第37話 独立する小山ダンジョン
前回のあらすじ:
シルバーカードを手に入れた。
小山ダンジョンが日本から独立した、という速報が届いた。
「お待たせー。会議が長引いちゃって、ごめんね」
クラン黄昏のホームへと戻ってきたスミレは、予定より遅れてしまったことを謝罪しつつ部屋にいるメンバーを確認する。
とはいえ部屋の中にいるのは料理人、鍛冶師、錬金術師というクランの生産系3人とユウキ、タマキ、サクラの合わせて6人だけだ。情報が伝わっていない今の状態では、戦闘に出ているPTが帰ってきていないのは仕方のない事である。
「団長、やっぱり脱出か?」
クランの鍛冶師である健一郎がスミレへと尋ねる。クランの中ではスミレはギルマスではなく団長と呼ばれている。
「そうね。でもその前に色々とやることがあるわ」
「スミレさん。ダンジョンが独立すると、なんで中央都市への移動が無くなったり、脱出したりという話になるんでしょう?」
質問したのはユウキだが、タマキとサクラもいまいち状況を把握出来ていない。スミレから小山ダンジョンが独立したという話と、中央都市への移動中止という話しか聞いていないからだ。
「そうね。今すぐに動く事でもないし、まずはそこから始めましょうか。ミーちゃんみんなに飲み物お願い」
「はーい」
そう返事をした料理人の碧は、全員の飲み物を用意すべく調理場へと消えていく。
「さて、ではまずダンジョンの独立が何を意味するかという事からね。
この辺は他のダンジョンの情報を知らないと意味が分からないから含めるけど、これはお友達には話してはダメよ。貴方たちはシルバーシーカーだから問題ないけれど、本来は国家ライセンス取得者や一部の教育者、政治家などの上層部しか知らない話だからね」
スミレはそう前置きをしたうえで3人に情報を話し始める。
各ダンジョンにはダンジョンコアがあり、条件達成により段階的にその能力の開放が可能となる。その開放段階によってダンジョンの中での暮らしやすさが変わるため、全ての人に伝えた場合は発展していないダンジョンから人が居なくなってしまう。
ダンジョン自体の大きさは常に広がり続けており、その拡張に合わせた分の魔物を討伐し続ける事が出来ないとスタンピードが発生してしまう。そのため、ダンジョンの維持には魔物を倒す人手が必要なのだ。
所属ダンジョンではこの魔物討伐部隊を含めて自力で全てを用意することが出来なく、日本政府からの援助によって維持されているという状況だ。
このことを知っているのは、ダンジョン外との行き来ができるダンジョンシーカー、防衛軍、および特別に許可を得ている者だけである。通常の人々は、ダンジョン内の都市の中であれば安全に生活できると感じており、それにより効率よく生活技術を向上させ続けているのだ。
ダンジョンの独立が認められるのは、基本的にダンジョンコアの開放が一定段階まで到達した時である。それにより都市の防衛に関する能力が上昇するため、人的防衛戦力を縮小することができる。それは魔物の討伐に力を注ぐことができるようになる事を意味する。
ではなぜここで脱出の話になるかと言えば、それはダンジョン貴族が管理する占有ダンジョンの現状は、あまりにも日本の常識とはかけ離れているからだ。
多くの占有ダンジョン内では、大きく分けて3つの身分に分かれている。
ダンジョン貴族及び親戚、任命されたダンジョン内貴族などの貴族としての身分。
貴族によって認められた有力な家系の者たちである1級市民。
そして全体の90%以上を占めるその他2級市民。
この2級市民には、基本的に人権などというものは存在しない。
かつてあった世界大戦、魔物のスタンピード、内戦、科学技術の崩壊。
さらには日常的な魔物との戦闘。
これらにより、人類は一時的に絶滅の危機に陥った。
世界人口は1億人を下回るまで減少し、もはや魔物に対抗するだけで精一杯の状態となったことで、人類はお互いに殺し合う事を禁止した。そして急務となった人口増加計画。
日本政府が出した方針は、限られたダンジョン内に人口を集中させること。そして局地的な発展をさせることにより、人口の増加を促す方針として成功した。
それに対し占有ダンジョンを統治する貴族連合は、思想統制及び教育により、半ば洗脳状態のような形で人口の急激な増加を実現させた。
2級市民の女性は、16歳になったら常に子供を身ごもることが美徳とされている。そして生涯に10人以上の子供を産むのは当然のことと考えさせられ、より多くの子供を産む女性が素晴らしい女性であるという思想教育を行った。
2級市民には結婚という制度が無く、相手となる男性は毎回支配者側が指定する。貴族や一級市民、および活躍した2級市民を常に相手にし続けるのが当然の事と考えられ、良い相手と過ごしたという事が自慢になるように誘導されている。生活も育児も支配者から保証されており、それらの水準を決めるのが自分の美貌と男性への対応なのだ。
一方2級市民の男性は、魔物の討伐や1級市民の元で労働をすることが当然とされている。その活動具合で2級市民の女性の元へと行けるのが褒美であり、外部からの情報が入らない隔離されたダンジョンではそれが当たり前の事として成り立っていた。
当然人口は爆発的に増え、成功したダンジョンから別のダンジョンへ人を移すことができるまでに回復した。元々のスタート人口が少なかったこともあり、それでもまだ国有ダンジョン内に暮らす人口の方が多いのだが、支配しているダンジョンの数で言えば国有ダンジョンよりも占有ダンジョンの方が多くなっているのが日本国内の現状である。
「つまりこのまま小山ダンジョンにいると、俺達は2級市民になるという事ですか?」
説明を聞いたユウキは、確認のためにスミレへと尋ねる。
「そうね。タマキちゃんとサクラちゃんは可愛いから男の子たちに大人気。
……と、少し前までならそういう事だけど、実際は貴方たちは特殊だからちょっと変わるのよ。
貴方たちは正式にダンジョン探索協会に登録されたシルバーシーカーだから、私達と同じで国に所属という扱いになるの。
だから占有ダンジョン内でも一定の自由が保障される立場になる。これをしないと、ダンジョンシーカーという魔物対応のスペシャリストが占有ダンジョンを訪れてくれなくなるからね。小山ダンジョンもそうなるはずよ。
でも貴方たちがシルバーシーカーなのはとりあえず秘密にしておいてね」
「何かあるんですか?」
「どうもサクラちゃんが狙われているっぽいのよね」
「え? 私ですか?」
急に話に自分の名前が出てきたサクラは、驚きながらもスミレへと確認する。
「理由までは分からないけどね。切り札は隠しておくに限るわ。
その方が相手の予定を崩せるからね」
「分かりました」
「次はこれから起こることの話ね。
小山ダンジョン内に残るといやな目に合うことは分かったと思うわ。
これは日本政府も同様に考えているの。私たちの価値観からすると、占有ダンジョン内の2級市民というのは奴隷に近いような印象になるのよね。
ただ、実際に占有ダンジョン内で暮らしている人は別に自分の事を奴隷だとは思ってないのよ。衣食住もしっかりしているし、休みもきちんとあるの」
実際に占有ダンジョン内では、2級市民の生活も特に捕らえられているという事もなく普通に生活を送っている。
「魔物と戦うのは私達も同じだし、ダンジョンシーカーの女性ならPTを組んだ相手に抱かれるのは私達だって当然のこと。これは生物的本能の部分だから、そういうものよ。
2級市民と私達の違いは、自由に相手を選ぶ私達と、相手を偉い人達に選んでもらう2級市民たちという価値観の違いだけ。
でもその価値観の違いが、今は重要になるの。私達にはその価値観は無いからね。
そのために起こるのが、日本政府と小山野家の間の交渉。
これも協定で決まっていて、ルールの決まっている疑似戦闘が行われるわ」
「疑似戦闘?」
「そう。人の死なない戦闘ね。ダンジョン入り口近くにそういう場所があるの。
そこで小規模戦、大規模戦、対魔物戦などが行われて勝敗を決めるのよ。
この段階で日本政府側が勝てばよし、負けたら国としては手を出せない。
そうなると次は、住んでいる人が自力で脱出するかどうかね。この場合は住んでいる人と小山野家関係者の間で死ぬ可能性のある本当の戦闘になるわ」
「その場合、日本政府は手を出さないんですか?」
「手を出したら、このダンジョンだけでなく各地で戦争が起きるからね。
それも、もっとも対処し難いゲリラ戦という形で。転移魔法や各種スキル等がある相手からのゲリラ戦って防ぐのはものすごく難しいのよ。
過去の内戦で人類が絶滅寸前まで行ってしまったのも、ゲリラ的に相手を強引に倒す際に巻き添えとして死んでしまった人が多かったからと言われているのよね。
だからそうなったら、自分達で何とかするしかないの。
ただ、私達は日本政府じゃないからね。サクラちゃんにちょっかいを出してくれたお礼はきっちりとしてあげなくちゃね。そして終わったら、もっと楽しいダンジョンを探索しに行きましょ」
ふふふふふ、と何やら悪巧みを考えているスミレであった。
スミレの説明を聞いてから3日後、魔法都市マジクの市長から正式な通達が発表された。
小山ダンジョンは日本から独立し、小山野家を頂点とした小山野ダンジョンへと変化する。そして日本の法や権利は無効となり、貴族連合で用いられている法や権利が有効になると。配布された資料には貴族、1級市民、2級市民の事も書かれており、当然多数の市民が反発する。
しかし現在はまだ日本政府と小山野家の間での交渉の最中であり、その交渉次第では小山野ダンジョンから別のダンジョンへと無条件で移動することが可能となる旨が回答されるだけで、現時点で行えることは何もなかった。
そんな時、ギルドの食堂で食事をしていたユウキ、タマキ、サクラの元へ、小山野家の使者が訪れる。正確にはサクラの元へ。
「中西伯爵より、中西ダンジョンで1級市民として暮らす気はないか、という誘いが来ております。詳しくは、時間があるときに小山野家へ一度お越しください」
使者は用件を告げ、招待状をサクラに渡すと他に特に何もせずに立ち去って行った。




