このまま・・・
「有難う……。送ってくれて……」
私は家の前で、俯いたままそう言った。
私は、あの後、戻ってきた横田先生からちゃんと治療を受け、松葉杖を貸してもらった。
帰宅するのに吉原君が付き添ってくれ、私の鞄を持ってくれたのだ。
「ごめんね。迷惑かけて……」
「迷惑なんかじゃないさ。それより、大事にしろよ。捻挫も甘く見てると、大変なことになるからな」
相変わらず、吉原君は優しい。
「じゃ」
と、彼が背を向けかけた時。
「まあ! 純子ちゃん! その松葉杖どうしたの?!」
「ママ」
買い物にでも出かけていたのか、ママが家に帰ってきたのだ。
「体育の時間に捻挫しちゃって」
「まあ。大丈夫なの?」
「うん……」
「そちらは?」
ママが、吉原君の方を見て言った。
「あ…クラスメートの吉原君。家まで鞄持ってくれたの」
「あ、神崎…いや、神崎さんと同じクラスの吉原と言います」
彼が、慌てたように挨拶する。
「まあまあ。有難うございます」
ママが頭を下げる。
「純子がご迷惑をおかけして。よろしかったら、お茶でも飲んでいって下さい」
「え!? いや……」
彼が慌てている。
「吉原君。遠慮しないで」
私の言葉に、
「じゃあ……お言葉に甘えて」
と、やや困惑したように彼は言った。
***
奇妙な時間が流れている。
私と吉原君は今、リビングのソファに座り、家の中に二人きりでいる。
「お茶菓子がないから、「COCON」のケーキでも買ってくるわ」
と、ママはまた買い物に出かけて行ってしまったからだ。
「まだ、痛む?」
彼が「HARRODS」のイングリッシュ・ブレックファストのミルクティーに口をつけながら、そう問うた。
「う、うん……。怪我した時よりはマシ」
「そりゃ、良かった」
それきり、会話が途切れる。
沈黙。
しかし。
「お前さ……」
彼がおもむろに言った。
「守屋とうまくいってんの」
「う、うまく、て……」
「つきあってんじゃないの」
彼がぼそりと呟く。
「そんな関係じゃないわ。彼には……彼女がいるし」
「マジかよ?!」
私の脳裏には、あの長いさらさらの茶色い髪を持つ彼女の姿が浮かんでいた。
そして。
見たことのない「怜美」さんの幻が、見えた。
「……許せねえ」
吉原君は、怒りの表情を露わにしている。
「俺は……。お前が、あいつとうまくいってると思って。お前が幸せなら、と思って……」
「吉原君……」
私の瞳から涙が溢れてくる。
守屋君の心は。
やはり、怜美さんを想っている……
そう思えてならない。
そして、私を想ってくれる吉原君……
私はどうしていいのかわからなくなっていた。
「泣くな。神崎」
彼は、私をおもむろに抱き寄せた。
「お前が哀しみの涙に暮れたら、俺は……」
息を吐きながら、彼は強く私を抱き締める。
男子からそんなことをされるのは、あの二学期の……
でも。
あの時と違い、今の私は無防備だった。
吉原君の躰の温もりが伝わってくる。
「う…。ふっ……」
私は、ただ泣いた。
彼の胸の中で泣いた。
彼は私の髪を梳き、ただ私を抱き締めていてくれる。
このまま。
このまま、吉原君に身を任せられたらどんなに楽だろう……
「お前が守屋の事が好きで。俺のこと好きになれないとしても。俺は……」
彼は呟いた。
「俺は、お前のことが好きだ」
吉原君……
こんなに、私のことを想ってくれる人はもう、二度と現れないかもしれない。
それがわかっていながら。
私は──────
その時。