第31話 称号と温泉
前回のあらすじ:オーク城で謎の魔物を倒したようです。
塔から転移ではじき出された3人の体は装備も含めて透けており、さらに白色の光を放っていた。
体が透けて光るという珍現象に見舞われてはいるが、幸いにも3人の周りに人が集まっているわけではない。
既に時間は夜の11時近く。オークの集団を倒してからオーク城を一掃していたのでずいぶんと時間が経っていたからだ。
「こういう時に、誰か頼りになる人が欲しいわね。
サクラちゃんって誰か頼りになる人はいる?
私とユウキは施設育ちで、今は高校受験で中央都市に向かっている最中なのよ。頼りになる人が居ないのよね」
「あ、お二人も同い年だったんですね。実力の差に愕然としてしまいますけど。
私も施設育ちで、中央都市へと向かうために学校を卒業したところです。
ギルマスに相談してみましょうか?」
「やっぱりそれしかないかしらね」
タマキとサクラがこれからについて話している間、ユウキは自分のステータスを確認していた。そして……。
「あ、戻れた」
ユウキだけが、元の透けても光ってもいない体へと戻った。
「え? どうやったの?」
「ステータスの表示に『称号』というのが追加されててね。その称号の中で<魔化>っていうスキルを獲得していることになってる。
それで<魔化>のスキルを確認したら、自動発動になっているけど戻るのは任意で戻れるみたいだから戻ってみた。
そうしたら体が透けて光るのも戻ったよ」
ユウキは塔の中でのクリアメッセージが、『出現』ではなくて『付与』という表示だったことに引っかかりを覚えていた。そのため、今の不思議な状況に関連があるかもと知れないと考え、ステータスを確認してみたのだ。
≪レイドボスSSS討伐者≫
レイドボスをランクSSSで討伐した者に与える称号
スキルを強化(超)
特殊スキル<魔化>獲得
・魔化(自動発動)
肉体及び装備品、所持品を一時的に魔力状態へと戻す。
魔力状態と元の状態は任意に変更可能
「私も戻れたわ」
「私もです。後、クラスポイントというものとレイドポイントという表示が増えていますね。両方とも1000と表示されています」
「そうね。説明からすると、倒したのがレイドボスという事で、その結果ポイントを付与されたという事だと思うけど。
レイドポイントは使い方が分からないし、クラスポイントも特別なクラスの取得が可能という部分しかないわ。
クラス自体、元々どういうものがあるのかも、どうやってとるのかも分からないけど」
3人のステータスには、今までなかった項目が追加されている。
クラスポイント:1000
レイドポイント:1000
しかし3人とも初めて見る内容であり、これが何を意味するのかさえ分からない。
「そっちも気になるけどさ。俺としては<魔化>の『魔力状態へと戻す』っていう部分の方が引っかかるんだけど。
人間って、魔力で出来ているの?」
「「……」」
3人は、知らない事を自分達だけで悩んでいてもどうしようもないと考え、明日ギルドマスターへと確認することに決めた。
「いい温泉ですねぇ」
ギルドへと戻った3人は、早速受付でサクラを救出するための援軍要請が出ているか確認した。
しかし20Fでオークの集団が出たという情報は伝わっていたが、特に救出の話は出ていない。
これは、現地で宿泊していた別のシーカーたちがギルドに報告したもので、その者達は取り残されている人が居る事などは知らなかった。そのため、ただ単に異常事態としてギルドに報告をしただけだったのだ。
そしてギルドで食事をした後個室を一つ借りた3人は、今は『温泉旅館の宝玉』を使用して温泉を満喫しているのだった。
「でしょ。サクラちゃんも気に入ると思ったわ」
「お二人が羨ましいです」
サクラはできれば二人と一緒にPTを組み続けたかったが、流石にカップルの中に一人飛び込むのは申し訳ないと考えていた。
「あら、サクラちゃんは一緒に来ないの?
おかしな経験をしたばかりだし、レイドボスなんて言う訳の分からない相手も倒してしまったし。一人だけ別れると不安にならない?」
「いいんですか? その、私も一緒に居てしまって」
「勿論よ。ユウキもサクラちゃんを気に入っているみたいだし」
タマキにも勿論思惑がある。
ユウキがサクラの方を見てしまう時にはタマキも拗ねるが、本気でサクラの方にだけ行ってしまうとは考えていない。勿論独占できるに越したことは無いと思っているが、今のところタマキだけで一歩踏み出すのは心細い。
そしてタマキは今日、決定的な問題点を見つけてしまった。
ユウキとタマキの二人では、身の危険を感じた後に乗り越えるという状況を想定しにくいのだ。
仮にユウキとタマキがサクラのような状態に陥っても、ユウキがあっさりと魔物を倒してしまうだろう。もしユウキの魔石回収が利かない相手であれば、タマキの転移で離脱するだけの事だ。お互いが命の危険を感じて等というイベントには発展しづらい。
そこで、既にイベントが起こったサクラをきっかけにしようとタマキは考えたのだ。
このままでは高校に行った後に、他の女の子との間にそういう事が起こってしまっても不思議ではない。だったら今の内に先にきっかけを作りたい。
サクラは今、症状を見せないようにしているが、塔ではずいぶんユウキにアピールをしていた。このままでは体も辛いだろう。
そんな事をタマキはひそかに考えていた。
「ありがとうございます」
サクラは特に何も考えずに、これからも二人と一緒に過ごせることを喜んでいた。
「えっと、サクラちゃん。ユウキの方へ行かなくていいの?」
タマキとしては、これからも一緒にいるという話を聞いたサクラは我慢せずにユウキの元へ向かうと思っていた。
しかしサクラが一向に男湯へと向かう様子はない。
「え? なんでですか?」
「塔でだいぶ症状が出ていたようだから」
「あ、やはり分かってましたか。でも大丈夫です。レイドボスでビックリして、塔から出ていろいろ驚いて、温泉でゆっくりしたら治りました」
「え?」
タマキは残念な表情を見せてしまった。
(折角のイベントがー。治っちゃったなんて)
(あれ? この反応はもしかして)
「もしかしたら、温泉から出るとまた症状が再発するかもしれません。でも、一度落ち着いてしまうと一人で行くのはちょっと恥ずかしくて。タマキさんも一緒に行ってもらえませんか?」
タマキの残念な表情が消え、嬉しそうな表情へと変わる。
(あ、やっぱり。これで正解でしたのね。タマキさんったら……かわいいですね)
タマキとサクラが男湯へと向かっている頃、ユウキはようやくサウナから出て体を洗うところだった。
ポーションがぶ飲みとはいえ半日ほぼ走っていたので、十分に汗をかいている。クリーンの魔法でキレイにしていたとはいえ、一度サウナでしっかりと汗を流したいと思っていたのだ。
そして先に頭を洗っている最中に、その足音は聞こえてきた。
「ユウキ、こっちに居たんだ」
「え? タマキ?」
「お邪魔します、ユウキさん」
「サクラちゃんも?」
ユウキが振り向くと、バスタオルを巻いた二人がそばまで来ている。
「どうしたの?」
「いいからいいから。ほら、背中洗ってあげるから前を向いて」
ユウキは頭を洗いながら素直に洗面台の方に向き直る。
そして背中に当たるぽよんぽよん。
タマキの仕業だった。
「ちょっと、タマキ?」
「あ、私だってわかるんだ」
「タマキはともかく、サクラちゃんがいきなりするとは思えないよ」
「だって、サクラちゃん」
「ふふふ、では失礼しまーす」
サクラもそういうと身体で泡を立て、頭を洗っていたユウキの左手を下ろさせると抱え込んだ。ぽよぽよで。
これはサクラがタマキに伝授した方法だ。
そのサクラ自身も、仲の良い踊り子に教えてもらった方法なのだが。プロの踊り子とは娼館で働く娼婦であり、こういう事のプロなのだ。
タマキもサクラからそれを聞き、実践しようと頑張っている。既にサクラをきっかけにしようとしていた事など吹き飛んでしまっているのだ。
「サ、サクラちゃん迄?」
「むー。なんでサクラちゃんだと反応が違うのよ」
そしてタマキがユウキの右手を下ろさせると、同じように抱え込んだ。
力いっぱいむぎゅっと。そして……。
『バキバキバキ!』
タマキに抱えられているユウキの腕の骨が砕けた。
「え? え? え?」
「なに? なに? なに?」
タマキだけでなくサクラも大パニックだ。
ユウキは既に気絶している。
「ポーション、は全部ユウキだ」
「あ、回復魔法。ハイ・ヒール!」
サクラが慌てて回復魔法を使う。するとユウキの身体は強烈な光を放ち、腕が一瞬で再生する。
「状態回復魔法も使える?」
「使えます。ハイ・キュア!」
再びユウキが強烈な光を放ち、目をあけた。
「あれ? 何がどうなったの?」
ユウキの目には、裸の二人が焦ってユウキを見下ろしている、という構図に見えている。
「ユウキ、腕は動く? 大丈夫?」
タマキはユウキの心を心配している。
ケガ自体は回復魔法で治ったように見える。問題は、ユウキの心が腕を動かすことを拒否してしまわないかどうかだ。精神的に治っていないと感じてしまうと、動かないケースもあるのだから。
「腕? 普通に動くけど」
ユウキはそう言いながら普通に両腕とも動かしみせる。
「そう、良かったわ」
「結局何があったの?」
ユウキは二人の顔を見ながら話している、つもりだが実はチラチラと視線が下がったりしている。
見られている二人は、ユウキの視線がどこを見ているか理解しているが気にしない。
そしてサクラはそれを元に自分の妄想の世界へと旅立っている。
「良く分からないのよね。なぜかユウキの腕を砕いちゃったのよ」
「え? なんともないけど」
「それはサクラちゃんの魔法で治してもらったから」
「そうなんだ」
「でも何でああなったのか。ユウキ、手をかして」
ユウキはタマキに向かって手を出す。そしてタマキはユウキの手をぎゅっと握ると……。
『バキバキバキ!』
「うっ」
今度は何かあるかもしれないと構えていたユウキ。いきなり天国のような気持ちの中に起こった突然の強烈な痛みとは違い、気絶するような事にはならない。
「サクラちゃん」
タマキは手をユウキから離して声をかける。
「ハイ・ヒール!」
ユウキの手がまぶしく光り、そして元に戻る。
「痛みが消えたし、動くね」
「これがサクラちゃんの魔法よ。凄いわよね」
「ほんとに。回復魔法ってすごいね」
「ありがとうございます。普段あまり使わないので、役に立ててうれしいです」
回復魔法の力を実感するも、問題が解決したわけではない。3人は温泉につかりながら今起きた状況を整理する。
「称号の『スキルを強化(超)』で身体強化のスキル迄強化されているってことかしらね?」
「もしかしたら、その前の時点でも同じだったかもしれないけど。また20Fのオークと戦ってみれば変化がわかるかも?」
「確かにそうね。でも……ユウキをぎゅうってできなくなっちゃった」
「タマキ。俺はこの状況でも十分に幸せだよ。ずっと一緒にいるんだから、ゆっくりでいいじゃない。
それに素質的に俺がタマキに追いつくのは難しいと思うけど、これはある意味チャンスじゃないかな? 『スキルを強化』で身体強化が変わるなら、『スキルを低下』とか『無効化』みたいな何かがあれば、身体強化を打ち消せるかもしれないし。まだオークと戦って試してみないと分からないけど」
「うん。そうよね。確かにチャンスかもしれないわね。
よく考えたら、素質の差があるという事はいつかはこうなるという事なんだもんね」
ユウキに諭されて元気になるタマキ。
(お互いが想い合っているのっていいですね。
あ、そこでタマキさんと出来ない分、私が襲われるのですね。きゃー)
前向きな二人の様子を見ながら微笑むサクラの妄想は、相変わらず絶好調だった。




