョンボスと戦えない状況になる可能性は排除したほうが良いと思うんだよね。今の状況を考えるとタマキの転移はやはり活用したいから、同じくタマキも今はなしで。
なのでサクラちゃんに今回は引き受けてもらえないかなと」
ユウキの考えに納得顔のタマキとサクラ。ミッション関係で一部の戦闘時にPTが組めなくなった事を考えれば、可能性は排除できないと考えたのである。
「誰も触らないという事もできませんかね?
タマキさんの転移でみんな出てしまうとか」
「その方法もあるわね。
先ずは出たあと入ってこれるのか私だけで試してみるわ」
そう言いタマキはスミレの場所へと転移しようとするが……。
「あれ?
転移できないわね。
スミレさんの目印は把握できているんだけど」
「そう言えば俺もこの部屋の外側を知覚できてない。
収納の範囲外なんていう事はあり得ない距離だし……ここってどこか別空間なのかな」
タマキとユウキがそんな事を悩んでいる間に――。
「えいっ」
という掛け声とともにサクラがコアへと触れる。
「サクラちゃん?」
声に気が付いたユウキが振り向いた時には、既にそこにサクラは居なかった。
『さくらちゃん?』
『あ、はい、そうでした。
こうしないと聞こえませんよね。普通にしゃべってました……恥ずかしい。
どうりで反応が無かったはずですよね』
『どうなったの?』
『えっと、コアに触れたら初級ダンジョンコア施設の制御室に出ちゃいました。こっちにはちゃんと出入り口があります。
もう一度触れてみますね……って中に入れましたね』
サクラが会話をしながら再び管理室へと現れる。
『コアに触ることで出入りできたんだ。
他の方法で出入りできないなら、結局誰かがダンジョンマスターになるしかないんだね。
サクラちゃん、何か変化はあった?』
『ステータスの称号に≪ダンジョンマスター≫というのが増えてます』
≪ダンジョンマスター≫
ダンジョンの管理者に与えられる称号
担当ダンジョンの管理室へ入室が可能
担当ダンジョンの全ての機能を操作することができ、地図機能の表示領域が全域となる
『そう。次は私が出てみるわ』
サクラの称号の説明を聞いたタマキが、次は自分が外に出ると発言する。サクラの地図には、既にこの海底ダンジョン内全域の地図が表示されている。しかしユウキとタマキの地図には今のところ変化はない。
外に出る事でなにか変化がある可能性を考え、先ずはタマキが先に出ることにした。
『ステータスの称号に≪ダンジョン権利者≫というのが増えたわ』
≪ダンジョン権利者≫
ダンジョンの権利者に与えられる称号
担当ダンジョン管理室への入室が可能
ダンジョンマスター、ダンジョンサブマスターになることができる
『つまりダンジョンサブマスターというのがダンジョンマスター以外にあるという事っぽいね』
『説明からするとそうね。ちなみに地図の表示は今までと変わってないわ』
『ありました。
管理室内の制御装置のようなもので、サブマスターを任命できます。
任命できる相手はユウキさんとタマキさんだけのようです』
タマキの話を聞き、管理室内の制御装置を触っていたサクラがダンジョンサブマスターの任命項目を発見した。
『あ、今は任命しないでね。他のダンジョンボスとの戦闘がどうなるか分かるまでは。
それにしても……よく<魔化>の状態で装置が反応したね』
『あれ?
そう言えばそうですね。普通に触れている感じなんですけど……あ、通り抜けようと思うと通り抜けてしまいます』
『よくわからない空間だね。
俺も外に出てみるよ……同じく≪ダンジョン権利者≫の称号が付いた。
管理室から出ると自動的に付与される仕組みっぽいね』
『サブマスターの任命相手はユウキさんとタマキさんという選択肢に変わりはないので、任命すると変化するかもしれませんね。ちなみにダンジョンマスター自体もユウキさんとタマキさん相手に変更できるようです』
『つまり俺たち3人以外はこのダンジョンのダンジョンマスターに今のところなれないという事かな』
『管理室に入れることが条件っぽいわね。
とりあえずスミレさん達と合流して連れてくるわ。
っと、ユウキ。先にダンジョンボスを回収ね』
そう言うや否や、タマキはユウキを連れてダンジョンボスに付けた目印に向けて転移した……。
『ボスは初級ダンジョンコア施設まではたどり着いてなかったみたいだね』
『そうね。
でもこの海底、結構削れているわよ』
『この大きさであれだけ速度があったからね。
俺達も<魔化>の状態じゃなかったら水流でどうなっていたか……。
この魔物はグレイターシードラゴンという名前だって』
見えていた太さだけで、直径10m近くはあるのではないかという巨体。長さに至っては訳が分からない。
この場に再び出したところで測れるはずもなく、とりあえずは回収するだけで後の事は後で考える。回収せずに放置した場合、そのうちダンジョン内に吸収されてしまうからだ。
そしてスミレたちと合流し、初級ダンジョンコアへと移動した後タマキはこれまで判明したことをスミレたちに報告する。その間ユウキはサクラの方へと付き添い、サクラが見ている管理画面を横から眺めては口を出していた。
『ユウキさん、これ。ダンジョンの基本設定画面ですよ。
スタンピードのオフ設定があります』
『あ、ほんとだ。
というか魔物の発生自体もオフにできるね』
『ですね……難易度なんていうのもありますよ。
今は【通常】で、【難しい】にするとダンジョン外生物はダンジョン内の魔物に次々と発見されて近寄られるようになるみたいです』
『それって、地球上の魔物の挙動のようなものかな?』
『言われてみればそう見えますね。つまり地球上は【難しい】設定なんでしょうか?』
『いや、ダンジョンじゃないんだから地球に設定があるとは思えないけど。それに人間だけが狙われる理屈にも合わないし』
『そうですね……。逆に【易しい】にすると、ダンジョン外生物がダンジョン内で死んだ場合にダンジョン入り口へと転移して復活するようです。収納内の物と身体だけが転移するので、装備品や通常の所持品はその場に残るようですね』
『ダンジョンボス戦の時と同じかな?』
『説明を見る限りはそうですね。
後は結界の拡大?
この結界まではダンジョン内の魔物扱いで、ダンジョン外に出た魔物は結界内に入ってこれないみたいです』
『ダンジョン内に入らないでも魔物を討伐しやすくなるはずだったのかな?
地球上の環境で魔物と戦えるというメリットが何かあるのかも?
いや、今の状況なら外に出た魔物からの安全地帯が増えるか』
『あ、こっちにはエリア設定とかありますよ。
ダンジョン内の地形変更とか安全エリアとか作れるようですね……あ、詳細地形設定モードとかあります。
基本が海底ダンジョンという部分は変わらないようですけど、出入口エリア以外は地上に設定もできますね』
『こっちの設定部分にダンジョンの移動ボタンがあるから、これでダンジョンの位置を変えたら出入り口部分もそれで変わるかもよ』
『可能性はありますね。
エリアごとに季節固定もできるようですし、夏エリアと冬エリアを固定して魔物の居ない遊ぶためのダンジョンとか作れそうな気がします』
『いいねぇ。
毎年イチゴの町でも作ってたけど、マジクにもウォータースライダー出来上がってたよね。
ここならもっとすごいのが詳細地形設定で作れないかな』
『面白そうですね。
都市内だとどうしても大きさの制限がありますからね。毎年形を変えて作っているみたいですけど、ここならとんでもない物も作れそうです』
「……ユウキ君とサクラちゃん、楽しそうね……」
「だな。タマキ、もう1個ダンジョンをクリアしに行くぞ。
聞いているだけでもやってみたいことが思いつく」
楽しそうなユウキとサクラの声を聞かされるだけのスミレたち。
アヤがとうとうタマキに対して、自分達もいじれるダンジョンが欲しいと言い出した。
「そうですね。でもまたEPを貯めないといけませんよ」
「タマキちゃん。流石に今度は戻ってうちのクランから出すわよ。
……でもその前にギルドの方にも報告かしら。他にも興味がある人はたくさん出るでしょうし、例のガイドに聞きたいこともいっぱいあるわ。
まさかこんな気軽にダンジョンをもう1個クリアしようとか話す日が来るとは……貴方たちは自分がどれだけの事を成し遂げたのか実感が無いんでしょうね」
スミレは判明した事実だけでなく、これらが与える周囲への影響について考えるだけでも頭が痛くなる。知っておきたいことはまだまだあるが、どこかで歯止めをかけないとユウキたちの自由が無くなってしまう。与える情報からの誘導の方向も考えなければならないのである。
「この情報は流石に、国にも話を伝えておかないとまずいわ。
何も事前準備をせずに既存ダンジョンでダンジョンボスとの戦闘を起こされたら、大パニックになるのは間違いないし。
一度小山ダンジョンに戻って貴方たちが東京ダンジョンへと移動したという記録を残しましょ。貴方たちは仮でもシルバーシーカーとなっているから東京ダンジョンの住民なんだけど、実際に移動したと言う所を周りに見てもらった方が今後の為にもよいのよね。
今は謎の部隊『霞』として外に出ているから、移動のタイミングでどこにも居なかったとなったら後々面倒なの」
調べれば色々分かるとはいえ、それでも何も知らない一般人レベルにまでユウキたちの真実をさらす必要はない。今回の話が伝わるだけでも、人々が期待を押し付けてしまうには大きすぎる功績なのだ。
いずれ何かを成し遂げるかどうかの判断をする時期が来るにしても、それはまだ今ではない。せめてそれまでは、自分達が防波堤になろうと思うスミレなのであった。
「ほら、タマキちゃん。ユウキ君とサクラちゃんを呼び戻して。
まだ聞いてなかったミッションの話も移動中にゆっくり聞きたいし、ユウキ君は受験勉強もあるでしょ。遊ぶのは受験が終わってからでも十分よ」
スミレはまるで、子供をもつ親にでもなった気分である。
「貴方たちと出会ってから、ホント退屈しなくなったわね……」
こうしてユウキたちは、一度小山ダンジョンへと戻ることが決定した。
『あ、つるつるの浅瀬にしても海流設定ができますよ』
『大きな流れるプールだね』
ユウキとサクラの楽しげな声を聴きながら……。




