第10話 平日のユウキ
前回のあらすじ:ユウキはタマキにダンジョン科の事を聞きました。
ユウキにとっての平日は、学校の勉強に時間を費やす日々だった。
体格にも素質に恵まれなかったユウキは、頭を使って働く道を選ぶ予定でいたからだ。そのためには、学校の勉強をおろそかには出来ない。
施設利用者のため家のコネもなく、学校の成績位しか就職時にアピールできるものが無いのである。
しかし、そんなユウキが今週になって行動を変えた。
当然、日頃の習慣で勉強はしっかりと出来ているのだが、普段程に勉強だけをがっつりとしているわけではなかった。毎日の教室での居残り自習が無くなり、そして授業以外で運動をしている。
ただそれだけの事ではあるのだが、ユウキがやると周りから驚かれるほどの事だった。
「並野、何かあったか?」
運動を始めてから数日、とうとう隣の席の友人、松島が声をかけてきた。
「ちょっと体を鍛えたくなってね」
「「えーーーー!」」
ユウキは松島に返事をしただけなのだが、なぜか傍で聞いていた女子たちが非難の声をあげた。
「並野君はそのままでいいのよ」
「そうよそうよ、かわいくなくなった並野君なんてただのがり勉じゃない」
「俺はかわいくじゃなくて凛々しくなりたいの」
「ダメよ、そのかわいらしさは皆の宝なんだから」
「そうよ、いつまでも可愛いままで居て」
悲しい言われようだった。
「俺は男だからね。小さい頃はかわいいと言われてもまだよかったけど、この先ずっとはね」
「みんな、大丈夫よ。多分鍛えても並野君は可愛いから」
「あ、それもそうね」
「みんなひどい」
確かにユウキの身長は低い。今でも150cm台だ。
クラスの女子を含めてもかなり低い。
そして中性的な顔をしている。
それは女らしいと言う訳ではなく、可愛いのだ。
「なんで急に鍛えようと思ったんだ?」
女子の勢いに圧倒されていた松島だったが、自分の質問が切っ掛けであったため助け舟のつもりで話を先に進めた。
「ダンジョンシーカーを目指そうかと思って」
「「「えーーーー!」」」
余計ひどいことになった。
「それにしても、大丈夫なのか?
俺達はそっちの道には向いていないからこその南中だろ。そういうのは北中に行ってるんじゃないか?」
余計うるさくなった女子の猛攻が終わった後、改めてユウキに松島が聞いてきた。
流石に騒ぎすぎた、と反省したものの、それでも女子達は聞き耳を立てている。
「アレンジスキルが結構そっち向きでね。でも試験は厳しいかもしれないから限定シーカー止まりかも」
女子達はそれを聞きほっとした。
限定シーカーであれば、このままこの町で活動する可能性がある。遠くてもこのダンジョン内での活動程度で、この町に戻ってくる可能性は高い。
実は女子たちにそこそこ人気のあるユウキであった。
本人は不本意な評価で全く気が付いていないのが残念な事なのだが。
「一応身体強化で少しは凛々しくなれる可能性もあるじゃない?」
「宝くじに当たる可能性とどっちが高いかってくらいはあるかもな」
「それでも鍛えれば少しは」
「お前小学校の頃も似たようなことを言ってなかったか?」
「う……」
そう、小学校の頃のユウキももちろん背が低くかわいらしかった。それでもまだダンジョンシーカーの夢は捨てきれず、タマキと一緒に体を動かしていた。当然、タマキの運動に完全についていくことはできていなかったが。
それでも体を動かしていた。
結局体格は変わらず、挙句の果てに中学入試で行われた素質判定の結果は戦闘力皆無であった。戦闘力皆無などという総合判定は、普通は出てこないのだ。
そして中学に入ってからは頭を鍛えているため、運動は授業位しかしてこなかった。
松島は小学校からの付き合いなので、当然その頃の事も知っている。一つの事に一生懸命打ち込む姿を見てきた。
だからこそ、ユウキの事を心配していた。
「試験を受けるならそれまでは鍛えた方がいいのは確かだろうな。お前は勉強は既にできるんだから、体力方面での方がこれからの伸びしろはある気がする。ダンジョン科を目指すって事だろ?」
「そうそう、だから体を鍛えるのと、ダンジョン学、魔法学についての勉強かな。そっちは北中に行った人に教えてもらう約束をしてるから、俺が一人でやる自習は体を鍛えることかなと」
「それも立派な受験勉強だな。90を95に伸ばすよりも20を50に伸ばす方が総合的には有利になる」
「うん、でも20って酷い。そこまで運動音痴じゃないぞ」
「運動音痴ではないが、体格がな。結局、物理攻撃力っていうのは体重と筋力だ。物理職なら必要だろ。魔法職に目覚めたんなら逆に避けやすい小さい方がいいかもしれんが、完全魔法職は魔法力が無いとあっという間に息切れだ。
そもそもお前の素質判定は戦闘力皆無だろ。なら魔物を倒して強化をするより、大元の体を鍛えた方が効果的ではある」
ユウキは攻撃魔法も防御魔法も回復魔法も覚えていない。基本的に魔法のスクロールは高いからだ。
そして魔法力は、先天的なものを除けば魔法を使って伸ばす必要があると言われている。
鑑定魔法やクリーンの魔法は生活魔法という分類で、戦いに役立つものではない。一応覚えてからは魔法を使っているが、直ぐに魔法力切れが近い感覚に襲われてしまう。魔法が使えれば対人の戦闘試験もやりやすいのだが、魔法職を目指すというのは難しそうだった。
そしてアレンジスキルだけでは戦闘試験は難しい。
「少しでも確率を上げるために頑張るよ」
「そうか、そうなると夏休み前で卒業か」
中央都市に受験に向かうという事はそういう事だった。
「松島は行かないのか?」
「俺は家で暮らしているからな。高校はこの町と近くの町のを受ける予定だ。中央都市まで行くと、ここまで帰ってくるのが大変だろ。日数的にも費用的にも。
それに大学に行くならどのみち中央都市に行くんだし、もし向こうで就職なんてことになったら戻ってこない可能性もある。
親の話題で悪いが、高校は近くが良いって言っててな」
「気にしないでいいよ。そういうものだと思うし。それに町の外への移動に危険があるのは確かなんだから、町の中で過ごす方が安全と思われるのも当然だろ」
「俺はアレンジが戦闘向きではなかったからな。別の町へ行くなら護衛付きの移動が必要だし、仕方がないさ」
これが魔物がいる世界での生活では当たり前の事だった。
そんな平日の夕方、担任の松木先生に進路指導室に呼び出された。
「並野、わざわざ悪いな。ところで、何かあったか?」
「先生もですか。運動の事ならダンジョンシーカーを目指そうという話の事です。前に進路相談の時に話しましたよね。今週正式に受験をするとも伝えましたし」
松木先生にはダンジョン科を受けてみることをすでに伝えてあった。
「うむ、そのことなのだがな。変な事なのだが、受験が少し難しくなった」
「え? どういうことです?」
「いやな、はっきり言えば先生も納得できないのだが『北中以外から中央都市の上級学校ダンジョン科を受験するのであれば、その者には奨学金は適用しない』と通達が来たのだ」
「……そんな事ってあるんですか?」
「今までは無かった。受かった者はいなかったが、うちの中学からでも受ける者達は毎年いた。通達には『北中に入学できなかった時点で既に素質判定は済んでいるのだから、余計な出費を避けるために記念受験を止めるのが目的』という理由が記載されていたんだが、なぜ急に今になってという話なんだ」
「記念受験って多かったんですか?」
「毎年そこそこはな。それにそう言う者は大体中央都市の普通の高校の受験ついでだからな」
「なるほど、どうせ行くならという事ですね」
「そうだ。それでも早く行く分現地での生活費はかかる。それは奨学金扱いとなるんだ」
ユウキは記念受験が気楽に行える状況を理解した。
「ダンジョン科の学費ってそんなに高いんですか?」
「いや、受験費用も入学金も授業料も並野のこの間の収入が続くならば問題ない範囲だろう。向こうでの生活もな。ただ、どちらかというと現地へと向かう移動手段が問題だ」
「そうなんですか?」
「ああ、ダンジョン科は普通科よりも試験時期が早い。それに合わせるための専用直通長距離移動バスも早い時期に出ることになる。そしてそれは受験生への奨学金として運用されているため、受験生は何も気にしないで移動できる。だが今回、北中以外の生徒はこれを使う事が出来ない」
「つまり普通の長距離バスで移動するという事ですか?」
「そうだ、しかも直通ではなく各町で乗り換えるため、費用も時間もとてもかかることになる。長距離バスは魔物次第で運行が止まることもあるから、夏休みに入って直ぐに出ても間に合うかどうかすらわからん」
「なるほど、つまり転移便を使わないとまずいという事ですかね?」
「確率からするとそうだな。しかし転移便はとても高い上に、これも直通ではない。この都市と中央都市の距離は遠いからな。1回で飛べるような魔法力を持つ者は少ない。運よく直通の人がいたとしても、かなりの値段になるだろう。それに転移便のチケットは買おうと思って買えるものでもない。運の要素が強いからな。大金とコネがあれば貸切ることも可能だろうが、その予約も含めてさらに難しいだろう」
「情報ありがとうございました。とりあえず受験はしますので手続き自体はお願いします。稼ぐなりなんなり方法は考えてみます」
ユウキのダンジョンシーカーへの道に、突然襲い掛かった試練だった。