第39話 神器
前回のあらすじ:
模擬戦争への協力のために小山ダンジョンの出入り口を訪れたユウキたちはレイドポイントの交換品を見る。
そこには【神器】と書いてあるゴッド級アイテムが交換品に表示されていた。
「それが交換した【神器】なのね」
スミレは3人が取り出したアイテムをみて、興味深そうに目を細める。
今はスミレ、ユウキ、タマキ、サクラの4人だけでユウキが所持する温泉旅館の宝玉を使用した専用空間に入っている。スミレPTのメンバーたちは、一足先に模擬戦争を含めた交渉状況を確認しに情報収集を始めている。
スミレとしても情報収集をするつもりだったのだが、【神器】を所持している話は拡散しない方が良いと考えたため、周りの目が届かない専用空間に入って話をしているのだ。
「交換というか、【神器】ゴッド級アイテムを選んだら勝手にこれになりました」
「同じく」
「私もです」
ユウキに続きタマキとサクラも勝手にこれになったという反応を示す。
「つまりランダムなのね」
専用装備などは個別に表示されていたため選択できるのだが、【神器】ゴッド級アイテムはそれしか表示されていなかった。
その先で選択できるのかも、という疑問を抱きつつも3人共そのまま選んでしまう。
結局自分で選ぶ余地はなく、勝手にアイテム化されて収納に入っていたのだ。
(上の物が見えてしまうと、やっぱりレジェンド装備は選ばないわよねぇ。私だってレジェンドの事を知っていたらウルトラレアと交換したかどうか)
スミレがレイドポイントを交換し始めた時には、レジェンドが交換できるという情報を知らなかったのだ。ポイント所持範囲内で選べるものしか表示されないため、その先に交換できる対象があるかどうかはわからない。レイドボス戦の事も考え、スミレはウルトラレア級で交換し始めてしまったのだった。
「でも、それぞれ【神器】という名にふさわしい物ではありそうね。
ユウキ君のは汎用生産補助で、タマキちゃんのは専用生産補助かしら。
サクラちゃんのは魔導書だし、誰も装備は手に入らなかったのね。
もしかして【神器】の装備は無いのかしら」
何が出るか分からないドキドキ感があり、スミレもぜひ【神器】を交換してみたいという気持ちでいっぱいだ。しかし既に行ける範囲のレイドボスはあらかた討伐済みである。1000P集めるのは難しい。
・【神器】万能工作機
ゴッド級アイテム(個人依存アイテム:譲渡不可、所有者以外の使用不可、破壊不可、廃棄不可)
所持スキルに応じて様々な作業に使用可能な工作機。
<解析>スキルを獲得。
・【神器】万能錬金釜
ゴッド級アイテム(個人依存アイテム:譲渡不可、所有者以外の使用不可、破壊不可、廃棄不可)
<錬金術>スキルの強さに応じてあらゆる錬金アイテムを作成可能になる錬金釜。
<錬金術>スキルを獲得。
・【神器】忍術大全
ゴッド級アイテム(個人依存アイテム:譲渡不可、所有者以外の使用不可、破壊不可、廃棄不可)
<忍術>スキルの強さに応じてあらゆる忍術を使用可能になる魔導書。
<忍術>スキルを獲得。
ユウキが手に入れたアイテムは【神器】万能工作機。
サクラが取得したのであれば<彫金>スキルを持っているので丁度良かったのかもしれないが、残念なことにユウキは生産系スキルを何も取得していない。
それでもユウキは<解析>というスキルを獲得している以上何かできるのではないかと思い、【神器】万能工作機を操作する。
<アイテムを作業台に載せてください>
操作画面にある解析ボタンを押すと、メッセージが表示された。
手持ちの装備である『硬化の杖』を作業台に載せて再び解析ボタンを押す。
<『硬化』の魔法陣を登録しました。
作製には木材、木工スキル、魔道具作製スキルが必要です>
「なんか魔法陣が登録されて、材料とスキルがあれば複製できるみたい」
ユウキは意味が分からない状況なのでスミレに助けを求めるも、スミレもさっぱり意味が分からない。
「この魔法陣、他のアイテムにくっつくのかな……」
【神器】万能工作機の操作画面上には、魔法陣の欄に『硬化』と表示が記憶されている。
試しに普段装備している強化革のジャケットを作業台におき、解析ではなく魔法陣を選ぶと<魔道具作製>のスキルが足りないというエラーメッセージが表示される。
「<魔道具作製>というスキルがあれば行けそうなメッセージがでますね」
「そうね。魔道具は、道具に魔法陣を組み込んで作る物だから。普通は魔法陣の知識が必要なんだけど、まさか解析できる道具が存在するとは。
だからこその【神器】というところかしらね」
ユウキの質問に対しあっさりと答えるスミレ。
「学校へ行く楽しみが増えました」
ただ漠然と卒業すればいいというだけではなく、生産系スキルを手に入れるという面白そうな目標が出来たユウキだった。
一方タマキが取得したのは【神器】万能錬金釜。
そしてユウキ同様にタマキもスキルを取得していなかったが、今回<錬金術>スキルを獲得している。
とはいえ使ったことのないスキルのためなのか、レシピとして表示されているのは蒸留水のみ。
試して見ると、材料として入れ物に入った水が必要である。
幸いにして、今いるのは温泉旅館。
水も入れ物も簡単にそろう物だ。
適当なコップに水を汲んで試すと、あっさりと蒸留水が出来上がる。
そしてレシピにポーション類が追加される。
「私のは多分、これを繰り返せば<錬金術>スキルで作れるものが増えていく気がします」
「本来は調合道具が色々必要な上にレシピも手に入れる必要があるのだけれど、やっぱり便利ね」
サクラが手に入れたのは【神器】忍術大全。
当然サクラもスキルを取得していなかったが、今回<忍術>スキルを獲得している。
「どうでしょう?
空蝉の術1を使用してみたのですけど。
ユウキさん、ちょっとこの辺触ってみてください」
そう言いつつ胸を差し出すサクラ。
女忍者と言えばくノ一。そしてくノ一と言えば……。
サクラの妄想世界は止まらない。
しかしユウキが行動するよりも早く、タマキのハリセンがサクラの頭に振り下ろされる。
スカッ!
「あら、当たらないわね」
結界の中だからと頭装備は外している3人。
確かに直撃する位置関係だったはずなのだが、ハリセンが当たる瞬間にサクラの姿が消えた。その場に装備を残して。
バチン!
「2回目は当たったわ。
装備は着たままなのに、脱げたように見えるのね」
同じ場所に現れたサクラにタマキが容赦なく振り下ろした2発目は、いい音を出してサクラの頭に直撃したのだった。
しかも脱げて残ったように見えた装備はいつの間にか消えており、サクラは普通に装備をつけたままである。
「1回だけなんですね」
「でもお守りとしてはいいじゃない。結界や<魔化>もあるけどEPが減るし、魔法力で1回分かわせるならいいんじゃない?
しかも術に1とついているからには、2もあるような気がするし。
実践では安全策をとって、練習は暇な訓練の時にやりましょ」
もっともな話である。
*****
「では、双方の要求はこの通りで」
スミレたちが神器の確認を終えて模擬戦争を行う施設へ到着した丁度そのころ、模擬戦争に関する会議も終了を迎えていた。
議長の発言に頷く両陣営の代表たち。
所属ダンジョン数の減少により、もはや数年に一度程度となっている模擬戦争。
数十年前であれば模擬戦争時の要求は双方の隔たりが大きかったが、今となっては余り大きな差は無くなっている。
日本政府の要求は当初から変わっていないのだが、独立するダンジョン側の要求が日本政府からの要求に近い形に変わってきているのだ。
今回も日本政府の要求は、『別のダンジョンへと移動を希望する日本国民を、全員ダンジョンの出口までダンジョン所有者の負担により移動させること』である。
日本政府が所属ダンジョンをサポートし続けている理由は二つある。
一つ目は、『人類が地球上を放棄した頃から所属ダンジョン内で暮らしている家系の者は日本に住んでいる意識であり、日本の法に従って暮らしていくことを希望するのであれば手を差し伸べるべきである』という昔からの主張である。
そのため、新たなダンジョンを誰かが制覇したとしてそこに勝手に移り住んだとしても、所属ダンジョンとしてサポートしたりはしていない。それは自分が好きで移動した結果であり、新たな道を進むのであれば自分達で切り開くべきものだからだ。国として関わるダンジョンを増やすなら、国有として増やしていくのが当たり前の事である。
そして二つ目が、人口の確保である。集中させた国有ダンジョン内でも当然人口は増えている。しかし同じ法の元に暮らすのであれば、さらに合流させたほうが人口が増えるのは当然のことだ。
これらの理由により、他のダンジョンへ移動を希望する者は国有ダンジョンに移動させ、日本の法の下に新たな生活を始めさせるのである。
一方、所有者である小山野家側の要求は、『別のダンジョンへと移動を希望する日本国民の内、小山野家が指定する者以外を、全員ダンジョンの出口まで日本政府の負担により移動させること』である。
これは、数十年前こそ中にいる人間は全て所有者のものというような要求をしていたものの、日本の価値観を持ったまま2級市民とされた者たちは、当然のように暴動を起こした。働かせようとしても生産性は悪く、戦えるものはゲリラ戦を仕掛けた。
各都市でも中から外からと攻撃され、まともな統治などできなくなったのだ。
そのため、本当に欲しい人材以外は別のダンジョンへと放り出してしまった方が、反乱を防ぎやすいという結論となった。
現在は2級市民は貴族連合側より必要な人口分の提供を受け、そこからさらに発展させていくという形になっている。既に価値観が安定している2級市民であるため、人口を増加させるのが当たり前となっているのだから暴動が起きることもない。
日本政府側から見れば、ダンジョン所有者側が勝とうとも『手に入る人口が少し減る』だけで他は負担的な問題だけだ。
その負担に関しても、実際はダンジョン所有者側の力で移動させ、代わりに何かしらの援助をするという程度である。
例えば強力なダンジョンシーカーを何度か訪問させ、現地で倒すことが困難な魔物たちを駆除するなどというような。その時のダンジョンシーカーは貴族待遇で迎え入れられるため、訪問させること自体も大した苦労ではない。
しかし、中に住んでいる住民からみれば、日本政府側が勝つかダンジョン所有者側が勝つかは大違いである。
小山野家が指定する者になってしまった場合、自分の意志に反してこのダンジョンに取り残されることになるからだ。
正確には、自力で脱出することは可能であるが、目をつけた少数を確保するために人数を用意されてしまうため、脱出の難易度が上がってしまうということである。
「矢吹少将、こんばんは」
会議室から出てきた矢吹は、スミレに呼び止められる。
ヤブキは小山ダンジョンに駐在する防衛軍のトップである。小山ダンジョン内にあるダンジョン探索ギルドの重鎮であるスミレとも、当然顔なじみだ。
「おや、田中君がここに来るとは珍しい」
「やだ、もう。田中君なんてよそよそしい。スミレでいいわよ、ス、ミ、レ、で」
田中剛。スミレの本名である。
「そうかね。スミレ君。顔を出したという事は、一緒に戦ってくれるのかい?」
ヤブキはスミレと言い張る田中にあきれつつも、ダメ元で参戦を誘ってみる。
「そうなのよ。少将が日本側のトップ?」
この発言に驚くヤブキだが、残念ながら今回のトップは別人だ。
「今回は本部から中将が出張ってきている。
それにしてもどういう風の吹き回しだい?」
「ちょっとうちの子にちょっかいかけてくれたお礼をしようと思ってね。
でも中将が出て来たなら、出番はないかしら」
中将は日本防衛軍のトップであり、数万人規模の部隊を動かすときに出てくる者だ。本当に戦争をするならともかく、わざわざ模擬戦争のために出てくるには大物すぎる。
模擬戦争を行う施設は本来の意味での戦争用途ではないため、小規模戦は1PT対1PTの6人同士での対戦だ。大規模戦ですらレイド対レイドの200人同士での対戦である。防衛軍としては中隊での戦いとなるため、中隊戦力やPT戦力を送り込むならまだしも中将がトップとしてくるのは不自然である。
「いや、今回は逆だ。どうしようもないから言い訳を兼ねて中将が出てきたという方が正しい。
北と西から魔物が本土に流入してきていてな。
どうやら大陸の連中、日本に魔物を押し付けるつもりのようだ。
それで戦力を引きはがせない状況になっている。いやなタイミングで独立をしてくれたもんだぜ、まったく。
後は移動する人を第一ダンジョン迄護衛しながら連れて行く指揮をするためでもあるな」
「そう。それなら内密に紹介もしておきたかったし、丁度いい貸しになるわね。
神薙中将から変わってないかしら?」
「ああ、神薙中将が今も防衛軍のトップだ。
いやな借りだな。内密になら、セッティングするか?」
「よろしく。まずは最小限レベルの内密でね」
「おいおい、厄介ごとじゃないだろうな」
「むしろ紹介されなかった方がかわいそうなくらいよ」
ヤブキはスミレの話に『ほんとかよ……』と内心思いつつも、戦力的にはありがたい為に早速条件を整えに向かっていくのだった。




