いらない子は旅立つ
覗いてくださりありがとうございます!
第一章の私TUEEEな話は十六話から(または六話)、レジャー満喫スローライフな話は十三話でちょっと、本格的には第二章からとなっております。
よろしければ是非、読んでやってくださいまし。
――この人は今なんて言ったのだろう。
何だかひどく根本的な話をされた気がするものの、よく理解できずに私は小首を傾げます。
きっと長く人と話してなかったから、会話の仕方を忘れてしまったのでしょう。
黙ったままの私を睨む男性は、眉間に皺をこれでもかと刻んでいます。
でも老子に比べれば可愛いものですね。
なにせ老子はしょっちゅう顔中皺だらけでしたから。
「とっくに戦いは終わっている、と言ったんだ」
「はぁ」と相槌を打つと、その男性――副所長の顔はまた一歩老子に近づきます。
おそらく中年程度のご年齢でしょうに、初老まで一気に老け込むのではと心配です。
「この世界で知らないのはお前ぐらいなものだろう。敵対魔族は半年前に勇者の手によって滅んだ。戦いはとっくに終わっているのだよ、リヴィ・クオンティーナ」
「そう、なんですか……? だって、誰も教えてくれなかったですし」
「まさか気づかない者がいるなんて誰が思う? この王都はもちろん世界中で連日祝祭が上げられた。夜通しのバカ騒ぎで苦情すら出るほどに、だ」
「あぁ、なんか賑やかだなって思ったことがあったようななかったような……」
それが半年前だったかはわかりません。
屋敷にこもってずっと研究していたものですから、日にちも昼夜も気にしなくなって久しく、はっきり覚えているのは一年前に老子が亡くなった日ぐらいです。
「よ、良かったですね……? おめでとぅ、わぁ……っ」
半年遅れの祝辞は皺くちゃの顔に無視されました。
「え、ちょっと待ってください。ということは、研究のほうはどうなるんでしょう?」
老子――大魔法使いアメリア・クオンティーナに引き取られ、修行の為にと森小屋へ連れて行かれたのが五歳の時。その森小屋を出たのが十二歳。
そしてこの王都の屋敷で老子と共に研究に明け暮れ、私が十五歳の時に老子が亡くなってから私は一人でこの一年研究を続けてきました。
だから人と会うのも久しぶりです。
だから優しくしてほしいものです。
「もう……必要ない、とか?」
とうとう老子みたいになった皺くちゃな副所長はため息と共に頷きます。
「え、じゃあ、私は……どうすれば……」
思えば物心ついてすぐ老子に引き取られて、それ以降はずっと彼女の指示通りにやってきました。
与えられた目的がないというのは、生まれて初めてのこと。
ちょっとわくわくするけど、ずんとそれ以上の不安がのしかかります。
目の前の男性の非難するような視線があればことさらに。
「お前は――クビだ」
クビ――ってなんだっけ。
混乱した頭ではそれがすぐに理解できませんでした。
「そもそもここはアメリア女史の為に魔法協会が用意した場所だ。本来であれば彼女が亡くなった時点でここは返却されるはずだった。だが一年前といえば――知っているか、リヴィ・クオンティーナ」
「あ、はい、あれですよね? 魔族が本格的に侵攻を開始して、あと勇者さんが現れて……とか」
「ふんっ、その程度は知っているのか。そうだ、ガーディーナーの戦いにアマラの神託、それが起きたのがちょうどアメリア女史が亡くなった頃だ。我々も国民も偉大なる大魔法使いの死を嘆いたが、しかし彼女の屋敷の後始末など考えている暇はなかった。ましてや彼女がいつの間にか連れてきていた助手が引きこもっているなど、考える暇も気に留めている暇もなかったのだ」
正確に言うと、その二つが起きた時には老子はまだご存命でした。
「ついに始まったよ」とお祭り前夜の子供のような顔で、あの人が言っていたのを確かに覚えています。
亡くなったのはその少し後だけど、ここはいちいち指摘しないほうが良いでしょう。
もっと顔老けちゃいそうだし。
「え、私ってどうなっているんでしょう」
今の話で事件の年表より気になる箇所がありました。
「いつの間にか連れてきていた助手」という部分です。
「どうもも何も、問題はもっと根本的部分だ」
彼のその言葉で得心しました。そして先ほどのクビの意味も遅れに遅れて理解。
「お前の存在を知っていたのは、研究所の中でもほんの一部だけ。しかもアメリア女史との立ち話の中で聞いていた程度だ。先ほど助手といったが、正確には我々にとってお前は助手ですらない。お前はこの魔法協会研究所の人間として、登録すらされていないのだからな」
あぁ、やっぱし。
あの人のやりそうなことです。
「じゃ、じゃあ、クビというのもおかしいのでは……?」
「……チッ」
あ、この人とうとう舌打ちした! ひどい!
「お前が理解していないだろうからそう言ったまでだ。だがそう、お前はそもそもこの屋敷を利用する権限を持ってはいない。アメリア女史の遺言もない。こうなってはもはや不当にここを占拠している状態だ。つまりお前は――」
――と、いうことで、めでたく私はいらない子扱いをされたのでした。
彼ーー魔法協会研究所副所長のスコットさんは、私に数日中の退去を命令し、私物以外の持ち出し禁止などその他の注意事項を早口でまくし立てて最後に言いました。
「この私がわざわざ来たのは、アメリア女史への敬意故だ。だがお前などにそんなものは一切ない。命令に従わなければ即時連行されると考えろ」
ひどい話です。
幼い頃から一応なりとも国のため世界のためにと尽くしてきましたのに。
とはいえ、私だっていつまでも研究漬けの日々を続けようとは思っていませんでした。
いつか……もし世界が平和になったなら、老子や老子の言いつけから解放されたなら、とかねてより素敵な将来を思い浮かべていたのです。
思っていたのとは違ったけれど、お役目御免ならそれはそれ。
私は持って行けるだけの荷物をまとめ、ずっとお手伝いさん――見たことないけど――にまかせっきりだった屋敷の掃除をし、数年老子と過ごした屋敷を後にすることになりました。
「老子、私……行きますね……ッ!」
老子は他人に厳しく自分には甘い、それはもうひどい性格でした。
だけど私を育ててくれた恩人でおばあちゃん……と言ったら怒るだろうから母親のような人でした、と形容しておきましょうか。
辛かったけど、楽しくもあり、たくさんのことを学ばせてもらった時間。
それが終わるのは、やはり悲しく寂しさもありました。
だけど、人は――私は前に進まなくてはならないのです。
「長い間、本当にありがとうございました!」
誰もいない屋敷に一礼して踵を返します。
ふと老子の声が聞こえた気がして振り向いてしまいそうになりましたが、私は立ち止まることなく真っ直ぐ通りを進みました。
振り返っても、もう老子はいないのです。
私を育て、魔法を教えてくれたあの人はもういないのです。
そう、もういないのです――あの鬼ばばあは。
「私は解放されたんだぁー!!」
弾むように私は通りを歩きます。
その足取りの軽いこと軽いこと。
もう厳しい魔法の訓練も、昼夜逆転した研究漬けの生活もしなくていいのです。
もう好きにしてもいいのです。
素敵な人生を送っていいのです。
だから私は――田舎でゆったりまったり遊んで暮らそうと思います。