第46話 移動する都市
前回のあらすじ:
サクラが聖女だと説明された。
既にシルバーシーカーとしてダンジョン探索協会に登録してあると告げ、手を出しにくくした。
8月10日午前10時。
普段通りの日常をすごす者がいる中、外壁の出入り口から外を眺める者、そして外壁の上から外を眺める者といった普段とは違った行動をするものが多数存在している。
都市が移動を始める瞬間を一目見ようと、大勢の人が外の様子を見ることができる場所へと訪れているのだ。
ユウキたち3人もスミレと一緒に外壁の上から外を眺めている。
都市の外壁の高さはおよそ15m。厚みが5m程度ある壁の上は歩いて移動することができるようになっており、両端には落下防止用の手すりが付いている。
都市の外に光の道が現れると同時に感じる足元の揺れ。
そして歓声。
「……これが都市の移動。タマキは知ってた?」
「知らなかったわ。多分まだ習っていない範囲の事ね。
サクラちゃんは?」
「私も知りませんでした」
「ふふふ、そうね。
この辺の教育はダンジョンによって違うけど、小山ダンジョンだと多分高校に入ってからかしら。都市の位置を決めて以降、緊急時以外には動いてないのよね……今までは。
それに知識としては知っていても、小山ダンジョンから出たことがない人だと実際に動いている状況を見ている人は少ないのよ」
スミレの言葉を裏付けるように、今日は多くの人が状況を自分の目で見ようと壁の上に押し寄せている。
「都市自体が魔道具か何かなんですか?」
「ある意味そうだけど、正確には違うわよ」
ユウキの質問にスミレが答える。
ムーブコア。
ダンジョンコアのエネルギーを消費して創り出すことのできる浮遊型の移動設備。
石で出来た円錐台の上面端に落下防止用の壁が付いた形状で、円錐台の中は空洞になっている。
最小の大きさは円錐台の高さ5m、上面の直径が10m、壁の高さが上面からさらに1m。
円錐台の中の空洞は高さが3mあり、中心に制御用のコアが存在する。
空洞には上面から階段で中に出入りできる。
円錐台の側面には、上面へと上がる階段が付いている。
最小の大きさは6人PTで移動するときにちょうど良い大きさであり、移動できるルートの制限はあるものの大型都市ができる前のダンジョン攻略では非常に重宝された設備だ。
ムーブコアには結界の機能があるため、安全な宿泊場所としても利用できたのである。
この設備の大きさは、エネルギーを使用することによりさらに大きく成長させることができる。
現在の都市は、非常に大きくしたムーブコアの上に建物を建てたりして出来ている。
ムーブコアのエネルギーは自然回復する。
そのため緊急用の移動エネルギーを確保した上で、余剰エネルギーは今でも大きさを成長させるために使用しているのだ。
そうして今でも都市を拡大させ続けている。
「避難訓練で土台の中に避難した経験はあるでしょ。
本来はあっちが移動時の生活空間なのよね」
「地下だと思ってました。
乗り物の上に町を作ったんですね。
普段からこれの小さい版で移動ってできないんですか?」
スミレの説明を聞いたユウキは、安全な移動方法のように思えたのだ。
「エネルギー効率が良くないのよね。
自然回復するエネルギーよりも、移動や結界で消費するエネルギーの方が大きいの。
今はこの光の道でダンジョンコアからエネルギーが供給されているの。それで連続移動できるというだけよ。これもダンジョンコアの制御段階が開放されてやっとできるようになったことだから、これからは小山ダンジョンでも色々と利用することになるでしょうね」
「そういえばさっきも出てきましたけど、ダンジョンコアっていう物があるんですか?」
「私も聞いたことが無いわね」
「私もです」
ユウキだけでなく、タマキとサクラも知らない事。
「ダンジョンを制御するような操作盤が付いているコアがあるのよ。
本当にダンジョンコアという名前なのかは分からないけど、そう呼ばれているわ。
ムーブコアの創造、エネルギー供給や結界の設定。
他にも色々できることがあって、その制御権を所有者が握っているからダンジョンに他勢力が攻め込むのは難しいのよね」
ダンジョンコアのエネルギーは、ダンジョン内で魔物が倒されることによって増えていると推測されている。そしてダンジョンコアの初期開放段階での重要な設定は、スタンピードの抑制である。
ダンジョンコアのエネルギーを使用しつつスタンピードを抑制する。
これが出来ていないことによって、放置されているダンジョンや魔物討伐が間に合わないダンジョンではスタンピードが起こりやすいと考えられている。
「移動速度は遅いのね」
「俺はともかく、タマキならジョギングレベルでもっと速いよね」
「そうね」
遠ざかる3つの塔を見ながら、思っていたよりも移動速度が遅いことに気が付くタマキ。
すでにスミレはギルドの建物へと戻ってしまっている。
浮遊した都市の移動速度は時速30㎞程度。普段のユウキが全力疾走をしても追いつけない速度だが、タマキの<移動術>にて強化された速度で動けば簡単に追い越せる速度である。
それでも道なき道を進む地上のバスに比べたら、浮遊しているだけあって十分に速いのだけれど。
「これでやっと少し落ち着くね」
「しばらく大騒ぎだったものね」
本当はすぐにでも魔法の塔を制覇して共通ミッション1をクリアしたかった3人だが、3人だけで行くのはもったいないという事でスミレとさらにクランメンバー2人を連れて6人で行く計画となっている。
そのためにユウキたち以外の3人も一緒に訓練施設の初級コースに行こうとしたのだが、今日までスミレが忙しくなりすぎたのである。
都市移動中の食料に余裕を持たせるため狂乱の塔へ魔物狩りへ行くシーカーの指揮をとったり、都市が移動する前に収集依頼を出してくる依頼人をさばいたり。
今後の展開を聞きに来た人達をマジクの市長へ追いやったりとギルドではやることが多かった。
それも都市が移動を始めてしまえば比較的楽になる。
とはいえ浮いている高さも10m程度。鍛えている限定シーカーであれば円錐台外部の階段部分まで飛び乗ることは可能である。個人で持つ飛行装備の方が速く移動できるため、都市の移動中も外との出入りは可能である。
普通の人はともかく、シーカーたちが完全に都市に押し込まれているという訳ではない。
かといってタマキの様に目印があればすぐに転移できる者たち以外にとって、魔法の塔から離れてしまえば、わざわざ魔法の塔を攻略する者はいない。移動の途中に見つけた魔物やゲート、施設などに遊びに行く程度の事だ。
少しすれば、魔法の塔も魔具の塔もタマキたちの独占状態となる。
これが分かっているために、スミレが忙しい間はユウキの勉強やそれぞれのスキルの修行を先行していたのだ。
「それにしても、<魔道具作製>スキルは魔道技士のクラスになる以外で普通には取得できないのかな」
「他のスキル同様それっぽいことをしていれば取得できるのかもしれないけど、スミレさんも分からないと言っていたくらいだしね」
ユウキが再び<魔道具作製>スキルを欲しがっているのは、魔法のスクロールを解析した結果にある。
魔法のスクロールは、1回使用消費タイプの魔道具だったのだ。
習得する魔法陣の外側に『内側の魔法陣を習得する』という内容が追記された魔法陣。
使用時に消滅するという制限を付けることによって、込める魔力エネルギーが減らされており、既に必要なエネルギーは込められている。
そのため、使用者のエネルギーは必要なかったのだ。
「東京ダンジョンでもクラスは取得すると言ってましたし、高校に入ってからでいいんじゃないですか?
一度その取得場所に行けばタマキさんの転移で好きに行けるでしょうし、変更は簡単かもしれませんよ」
「そうだね。焦っても仕方がないか」
サクラの言葉で落ちつくユウキ。
解析しても実際に物が作れないと焦りを感じるユウキだが、実際は解析するだけでいろいろと分かる分だけ先に進んでいる。それでもタマキやサクラが先に進んでいるのを見ると、羨ましく思えるのだが。
今回小山ダンジョンを脱出した人々が向かうのは、一番近い国有ダンジョンである東京ダンジョン。
かつての小山駅付近にある小山ダンジョンと、かつての上野駅付近にある東京ダンジョン。
直線距離としては100km程度しかなく、平坦な道ばかりでなくともタマキであれば30分もかからないような距離である。
3人はダンジョンの外固有の制限があるという事をスミレから聞いているが、詳しくは実際に外に行くときに説明される。それでもダンジョン内での移動距離に比べればはるかに短い距離。ダンジョンの外の地図などはまだ習っていない範囲の事であるが、スミレから聞いた距離だけで十分に安心できる近さである。
3人の意識は、既に小山ダンジョンとは比べ物にならないほど発展しているという東京ダンジョンへと向かっているのだった。
これにて第2章:妄想少女サクラと魔法都市マジク編、完了です。
次話から第3章となり、舞台が再び変わります。
ダンジョンの外、地球の現状なども少し分かってきます。




