第二章
私は耳を疑い、少年を見据えた。少し外側にハネた髪型が、少年らしさを強調させる。こんな一回りも年が違う少年に心をかき乱されている事実が気に食わなかった。
「なにを言っているの」
「だから、死にたいんでしょ。僕が助けてあげようか」
「馬鹿にするのもいい加減にして!」
声を張り上げてしまい、私は後悔する。頭のおかしい子供相手になにをむきになっているのか。せっかくの気分が萎えてしまった。きびすを返し、マンションに戻ろうとすると少年は私の耳元にささやくように言った。
「僕は、レガロ。神からの贈り物さ」
くすっと整った顔で笑った。本物の笑顔。それゆえ、神経を逆撫でられる。
「ふざけないでって言ってるでしょ!」
「じゃあ、証拠を見せてあげるよ」
ごそごそとランドセルを探り出す少年。私は、ただ無言でその様子を見ていた。少年が「あったあった」とランドセルから取り出したのは黒い革張りのノートと万年筆だった。どちらもランドセルから取り出されるには似つかわしくないものだ。
「それは?」
私が訪ねると少年は、口角をきゅっと上げ答えた。
「お姉さんの願いを叶えてくれるノートさ」
ノートと万年筆を私に手渡す少年。私の心は既に、恐怖心から好奇心によって支配されるようになっていた。
「このノートに名前でも書くわけ?嫌いな人が消せたり?」
「まさか。そんなわけないじゃない。それは、記録帳さ」
「記録帳?」
しかし、中をぺらぺらとめくってもどこにも枠なんて印刷されていなかった。私が不信そうな顔をしているのが分かったのか、少年は続けた。
「一ページに一日分の誓約と報酬を書くんだ。誓約を守れたら報酬が貰える。ただし、誓約を守れなかった場合はそれなりの報復が待っているから注意して」
もう一度、ノートのページを確認してみると、右上に月日を書く項目があった。
「君の言う証拠っていうのは、とりあえず書いてみろってことね……」
「ご名答! 体は腐っても頭は腐ってないみたいで安心したよ」
お腹を押さえて笑う少年に、私はもう怒る気も失せていた。別にこれと言って代り映えのない生活。正直なところ、ノートを早く使ってみたい気持ちがなかったといえば嘘になる。
「あっ、記入は万年筆で。あと、誓約と報酬が釣り合うようにね。何度も言うけご使用は計画的に」
「大丈夫よ。本当に頭まで腐らせてたまるものですか」
ノートと万年筆に目を落とす。いかにも怪しげだが、失うものがない私には願ってもないお遊びだった。
「なら、よかった。僕も刺激が欲しいんだ」
その声に顔を上げると、少年の姿はもう消え去っていた。