第27話 妄想少女サクラ1
前回のあらすじ:
サクラが自己紹介し、サクラ側の状況を説明することにした。
今回は、サクラの物語前編です。
***2年半前***
「おめでとう。合格だ」
中学入試試験の試験官が少女に告げた。
「ありがとうございます」
少女の名は神山桜。
「施設利用者が花咲中学校に通う場合は、奉仕活動が義務付けられている。君が向かうのは、教会だ」
試験官もサクラも表示されているパネルを見ていた。
そこにはこう書いてあった。
・素質基本3種判定
物理攻撃力:小
魔法攻撃力:中
魔法回復力:極大
総合判定:回復魔法特化
「聖女候補生として頑張りたまえ」
聖女とは24時間以内の死亡からの蘇生魔法、リザレクションを使用可能な者の事。
魔物を倒し成長することにより、魔法の威力が大きくなる事は既に判明しているが、使用不可能であった魔法が可能になったという例は未だ見つかっていない。
使用可能、不可能の判定は、実際にスクロールを使用してみる事となる。
これまでの研究結果から、魔法に関しては対応した魔法の素質がある種類に関しては、取得の可否は素質と連動しているのではないかと考えられている。
これまで聖女となった者は、一人の例外もなく魔法回復力が極大だったのだ。
「ありがとうございます」
この時、何も知らないサクラは自分が期待されていることを素直に喜んでいた。
******
『何をしているのです?それでもあなたは聖女候補生ですか』
『あなたの様な施設利用者が聖女候補ですって?』
『まぁまぁ、お姉さま。見習いとしてこき使ってあげればいいでしょ。あなた今日から私達本物の聖女候補の下僕ね。見習いとしてしっかり動きなさい。
ああ、着替えは向こうの部屋でね。そんな格好をしているのだから見られたいのでしょ。
ほら、早くあっちで脱ぎなさい。そのまま相手をしていいと伝えておきますわ』
・
・
・
(……まだ思い出してしまうのですね……。辞めてからもう、2年もたつというのに……)
ユウキとタマキがマジクの町に着いた翌朝。二人がまだ宿で眠っている早朝に一人の少女が目をさました。
少女の名前は神山桜、ユウキやタマキと同じく夏休み前に中学を卒業したばかりの15歳。かわいらしい顔に軽くウェーブのかかったピンクの長い髪。そしてけしからん体つきをした美少女だ。ピンクの髪は染めているわけではなく、地毛である。
朝早く目をさましたサクラは一度深呼吸をして落ち着きを取り戻す。
(しっかり、私。私はダンジョンシーカーになるのですよ)
サクラは軽く自分の頬をたたくと気合を入れ直した。
サクラは既に、当初指定された教会で奉仕活動をする聖女候補生ではなくなっている。
聖女とは、ほとんどの人々にとっては単にリザレクションを使用可能な者の事を指すのだが、教会としてはそうではない。教会では、教会の望む通りに動くリザレクションを使用可能な者を聖女と呼ぶ。
消費したリザレクションのスクロールを元に戻すことはできない。聖女になったとたんに反旗を翻されては困るのだ。
そのため、聖女候補生となる者には施設利用者以外でも奉仕活動を義務とし、スクロール使用による判定の前に洗脳教育を行っている。教会に反抗することができないように。
しかし聖女候補生本人たちにとってはそれだけではない。
自分が聖女になれなかったというのはまだ問題ない。魔法回復力極大という素質判定であっても、ほとんどの人が聖女ではないのだから。聖女候補生になったというだけで価値がある。
しかし自分より格下と思っている者が聖女になってしまうのはよろしくない。聖女になったという価値は、自分よりもはるかに格上の者となるという事なのだから。教会の中では、上流階級の者達から下流階級の者達への陰湿ないじめが日常的に行われているのだった。
(さて、強化合宿のための早起きです。遅刻しては、意味がないですね)
サクラは腕を伸ばして大きく伸びをすると、着ている服を収納し、外出する準備を始めた。
今は夏休みの二日目。サクラもやはり魔法都市マジクから離れ、中央都市で受験をする予定でいる。しかしマジクはイチゴの町よりも中央都市に近い為、専用直通長距離バスの出発も遅い。夏休みが終わった後の出発で間に合うので、時間的な余裕はまだある。
(回復魔法だけでは厳しいですし、踊りを入れてもまだまだ。今回は無事に強力な魔石を手に入れる事が出来ると良いのですけど)
サクラは今一つ、自分の力に伸び悩みを感じていた。本来の得意分野は回復型魔法使い。しかしPT活動としては、回復型魔法使いの需要はあまりない。
それは装備が全損するまでは、人がケガをするという事自体がない為だ。装備の予備を持ち、そして継続探索で求められるのは装備修復の力。そう、ダンジョンシーカーPTとしては、人を回復する位なら装備を回復する力を求めてしまうのだ。
そして効果はともかく、下級回復魔法のヒール程度であれば多くの人が覚えることができるからでもある。専用の回復型魔法使いが求められる探索PTとは、装備の変更が間に合わないほどの攻撃を受けてしまう相手と戦う前提のPTであり、それはかなり無謀な相手と戦うPTという事だ。中学生の授業でそんなPT等普通はない。
(オークの魔石、どれ程強いのでしょうね)
サクラがアレンジスキルとして取得したのは<彫金>というスキルだ。
<彫金>は、彫金作業にて完成させた装飾品に何かしらの装備効果が付くようになる生産系のスキルである。
サクラがアレンジとして得たのは追加効果と効果上昇。追加効果はダンジョン内の資源や素材を用いる事で可能なのだが、効果上昇には魔石が必要だった。しかも一つのアイテムに対し、それぞれ一つしか追加効果も効果上昇も保存されない。追加効果が付いたアクセサリーにさらに追加効果を発生させようとすると、前の追加効果が消えてしまうのだ。当然使用した資源も戻ってこなく、無駄になってしまう。
そのため、サクラは良い素材や強力な魔石を手に入れたいと思っているのだ。
しかし魔石はEPに変換できるため、収納容量を節約するのために町へと戻ってくる前にEPにされてしまう。そのため、強力な魔石を手に入れようとした場合、手元にある魔石を売ってもらうという内容では結果が出なく、魔石の収集自体を依頼として出さねばならなくなる。
当然そのためには魔石の価格以上にお金がかかり、お金を用意できないサクラは自分で取りに行かねばならない。
サクラの通っていた学校でも夏休みを利用して強化合宿を行うという話がある。しかし、合宿先が狂乱の塔の5Fなのだ。5Fとはサクラが一人でも戦える階層だ。
サクラは気が付いていないが、これは学校としては当然の選択だ。一応卒業したとはいえ、相手は未成年を含む中学生の子供達。学校としては十分な安全マージンを取りながら育成していくのは当然の事だ。
しかし今は、サクラにとっては中央都市に出発前のラストチャンス。もっと強力な魔石を手に入れる可能性につなげたいのだ。
その点、今回サクラが参加する強化合宿は20F。相手の魔物はオークで、合宿中に城攻めも行うとサクラは聞いている。オークは本来の自分にはとても格上の相手だ。攻撃してもダメージを与えられるとは思えない。
しかし今回行われる合宿は、まだ弱い者を守りながら一緒に訓練をする強化合宿との話だ。サクラは支援職の踊り子での参加という事で、丁度良いと参加を許可されたのだと思っていた。
外出着に着替えたサクラは待ち合わせの場所へと歩いていく。スカートはヒザ上25cm、ワイシャツのボタンは第3ボタンまで開けるのは当たり前。もちろんへそ出しは当然。
全員が同じ服で育った施設育ちの小さな頃、サクラは『同じ服なら着方を変えれば良いのです』という結論に至った。女性ダンジョンシーカーの装備を見て。そして今では見られる快感にはまってしまった。頭の中ではいつでも妄想全開だ。
もっとエロかわ装備を着たい。教会への反発もあり、サクラの感情は余計にひねくれている。サクラはそんな不純な動機も含めてダンジョンシーカーを目指しているのだ。
「サクラです。お待たせしました」
「サクラちゃんいらっしゃい。まだ集合時間前だから大丈夫だよ」
サクラが待ち合わせの場所にたどり着くと、既に他の人はそろっていた。
限定シーカーPT、ホワイトウルフの5人と合宿計画の担当者。サクラの他は、全員男だった。そして。
『バチン!』
サクラの頭にハリセンが振り下ろされた。
「う、何するんですかー」
通常の服装とはいえ装備効果はある。
実際に痛いわけではなく、音と感触で錯覚しているにすぎない。
現在ハリセンは、子供を叱りつける時の定番アイテムとなっている。
「子供がそんなはしたない格好をしない」
ホワイトウルフのリーダーであるセイヤがサクラを叱りつけた。
「私は15歳です。大人のレディです」
「15歳は子供だな」
「もう成人ですー」
サクラは反論のセリフを言うも相手にされない。
実はこのような対応をされる事も、サクラがこの合宿に参加をきめた理由の一つだ。今回合宿を行う者達にとって、サクラは子ども扱いなのだ。
サクラはエロかわの格好をして見てもらうのが好きで、頭の中でいろいろと妄想にふけるのが好きなのだ。そして現実ではそれ以上はまだちょっと、などと実に自分に都合のいいことを考えている。
そのため、男性シーカーと泊りがけでPTを組むということには戸惑っていた。
しかし強化合宿の噂を聞き、詳細を聞きに行ったところで言われてしまった。
子供に興味はない、と。
まさかの5人全員からの総突っ込み。
合宿計画の担当者は残りの一人を決めるだけだったとのことで、参加する5人はその場にいたのだ。
サクラにとってはちょうど良い結果であるはずだったのだが、女の子としてのプライド的には納得がいかない。容姿にも体にも自信がある。チアリーディングをしている時も、踊り子をしている時も視線を集めている自信がある。妄想の中ではいつも自分はめちゃくちゃにされるはずなのだ。それなのに。
自分の主張を却下され続け、サクラは5人と打ち解けられたように感じたのだ。まるでギルドで働いている時の周りの大人たちのように。結局サクラは、もっと私を見て、と甘えられる大人と一緒に居たいだけのただの子供だった。
シーカー装備に着替える際のサクラの行動に対しても、セイヤは再びハリセンをかました。もっと慎みを持て、と。シーカー装備に関してもお説教の嵐だったが、さすがに他の装備を買わせるわけにもいかずそのままで諦めた。既に完全に容赦のない行動だった。
「それでは、行きますか」
セイヤはそう発言すると、先頭を切って歩き出す。
「山路さんも一緒に行くんですね」
サクラは歩きながら合宿計画の担当者であるヤマミチに声をかけた。
一行の姿は7人。ホワイトウルフの5人とサクラとヤマミチ。サクラはホワイトウルフの5人と自分の6人で行くものだと思っていた。そもそもPTの最大人数が6人なのだからそれは仕方のないことだ。今はわざわざヤマミチは1人PTを組まずに付いてきている。
「はい。皆様の食事などのサポートをさせていただきます。皆様はオークを狩って鍛えることに専念してください」
ヤマミチはそう言ってサクラを納得させる。
しかしホワイトウルフの5人は、元々ヤマミチが付いてくることを知っている。5人は小山野家の雇用試験を受けに来た限定シーカーPTだ。サクラと一緒に20Fでオークを狩るのが最終試験だと聞かされている。装備や道具も含めて用意されたもの以外持ち込む事が出来ない制限付きの試験。それぞれの収納の中にも持ち込み不可という限定条件で戦闘、行動、判断等どこまでできるのかという試験だ。その試験官がこのヤマミチなのだから。
ただしこのことは『サクラに対しては秘密の試験』という事になっているので言うことはできなかったのだが。サクラが中学生であったため、5人はこの試験は護衛試験のようなものかもしれないと考えている。
時には真っ暗な洞窟の中を進む一行、しかし狂乱の塔はサクラだけでなくホワイトウルフも慣れている空間だ。基本的に道中で魔物と出会った場合はホワイトウルフの面々が戦闘を行うことになっている。それは20Fまでの移動速度を考慮しての事だ。
「サクラさん、疲れたらヒールで回復して大丈夫です。この強化合宿は時間の方が重要ですから、マジックポーションを十分に用意しています。
魔法力や体力の節約ではなく、ヒールを使ってください」
「分かりました。ありがとうございます」
ヤマミチからそう言われたサクラは、指示通りヒールを使いながら進行していく。
走ったり歩いたりを繰り返しながらの行軍で、昼食は歩きながらの携帯食。午後に出て途中で一泊ではなく時間を節約して進行するのだからそれは当然だ。今回は時間の節約のために、わざわざ朝早く集合して動いているのだから。
その先で何が待ち受けているのかも知らずに。




