第28話 妄想少女サクラ2
前回のあらすじ:
サクラの話の前編。
サクラとホワイトウルフとヤマミチは、狂乱の塔20Fへと向けて登っていく。
強化合宿の開催場所へと向かっているサクラ達が20Fについた時、時刻は夜の9時を回った直後だった。
19Fから20Fに上がり、そのまま右に左にとしばらく道を進んだ大広場。今回の強化合宿の拠点とするエリアだ。ここは迷宮タイプの階層だが、照明は通路に大広場にも備え付けられている。
到着した大広場の入り口付近には、他にも宿泊設備が並んでいた。しかし既に他の集団は、本日の行動を終了しているように見える。
拠点へと着いた一行も、早速宿泊準備に取り掛かかる。
とはいえ準備をするのはヤマミチだ。サクラは見ているだけなのだが、ヤマミチのとり出した収納施設を見た時はさすがに驚いた。
「凄い宿泊設備ですね」
宿泊準備とはいっても一からテントを張るわけではない。収納している宿泊設備を取り出すだけ。ヤマミチが取り出した設備は、中に小さな部屋が一つありそうな小さな小屋ともいえる物だ。サクラはテントが出てくるものだと思っていた。
「中もしっかりしていますよ」
ヤマミチの案内に従い、サクラとホワイトウルフの一行は小屋の中へとついて行く。
「サクラさんは女性ですので別に泊まれるように一部屋使用してください」
外から見ただけでは一部屋だけあるように見えていた木製の小さな小屋。ヤマミチの案内に従って見回った小屋の中身は4LDKと十分に豪華なもの。宿泊設備としては定番の空間拡張が働いている豪華な魔道具だ。
「では食事の準備をしておきます。本格的には明日の朝からという事で、今日は1、2体だけでも適当にオークを狩って連携などを確認する程度にしてきてはいかがですか?」
ヤマミチのセリフは、サクラには一見提案のように見えるがホワイトウルフの5人にとってはそうではない。試験官が言うならそうしろという事だ。しかもサクラには内緒という事だから不自然が無いうちに決めてしまわねばならない。
「そうですね、軽く運動しておきましょうか。今回はサクラちゃんも一緒に戦いましょう。こちらも気にかけながら動きますので良い修行になりますから」
セイヤはそうサクラに提案した。サクラが修行で強くなりたいという話を聞いていたからだ。
本来のホワイトウルフの5人にとって、20Fのオークというのはそこまでの脅威ではない。既に中央都市大学のダンジョン学部を卒業しており、今年のダンジョンシーカーの国家試験にこそ合格できなかったもののそこまで悪い結果だったわけでもない。来年こそ合格を、と目指しながら故郷である魔法都市マジクにて修行と稼ぎを限定シーカーとして行っているのだ。
うち一人は魔法研究所に研究生としても在籍し、力をつけている。
しかしそれは『本来は』である。今回は自分の装備ではなく、アイテムも限定されている。とはいえ1体のオークに後れを取るつもりはなく、サクラの動きを見ながらサポートしつつの戦闘も十分いい修行程度だろうと考えていた。
6人を送り出したヤマミチは、こっそりとどこかへ合図を送る。既に出発していたサクラとホワイトウルフ一行は、当然その合図になど気が付くはずがなかった。
『バチン』
サクラの放った矢はオークに当たったものの、突き刺さるわけでも傷をつけるわけでもなく弾かれた。踊り子であり回復型魔法使いでもある中学生のサクラが弓で攻撃したところで、オークにダメージが入らないのは当然だ。あくまで戦うための動きの練習であり、他の前衛との連携でもある。
「うん、タイミング有ってきたよ。いつか適正レベルの敵とであれば戦っても邪魔にはならないよ」
「はい、ありがとうございます」
大広場の宿泊地とは反対側の端付近で戦う6人。宿泊施設が小さく見えるくらい離れているため、大声も戦闘音も全く問題ない。この大広場はそのくらいの大きさがある。
サクラは熟練のシーカーの動きを間近で見つつ、目の前で指導をされるという幸運に感謝している。普通は学園でも先生に1対1で指導してもらえることなどない。それが5対1で指導してくれるのだから。本来は弓よりも杖の方がまだましなのだが、オーク相手にはどちらも通用しない。しかし、サクラをオークの攻撃範囲に近づかせるのはホワイトウルフのメンバーにも不安が残るため、今回は弓で攻撃している。
「次はみんな動きながらやるから、位置取りも考えてみよう」
「はい!」
どう見ても踊り子の動きではないが、踊ってバフをまいたところで今回の合宿では意味がない。回復型魔法使いとしても出番はない。そもそもホワイトウルフのメンバーは手加減をしており、オークの攻撃も全く食らわないのだから。
ケガの心配などもってのほか。装備すらほとんど傷ついていない。全員がサクラの位置を把握し、気にしながらオークを誘導し、サクラを指導し、そして少しずつオークに攻撃を当てていく。もしサクラがいなければ、簡単にあしらっているであろう実力差だ。
しかし、それは油断だった。
オーク1体を倒すこと自体には全く問題がない。サクラにもホワイトウルフの面々にもケガがないのは当然の事で、装備すら弱っていない。
問題は、周囲への警戒不足だった。
******
一方、サクラとホワイトウルフ一行を送り出し、合図も送ったヤマミチは既に設置されている他の宿泊設備の元へと向かっていく。勿論手には差し入れを持っている。
「見張りお疲れ様です。我々はあちらで宿泊設備を展開しました」
現地で同じエリアで宿泊をする場合、見張りの人に一声かけておくというのがマナーだ。これにより、何かあったときの連携に役立つのだから。
勿論相手は一つだけではない。宿泊設備は他にも設置されているのだから。その殆どは小山野家の仕込みなのだが、他の残りの宿泊設備の者達は知る由もない。
「わざわざ有難うございます。何泊の予定ですか?」
「こちらは4泊の予定です。リセットでそのまま出るつもりです。そちらはいつまでですか?」
今日は木曜日の夜。月曜の朝のリセットで外に出られるのだから、予定としては一番無難な展開である。
「こちらもリセットまでです。他の皆さんも同じ予定ですよ、紹介しましょうか?それと城の方では何やら演習のような事をやっていたので近付かない方が良いかもしれません」
「分かりました。よろしければお願いします」
こうしてヤマミチは先に宿泊している者達へとあいさつし、親睦を深めていく。勿論半数以上は関係者であり、そして今は周りへの警戒を緩めるためにみんなで集まるという作戦なのだ。
当然全員が集まっているわけではない。残って広場の中央側を見張っている者もいる。従ってそこに残るのが、仕込まれた関係者の役割だ。
「来たな」
「だな」
19F側の出入口付近から見ると、奥の方ともいえる21F側出入口方面へと長く伸びた大広場。その左右の出入り口からオークの軍団が大広場へとなだれ込んできた。まるで何かを追いかけるように。
「まずいぞ、オークの大群だ。石で離脱するか下の階へ逃げろ」
残っていた見張りのうちの一人が慌てて見張りの集合場所へと連絡に行く。勿論十分にオークが侵入し、思惑通りの状況が出来上がってから。オークの集団がこちらに向かってきてもらっては困るからだ。
集合場所で情報を拡散した見張りは、自分の設備へと戻り、仲間と一緒に直ぐに撤退準備を始める。とはいえ仲間を外に出し、宿泊設備を収納し、そしていち早く流れを作るために石で離脱するというだけの事。まるで急がないとまずいとでも言うような雰囲気を出すために。
それに釣られるかのように次々と石で離脱していく者達。その中にはヤマミチの姿もある。
ヤマミチは出てくるホワイトウルフの5人を迎えて次の段階へと誘導しなければならない。さらに言えば、突破されたときの予備として大広場の宿泊地付近の出入り口からもオークが流れ込んでくる予定だからだ。
そして3分もたたずに宿泊設備は一つもなくなり、広場にはサクラとオーク、そしてホワイトウルフの面々だけが取り残されていた。
*****
「まずいぞ、いつの間にかオークの集団が広場を分断している」
最初に状況に気が付いたのはホワイトウルフの遊撃、拓郎であった。
「よく見えるな。タク、設備に戻れそうか?」
「無理だな、両側からまだ入ってきているように見える。どこから現れたんだか」
薄暗くて細部まではよく見えないセイヤの質問にタクロウが答えた。
「どっちに向かっている?」
「こっちに向ってきているようだな」
「そうか。であれば宿泊していた面々は無事かな。21F側出口から抜けて、さらに外側の通路を大回りで宿泊設備まで戻る。行くぞ」
この時点でホワイトウルフのメンバーは特に慌ててもいなかった。まだオークが自分達を見つけるには距離があり、自分達が攻撃対象になっているとは思えないからだ。
セイヤの掛け声に続いてホワイトウルフとサクラは移動を始めるも、出口にたどり着くことはできなかった。向っていた出口側からも100体近いオークが侵入してきたからだ。
(馬鹿な、この階層には本来オークは40体程度しかいないはずだ。オーク城に居るオークを合わせても100体も居ないはずだ。どこから現れた?)
セイヤはそう思ったが、思っただけでは何も解決しない。
「タク、他に戻れそうな方向は?」
「無理だな。なぜか固まらないで囲まれている。まるで俺達を最初から囲むように動いていやがる。どうなってんだ」
「ここまでだな。こっちが攻撃すれば全てのオークが各方位から一斉攻撃をしてくる。突破したとしても、この様子では通路に更に居るかもしれん。これも試験の一部なのかもしれんが、この数は無理だ。ボードは持ってきてないよな?」
既にオークは6人を探知出来る距離まで近づいており、全てのオークがゆっくりと移動してきている。このような状況で攻撃を開始してしまうと、オークは一斉に襲い掛かってくる。
フライングボード。これさえあれば空中に逃げることができる。迷宮とはいえ、この大広場の天井は十分に高いのだから。
地上で相手取るなら2、3体なら切り抜けられてもこの数は無理だ。せめて囲まれているのでなければ。そう思ったセイヤは念のために仲間に確認した。
「今回は全部置いてくる試験だからな。残念ながらない」
「よし、石を使って脱出」
「え?」
サクラは途中の試験の意味が分からなかったが、石を使って脱出の意味は分かった。
「「「「「え?」」」」」
サクラの驚きに、ホワイトウルフの面々も驚いてしまった。
「もしかして、狂乱石は渡されてないのか?」
「渡されてってなんでしょう?」
「俺達にとって、この強化合宿は試験なんだ。だから装備も荷物も全部ヤマミチさんが指定した物を使って、所持品もヤマミチさんが指定した物だけを持っている。サクラちゃんはヤマミチさんから狂乱石を受け取っていないのか?」
本来は試験の事をサクラに悟られてはいけないのだが、セイヤは緊急事態と判断して確認することにした。
「私は試験ではなく普通の修行としての参加ですので」
それを聞いてセイヤはミスを自覚した。出発前にお互いの所持品をきちんと確認しておくべきだったのだ。特に狂乱の塔では、狂乱石があるかないかで撤退の決断が変わるのだから。
「みんな、19階迄1点突破だ」
「待ってください……。石で……脱出してください……」
セイヤの決定にサクラが待ったをかける。サクラは全方位からの攻撃では自分が避けられず、誰かに庇われることが分かっている。それでは結局、誰かが犠牲になる可能性が高い。広場の先にも通路にも、どれだけのオークが居るか分からないのだから。そこまで考えて、サクラは決断した。
「だが!」
「無理なんですよね。この数に囲まれて、無事に全員突破して生きて帰るというのは」
「……」
「私は女ですから、オーク相手に死ぬことはありません。リセットまで4日間、耐えればいいだけです」
サクラは自分の体を犠牲にする道を選んだ。
元々狂乱石を買うお金もEPも持っていない。強化合宿で20Fへ連れてきてもらえるという事が、どういうリスクがあるか迄考えていなかった。
死ぬわけではない、オークに犯されるなど妄想ではいつもの事ではないか。サクラは自分に必死に言い聞かせた。
「それなら俺が残る。俺一人なら突破して生還できる可能性がある」
セイヤは自分の石をサクラに渡そうとする。
「突破にかけて、死んでしまうとかは嫌ですよ。失敗した時に誰もフォローできません。蘇生だって24時間が限度です。莫大な費用の問題も当然ながら、さらには受け付けてくれるかの問題も。確実に、全員無事な方法があるんです。石を使ってください。石を持っていないのは、私の責任です。私は死なないから大丈夫です」
サクラは必死に震える体で訴えている。これが正解なんだと。誰も死なない道があるのだと。
そうしている間にもオークの包囲網は狭まってきている。
「くそっ。すまん。1日だ、1日だけ耐えてくれ。援軍を連れて救出しに行く」
「無理はしないでください。救出されたときに誰かいなくなっていたら、私はもっと泣きますよ。4日後、リセットで外に出た時にそろって迎えに来ていただければ十分です。死なないでください。私は大人のレディーですからね。これくらいの事、なんでもありませんよ」
目には涙を浮かべながら、それでも一生懸命に微笑むサクラ。
セイヤはオークに攻撃指示を出せないでいる。中途半端にオークを攻撃すると、サクラへの仕打ちが余計にひどくなるからだ。サクラを残して石を使うなら、攻撃しないほうがいいのだ。
「石で脱出。直ぐにギルドに要請に行くぞ」
「サクラちゃん、絶対に戻ってくる。あきらめないで」
「助けきれなくてすまない」
「俺達は仲間だ、忘れないで」
「そうだ、つらくなったら俺達の事を思い出せ」
「はい」
サクラは気丈にも、消えていくみんなを笑顔のまま見送った。しかしそれが限界だった。
足の震えは止まらず、立っている事もできなくなり、とうとう座り込んでしまう。
妄想と現実は違う。オークに犯される自分という快楽は、自分に都合のいい妄想の中だからこその快楽だ。実際に目の前にその状況が現れると、現実は明らかに違うと実感できてしまう。
「……いや……」
サクラはか細い声で泣きながら、祈るような声を出した。
「ちょっと! 流石にやりす…………ユウキ、なんか変」
「……どういう状況だろうね」
ホワイトウルフの5人が脱出し、サクラが一人となって崩れたところにユウキとタマキが突入してきた。
完全に状況を勘違いして。




