第56話 初めての魔物の塔1
前回のあらすじ:
魔物の塔へとたどり着いた6人だったが、中に足を踏み入れた瞬間に2PTに分割されてしまった。
同じ場所に6人そろっているのだが、ユウキ、タマキ、サクラというミッション組と残りの非ミッション組で分かれている。
ユウキたち3人には、戦闘系ミッション中はミッション対象外の者とPT、クラン、レイドを組むことはできないというメッセージが表示された。
「ユウキ君は予定通り周りの魔物の対処をお願いね」
「分かりました」
スミレの指示に従い、ユウキは周りの魔物の魔石を回収する。
素材回収は後回しで良く、偽装をする必要もないので回収はあっさりと終了する。とはいえその後見える範囲から順に素材も回収しているのだが。
「さて、私達は検討ね。
このPT分割現象はミッション関連のようだけど、これにどういう意味があるのか。タマキちゃんもサクラちゃんも他に何か気になる事はある?」
「そうね。
先ずはこの状態でPTの離脱や参加、組み換えを試そうとしたらどうなるのか、というくらいかしら」
「私は、PTが分割した地図にスミレさん達が表示されなくなったことくらいでしょうか。
別PTになったのだから当然と言えば当然ですけど、このまま外に出ても勝手に合流はしないのかなと。あとはPTメンバーが一人でも中にいるとこういう状態になるのかどうかも気になります」
「そうね。どういう状況でこうなるかも確かめたいわね」
早速出来る事から開始するスミレたち一行。先ずは魔物の塔の中で出来る事から確認する。
最初に試したのは、それぞれのPTでメンバーを離脱させたり合流させたりできるのかどうか。これに関しては全く問題が無かった。タマキのPTからサクラが離脱して1人になる事が出来、そして再びタマキのPTに参加することもできた。
それはスミレのPTでも同様で、アヤが一度離脱して再度参加して事で確認した。
しかしお互いのPTメンバーを入れ替えることはできなかった。
サクラがタマキPTから離脱した後でスミレPTに参加しようとしてもできず、同様にアヤがスミレPTから離脱した後にタマキPTに参加することもできない。
「ユウキ、ちょっと外に出るけどすぐに戻るからそのままお願い」
「ん。了解。
こっちは何かあっても<魔化>を使えば問題ないから大丈夫」
「それもそうね。
まぁこっちも塔から出たすぐそこで実験するだけだから」
そうしてユウキを残して5人は一度魔物の塔から外に出る。
「次は外で同じことの実験よ」
スミレの指示に従い、塔の中でやったのと同様に実験を開始する。
「ミッション対象者が一人でも戦闘対象領域に居ると、ミッション対象者とミッション対象者以外の人が同一PTを組めないという事の様ね」
各種確認を終えたスミレが、検証結果をまとめる。
ユウキだけが中にいる状態で行った塔の外での実験でも、タマキのPTへとアヤが参加することはできなかった。しかしスミレのPTへとサクラが参加することは可能だった。
その状態でスミレだけが塔の中へ入っても変化はなかったが、サクラだけが塔へと入るとやはりサクラ1人とスミレたち3人でPTが分割されてしまったのである。
「スミレさんの説が正しいとして、これが緊急ミッションだけなのか、共通ミッションの方でも同じだったのかは気になるわね。既に共通ミッションは戦闘ミッションではなくなっているから今は確認できないけど」
「最初の訓練施設の時に入れなかったのは、実はそれが原因だという可能性はないでしょうか?」
タマキの疑問にサクラが新たな可能性を提示する。
「でもあの時は私達だけでも入れなかったのよね。
今回と同じ原因であれば、私達の誰かが入った段階でPTが分割される気がするわ」
「タマキちゃんの言うとおりね。
でも小山ダンジョンへ戻ったらもう一度確認だけはしてみましょ。気が付かない原因があった可能性はあるわけだしね。
それよりも、緊急ミッションだけではない可能性で今怖いのは、他にどんなミッションがあるかという事の方よ」
「そうなんですか?」
スミレはそういうも、サクラはいまいち理由が分からない。
「貴方たちは今、私達とPTが分割されているでしょ。それにも拘らずお互いにそこまで焦っていないのは、お互いが相手の事を心配の要らないメンバーだと思っているからよ。
私達から見ればサクラちゃんもタマキちゃんもユウキ君も<魔化>が使える以上死ぬことは無いと思っているわ。それに加えてタマキちゃんの転移とユウキ君の魔石回収を組み合わせてピンチになる状況なら、恐らくどんな人類が追加対応をしてもピンチのままよ」
「確かに私達が3人だけで行動した時にピンチになるケースは思いつかないわね」
スミレが言いたい事の意味をタマキは既に理解している。
「そして貴方たちは私達3人に関して特に心配をしていない」
「スミレさん達は普通に強いですから」
「サクラちゃん、それよ」
「え? どういう事でしょう?」
サクラにはまだスミレのいう意味が分からない。
「もし貴方たちとPTを組んでいるのが、私達のような元々強い人では無かったらどうかしら?
ミッション関連でPTが分割するのなら、鍵となるのは貴方たち3人よ。でも本来なら、中学生の貴方たちが私達とPTを組んでいる方がおかしいの。
これから貴方たちは高校、大学と進学するわ。その時にPTを組むのは同じ同級生たちよ。その時にPTが分割したら、貴方たちはともかく取り残された方は危険よ」
「そ、つまり私達は基本的に3人で動くべきってことね。
とはいえほかの学生たちを連れて、そこまで危険なところに行く意味はないけど」
「あー、そういう事ですか」
「まぁ、危険というレベルの判定が緩すぎると思うけどね。貴方たちが危険と思うようなところは本当にまずいわよ。貴方たちから見たら楽勝の所でも駄目よ。
そういう意味では学校の実習で指定されたところより先に連れて行くのは危険という判断ね。そこまでならPTメンバーに何かがあっても後退できるという安全マージンが検討されている範囲だから。高校に入ったばかりの学生が実習で倒せる範囲の魔物はかなり弱いからね。今の感覚との差には気を付けるのよ」
「まぁ、すべてはユウキを合格させてからの話ね。私やサクラちゃんはともかく、ユウキはまだまだ覚えないといけないこともあるし。通常戦闘に関してもまだまだだし」
「そうねぇ。
状況が状況だから一応ギルドや防衛軍からも推薦が出ると思うわよ。スキルだけならともかくミッションの問題があるし。ダンジョン研究の立場で考えれば、本人が嫌がるならともかく、本人が行きたいなら受け入れないなんていう事にはならないと思うわ。
とはいえ公に推薦という形にできるかは分からないし、先ずは本人に頑張ってもらう必要があるわ。
さて、のんびりと話しているのもいいけど、まずは魔物の塔を何とかしましょ。ユウキ君が一人で頑張っているわよ」
そうして再び魔物の塔の中へと戻る5人。
戻った5人が見た先では、ユウキが1体の魔物と戯れていた。
正確には既に倒した魔物にユウキが張り付いているだけなのだが……。
「ユウキ、それどうしたの?」
「ああ、おかえり。
いや、なんか倒した魔物を回収していたらこれがあって。今日暑いじゃない?
丁度良いかなーって」
ユウキが張り付いている魔物は、白い球体が縦に2個くっついている魔物である。大きな球体の上に少し小さな球体。全高およそ2m。いわゆる雪だるまである。
「えいっ」
タマキがユウキの反対側から雪だるまに抱きつく。
「あー、つーめーたーいーーーー」
「私も」
サクラもすぐに魔物のそばに寄り添い、涼みに入る。
「何体かあったので、まだありますよ」
そうしてさらに2体の雪だるまを取り出すユウキ。スミレたちもそのそばで涼みに入る。とはいえユウキはただ休んでいるだけではなく、今も時々クリスタルから出現する魔物の魔石を回収している最中だ。魔物の塔の攻略を放置できるわけではない。
「真夏に雪だるまっていいわねー。ダンジョン内でも標高の高い山に登るか、雪エリアのある施設に行かないと手に入らないのよ」
「そういえばスミレさん。なんでここには雪だるまの魔物が居るんでしょう」
スミレの言葉を聞き、ユウキが疑問を思い出す。
最初に回収した時に思った疑問なのだが、涼みながら魔石を回収しているうちに忘れていたのである。
「魔物の塔は、地上に溢れた魔物が集まるとできるらしいという話はしたわよね」
「はい」
「地上に溢れた魔物という事は、ダンジョンからのスタンピードによって出てきた魔物という事。つまりはダンジョン内のエリアに関わらず、色々な魔物が外に出てきているという事ね。恐らくその中に雪だるまの魔物が居たのよ」
「つまりこのまま待っていれば、あのクリスタルからそのうち雪だるまの魔物も出てくる可能性があると……」
「可能性で言えばそうかもしれないわね。ここに居た魔物が全部クリスタルからも出てくる可能性があるかどうかは分からないけど」
「ああ、そういえばそうですね。
増えるとは限らない、か。色々な魔物の素材が手に入るので魔物の塔は美味しいなと思っていたんですけど」
ユウキから見ると、移動をしなくても色々と違う素材を手に入れる事が出来る美味しいポイントなのである。
「魔物が増え続ける厄介な魔物の塔も、ユウキ君からすれば美味しい素材ポイントね。
ただ、どうせなら欲しい素材があるところをタマキちゃんに転移で行けるようにしてもらって、そこで素材を回収したほうが効率が良いと思うわよ。
この魔物の塔、5階層合わせたってクリスタルは50個しかないはずなんだから。
何日か毎に狩りに来るとかならまだしも、張り付くには効率が悪いわ」
「それもそうですね」
移動が必要ないというだけで、手に入る素材の量は確かに少ない。
しかも何が出てくるのかが分からないという事は、欲しい物を狙えないという意味でもある。そういう意味では狙った魔物がどこにいるかを探しておく方が将来的には安定する事である。
「クリスタルって脆いんですね」
ユウキの視線の先ではタマキが次々とクリスタルを破壊している。
「攻撃すると簡単に壊れるわね。タマキちゃんじゃなくてユウキ君でも壊せるかもしれないわよ」
「そうなんですね。でも俺があえて壊す意味はないような」
「そうね。タマキちゃんが倒せば戦闘経験はユウキ君たちのPTに入るし。そもそもクリスタルを壊して戦闘経験が入るものなのか分からないけど。
こんなに余裕がある魔物の塔の攻略なんて、初めてでしょうしね」
すでに1Fのクリスタルは破壊し終わり、今は2Fのクリスタルを破壊している最中だ。魔物に関しても、2Fどころか3Fの魔石も回収し終えており、今は見える範囲の魔物の死体を回収しながら話している。
「魔物の塔が発見されたら俺たちが呼ばれるようになったりするんですかね。まとまった魔物の量が居て俺にとっては美味しい施設ですし」
「そのうちそういう事もあるかもしれないわね。
とはいえ防衛軍の訓練や収入にもつながる部分だから、全てをという訳にはいかないでしょうけど。
それに前にも言ったけど、ユウキ君だよりになるというのはユウキ君が居なくなった後の世代が苦労するの。結局は全体的な戦闘力の底上げが必要なのよね」
「やっぱりそこですよね……」
「ユウキ君ひとりが考えないといけない問題ではないわよ。
既に人類は200年もダンジョンと共に生きているんだから。今はその知識を吸収することが先よ。受験生なんだし」
「それもそうですね。ただ、最近知った内容って、これまでの教育と違ったりしますか?」
「あー。そうね、根底から意味が変わってしまう部分もあるわね。
うーん。その辺はちょっとこっちでも考えるわ」
前提となる意味が変われば見方も変わるものである。そしてそれを元にした研究結果も変わり、ダンジョンの常識も変わることになる。
誰も知らなかった状況を知ってしまったユウキたち。他の何も知らない学生と同じ質問をされたとしても、導き出される答えが変わってしまう可能性を否定できないスミレであった。




