第五章
『誓約 絶対に一日、目を開けない
報酬 お金を自分の所有物にする』
私は覚悟を決め、ノートに次の日の条件を記入した。と、同時に『これは等価ではありません リスクが発生します』と初めて見る血のように滴る赤文字が浮かび上がってきた。しかし、これも想定内である。これができなくては、最後の願いなんて叶えられるはずがない。
私は目隠しをし、ベッドへ寝転んだ。多少の代償はあったが、言い寄って来る男はいなくなった。今日もベッドの上には一人である。私はここでお金を稼いで来た。だから、今日私は同じこの場所で…全てを勝ち取る。自分のものにする。腐りきった自分の一切を捨て去り、真っ当で綺麗な人間になりたかった。
仰向けになって幾ばくか経ったとき、急に何かが私の上に乗りかかった。気持ち悪い。過去の出来事が鮮明にフラッシュバックし、目が見えなくとも体が覚えていて吐き気を催す。たまらず、目隠しをとって呼吸を落ち着かせたいと思うも、耐えた。
この吐き気を永遠になくすための試練が今なのだ。
私は耐えて、耐えて、絶えた。
気がつくと目隠しが取れていて、息ができなくなりそうになったが朝日が昇っていることに気がついた。
「乗り切ったんだ……」
急いで銀行口座を確認する。男名義だったものが私の名前に変わっており、支払いが滞っていた分も全て入金されていた。
ノートは絶対。私はそう確信し、いよいよ最後の願いを書き込んだ。
『誓約 自分を見ない
報酬 顔を自分のものにする』
これが叶えば私は初めて『私』になれる。今までの生活は全て偽りだった。偽りの顔で手に入れた金と家と生活であった。ノートには『これは等価ではありません リスクが発生します』。明日一日、今日と同じことをすればいいのだ。ずっと目を閉じてれば、見ることもない。私はその日、生まれて初めて熟睡した。
目隠しをセッティングし、私は再びベッドの上に仰向けになった。最高級のベッドの眠り心地がようやく分かる。大きく息を吐き、私は目をかたく瞑った。何の変化も起きない。これで、ノートに書かれていた隠すべき過去を払拭出来る。私はまた眠りに落ちた。
薄明かりに目を開けると、目隠しが取れていた。寝返りでもうったのだろうか。
「朝……?」
起き上がろうとしたそのとき。自分の目の前、胴体の上に馬乗りになる者がいることに気づいた。報酬で
私に許可なく近づくものはいないはずなのに。
「おはよう、お姉さん」
「レガロ!?」
聞き覚えのある声にまだ開き切っていなかった瞼を持ち上げると、白髪の美少年が天使の微笑で私を見据えていた。
そして──その深い眼の奥にいる『私』と目があった。
「あっ……」
「残念だったね、お姉さん」
そこで私の意識はぷっつりと永劫に切れた。
***
「残念だったね、お姉さん」
白目を向き、もとがどのような形であったか分からないほどぐちゃぐちゃになった顔をした女から降りながらレガロは言った。
「お姉さんの一番大事なものを手に入れさせてあげようなんて僕が思うわけないじゃん」
レガロはベッドの上に置かれたノートと万年筆をランドセルに戻した。また次のおもちゃを探しにいかなきゃならない。
レガロはその美しい顔を憂いに歪ませた。
『お姉さん』のような、欲望に忠実でどん底にいる人間なんてそういないのに。本当に残念…なんてね。
女の死体を残し、少年は部屋をあとにした。