第三章
自室で与えられたノートをゆっくり、宝石箱を開けるように開き、私は狼狽した。所詮変な子供のお遊びのつもりだったのだ。しかし、そこには既に過去の日付とともに、私の生い立ちが事細かに書かれていた。忘れようと、他人だと思いこもうとしていたかつての私の人生が。
「どうして知っているのよ……」
私の震えた叫びは宙に溶けて消える。少年から受け取ったばかりの時はこんなこと一文も書いていなかったように思える。
これは信じろっていう、証拠であり言質なのかしら。早まる鼓動には不安と、その裏に隠しきれない高揚感があった。
私は試しに明日の場所へ書き込んだ。
『誓約 昨日と同じワンピースを着る
報酬 レガロにもう一度会える』
今日と同じ環境なのだから、契約違反にはならないはずだ。私は明日来る予定であった別の男に断りのメールを入れ、眠りについた。
次の日、私は早々に入浴を済ませ全く同じワンピースを着た。鏡の前に立ってみる。もちろん顔は写らない位置に立ったし昨日と何も変わらないのに、なんだか前を向いているような気がした。
「ご機嫌はいかが?」
デジャヴだった。少年は再び、突如として私の横に現れた。
「おはようレガロ。使い方はこれで合ってるのよね?」
「ばっちりだよ、お姉さん」
レガロは指で丸をつくり笑った。
「あぁ、ひとつ聞きたいんだけど」
「なんでもどうぞ」
「誓約と報酬が釣り合わないのはどうやったら分かるの?」
おそらく大丈夫だろうという条件で今日は試したが、釣り合ってるとのサインがなかったのが気になっていた。
「あぁ、それはね、アウトな時だけ警告が出るんだ」
「警告? 禁止ではないのね」
「そうだよ。釣りあっていない場合はリスクが数倍に膨れ上がるんだ。まぁ、それでも叶えられなくはないのがミソだね」
「なるほど…」
となると、私の真の目的を達成するにはまだ実験が必要なようだ。
「これから貴方と会うときはこのワンピースがルーティンみたいになっちゃいそう。無駄なリスクは負いたくないし」
「それもいいかもね。じゃあ、検討を祈るよ」
レガロはそう言って、消え去った。私はすぐさま、明日の条件を考えるため机に向かった。ちゃんと、こんな風に時間を使うなんていつぶりだろうか。私はレガロに会ってから日々の生活に意味が出来た。毎日が確かに目標への過程となった。神からの贈り物、そう彼が言っていたのを思い出す。
『誓約 今日一日誰も家にいれない
報酬 こちらから声をかけない限り男に言い寄られない』
散々悩んだ末、まず一つ目の願いを書いた。結果、なんのサインも出なかった。これは釣り合ってるという意味だが、たった一日のこととこの先が本来釣り合うはずがないのだ。つまり、明日誰も家に入れないことはかなり難しいことなのだ。
ここで一回失敗しておいて、リスクを知ろうという考えもあった。 けれど、成功するならそれでいいと思い私は家の警備レベルを倍に引き上げた。
これで明日を迎える。まず監視カメラで外からの進入はまずない。それにここは30階だ。注意すべきはただ一つだった。なにが原因か、いつ起こるか分からないもの。「災害」だ。