第29話 ホワイトウルフ
前回のあらすじ:
オークの大群に囲まれたサクラとホワイトウルフ。しかしサクラは狂乱石を持っていなかった。
死者を出さないためというサクラの思いもあり、ホワイトウルフは断腸の思いで狂乱石で脱出した。
後にユウキとタマキが突入してきたのだが、ホワイトウルフのメンバーはそれを知らない。
塔から狂乱石で脱出したホワイトウルフの5人は、早速ギルドへ向かう。勿論、援軍を連れてサクラを救出に向かうために。
「皆さん、ご無事ですか?」
走りだそうとした5人に対し、先に脱出していたヤマミチが声をかけた。
「ヤマミチさん、サクラちゃんが取り残されています」
「え? 彼女は狂乱石を持っていなかったのですか?」
「ええ、ヤマミチさんも渡していませんよね」
「それは当然です。彼女は雇用試験を受けている受験者ではありませんから。彼女には持ち物制限も何もしていません」
セイヤはそう言われてしまうとどうしようもない。確かに自分達は持ち物制限をされているからこそ支給されているのであり、制限をされていない場合は自分で持っていけばいいだけだ。裏側の事情を知らないホワイトウルフから見ると、サクラは小山野家にとって何もメリットがないただの参加者に見えるのだから。
狂乱の塔の20Fまで行くというのに狂乱石を持たないという事は、それくらいおかしな事なのだ。
「とりあえず救出の援軍を募りにギルドに行きます」
「そういう事であればもっと確実な方法があります。小山野家の屋敷へ急ぎましょう。小山野家の試験中の事ですから、救出隊を出してもらえる可能性があります。戦力は当然ありますから。
ギルドで募集しては、出発までに下手したら数日かかります。リセットまで待てばいいと言われてしまうかもしれません。救出費用の負担の問題もありますし」
ヤマミチの言葉に、ホワイトウルフの面々は冷静になる。確かに急いで駆け付けたいが、あの数のオークを殲滅して救出するとなるとかなりの強さの者がそれなりの数必要になる。ギルドに偶然いるとは思えない。
そうなると救出依頼を出して応募を待つことになってしまい、それならリセットが先に来る可能性は高い。女の子をオークから救出するというだけで、笑い話で終わる可能性もある。
それに自分達の装備は今は小山野家で預かってもらっている。装備さえ回収すれば、少しずつ削りながら救出する形であれば自分達だけでも可能かもしれない。
実はサクラはギルドで働いていたので、本来はギルドへ向かえば手助けをする者はすぐに集まる。だが、ホワイトウルフの5人はそれを知らなかった。そして小山野家側ではそれを阻止したかった。
「分かりました。小山野家へ行きましょう」
*****
セイヤがヤマミチとそんな話をしている頃、小山野家には既に先に脱出した者達からの報告が入っていた。
「どうなった?」
ダイスケは、入室してきた執事に待ちきれないとばかりに話しかける。今日はサクラの合宿初日の夜。仕掛けの結果が判明する大事な時だからだ。
「おめでとうございます、坊ちゃま。計画は順調に進んでいます」
執事の答えに大介はほっとした。
まずは第一段階の成功。後は自分達と中西伯爵が助けに向かうだけだ。おそらく伯爵は助け出した話のついでに領地へ来ないかと誘う演出なのだろう。確かにかわいらしい少女だが、1人の踊り子相手にずいぶんと手をかけることだ。ダイスケはそんな事を思っていた。
「詳細を聞こう」
「畏まりました。まずはオークの軍団化についてです。手の者達をオーク城に向かわせ、釣りだしては戻らないように別の位置に引っ張り、城内に再出現したところで再度釣りだしては引っ張って合流させる事を繰り返しました。リセット後直ぐに突入したため、作戦実行時には300体を越える軍団化に成功しました」
「300か。すごい数だな。それなら多少の戦力では相手にできないだろう」
「はい、通常現地に居る者達が全て協力をして戦ったとしても難しいでしょう。高ランクの者達が居ればともかくですが、現在狂乱の塔への高ランク者向けの依頼は出ていない事は確認済みです」
「続きを」
大介は軍団の数について満足し、続きを促す。
「結成させた軍団は4個の集団に分けて管理しており、広場の中央付近の左右2か所から先ずは侵入。この上側付近で戦っているサクラ嬢達と宿泊設備側を分断させました」
執事は現地の地図を見せながら説明を続ける。
「宿泊設備側は、その時点で仕込んでおいた者達を先頭に『狂乱石を使って離脱しないと間に合わない』雰囲気を作り上げました。全ての宿泊者たちが外に出たのを確認して最後の者も狂乱石で脱出しております。
そしてオークを釣って先導していたオークの召喚獣も、サクラ嬢たちを包囲して距離的に問題ない地点まで誘導した段階で送還し、離れて操っていた召喚士も狂乱石で脱出しております」
「召喚獣を使ったのか」
「はい。変装して釣るよりもリスクが少なかったため、召喚獣を使用しました。オークそのものですのでバレない誘導には最適かと。
そしてサクラ嬢とホワイトウルフが気付いた時には、既にオークに囲まれており、こちらの上側の脱出口からもオーク軍団を突入させました。そして万が一下側へ突破をした場合に備えて下側からも。これで大広場の出入り口4か所全てからオークを突入させたことになります。もちろん上下から入った召喚獣も送還し、召喚士も狂乱石で脱出しています」
「現地での最終確認者は?」
「オークの釣りだし及び維持部隊には、オークからの敵意が残っている可能性があるため全て離脱させております。見つかると全オークに追いかけられる危険があるため広場には近づけないですが、オーク城の出入り口を確認出来る位置に2名残してあります。
オークの一団が城に到着したことを確認した後に、1名が連絡に戻る手筈となっています」
「素晴らしい結果だ」
「恐れ入ります。これからの事ですが、おそらくはこのあと同行者が戻ってきて、救出へと向かうことになるでしょう。もしくは誰かが死亡し、試験中の事故として教会での蘇生を求められるかと」
人間の死体というものは、蘇生可能期間中に限りなぜか収納することができない。
これは生き返る事が出来る間は仮死状態とされ、体の所有権をまだ死んだ者が持っているからだと考えられている。
実際いざという時のために、自分の体や装備品等の貸与許可をPTや特定の誰かに対して予め出しておく事で、蘇生可能期間中であっても死体の収納が可能となる。
「サクラが狂乱石を持っている可能性は?」
「それは確実なことは言えませんが、施設利用者の中学生ですので買っている可能性は低いでしょう。持っていた場合はまた別の作戦を考える必要があります」
「そうか。教会は既に抑えてあるから問題ない」
今回に関しては、オークを突破しようとしたところで誰かが死亡し、その人を収納して5個の狂乱石で出てくるという可能性も考えられるのだ。狂乱石をあらかじめ収納からだしておけばそれも可能である。そのため既に権力を使って教会を押さえ、リザレクションの権利を確保している。
オークが城についた段階で誰も戻らなかった場合、全員を蘇生させるために聖女を連れて行かねばならない可能性まであり得るのだが。
「伯爵、こちらは救出部隊を出す場合はいつでも動けますが、伯爵はいかがでしょう?」
中西伯爵も配下を連れて救出部隊と一緒に同行するため、既に小山野家の屋敷で待機している。
「その者達が戻り次第、急いで出発するとしよう」
「オーク達がオーク城に到着したという報告を待たずともよろしいのですか?」
「良い、移動中に着くだろう」
ナカニシにとって、オークがオーク城に戻ることが重要でもなければ、サクラがオークに連れ去られることが必須事項でもない。これは小山野家が勝手に勘違いをしているだけだ。
(まだこのダンジョンに詳細素質判定機は導入されていないのだな。貴族連合内でも数は多くないからそんなものか。
まさか聖女を踊り子にしてしまうとは。教会も愚かなことを。これが所属ダンジョンの限界なのかもしれんな)
ナカニシの狙いの一つはサクラだ。しかし踊り子としてのサクラではなく、回復型魔法使いとしての聖女として。
教会の都合で聖女ではないと断定されたサクラだが、わざわざ教会が自分に都合の悪いことまで伝える事はない。そのため小山野家では、サクラは既に聖女ではないと判断されている。今はギルドで働きながら踊り子をしている15歳の少女という認識だ。
(さて、どちらの結果となるか。……とはいえオーク城へは向かう必要がある。
未だにこちらの意図には気が付いていないということは、他のダンジョンのオーク城の話も伝わっていないのだろうな。そういう意味では、サクラが現地で捕まっている方が一気に片が付くか……)
ナカニシは都合よく動いている現状に満足しながら、そんなことを考えていた。
*****
「皆さん、ダイスケ様が直ぐに救出部隊を出すとのことです。それから偶然滞在されていた中西伯爵も配下と共に戦力として同行して下さるそうです。これでもう安心でしょう」
小山野家の屋敷へと訪れたホワイトウルフは、対応に出てきた執事に早速状況を説明した。そして今、出てきたヤマミチから結果を聞いたところだ。
「ありがとうございます。救出費用等の条件はどうなりましたか?」
ホワイトウルフの面々は、条件が合わなければ自分達だけでも装備を回収して行くつもりだ。
「その点も不要とのことです。現在も試験中という事にして下さるそうで、この救出も含めて試験の一部という事にしていただけました。限定状況、限定物、その中での判断、そして援軍を連れての救出活動。なので試験はまだ続いていると考えてください。それぞれに一つずつ狂乱石を再度渡すように指示を受けました」
「分かりました。という事は装備はこのままですか?」
「そうです。限定状況のはずがいつの間にか装備が良くなっていたという事では、この先何かの仕事があった時にそれでは出来ないという事になりますから。それに戦力は十分ですしね。皆様は援軍を連れて救出に向かうという仕事の部分が重要なのです」
何か言いくるめられているような気もしたが、試験を受けている立場の5人はそれに従った。そもそも試験だから救出費用は小山野家持ちなのだ。ここで自分達の装備を返してもらっても、試験が終わるのであれば救出費用は自分達持ちかも知れない。自分達だけでも救出できる可能性はあるが、戦力があった方が早く確実に助けられる。
「分かりました。出発はいつごろになりますか?」
「既に準備を始めておりますので、もう間もなくというところです。時間が時間ですので途中で休憩を入れるかと思います。今日も朝から動き続けですが、もうしばらく頑張ってください」
「大丈夫です」
ホワイトウルフの面々にとっても、つい先ほど別れたサクラの事を考えると暢気に休んでいられる心境ではない。そのため、休憩は必要だがまだ当分先の方が丁度良いと考えたのだ。
救出部隊の動きは、ホワイトウルフのメンバーが想像するよりも早かった。勿論あらかじめ準備をしていた結果ではあるが、それはホワイトウルフには分からない。サクラの救出を急いでくれているのだと好意的に考えてしまっても仕方のないことだった。
時間は夜の10時過ぎ。はやる気持ちを抑えつつ、ホワイトウルフは救出部隊を引き連れて再び狂乱の塔をのぼりはじめたのだった。




