第24話 狂乱の塔3
前回のあらすじ:
タマキの移動術によって移動速度を上げ、体力はポーションで回復しながら19Fまでたどり着きました。
20Fへと到着したユウキは早速収納の知覚で魔石の反応を調べ、タマキが持つ簡易地図と見比べオークが居る位置を確認していく。
19Fの進路上ではオークと遭遇することはなかったが、幸いにも全く反応が無かったわけではない。そして現在の20Fも同様に、わずかながら反応がある。
「こっちに魔石の反応はないね」
「宿泊地なら既に狩られているわよ。この右下の広いところはどう?」
この階の簡易地図には、大広場を中心として環状に3本の通路が描かれている。その一番外側の右上、左上、左下、右下の4か所に広場が描かれており、大広場には下よりに宿泊地候補との記載がある。
「魔石の反応は2個。分かる範囲全部合わせても3個しかないから、やはりかなり少ないね」
「そう。結界も試してみたいし、行くわよ」
二人は高速移動のまま、右下の広場へと向かう。ユウキの確認通り、広場には2体のオークが居た。
オークの身長およそ2m。人型の魔物で肥満体形。ブタのような顔をしており、武器として棍棒を持っている。
「まずは結界と魔石の回収を試すよ」
ユウキはそう言って、自分達の周囲に空間を起点とした対魔物結界を構築する。オークに直接攻撃された場合を考えると、自分中心の結界ではユウキが吹き飛ばされる可能性が高いからだ。そのため、今のユウキは対魔物結界の指輪を2個装備している。
続いて魔石の回収。いつもの思考操作器のプログラムを使った光の剣の演出付きだ。
普段から攻撃の癖をつけておかないと、いつ間違えてしまうか分からない。例え周りに誰もいないと分かっていても、これも一つの修行のようなものだ。
回収する魔石は2体居るオークの内1体だけ。残りの1体は結界の効果と攻撃の効き目を確認するために残しておく。
「無事に魔石を回収できたよ」
「良かったわ。予想ではどんな魔物の魔石でも回収できると思うけど、確認しておかないと不安は残るのよね」
続いて結界の確認のため、オークに近づきながら残りのオークが突撃してくるのを待つ。
ダンジョンの中において、魔物が自分達の方へと移動してくるには法則がある。魔物に一定以上近付いた時、そしてその魔物自体を攻撃した時だ。例え近くの魔物が遠くのシーカーから攻撃されたとしても、まだ相手を見つけていない状況であれば自分が攻撃を食らった場合を除いて反応しない。
これにより、シーカーたちの戦術の基本は決まってくる。まずは戦闘できる場所を確保し、そして斥候や遊撃などが反応しない距離からの遠距離攻撃で魔物1体を攻撃し、戦闘場所まで釣りだす。
ユウキの場合はそれ以前に魔石を回収してしまうのでそのセオリーには従う必要が無く、タマキの為に1体残した場所が戦闘場所となる。
今回は結界をわざと魔物の近くまで広げて張っており、二人して魔物へと近づきながらオークが動き出すのを待っているのだ。
二人とオークとの距離がおよそ50mになった時、オークはゆっくりと二人へ向けて歩きだす。
「オークって結構早く反応するんだね」
「そうね、しかもゆっくりと歩いてくるのね」
オークは走ってくるわけでもなくゆっくりと歩いている。そしてそのまま結界へとぶつかる。
「ぶつかるまで、結界があることを認識できないみたいだね。でもEPはかなり減ってる」
「どれくらい減ってる?」
「突進も攻撃も1回20万Pってとこかな」
「1回防ぐのに1000万円相当の結界ね。でもオークの強さがCランクPTでの戦闘と考えればそういうものかも知れないわ。鍛えていない人が攻撃を受ければ、多分装備全損かつ即死でしょうし。オークから1発だけでも助かるという事を考えれば、命を失うよりはお守りになるわね。シーカーが使うには赤字になるから普通はまず無理だけど。ノーマル級だし過度な期待はダメね」
「ちょっと結界の中から攻撃してみるね」
ユウキは硬化の杖を取り出してオークに近づく。オークはユウキを気に留めるも、結界を破ろうと攻撃している。
棍棒を振り下ろすオークの攻撃に合わせ、結界に武器がぶつかったタイミングで硬化の杖をオークの腕へと振り下ろす。
しかしユウキにとってはまるで硬い何かに武器を振り下ろした感触があるだけだ。オークはユウキの攻撃を気にした素振りすらない。
「やっぱり俺だと全く効果が無いね」
「硬化の杖って壊れないように固くなるとしか書いてないものね。ユウキの力が上がらないと意味がないのかもしれないわよ」
「やっぱりそうかな。装備の効果で何かあるかもと思ったんだけど」
「それは分からないわね。でもある意味武器の耐久が無限みたいなものなのかも?」
「俺だと壊れるほど使えないけどね。その時は俺の腕が先に壊れそう」
「無理せずに一歩ずつでいいのよ。次は私が試すわね」
タマキはそう言うとハイレア級の太刀を構え、居合斬りを放つ。タマキは当然のように放っている最中に転移し、刀が攻撃した場所はオークの首の後ろ側だ。
「傷が付くから通じるわね、ちょっと修行をするわ」
そしてタマキが瞬間転移を駆使しながら攻撃を次々と当てていく。離れてみているユウキでさえ、タマキがどこを攻撃するのか全く分からない。タマキは固定結界の中と外を転移で移動しながら次々と切りつけていく。時には中から斬りつけることもあり、オークは全く対応できていない。タマキの圧倒的な勝利となる。
「問題なく倒せるわね。やっぱり少しは体を動かさないと。また出てきたら今みたいに1体残して。次は空間固定の結界はユウキのそばで念のため張るだけでいいわ」
オークを倒したタマキは問題ないことを確認すると、ユウキにそう指示を出す。
「そうするね」
そしてユウキはそう返事すると、早速思考操作器に登録してあるプログラムを弄り始めた。
「やっぱりこの階層もオークってあまりいないのね。2体目のは何か少し弱かったような気がするし」
広場で新たに出現したオークを1体倒した二人は通路に戻って移動を始めたのだが、オークは全く見当たらない。ユウキの知覚にも魔石の反応はない。
「やっぱりカドマツの時は他に人が居なかったからなのかな?2体目のは慣れたんじゃないの?」
「そうかしら」
タマキは何か引っかかるものを感じたが、それが何なのかは分からない。
そんな時、ユウキは魔石が集まっている反応を見つけた。
「あっちに魔石の集団がいる。何かを追いかけているのかな。移動速度が結構速い」
「どれくらいの数?」
「全部が範囲に入っていないけど50以上はいる。もっと近づけば分かると思う」
「どっちの方向に向かってる?」
「この大広場の方かな」
ユウキはタマキの簡易地図を見ながらそう答えた。
「ならトレイン狩りね。普通のトレインなら出口側に逃げるはずだし。50以上なんて、この時間とはいえちょっとマナーが悪いわ。ここのオークが少ないのもきっとそのせいよ。もしかしたらこれまでの階層も。ちょっと文句を言いに行くわよ。流石にこっちがいると分かればそこまでひどいトレイン狩りはしないと思うわ」
ユウキのやっている事の方がもっと理不尽なのだが、タマキはそれを完全に棚上げしている。完全に言いがかりである。
「トレイン狩りって? ついでに普通のトレインも」
「トレイン狩りはわざと魔物に見つかって、ひきつけながら周りの魔物もどんどん引き連れて一か所にまとめるのよ。それで範囲攻撃とかで一気に倒すの」
「へぇ、効率良いね」
「トレインは似たような状況だけど、魔物に見つかって逃げている間に更に追いかけてくる魔物が増えてしまった場合ね」
「なるほど」
ユウキは元々イチゴの魔物という動かない魔物しか相手にしてこなかった。そのため、魔物を集める事など考えたことがない。そもそもユウキは魔物にそばに来て欲しく無いのだから。
「他のシーカーの獲物を巻き込んだり、集まった地点の他のシーカーにも迷惑をかけるからあまり数多くのトレイン狩りはさすがにマナー的に問題なのよ」
「そうなんだ」
「向かうわよ」
「こっちの速度に合わせてね。タマキ1人にいかれたら俺、追いつけないよ」
「加減するわ」
二人はトレイン狩りをしていると思われる元凶へと、高速移動で向かっていく。
「オークは――340体。オーク軍団の中心に魔石の無い人型が6人で固まってるスペースがぽっかり空いてるから、これが人間かな。6人PTだと思う」
「ここまで占有するのは、怒っていいレベルよね。こんなに倒せるのならかなり高ランクのシーカーだろうけど、流石にやりすぎよ」
ユウキの普段の行いを完全に棚上げしているタマキに比べ、ユウキ自身は微妙に思っている。よっぽど自分の方が獲物を狩りすぎているのではないかと。しかも相手はまだこちらの事を知らないのだ。
そんな中、タマキは天井付近まで連続転移し、中にいる6人の様子を確認する。
「確かに6人PTね。まだ話しているわ。下手に飛び込んで範囲攻撃に巻き込まれるのも問題だし、どうしようかしら。攻撃までまだ時間があるのなら、中に飛び込んでお肉を貰っていいか交渉できるんだけど」
ユウキのそばに戻ってきたタマキはそう言い、どうしようか行動方針に悩んでいる。
「あれ? タマキ、中の人の反応が一人になった」
タマキは再び天井付近まで連続転移し、中の様子を再確認する。
「確かに一人ね。ここまで集めて逃げるなんて、このオークをどうするつもりだったのよ。最後の一人が逃げる前に文句を言いに行くわよ。流石にこんなことを繰り返されたらたまらないわ」
タマキはそう宣言すると、ユウキを連れて連続転移でオークの上を飛び越えていく。
「……いや……」
中に到着した時に、ユウキは小さな泣き声が聞こえたような気がした。
「ちょっと!流石にやりす…………ユウキ、なんか変」
「……どういう状況だろうね」
二人が到着したスペースには、1人の少女がいた。
かわいらしい顔をしたピンクの髪の美少女。
踊り子を連想させる装備をしており、しかも何故か泣き崩れている。
「大丈夫? とりあえず結界」
ユウキには状況が全く分からない。タマキがしていた話とは違うかもしれないと何となくは思っているのだが。
それでもユウキは声をかけ、いきなりオークを倒すのではなく空間固定型の結界を張る。話しどころではない気もするが、どうしていいのか分からない。もしかしたら他の5人は逃げたのではなく、オークの外側から攻撃する手段があるのかもしれない。一先ず時間を稼ごうと考えたのだ。




