第19話 (第2章プロローグ)不穏な影
第2章開始です。
今回は第2章のプロローグになります。
前回のあらすじ:ユウキとタマキがイチゴの町を出発した7日後の話。
北中学校の生徒もバスで出発する日。
タマキはバスに乗らなかった。
バスで行かなかった金持ちグループはタマキを捜索するが既に7日前に出発している事を知った。
そしてそこへ急報が訪れた。
「中央都市での受験は、中止だ」と。
時はユウキとタマキがイチゴの町を旅立つ少し前に遡る。
魔法都市マジクにある屋敷の一室、そこへ一人の老人が入ってきた。
「坊ちゃま、サクラ嬢から参加するとの連絡が入ったそうでございます」
対応策を考えていた少年の所へ、待ちに待った情報が届いた。
少年の名は小山野大介、花園男子高校に通う18歳。そしてこの小山ダンジョンの持ち主である小山野家の一族の者だ。
ダイスケの事を坊ちゃまと呼ぶ男はこの家の執事の近藤義男。既に70歳を超えており、ダイスケにはじぃと呼ばれている。
「そうか。紅、お前の情報は確かにサクラに届いたようだ。今回もごくろう」
ダイスケは部屋で待っていた情報屋、ベニを労った。
「ありがとうございます。今後とも末長いお付き合いをよろしくお願いします」
ベニは小野山家の家臣という訳ではない。どこにも所属していない20歳のフリーランスだ。
今回はちょっとした噂を流す情報誘導工作を行っただけ。サクラの周囲に噂が届くように。そして実際にそれによってサクラが動き、成果となって表れたのだった。
「依頼は完了だ。じぃ、報酬を」
「畏まりました」
そういう執事の手の中にはすでに封筒とお盆が用意されている。
いつの間に、既にそんな感想を抱く者はここにはいない。ベニでさえ何度となく見ている超常現象。執事の嗜みである。
「ベニ様、こちらでございます。お確かめください」
差し出すお盆の上には厚みのある封筒がのっている。
「確かに、確認しました。またのご用命、お待ちしております」
ベニはそう言うとすぐに部屋を出て行く。
どの顧客にも情報屋であるベニに対して知られたくない事はある。報酬を受け取ったら不興を買う前にさっさと退出してしまうのが長続きのコツだ。
ベニはそう考えている。
「じぃ、20Fでの強化合宿。同行の者はどうなった?」
「問題ありません。当家への雇用希望者の最終試験として前衛3人に遊撃1人、攻撃型魔法使い1人のPTを用意しております。そこへサクラ嬢が踊り子として参加することによって完成するようになっています」
「支援職なら相手の強さは関係ない。学生でも大丈夫という考えもあり得るか」
「さようでございます。流石に攻撃面での活躍となるとサクラ嬢では厳しいかと存じます」
「20Fまでの予定はどうなっている?中西伯爵の指示とはいえ、サクラが20Fまで行くのは無理があるのではないか?」
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伯爵。爵位は貴族連合内での地位を表すものであり、日本のものではない。しかしダンジョン貴族のつながりにおいては重要な影響力の指標となる。
ダンジョン貴族とはダンジョンを占有している一族の事。
日本でのダンジョンの所有には3種の形態がある。
・国有ダンジョン
国が所有しているダンジョンで、国による支配が全て。
・占有ダンジョン。
ダンジョンの所有者自身が統治している専用領土。
そこは基本的に日本の法が通じないダンジョンであり、このダンジョンの所有一族がダンジョン貴族と呼ばれている。
・所属ダンジョン。
ダンジョンの所有者は国ではないが、国に所属しているダンジョン。
ユウキやタマキたちの住んでいる小山ダンジョンは、小山野家が所有するダンジョンで、国に所属している所属ダンジョンだ。
そもそもダンジョンは誰の物なのか。これにはダンジョンが出現した当時から様々な思惑が絡み合った。
当初スキル獲得に有用と思われる時は、当然国の物だと強権が発動された。しかしスタンピードによって責任を追及されると、最終的には自然の物だから仕方がないという結果に終わった。
権利だけ主張し義務は放棄する姿勢に地主や地元有力者が反発。そしてさらには地上生活の放棄。
これにより国との亀裂が明確になり、地主と地元有力者を旗印にした反国家集団が現れた。しかし国も当然それを黙ってみているわけではない。ダンジョンをめぐっての内戦が勃発した。
そして現在は国所有、個人所有だけれど国の一部、完全に個人の所有の3種に分かれている状態。
これが教科書で教えられている表上の歴史だった。
因みに小山野家の様な所属ダンジョン所有一族は、日本の法律の範囲内ではあるがダンジョン内の運営を取り仕切っているため、半貴族などと呼ばれている。
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「サクラ嬢は回復魔法を覚えておりますゆえ、自身の体力が減りましたら回復しながら進行することが可能でしょう。また、今回は強化合宿期間を有効に使うという事でマジックポーションを支給する手はずとなっております。魔法力を節約して全体に遅れを出すという選択肢は取らないかと。他は十分な力を持った者達でございますので、問題なく到達可能と思われます」
「ではそちら側は問題ないな」
ダイスケはやっと不確定だった第一段階が終了する見込みとなり、肩の力を抜く。実際に強化合宿が始まるのはサクラの通う中学校が夏休みになってからだ。
今日明日という訳ではない。
「現地での迎えの準備の計画は?」
「問題ありません。中西伯爵の希望通りオークを軍団化させることが可能であったとの連絡が入っております」
「実験結果は成功か。誘導の方も可能そうか?」
「はい、そちらもすでに実験を開始しております。目途もたっておりますので当日までには十分精度が上がるかと思われます」
「そうか。どうにか間に合いそうだな」
今回のダイスケの仕事は小山野家本家からの指示だ。
・小山野家は神山桜が中西ダンジョンへ行くことに異議を申し立てない
・小山野家は中西伯爵家の要望に可能な範囲で応える
指示書には中西伯爵との約定内容が書かれていた。
今実行中の作戦は、踊り子をしているサクラをぜひとも領地に連れて帰りたいとの要望に応えるものだ。しかし何故か本人に直接伝えることは禁止されている。
踊り子であれば、貴族領でのお抱えとなれる話を断るなど本来は考えにくいのだ。報酬を聞かずとも承諾する踊り子がほとんどである。
他にも色々ある指示には何か理由があるのかもしれない。
ダイスケはそう思ったが、自分がそう思ったところで結果が変わるわけではないと理解している。
自分は本家の指示で動いているただの駒であり、そして伯爵の意向に逆らう事などできないのだから。
「中西伯爵へ予定日の連絡を。閣下がお望みの踊り子だ。オーク軍団の形成も閣下の指示だ。本家からの依頼、成功させるぞ」
「畏まりました」
執事はそう答えると、必要な手配をするために離れていった。




