第25話 狂乱の塔4
前回のあらすじ:
目標のオークが居る20Fへと到着。しかしオークがあまり見つからない。
そんな時にオークのトレインを発見。追いかけてオークの集団を発見し、トレインの文句を言おうと飛び込むが、思っていた様子と違いそうだった。
ユウキは少女に声をかけるも、少女は何も応えることができない。
少女の名前は神山桜。サクラは6人居たPTメンバーの中で唯一狂乱石を持っていなかった。そのため、一人オークの中に残る道を選んだのだ。
そんなサクラには、ここに急に人が現れたという状況を理解できなかった。
これは『オークに犯されるより人間相手に』という自分の生みだしたいつもの妄想なのではないか。『妄想だとしても、オークに初めてをささげるよりこの人と初めてを』等という現実逃避の真っ最中だった。
「ねぇ。あのお肉、私達が貰ってしまってもいい? やっぱり作戦中なの?」
そしてタマキがストレートにサクラに聞く。
タマキも少女が逃げる様子を見せ無いため、トレイン狩りが継続中なのかもしれないと思い直したのだ。もしかしたら自分と同じようなアレンジスキル持ちが居て、ここに居ない人は何かしらの攻撃の準備をしているのかもしれない、と。
しかしサクラは余計に混乱した。『お肉』ってなに?
タマキが言っていることが理解できないからだ。
「作戦だとしても、もう攻撃が飛んできている頃だよね。この子がいるからこの位置は巻き込まれないと思うけど。分かる範囲内には既に他に人がいなそうなんだよね」
ユウキは収納の知覚で周囲を確認しているが、少なくとも大広場に他に人は見つけられない。そしてそれより離れてしまっては、オークへの攻撃は難しい気がしている。
「お嬢さん、助けにきました。助けは必要ですか?」
ユウキはサクラの前に片膝をつき、ストレートに助けがいるかを聞いてみる。サクラが混乱しているように見えるからだ。到着した時も助けて欲しそうな声が聞こえた気がしており、この状況でも助けがいるという事ならオークは貰ってしまっても良いだろう。ついでに助けるならやりたいこともある。ユウキはそう思って少し格好をつけているのだ。
「……たすけて……」
ユウキにはサクラの弱った声が確かに聞こえた。
「かしこまりました、お嬢さん。とっておきの魔法をお見せしましょう」
そしてユウキは予定通りこのチャンスで実験をする。周囲のオークが結界に突撃しながら攻撃を仕掛けているのでEPがシャレにならない範囲でゴリゴリ減っているのだけれど。
(これ、EP補給しにいかないとやばいかも)
そうは思ったが折角練習した成果を出す機会。このチャンスは逃したくない、とユウキはEPの事はとりあえず置いておくことにした。
ユウキは立ち上がると右手を左手の肘まで水平に振りかぶり、右手に硬化の杖を装備する。収納から物を出す場合は約1秒程度の出現時間がかかるが、装備した場合は一瞬で装備が変わる。そして杖を持った右手をそのまま水平に右側迄振り抜く。
動きに合わせて、大量の光の玉が上空に射出される。既にユウキはオークの魔石へのマルチロックを済ませてある。その数340体。光の数も同じく340個。光は全て上空で剣の形をしている。
そして右側に振りかぶって居た杖を、勢いよく水平に真正面迄移動させる。動きに合わせて光の剣は全方向のオークへと突き進み、刺さって止まる。
もちろんこれはただの照明の明かりなのでダメージも何もないのだが。あくまでただのノリノリの演出だ。
ユウキはこのタイミングで魔石をすべて回収する。条件発動でモジュール化しているので思えば一瞬だ。
続いて前に出していた杖を真上迄素早く持ち上げる。
光の剣はそのタイミングで大きく膨らみ、そして全てのオークを収納に回収する。
(よかったー、これだけ格好つけたのに収納に入りきらなかったらどうしようかと思った)
ユウキはこの点だけを心配していた。他はまず大丈夫だと思っていたが、収納しきれない可能性だけは考えていた。収納容量を確認すると8割程度が使用されている。
そして光は小さな玉となり、ユウキの身体にすべて戻って消える。演出の完了である。
『バタン!』
ユウキが音をした方を見ると、サクラが倒れていた。
「気を失っちゃったわね」
「とりあえず、オークは貰ってしまってよかったっぽいね」
(残念、感想が聞けなかった)
「そうね。かわいい子を前にしてずいぶん格好つけてたじゃない」
タマキが拗ねたような声でユウキに告げる。
「格好良かった? 振り付けと合わせて演出を考えたんだけど、どうかな?」
「私は知っているから、笑いをこらえるのに必死だったわ」
「折角驚かせようと思って頑張ったのに」
「はいはい、格好よかったわよ」
「よし。『かわいい』じゃなくて『格好いい』頂きました」
ユウキにとってはこれが切実な願い。高校に入って迄可愛いはやめて欲しい。
「ああ、それでこだわってたのね。大丈夫よ、ちゃんと格好良かったから。特にオークに刺さった光の剣の音が全くない分、余計にゾクゾクしたというかすごい魔法が発動しているように見えたわよ」
タマキの声が元に戻り、微笑ましいものを見るような表情に変わる。
(こういうところが可愛いのよね)
タマキ相手にはまったく効果がないのだが。
「音はさすがに無理だからね。とりあえずその子の服を直してあげてくれない?」
「いいじゃない、こういう装備なんだから。胸のさらしが緩んでしまって胸が見えているだけでしょ。下は履いているんだし、胸は見えてもいいのよ。踊り子かしらね。でも髪の色がピンクだし、もしかしたら回復型魔法使いも兼ねているかも」
少し不機嫌そうにタマキはそう言った。ユウキがサクラの胸をチラチラ見ている事に気が付いているからだ。
サクラが着ているのは、上は胸の部分を細めのさらしで何重かに巻いてあるだけ。下もまるでビキニの下だけ。そこにひも状の飾りや羽などが付いて、踊ると動きを見せやすい様な装備である。手や頭についている装備をみても、やはりどう見ても踊り子だ。
「ピンクの髪だと回復型魔法使いなの?」
「魔法回復力の素質がかなり高いと髪の毛の色がピンクになる人が居るのよ。ただ、髪の毛の色は遺伝するから両親のどちらか、もしくは先祖がピンクなだけなのかもしれないわよ」
「俺やタマキは黒髪だよね、黒って何かないの?」
「特にないわね。黒は日本人の標準的な色よ。赤いと魔法攻撃力の素質が高かったり、色々あるけど結局遺伝も関係するから色だけで判断というのは確実ではないわね。素質が高くても色に現れない場合もあるし、あくまでデータよ、何故かはわかっていないし」
「そうなんだ」
ユウキはタマキからそんな話を聞きながらも、チラチラとどこかを見ているのだった。
「この子を放置していくわけにもいかないし、もっとオークを狩りましょうか」
気絶した少女、サクラについての話をした後、待ち時間の間にもっと狩ろうとタマキが主張した。二人はオークの大群について結局何もわかっていない。そして唯一の情報源であるサクラは気絶している。
「でもこの辺に魔石の反応はないよ」
「このトレインはどこから引っ張って集めたのかしらね。とりあえずお城の方を調べてみたいわ。お城にはもっと美味しいオークの噂があるって言ってたし」
ユウキもオーク城へ行く事に問題はない。タマキの予想通り、今のところ回収できない魔石は出てきていない。つまりオークが何体居ようとも脅威ではない。収納的にオークを回収できなくなったとしても、魔石は回収してすぐにEPに変換するようにプログラムしてあり、収納容量を気にする必要もない。
気にすることはただ一つだけ。
「俺はここでこの子と待ってるとかいう選択肢は……」
「何言ってるのよ。ユウキはその子をお姫様抱っこして付いてくるのよ。気絶している人を運ぶのは大変なのよ。足だけじゃなくて腕のいい修行になるわ。かわいい子なんだし、役得よ」
「確かにかわいいんだけどね。でもこの格好の子をお姫様抱っこって」
「いいじゃない、その装備自体はその子が着たくて着ているんだから」
ユウキは『残念だ』という思いと『ほんとに触っていいの』という戸惑いを胸に、はだけているさらしをそっと直す。手間取って色々見えたが故意ではない。そんな言い訳を頭で繰り返しながらサクラのさらしを巻きなおした。
「さて、では向かうわよ」
「団体さんの前にやっていたのと同じで何体か出てきたら1体だけ残すようにすればいい?」
「そうね、それでお願い。リスクを冒す場面でもないわ」
ユウキがサクラの事を運び、タマキが先導してオーク城へと向う。当然のごとくユウキはポーションを使っている。とはいえサクラは布装備なので、重さはほぼ人間一人と変わりはない。それでもポーションの使用が0とはいうことは無いのだけれど。
オーク城に入るとユウキの知覚がいくつもの魔石の反応を捉えた。そしてそのうち一番近い魔石の方へと向かう。
「やっと居たわね。まさか道中1体もいないとは思わなかったわ」
「そうだね。つまりあのトレインはこっち方面から来たのかな?」
ユウキとタマキは大広場からオーク城に入るまでに、1体もオークを見つけることが出来なかったのだ。
「1体だけだから私がやるわね」
タマキはそう言うと、オークに向かって突撃する。既に20Fに入ってからタマキがオークを倒す場面を2回見ているので、ユウキも安心して様子をみている。
これまで同様に問題なくオークを倒すタマキ。そしてさらにオークを発見しては1体残してタマキが戦闘をするという状況を繰り返す。
ユウキは戦闘を安心してみているが、戦っているタマキの顔には戸惑いの表情が現れている。
(おかしいわ。なぜ?)
タマキの太刀はオークを捉え、次々と攻撃は通じている。段々とオークを倒す時間が短くなっているのも分かっている。
(実感できるほど次々成長しているのに、なんで?)
本来CランクPTでの戦闘対象というのは中学生が学校で修行をした程度で戦える相手ではない。それはタマキも重々承知している。
今のタマキは、『カドマツのゲートでユウキが倒した魔物たちの戦闘経験がPTを組んでいる自分にも流れ込んでおり、そのためオークと戦えるまで成長している』と考えていたのだ。
しかしそれであれば、オークを1体倒すだけで成長を感じられるほど強くなるという状況がおかしい。タマキも最初はオークの個体差かと思っていたが、出てくるオークが次々と弱くなるはずがない。
つまり現状は、タマキにとってオークがはるかに格上で、1体倒しただけで急成長していることになる。
「……もしかして、ユウキの倒し方だと戦闘経験が発生しない?」
タマキはオークを倒して強さの感覚を確認した後、その結論へとたどり着いた。




