第2話 アレンジスキル使用
前回のあらすじ:収納のアレンジスキルを取得した
(あれ? よく考えたらカバンの中に有ったって、あくまでただ離れている別のものだよな)
ユウキは施設へと帰宅途中に、急にそのことに気が付いた。
収納の中にあるカバンの中から袋に入ったボールペンを取り出す。配っていた物を貰った、販促用のボールペンだ。
試しにボールペンだけを収納してみる。
(これだって、ボールペンは元々取り出せるよなぁ)
次に試したのは、袋の先半分だけの収納。
(……出来てしまったか)
そう、つまり袋が半分切断された状態で手元に残っている。
(アレンジスキルの説明からそうだとは思ったけど、部分出納するものが一体化しているときは、切断するんだ。おそらくその切り取り攻撃力)
そしてユウキは思いついてしまった。
これは応用できるのではないかと。
(幸いにも明日は土曜日、学校は休みだ。特に勉強以外予定はなかったけれど、さっそく思い付きを確認しに行こう。楽しい一日になりそうだ)
ユウキは気分爽快に施設へと帰宅した。
朝起きたユウキは、普段着に着替えてからダンジョン探索ギルドへと向かう。
標準スキルの最後である収納スキルさえ確認できれば、ダンジョンシーカーの限定資格は発行される。スキルを確認できるわけではなく、実際に収納して見せればいい。
これは一般的には限定シーカーと呼ばれている。
カウンターで発行手続きを行い、ユウキは実際に収納できることを確認してもらう。
そして直ぐにシーカーライセンスカードが発行された。
(最初は、Fランクなんだけどね)
限定資格はランクが発行都市だけで有効な物であり、国中を飛び回るようなこともできなければ、様々な特典を得られることもない。都市を移動したら再びFランクからやり直しになる。
つまり信用はなく、その地で1から再び信用を築く事になる。
ただし、クエストを行ってギルドに物を売ることはできる。売ったお金を貯める、プリペイドカードとしての役割も。
そしてユウキは出入り口近くにある掲示板を確認した。
掲示板には常時クエストが張り出されている。
・ダンジョンイチゴの納品:10万P/100㎏
E、Fランク向け常時クエストとしてその張り紙がある事を確認し、ユウキは町の防壁の外へと向かう。
このような低ランク向けのクエストは、基本的に限定シーカー向けのクエストとなる。
この町は、イチゴの町と呼ばれている。
小山ダンジョンの中に有るダンジョン都市で、名前の由来は周り一面数十キロにわたって存在しているイチゴ。
収穫都市イチゴ。
それがこの町の本当の名前だ。
そしてこのイチゴはただのイチゴではない。
ダンジョンイチゴ、イチゴの魔物だ。
ダンジョンイチゴは近づくとイチゴを飛ばして攻撃してくる。収穫はそれを網で捕まえたりする。
当然上手くやらないとつぶれる。
しかし、かなり近づかないと飛ばしてくる頻度が少ない。ぎりぎりで構えていてもあまり多くは収穫出来ない。そして近づけば周りのイチゴも反応するので様々な方向から飛んでくる。
それでも親子連れで虫取り網で迎撃するなどほほえましい光景が見られたりする程度の相手だ。
小学校の課外授業の時はフルフェイスのヘルメットにレインコートを着用。網とシャベルを持って近づく。この魔物は手持ちのイチゴを撃ちおわると他の攻撃手段がない。
イチゴが飛んでこなくなったらシャベルで攻撃。
茎の部分を攻撃し、魔石と本体を引き離せば討伐完了となる。
イチゴの取得ではなくスキル取得が目的の課外授業では、小学生でもできる簡単な方法として選択されている。
ユウキは防壁の出入り口の門番にライセンスカードを見せて外に出る。
外に出るとしばらくは降りる階段が続く。
町は大きな土台の上にできているので、地面にたどり着くまでにしばらく階段を降りなければならない。
ユウキは地面にたどり着くと、あまり人が居ない方へと向かう。イチゴの魔物はそこら中に溢れている。
しかし、虫取り網を振り回しながらやる気満々の子供達の邪魔をしては悪いよね、とユウキは思ったのだ。
ユウキは人気の無いエリアにつくと、実験を開始した。
既に収納の出納領域は自分から大体100m程度らしいと把握している。これはここに来る前に、どの距離まで物を取り出せるかで既に確認していたからだ。
それに対し、イチゴの魔物がイチゴを飛ばし始めるのは大体20mから30mくらいまで近づいてから。十分に範囲外からの対処が可能である。
ユウキはまずは飛んできたイチゴをそのまま収納してみる。
(問題なし。やはり美味しいね)
取り出して食べてみても普通においしかったが、練乳を持ってくればよかったと早くも後悔していた。
次にまだ飛ばしてこない、魔物についたままのイチゴを収納してみる。
(問題なし! よかった。これが一番の気がかりだった)
他人の所有物は収納できない。この他人という判定に、魔物自体が含まれるのかどうかをユウキは気にしていた。
(まぁ部分収納の影響で、切り取った部分は既に魔物の物ではないという判断になるのかもしれないけれど、それはそれで実害がないから問題なし。味も美味しいままだ。これでこの取り方では美味しくないとかだったら悲しかった)
取り出して食べてみたが、味は変わらないようだ。
実験が終了したところで歩きながらイチゴをどんどん回収していく。人がいる周辺の所だけはそのまま残しておく。横取りはあまりよくない事だとユウキは考えているからだ。
とはいえイチゴの存在する範囲はとても広い。
さらに魔物は倒しても3時間程度で復活する上に倒しても倒さなくてもイチゴも復活する。
ユウキは人気が無い位置を通りながら近くのイチゴを回収しつつ、大きなイチゴがあるエリアへと向かう。
同じイチゴの魔物でも弱い魔物と強い魔物がいる。
強い魔物の方が飛んでくるイチゴの大きさも大きく、速度も速く、距離も長い。
回収の難易度が上がる分美味しいのだが、つぶれてしまっては意味がない。
その為、この周辺でイチゴを回収している人は弱いエリアよりも少ない。
もちろん美味しさを求める猛者は居るが、虫取り網では結構厳しそうに見えた。レインコートを着ながらイチゴまみれになっている。
とはいえ距離が多少伸びていようとも、ユウキには余裕の範囲だった。大体50m位まで近づいたところで飛ばし始めるようだ。
猛者がいる場所の近くを除いて次々とイチゴが回収されていく。先ほどよりも集まりが早い。人が少ないので同じ領域でも回収している量が多いというだけなのだけれど。
(確かに大きくて甘い)
回収したイチゴを取り出して食べてみるたユウキは、その違いを実感する。見た目でも違いがわかるくらいに大きさが違うのだ。
余裕があると判断したユウキはさらに強いエリアへと進出。イチゴはさらに大きくなり、より速く、そしてさらに遠くまで届く。
とはいえまだ100mあれば十分に余裕があった。
やはりここでも猛者はいる。
(まぁ美味しい物なら食べたいよね)
自分で食べる分なら崩れていても気にならない。とはいえ流石に親子連れは見当たらない。
同様に人気がない位置を進んでしばらく回収し、収納容量の残りが半分くらいになったところで休憩をとった。
既にお昼時を過ぎており、この休憩で昼食を食べてから折り返しだ。
冷めても美味しく食べられるように、施設で貰ってきたおにぎりとサンドイッチ。そして水筒にはスポーツドリンク。
ユウキは収納スキルがあると、持ち物を気にしないで良いことを実感した。
(みんなこんな楽をしていたのか)
早く取っておけばよかったかもしれないが、そうしたらこのアレンジスキルにはならなかったなと思いなおす。
既に取得しているスキルはアレンジスキルとしては取得されないからだ。
帰りは来た道とは別ルートを通って回収しながら戻る。特に問題もなく町への入り口まで戻ってきた。
念のためと確認しに行った最初にイチゴを回収した辺りには、既にイチゴがたくさん実っていた。
(実際にやってみて初めて実感したけれど、ダンジョンは確かに資源なんだ)
十分に無限イチゴ回収と言えるような行動が可能だった。
ダンジョン探索ギルドまで戻り、ダンジョンイチゴの納品の常時クエストの紙がまだ張ってある事を確認したユウキは買取カウンターへと向かった。
「ダンジョンイチゴの納品をお願いしたいのですが」
ユウキは買取カウンターのスタッフに声をかけたが、ダンジョンイチゴの納品は2階に専用場所ができているという事でそちらを案内された。
2階の専用納品場所では、大きな水槽に水が張ってある専用の計量場所が用意されていた。
イチゴを傷めないように、水槽の水の上に出して計量している。
「あれ?ユウキ、どうしたの?」
納品カウンターへと向かうユウキに少女が声をかけた。
「ああ、タマキ。ダンジョンイチゴを納品しようかと思って」
この少女の名前は小野寺環姫。ユウキの同い年の幼馴染で、小学校までは一緒の施設にいた。
中学校に上がる時に施設を移る際、離れ離れになってしまった。
タマキはダンジョンシーカー等の上級職を期待される北中学校の付近の施設に。そして素質のなかったユウキは一般職を目指す南中学校の近くの施設に。
そのためユウキとタマキは幼いころからの顔なじみだ。
「それなら私が対応するわ、こっちの水槽の中に入れて」
タマキはギルドの手伝いをしながら資金をためていた。
ダンジョンシーカーの国家ライセンスを取得するには、別の都市にある高校のダンジョン科へ進学するのが近道だからだ。
ユウキは指示に従い、収納の中から水槽の上にイチゴを次々と出現させていく。
全部入れ終わった後には1023㎏と表示されていた。
「……すごい量ね。あまり多くの量を納品してくれる人は少ないのよ」
タマキはユウキの持ってきた余りの量に驚いていた。
「そうなの? かなり安全な魔物が相手だと思うんだけど」
「そうなんだけどね。ただその分ほら、買取単価は安いから。手間もかかるし。これだけきれいにイチゴを回収するなんてすごいことなのよ。ライセンスカードを出して」
ユウキは指示に従いシーカーライセンスカードを渡す。
「あー、ユウキFランクのままだったのね。ダンジョンイチゴは納品クエスト対象だから、1回で100㎏。全部で10回分の達成でEランクへの昇格よ。おめでとう」
「ありがとう。確か5回達成でFからEだっけ?」
「そうよ。と言うか発行したばかりだったのね。5回分でEランクへと昇格、そしてこの納品クエストはE,F共通だからEランクとしても5回達成という扱いね。EランクからDランクへの昇格には10回の達成が必要だから、あと5回分の達成でDランクへと昇格するわよ。
ただ、一応規則で今回はFランクとして受けたクエストの納品となるから、Fランクとしての税金分の20%を引いた分での支払いとなるわ。抜け道としては5回分Fランクで納品して、その後5回分Eランクとして納品するという裏技もあるけどね」
「規則通りで、あまり目を着けられたくないし。それにまぁ、何て言うか十分な稼ぎだよね」
(1023㎏って税引き前で100万ってことだよね。税で2割引いても80万だし、俺中学生だよ。俺がいつかバイトしたとして80万って大金だよね。
確かニュースでやってた若手会社員の年収って500万行ってなかったはず。手取りを考えたら、今日1日で若手会社員の2,3ヶ月分の給料を稼いだ計算なんだろうな)
「わかったわ。1023kgで102万3千P。そこから20%の税金を引いて81万8400Pね。ライセンスカードに登録したので明細を確認して。ATMでの残高の確認及び引き出しも既に可能よ」
ユウキはライセンスカードと明細を受け取り、すぐ横にあるATMでライセンスの口座を確認した。
「確認したよ。ありがとう。タマキは既に慣れてるね」
「中学に入ってから手伝っているからね。それが私の条件だから」
施設利用者が北中学校へと入学する際の条件の一つだった。
「そういえば、エネルギーキューブの買い取りもするならこの場でやるけど、どうする?」
(エネルギーキューブ! すっかりイチゴの回収の事で忘れていた)
エネルギーキューブとは魔石エネルギーを取り出したもの。
正確には魔物から魔石を回収し、所持するか収納に入れるとエネルギーポイントに返還出来る。これはステータスにEPとして表示される。
EPは譲渡するときにエネルギーキューブという形で取り出すことができる。
(確かに魔物についたままのイチゴを回収できるなら、魔石も回収できるかもしれない。多分これだけの綺麗なイチゴなら魔物を倒して回収したのだろうと思ってくれたのだろうけれど、すごいヒントを貰ってしまった)